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その華の名は

篠原皐月

(22)意趣返し

「それでは第一試合、始め!」
「うあっ! っと、このっ!」
 リバールの号令がかかると同時にカテリーナは素早く踏み込み、バーナムの肩に鋭い突きを食らわした。斬れない様に刃先を潰してある模擬剣でもその衝撃は十分であり、バーナムは痛みで思わず剣を取り落としかけたが、カテリーナが更に踏み込んで振りかぶった剣を辛うじて受け止める。


(速攻は、あなただけの物では無いわよ!! これまでのふざけたあれこれを、この場で纏めて返して貰うわ!!)
 本来カテリーナが父から教わった剣は、防御より攻撃を重視するタイプの物であったが、騎士科での修練では近衛騎士団入団を見据え、護衛任務に就く事を念頭に指導がされており、彼女は本来の積極性を抑えていた。
 しかしこの場でそんな事をする必要性など全く感じていなかった彼女は、普段の慎重さをかなぐり捨て、しかし綿密な計算の上で続けざまに剣を振るう。防戦一方のバーナムは、顔色を悪くしながら辛うじて彼女の剣を受け止め、時には軽傷を負いながら戦っていたが、見るものが見れば二人の力量に差があるのは歴然だった。


「……ほうぅ?」
「これはこれは……」
「女生徒にしては、なかなかのものですな」
「しかも……、男子生徒の方が、明らかに遊ばれていますね」
「予想外の驚きです。これはこれで面白い」
 観覧席で観戦していた近衛騎士団の面々が、ある者は感心し、ある者は興味深そうに呟きながら資料に目を通しているのを見て、挨拶の後はそのまま説明役として来賓席に居残っていたエセリアが、不思議そうに首を傾げながら問いを発した。


「『遊ばれている』と言うのは、どういう意味でしょうか? 私にはお二人は、なかなかの勝負をしているように見えますが……」
 その素朴な疑問に騎士達は苦笑の顔を見合わせてから、彼女と以前から面識があったラドクリフが一同を代表して解説した。


「エセリア嬢は、剣術などは嗜まれておられないでしょうから分かりにくいかと思いますが、彼女は敢えて真剣では致命傷を与えない攻撃、つまり模擬剣を使っても試合終了とならない程度の攻撃を、試合開始直後から繰り返しているのです」
「具体的にはどのような?」
「真剣であればこれまでの攻撃で相手の肩を砕き、片耳を削ぎ落とし、膝の皿を叩き割り、肘の腱を切り、脇腹への殴打で内蔵を破裂させ、股関節にヒビくらいは入れましたかな? ですがこの程度であれば致命傷ではありません。早期にきちんとした処置をすれば、充分回復可能な負傷です」
 その冷静な解説を聞いたエセリアが驚いて試合場に目を向けてから、再びラドクリフに問いかけた。


「あの……、ですが、それで対戦が続行されますの? 本来ならここまで負傷が重なれば、さすがに戦闘不能と見なして、カテリーナ様の勝利が決まるのではありませんか?」
「本来なら、そうなのですがね……」
「審判がどうして、判断を下さないのやら……」
「何か含む物があるのか?」
 先程から自らが感じていた疑問について尋ねられたラドクリフ達は、ここで困惑した顔になったが、そのうちの一人が先刻イズファインから渡された資料の一部を指し示しながらラドクリフに囁いてくる。


「……団長、資料のここをご覧ください」
「うん? どうした?」
「それとたった今名前を思い出しましたが、あの対戦相手は学園からの近衛騎士団への一次推薦者です」
「……何だと?」
 部下からの報告を耳にした途端、ラドクリフの顔が険しいものに変化した。それは周りの騎士達も同様であり、その変化を目の当たりにしたエセリアは、密かにほくそ笑む。


(あら、ナイスタイミング。最後までここで経過を見物できないのが残念だわ)
 そこでエセリアは、落ち着き払ってラドクリフ達に声をかけた。


「皆様、申し訳ございません。他に運営上の仕事がございますので、この場を離れさせていただきます。ディオーネ様のご用件を承る事もありますので、代わりのお世話役の者がすぐに参りますので」
 それを聞いたラドクリフは、笑顔で会釈した。


「お気遣い無く。ああ、エセリア嬢。申し訳ないが騎士科教授主幹に、大至急ここに来るように伝えて貰えないだろうか?」
「分かりました。探してお伝えしてきますので、少々お待ちください」
「よろしく」
 そしてエセリアは同様にディオーネにも断りを入れてその場を立ち去り、騎士科の主幹教授に呼び出しの事実を伝えに向かった。


「このっ……、ちょこまか、とっ!」
 ゼイゼイと息を切らしながら、何とか剣を持っているだけのバーナムを、カテリーナは油断なく剣を構えながらあざ笑った。


「逃げ回っているのはそちらよ。しかも私に傷一つ付けられず、そのありさま。騎士としての誇りは皆無らしいわね」
「貴様ぁぁっ!」
 そんな挑発にあっさりと乗った彼が斬りかかってきたが、カテリーナは身体を最小限に捻っただけでそれをかわし、すれ違いざまに彼の脛に蹴りを入れる。


