その華の名は
(28)心温まる交流?
「失礼します。シェーグレン公爵家のナジェーク様をお連れしました」
「ありがとうございます。後はこちらでご案内します」
先導の女騎士が目の前のドアを叩くと、王妃付きらしい年輩の女官が現れて案内役を引き受けた。その人物はナジェークとも顔見知りであり、穏やかな笑みを浮かべながら挨拶してくる。
「ナジェーク様、お久しぶりでございます」
「やあカーラ、本当に久しぶりだね。リーナ、君も入って」
「失礼いたします」
カーラはナジェークの後に続いて入室したカテリーナに、一瞬警戒の視線を向けたものの、すぐにそれを消し去って部屋の奥へと進んだ。
(緊張する……。後宮の王妃様のプライベートエリアに、私が入る機会など無いもの。馬車で『絶対に君の事は気に入る筈だから、細かい話はこちらに任せておいてくれ』なんて言っていたけど、本当に何て無茶ぶりをしてくれるのよ! 心の準備ができるわけないでしょうが!)
雑談をしながら進む二人に続いて、幾つかのドアを抜けるに従って、カテリーナの緊張が徐々に高まる。しかしそんな彼女の心境には構わず、あっさりと目的の場所に到達してしまった。
「マグダレーナ様。ナジェーク様がいらっしゃいました」
「お久しぶりです、王妃陛下」
一人掛けのソファーに収まっているマグダレーナは、自分に歩み寄って深々と頭を下げた甥に、苦笑気味の声をかけた。
「本当に久しぶりね、ナジェーク。急に私に渡したい物があるなどと連絡を寄越したから、何事かと思ったわ」
「最近、ちょっとした筋から、絶対伯母上に気に入っていただけそうな物を入手いたしまして」
「そうですか、私に……。カーラ」
ナジェークの台詞を聞いたマグダレーナが、微妙に両目を細めて手にしていた香木製の扇を勢い良く閉じた。その小気味良い音が生じるのとほぼ同時に名を呼ばれたカーラは、何も問い返す事なく、ただ一礼してその部屋を出て行く。
「それでは御前、失礼いたします。ご用がある時は、呼び鈴をお使いください」
「ええ。ゆっくりしていて構わないわ」
(え? いきなり人払いするなんて、何事なの?)
カーラの他にも室内に二人の女官が控えていたが、彼女達もカーラと一緒に無言で退去し、その部屋には三人だけが取り残された。
「それで? 久しぶりに私を『伯母上』などと呼んで暗に人払いを求めたのですから、それなりに私の気に入るような、それでいて訳ありの物を持参したのでしょうね?」
「勿論です。まずはこちらをご覧ください」
皮肉げに問いかけたマグダレーナの視線を受け止めたナジェークは、カテリーナが未だ抱えたままの模型を覆い隠している布を取り去った。その下から現れた物を見たマグダレーナが、僅かに目を見張る。
「まあ……、かなり小さくなってはいるけれど……、これはラレンディアね?」
「はい。幼い頃に招待されて、母の実家のキャレイド公爵領に出向いた折り、こちらの花が伯母上が一番お気に召している花だと伺いました。それでご結婚前は、こちらの開花時期に合わせて領地に出向いておられたそうですね」
そのナジェークの言葉に、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら頷く。
「ええ。領地にはそれが群生している場所があってね。開花の時期は、なかなか見応えがあったものよ。花束にはできないし、大きく育つ木々でも無いから庭木等に用いる物では無いけれど、逞しく生きている感じがする所が気に入っていてね」
「ご実家のどなたかから、そうお伺いした記憶があったものですから。単に見映えのする花束をお贈りするよりは、こちらの方が伯母上の興味を引くだろうと、ワーレス商会に作製を依頼してみました」
