その華の名は
(25)懲りない兄夫婦
翌月には、クレランス学園を卒業するという時期の休日。実家に戻ったカテリーナを、両親は上機嫌で出迎えた。
「カテリーナもいよいよ卒業ね。色々と名残惜しいでしょう」
「ええ、この三年間、とても楽しく過ごさせて貰いました」
「ラドクリフから聞いたが、この前の剣術大会では男顔負けの活躍をしたらしいな。それで近衛騎士団への入団が決まるとは、鼻が高いぞ!」
「私などよりよほど技量がある人もいらしたのに、恐縮です。女だから贔屓されたと言われないように、全力で役目に当たるつもりでいます」
「良く言った! それでこそ私の娘だ!」
まだ赤子のミリアーナを除く家族全員が顔を揃えた食堂で、カテリーナは一見和やかに夕食を食べ進めていたが、予想とは若干異なる兄夫婦の様子に少々違和感を覚えていた。
(ジェスラン兄様とエリーゼ義姉様が、静か過ぎて不気味だわ。私の近衛騎士団入団が本決まりになったら、てっきり『とんでもない』と喚き散らすと思っていたのに……)
疑問に思ったカテリーナは、さりげなく話の矛先を二人に向けて、反応を窺ってみた。
「先程久しぶりにミリアーナの顔を見せて貰いましたが、随分大きくなって可愛らしくなっていましたね」
「カテリーナはこれまで、滅多に寮から帰って来ませんでしたから。卒業したらミリアーナの顔を毎日見られるから、それほど新鮮に感じなくなるのではなくて?」
「……そうかもしれませんわね」
素っ気なく義姉に返されたカテリーナが、取り敢えず素直に頷いてみせると、ここでジェスランが嫌みっぽく口を挟んでくる。
「近衛騎士団に入団が決まったと言うが、男と女では人数も入団の難易度も比べ物にならないからな。我が家の名前に傷を付けないように、精々励めよ」
「……そうするつもりですわ」
せっかくの入団決定に水を差す気かと、ジェフリーは不愉快そうに無言で顔をしかめたが、カテリーナは無神経な兄の物言いに逆に安堵した。
(特に兄様達の考え方が変わったわけでは無く、私が近衛騎士団に入団する事自体は、これまで通り面白くないみたいね。これ以上は余計な事は言わないでおきましょう)
そこで微妙に悪くなった空気を払拭するように、イーリスが明るい声で話しかけてくる。
「カテリーナ。明日はリール伯爵家に招待されているのよね?」
「はい、サビーネ嬢とゆっくりお話ししてきます」
そこで今度は何故か、先程とは打って変わった笑顔でエリーゼが口を挟んできた。
「仲が宜しくて結構ですこと。近衛騎士団での勤務が始まったら頻繁にお休みを取る事もできないでしょうから、明日は好きなだけお話ししてくれば宜しいわ」
「……そうですわね」
その猫撫で声に近い声音に、カテリーナははっきりと異常を感じた。
(やっぱり変だわ……。お義姉様達は、一体何を考えているのかしら?)