「うぉっ!」
「はあぁあぁっ!」
 たまらずバーナムが前屈みになったところで、カテリーナは彼の首に後ろから剣で殴り付けた。
「ぐはぁっ!」
 その勢いでバーナムは前方に倒れ込み、顔面からまともに地面に突っ込んで、突っ伏したまま動かなくなる。


「ちょっと待て。……おい、どうした。大丈夫か?」
 少し待っても彼が微動だにしない為、リバールは一応カテリーナを制止してからバーナムに声をかけ、次いで仰向けにひっくり返してみた。すると彼は大量に鼻血を出しながら気絶しており、それを認めたリバールが高らかにカテリーナの勝利を告げる。


「試合続行不可能! 勝者、カテリーナ・ヴァン・ガロア!」
「きゃあぁぁっ! カテリーナ様ぁぁっ!!」
「貴女の勝利を、私は信じておりましたわぁぁっ!」
「なんて荘厳なお姿でしょう!」
「もうそこら辺の殿方なんて、目に入りませんわぁぁっ!」
「お姉様と呼ばせて下さいませぇぇっ!!」
 勝利宣言と共に観覧席の一角から歓声が上がり、無数の色鮮やかなテープが再び中空に舞った。偶々ナジェークに用があってやって来たエセリアが、それを彼と共に眺めながらしみじみとした口調で呟く。


「……カテリーナ様の人気は、留まる所を知りませんわね」
「そうらしいね。これは下手をすると予選敗退しても、人気投票で復活するかもしれないな」
「復活もそうですが……、新たな潮流の誕生に、立ち会ってしまった気がします……」
「新たな潮流? 何の事かな?」
「紫蘭会から、白百合会の分派発生ですわ」
 妹が大真面目に呟いた意味不明な言葉に、ナジェークはそこはかとなく不吉なものを覚え、即座に彼女を問い質そうとした。


「…………ちょっと待て、エセリア。今、何と言ったのかな? 紫蘭会から何ができるって?」
 しかしエセリアは、それを愛想笑いで誤魔化す。


「お兄様に予備知識は無いでしょうから、お分かりにならなくて結構ですのよ? あ、私、ちょっと会場内の見回りに行って参りますわね。お兄様、引き続き進行をよろしくお願いします」
「エセリア! 何やら不吉な予感がするんだが!?」
 さりげなく踵を返した妹をナジェークは慌てて引き留めようとしたが、ここで他の生徒から戸惑い気味の声がかけられた。


「あ、あの、ナジェークさん。あの人はどうしましょうか?」
 彼が指し示す試合場の中央では、リバールに声をかけられても未だに気絶しているバーナムがおり、ナジェークは盛大に舌打ちしてから矢継ぎ早に指示を出した。


「担架があれば、至急持ってきてくれ! 無ければ戸板か、看板のような物でも良い! 早く医務室に運ぶぞ! 医務官への連絡も頼む!」
「はい!」
「分かりました!」
 それからは慌ただしく生徒達が動き、バーナムは適当に持ってこられた板に乗せられ、血と汗と埃にまみれた哀れな姿を晒しながら、四人がかりで医務室へと運ばれて行った。


「ありがとうございます、リバール教授」
「特に、礼を言われるような事はしていないが?」
「わざと試合を続行させましたでしょう? 少しでも長い間、バーナムの無様な姿を晒させてやりたくて」
「…………」
 試合場で二人になってからカテリーナが囁いてきた内容に、リバールは表情を消した。そんな彼に向かって、カテリーナは微笑みながら告げる。


「お嬢様の事は災難でしたが、そのうちに何とか良いように事が運ぶと思います。間違っても神の御使いとは言えませんが、小悪魔の申し子的な人物がこちらには付いていますので」
「え? あ、あの、それは……」
「次の試合も、公平・・な審判を宜しくお願いします。それでは失礼します」
 二試合目の生徒達がやって来たのを見て、カテリーナは呆気に取られた様子のリバールに一礼して会場の端に向かって歩き出したが、内心で一抹の不安を覚える。


(バーナムの裏事情を知ってナジェークが放置するのはあり得ないから、何か手を打っていると思ってあんな事を言ってしまったけど……、大丈夫でしょうね?)
 そこで前方にナジェークの姿を認めた彼女は、ついでに確認してみようと彼に声をかけた。
「ごめんなさいね。大騒ぎになってしまって」
 するとそれに、すこぶる上機嫌な声が返ってくる。


「上等な試合運びだった。エセリアの話では騎士団の方々も、かなり興味深く観戦してくださったらしい。主幹教授も呼びつけたそうだしな」
「それなら頑張った甲斐があったわね。因みに、バーナムの家に脅迫されていたのは、リバール教授よね? 教授の中で条件に合うのは彼だけの筈だし。例の話を聞いてから、何か手を打った?」
 それを聞いたナジェークは不敵に笑った。


「私が、何も手を打たないとでも? そろそろ話が通る頃だ」
「それなら良かったわ。後から詳細を聞かせてね?」
「分かった。見た感じ、怪我もしていないよな?」
「当然よ」
「お疲れ。次の試合も頑張れ」
「そちらも頑張ってね」
「ああ」
 そこでカテリーナは成果に満足すると同時に安堵しし、友人達が待つ観覧席に戻って行った。



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