「そう……、ワーレス商会に……」
(あ、あら? 何やら急に王妃様の雰囲気が……)
そこで急に和やかな空気が消え去り、マグダレーナが僅かに目を細めてナジェークを凝視したのを見て、カテリーナは一人冷や汗を流した。
「……それで? ワーレス商会は、何についての私の感想を希望しているのかしら?」
「この作り物のラレンディアに関してのお言葉を頂ければ、会頭がさぞかし喜ぶかと。ついでに他の事についてもお言葉を頂ければ、更に喜んで貰えるとは思いますが」
「そうですね……」
「リーナ、それをこちらに」
「あ、は、はい!」
マグダレーナが何やら考え込む風情になったタイミングで、ナジェークがカテリーナに手招きして、伯母の斜め前にあった丸テーブルに模型を置かせる。それを置いたカテリーナがその場を離れてから、マグダレーナは閉じた扇でそれを指し示しつつ、元通りの穏やかな笑みを浮かべながら告げた。
「このように、細部まで一切手を抜かない良い仕事を続けていれば、然るべき時に然るべきお声がかかると思いますよ? ワーレス殿には、そう伝えれば宜しいでしょう」
「それは例えば……、武術大会時の飲食業の屋台や、宿泊施設の許可業者選定……、などでしょうか?」
「ナジェーク。細々とした事をわざわざ口に出すのは、無粋と言われても仕方がありませんね」
「これは失礼いたしました」
ここで伯母と甥が「うふふ」「あはは」と、どこか不気味に笑い合っている姿を目の当たりにしたカテリーナは、傍目には無表情を保ちつつ内心では激しく動揺していた。
(え、ええと……。武術大会って、以前に学園の剣術大会を参考に、国境沿いの大規模演習の代替策として大々的に開催を模索するとか何とか言っていた……。ちょっと待って。さっきの許可業者の選定云々って……、まさかあれがワーレス商会の賄賂とかじゃないわよね!? あれは確かに珍しいけど、単なる作り物で金銭のやり取りではないし! 単に議論の進捗状況について、やり取りしただけよね!? こっそり便宜を図ると何とか、変な場面に居合わせてしまった訳ではないわよね!?)
そんな考えを巡らせて徐々に顔色が悪くなりつつあるカテリーナを横目で見てから、マグダレーナはナジェークに再度声をかけた。
「ところでナジェーク。私に見せたいものは、この木だけですか?」
「次に、彼女を紹介します。こちらに同伴する為に我が家の侍女の姿をさせていますが、彼女はカテリーナ・ヴァン・ガロア。ガロア侯爵の娘で、再来月に近衛騎士団への入団が決定しております」
「ああ……、あの。剣術大会を視察した騎士団長のティアド伯爵が、報告の時に手放しにあなたの事を誉めていましたので、名前を覚えています」
ナジェークに手で示され、マグダレーナから声をかけられたカテリーナは、彼女に向かって恭しく一礼した。
「恐れ入ります。王妃陛下には、初めてお目にかかります。カテリーナ・ヴァン・ガロアと申します。この様な姿でお目にかかり、大変恐縮しております」
「それは構いません。まずはそこまでしてこちらに出向いた理由を、聞かせて貰いましょう」
「それですが、伯母上」
「ナジェーク。私は彼女に尋ねているのです」
「……失礼致しました」
そこですかさず会話に割って入ろうとしたナジェークだったが、マグダレーナにパシッと扇を一鳴らしされつつやんわりと叱責され、素直に引き下がった。
(ちょっと! 自分に任せておけと安請け合いしておきながら、ここであっさり引き下がるわけ!? やっぱり後で、さっきの事と併せて叩きのめしてやるわ!!)