それからは注意深く兄夫婦の言動を観察していたカテリーナだっが、それからは特に目立つような事柄は無く、落ち着かない気分のまま夕食を食べ終えて自室へと引き上げた。
そしてカテリーナが推察していた通り、彼女が近衛騎士団に入団する事に反対の立場の兄夫婦は、自分達の部屋に戻ってから盛大に悪態を吐いていた。
「全く忌々しい! 女騎士は圧倒的に人数が少ないから、希望すれば大抵近衛騎士団への入団が叶うというのに、父上はカテリーナの実力が認められたなどとあんなに得意になって! あんな事を誰彼構わず言いふらしたら、却って我が家の恥になるのが分からないのか!! 可愛さのあまり目が眩むと言うのは、まさに父上のような人物の事を指すのだな!」
苛立たしげにジェスランがテーブルを叩きながら吐き捨てると、エリーゼも怒りを露にしながら夫に同調する。
「あなたの言う通りよ。しかも侯爵家の令嬢が、騎士として出仕するなんて。嫁ぎ先や財産が無い、下級貴族や平民の娘でも無いのに、恥ずかしいにも程があるわ」
「だがエリーゼ。本当にこのまま反対しなくても良いのか?」
ここで急に幾分自信無さげに尋ねてきた夫に、エリーゼは舌打ちしたい気持ちを堪えて、語気強く言い聞かせる。
「闇雲に反対しても、お義父様達の反感を買うだけよ! それよりもまずカテリーナが学園の寮を出て、屋敷に戻って来させるのが先よ! そうすれば如何様にでもやりようはあるじゃない! 仕事があるから頻繁に夜会とかに引っ張り出すのは無理にしても、休暇の日程は確実に把握できるし、それに合わせて予定を組めば良いだけだから!」
「確かにそうだな」
「それにカテリーナ自身を引っ張り出さなくても、相手を日々の晩餐やお茶にお誘いして、こまめに見合いをさせれば良いわ。幾らでも融通は利かせられるわよ」
「なるほど! それもそうだ!」
そこまで聞いて喜色満面で頷いたジェスランに、エリーゼが重ねて言い聞かせる。
「だから今は表向き、カテリーナの入団に関しては意義を唱えず、おとなしく賛同しておくの。それで彼女が屋敷に戻ったら、色々予定を組むのよ。と言うか、もう内々に組んであるけれど」
「さすがだ、エリーゼ! こんな目端の利く妻がいて、私は何て果報者なんだ!」
本気でジェスランが誉め称え、悪い気はしなかったエリーゼは得意気に言い放った。
「あの子にしても、短期間でも近衛騎士団に入団して騎士として働けるのだから、文句は無いでしょう。寧ろ女のくせに剣を振り回すような野蛮な娘の嫁ぎ先を探してあげるのだから、感謝して欲しい位だわ」
「全くだ! カテリーナは勿論、父上や母上も、もっとエリーゼに感謝するべきだな!」
それからは夫婦揃っての高笑いが続き、ナジェークからの指令を受けている密偵役の侍女は、その様子を立ち聞きしつつ「本当に相変わらず進歩の無い夫婦ね」と、密かに呆れ果てていた。
「カテリーナもいよいよ卒業ね。色々と名残惜しいでしょう」
「ええ、この三年間、とても楽しく過ごさせて貰いました」
「ラドクリフから聞いたが、この前の剣術大会では男顔負けの活躍をしたらしいな。それで近衛騎士団への入団が決まるとは、鼻が高いぞ!」
「私などよりよほど技量がある人もいらしたのに、恐縮です。女だから贔屓されたと言われないように、全力で役目に当たるつもりでいます」
「良く言った! それでこそ私の娘だ!」
まだ赤子のミリアーナを除く家族全員が顔を揃えた食堂で、カテリーナは一見和やかに夕食を食べ進めていたが、予想とは若干異なる兄夫婦の様子に少々違和感を覚えていた。
(ジェスラン兄様とエリーゼ義姉様が、静か過ぎて不気味だわ。私の近衛騎士団入団が本決まりになったら、てっきり『とんでもない』と喚き散らすと思っていたのに……)
疑問に思ったカテリーナは、さりげなく話の矛先を二人に向けて、反応を窺ってみた。
「先程久しぶりにミリアーナの顔を見せて貰いましたが、随分大きくなって可愛らしくなっていましたね」
「カテリーナはこれまで、滅多に寮から帰って来ませんでしたから。卒業したらミリアーナの顔を毎日見られるから、それほど新鮮に感じなくなるのではなくて?」
「……そうかもしれませんわね」
素っ気なく義姉に返されたカテリーナが、取り敢えず素直に頷いてみせると、ここでジェスランが嫌みっぽく口を挟んでくる。
「近衛騎士団に入団が決まったと言うが、男と女では人数も入団の難易度も比べ物にならないからな。我が家の名前に傷を付けないように、精々励めよ」
「……そうするつもりですわ」
せっかくの入団決定に水を差す気かと、ジェフリーは不愉快そうに無言で顔をしかめたが、カテリーナは無神経な兄の物言いに逆に安堵した。
(特に兄様達の考え方が変わったわけでは無く、私が近衛騎士団に入団する事自体は、これまで通り面白くないみたいね。これ以上は余計な事は言わないでおきましょう)
そこで微妙に悪くなった空気を払拭するように、イーリスが明るい声で話しかけてくる。
「カテリーナ。明日はリール伯爵家に招待されているのよね?」
「はい、サビーネ嬢とゆっくりお話ししてきます」
そこで今度は何故か、先程とは打って変わった笑顔でエリーゼが口を挟んできた。
「仲が宜しくて結構ですこと。近衛騎士団での勤務が始まったら頻繁にお休みを取る事もできないでしょうから、明日は好きなだけお話ししてくれば宜しいわ」
「……そうですわね」
その猫撫で声に近い声音に、カテリーナははっきりと異常を感じた。
(やっぱり変だわ……。お義姉様達は、一体何を考えているのかしら?)