憤然としながらナジェークを睨んだカテリーナだったが、マグダレーナから冷静に声がかけられる。
「どうしました? カテリーナ・ヴァン・ガロア」
それで我に返ったカテリーナは、瞬時に腹を括った。
「私事で王妃陛下にお時間を割いていただくのは、甚だ心苦しく思っておりますが、ぜひともお聞き届け願いたい事がございます」
「それは、話の内容にもよりますね。まずはお話しなさい」
そう促されたカテリーナは、一つ深呼吸をしてから徐に口を開いた。
「ありがとうございます。後はこちらでご案内します」
先導の女騎士が目の前のドアを叩くと、王妃付きらしい年輩の女官が現れて案内役を引き受けた。その人物はナジェークとも顔見知りであり、穏やかな笑みを浮かべながら挨拶してくる。
「ナジェーク様、お久しぶりでございます」
「やあカーラ、本当に久しぶりだね。リーナ、君も入って」
「失礼いたします」
カーラはナジェークの後に続いて入室したカテリーナに、一瞬警戒の視線を向けたものの、すぐにそれを消し去って部屋の奥へと進んだ。
(緊張する……。後宮の王妃様のプライベートエリアに、私が入る機会など無いもの。馬車で『絶対に君の事は気に入る筈だから、細かい話はこちらに任せておいてくれ』なんて言っていたけど、本当に何て無茶ぶりをしてくれるのよ! 心の準備ができるわけないでしょうが!)
雑談をしながら進む二人に続いて、幾つかのドアを抜けるに従って、カテリーナの緊張が徐々に高まる。しかしそんな彼女の心境には構わず、あっさりと目的の場所に到達してしまった。
「マグダレーナ様。ナジェーク様がいらっしゃいました」
「お久しぶりです、王妃陛下」
一人掛けのソファーに収まっているマグダレーナは、自分に歩み寄って深々と頭を下げた甥に、苦笑気味の声をかけた。
「本当に久しぶりね、ナジェーク。急に私に渡したい物があるなどと連絡を寄越したから、何事かと思ったわ」
「最近、ちょっとした筋から、絶対伯母上に気に入っていただけそうな物を入手いたしまして」
「そうですか、私に……。カーラ」
ナジェークの台詞を聞いたマグダレーナが、微妙に両目を細めて手にしていた香木製の扇を勢い良く閉じた。その小気味良い音が生じるのとほぼ同時に名を呼ばれたカーラは、何も問い返す事なく、ただ一礼してその部屋を出て行く。
「それでは御前、失礼いたします。ご用がある時は、呼び鈴をお使いください」
「ええ。ゆっくりしていて構わないわ」
(え? いきなり人払いするなんて、何事なの?)
カーラの他にも室内に二人の女官が控えていたが、彼女達もカーラと一緒に無言で退去し、その部屋には三人だけが取り残された。
「それで? 久しぶりに私を『伯母上』などと呼んで暗に人払いを求めたのですから、それなりに私の気に入るような、それでいて訳ありの物を持参したのでしょうね?」
「勿論です。まずはこちらをご覧ください」
皮肉げに問いかけたマグダレーナの視線を受け止めたナジェークは、カテリーナが未だ抱えたままの模型を覆い隠している布を取り去った。その下から現れた物を見たマグダレーナが、僅かに目を見張る。
「まあ……、かなり小さくなってはいるけれど……、これはラレンディアね?」
「はい。幼い頃に招待されて、母の実家のキャレイド公爵領に出向いた折り、こちらの花が伯母上が一番お気に召している花だと伺いました。それでご結婚前は、こちらの開花時期に合わせて領地に出向いておられたそうですね」
そのナジェークの言葉に、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら頷く。
「ええ。領地にはそれが群生している場所があってね。開花の時期は、なかなか見応えがあったものよ。花束にはできないし、大きく育つ木々でも無いから庭木等に用いる物では無いけれど、逞しく生きている感じがする所が気に入っていてね」
「ご実家のどなたかから、そうお伺いした記憶があったものですから。単に見映えのする花束をお贈りするよりは、こちらの方が伯母上の興味を引くだろうと、ワーレス商会に作製を依頼してみました」