それからは注意深く兄夫婦の言動を観察していたカテリーナだっが、それからは特に目立つような事柄は無く、落ち着かない気分のまま夕食を食べ終えて自室へと引き上げた。
そしてカテリーナが推察していた通り、彼女が近衛騎士団に入団する事に反対の立場の兄夫婦は、自分達の部屋に戻ってから盛大に悪態を吐いていた。
「全く忌々しい! 女騎士は圧倒的に人数が少ないから、希望すれば大抵近衛騎士団への入団が叶うというのに、父上はカテリーナの実力が認められたなどとあんなに得意になって! あんな事を誰彼構わず言いふらしたら、却って我が家の恥になるのが分からないのか!! 可愛さのあまり目が眩むと言うのは、まさに父上のような人物の事を指すのだな!」
苛立たしげにジェスランがテーブルを叩きながら吐き捨てると、エリーゼも怒りを露にしながら夫に同調する。
「あなたの言う通りよ。しかも侯爵家の令嬢が、騎士として出仕するなんて。嫁ぎ先や財産が無い、下級貴族や平民の娘でも無いのに、恥ずかしいにも程があるわ」
「だがエリーゼ。本当にこのまま反対しなくても良いのか?」
ここで急に幾分自信無さげに尋ねてきた夫に、エリーゼは舌打ちしたい気持ちを堪えて、語気強く言い聞かせる。
「闇雲に反対しても、お義父様達の反感を買うだけよ! それよりもまずカテリーナが学園の寮を出て、屋敷に戻って来させるのが先よ! そうすれば如何様にでもやりようはあるじゃない! 仕事があるから頻繁に夜会とかに引っ張り出すのは無理にしても、休暇の日程は確実に把握できるし、それに合わせて予定を組めば良いだけだから!」
「確かにそうだな」
「それにカテリーナ自身を引っ張り出さなくても、相手を日々の晩餐やお茶にお誘いして、こまめに見合いをさせれば良いわ。幾らでも融通は利かせられるわよ」
「なるほど! それもそうだ!」
そこまで聞いて喜色満面で頷いたジェスランに、エリーゼが重ねて言い聞かせる。
「だから今は表向き、カテリーナの入団に関しては意義を唱えず、おとなしく賛同しておくの。それで彼女が屋敷に戻ったら、色々予定を組むのよ。と言うか、もう内々に組んであるけれど」
「さすがだ、エリーゼ! こんな目端の利く妻がいて、私は何て果報者なんだ!」
本気でジェスランが誉め称え、悪い気はしなかったエリーゼは得意気に言い放った。
「あの子にしても、短期間でも近衛騎士団に入団して騎士として働けるのだから、文句は無いでしょう。寧ろ女のくせに剣を振り回すような野蛮な娘の嫁ぎ先を探してあげるのだから、感謝して欲しい位だわ」
「全くだ! カテリーナは勿論、父上や母上も、もっとエリーゼに感謝するべきだな!」
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