「そう……、ワーレス商会に……」
(あ、あら? 何やら急に王妃様の雰囲気が……)
そこで急に和やかな空気が消え去り、マグダレーナが僅かに目を細めてナジェークを凝視したのを見て、カテリーナは一人冷や汗を流した。
「……それで? ワーレス商会は、何についての私の感想を希望しているのかしら?」
「この作り物のラレンディアに関してのお言葉を頂ければ、会頭がさぞかし喜ぶかと。ついでに他の事についてもお言葉を頂ければ、更に喜んで貰えるとは思いますが」
「そうですね……」
「リーナ、それをこちらに」
「あ、は、はい!」
マグダレーナが何やら考え込む風情になったタイミングで、ナジェークがカテリーナに手招きして、伯母の斜め前にあった丸テーブルに模型を置かせる。それを置いたカテリーナがその場を離れてから、マグダレーナは閉じた扇でそれを指し示しつつ、元通りの穏やかな笑みを浮かべながら告げた。
「このように、細部まで一切手を抜かない良い仕事を続けていれば、然るべき時に然るべきお声がかかると思いますよ? ワーレス殿には、そう伝えれば宜しいでしょう」
「それは例えば……、武術大会時の飲食業の屋台や、宿泊施設の許可業者選定……、などでしょうか?」
「ナジェーク。細々とした事をわざわざ口に出すのは、無粋と言われても仕方がありませんね」
「これは失礼いたしました」
ここで伯母と甥が「うふふ」「あはは」と、どこか不気味に笑い合っている姿を目の当たりにしたカテリーナは、傍目には無表情を保ちつつ内心では激しく動揺していた。
(え、ええと……。武術大会って、以前に学園の剣術大会を参考に、国境沿いの大規模演習の代替策として大々的に開催を模索するとか何とか言っていた……。ちょっと待って。さっきの許可業者の選定云々って……、まさかあれがワーレス商会の賄賂とかじゃないわよね!? あれは確かに珍しいけど、単なる作り物で金銭のやり取りではないし! 単に議論の進捗状況について、やり取りしただけよね!? こっそり便宜を図ると何とか、変な場面に居合わせてしまった訳ではないわよね!?)
そんな考えを巡らせて徐々に顔色が悪くなりつつあるカテリーナを横目で見てから、マグダレーナはナジェークに再度声をかけた。
「ところでナジェーク。私に見せたいものは、この木だけですか?」
「次に、彼女を紹介します。こちらに同伴する為に我が家の侍女の姿をさせていますが、彼女はカテリーナ・ヴァン・ガロア。ガロア侯爵の娘で、再来月に近衛騎士団への入団が決定しております」
「ああ……、あの。剣術大会を視察した騎士団長のティアド伯爵が、報告の時に手放しにあなたの事を誉めていましたので、名前を覚えています」
ナジェークに手で示され、マグダレーナから声をかけられたカテリーナは、彼女に向かって恭しく一礼した。
「恐れ入ります。王妃陛下には、初めてお目にかかります。カテリーナ・ヴァン・ガロアと申します。この様な姿でお目にかかり、大変恐縮しております」
「それは構いません。まずはそこまでしてこちらに出向いた理由を、聞かせて貰いましょう」
「それですが、伯母上」
「ナジェーク。私は彼女に尋ねているのです」
「……失礼致しました」
そこですかさず会話に割って入ろうとしたナジェークだったが、マグダレーナにパシッと扇を一鳴らしされつつやんわりと叱責され、素直に引き下がった。
(ちょっと! 自分に任せておけと安請け合いしておきながら、ここであっさり引き下がるわけ!? やっぱり後で、さっきの事と併せて叩きのめしてやるわ!!)
憤然としながらナジェークを睨んだカテリーナだったが、マグダレーナから冷静に声がかけられる。
「どうしました? カテリーナ・ヴァン・ガロア」
それで我に返ったカテリーナは、瞬時に腹を括った。
「私事で王妃陛下にお時間を割いていただくのは、甚だ心苦しく思っておりますが、ぜひともお聞き届け願いたい事がございます」
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