その華の名は
(20)観覧席での一幕
カテリーナ達が朝食後に連れ立って大会会場の鍛練場へ向かうと、試合場としてかなり広く地面に線が引かれた外側に、それを囲むように立派な三段の雛壇が設置されていた。その一辺の最前列の椅子から立ち上がったサビーネが、カテリーナ達に向かって手を振りながら呼び掛ける。
「皆さん! 席はこちらですわ!」
会場の様子にすっかり度肝を抜かれながらも、カテリーナ達は素直にサビーネのもとに向かった。
「ありがとうサビーネ。今日は席取りをお願いしてしまってご免なさい」
「いいえ、これ位は実行委員会の役得ですもの。お気遣いなく」
「それにしても、凄い本格的ね。椅子は教室から運び込んだのでしょうけど」
「昨日の最後の訓練中には、この鍛練場内にこんな雛壇なんて影も形も無かったのにびっくりよ」
カテリーナに続き、四方を見回しながらティナレアが感心したように告げると、サビーネの笑みが深くなった。
「設営係の、汗と涙の結晶ですわ。活動を開始してから半年近く、こつこつと作り上げておいた物を空き教室で保管しておいて、昨日鍛練場の使用が終了してから急いで搬入及び組み立てを行いましたの」
「並々ならぬ気合いの入れ具合ね。これに相応しい試合を披露しないと」
「腕が鳴るわね」
女二人が不敵に笑い合っていると、既にサビーネの背後の席に座って周囲と何やら話をしていたマリーアが、穏やかに声をかけてきた。
「カテリーナ様。貴女は開会式直後の第一試合ですよね? 予め所定の場所で待機してしないといけないのではありませんか?」
「ええ。それでは失礼します。皆、私の席は取っておいてね?」
「分かったわ」
「任せて」
制服姿の他の生徒達とは異なり、ティナレアと共に訓練用の衣服を身に着けていたカテリーナは、友人達に声をかけてその場を離れて行った。するとここでマリーアが、サビーネに声をかける。
「それでは私達も、準備をいたしましょうか」
「はい、マリーア様」
「え? 準備?」
なんの事かと思ったティナレア達が首を傾げると、サビーネが振り返って解説を始めた。
「私達は試合参加女生徒五名の私設応援団として、この間応援グッズを複数作製しておりましたの」
「あの……、『おうえんぐっず』と言うのは……」
「まずはこれです!」
サビーネは足元に置いてあった箱から飛び出ていた棒を掴み、誇らしげに差し出してきたが、それを見たティナレア達の困惑が深まった。
「何ですか? この布が巻き付いている棒は?」
「カテリーナ様のキャッチフレーズを、この横断幕に大きな文字で書き込んでありますの」
「『きゃっちふれーず』? それに『おうだんまく』? あの、それは一体どういう意味」
「因みにそれは『クレランス学園に、凛と咲き誇る一輪の華。その名はカテリーナ・ヴァン・ガロア!』ですわ! これを対戦時に左右に広げて、万人の目に留まるように高く掲げるのです!」
「…………」
サビーネが説明しながら二本の棒をくるくると外側に回していくと、両端から巻き取られていた布の中央部分が僅かに現れ、ティナレア達には漸く言われた内容が理解できた。そのまま唖然として言葉もない彼女達の前で、見た事が無い物が次々と箱から取り出される。
「それから、こちらは声を響かせる為のメガホンで、こちらは華やかさを演出する紙テープですの。どちらも紙製で作るのも比較的容易ですが、効果は侮れませんのよ?」
「『めがほん』に、『かみてーぷ』?」
「それからこちらがスレイベルですわ! これらを使って、大会を最高潮に盛り上げて見せましてよ!?」
「その大量の鈴が、『すれいべる』? あの、それは少々やかましい」
「サビーネ様、頑張りましょうね!」
「私達は大会を成功に導くため、一致団結して最後まで戦い抜きますわ!」
「……何と戦うのよ」
いつの間にかサビーネの周りに集まってきた女生徒達が、半ば自分達を無視して意気軒昂に叫んでいるのを見て、ティナレアは肩を落として呻いた。するとサビーネが、そんな彼女に追い討ちをかけてくる。
「あ、因みにティナレアさんのキャッチフレーズは、『蝶のように舞い、蜂のように刺す!  孤高の女騎士、その名はティナレア・ヴァン・マーティン!』です! ティナレアさんの試合の時には、それが書かれたこれを高く掲げますので!」
「…………」
箱からもう一つの横断幕を取り出しながらサビーネが満面の笑みで告げた内容を聞いて、ティナレアの顔が盛大に引き攣った。しかしサビーネの周りでは、そのような変化を全く気にする事無く、賑やかに準備が続く。
「サビーネ、これも皆に配って良いかしら?」
「あ、はい。せっかくですから、色が偏らないようにして貰えますか?」
「分かったわ。じゃあ、これとこれと……」
自分の目の前で次々と応援グッズが手渡されていくのを見たティナレアは、力なく椅子に座り直し、がっくりと項垂れながら弱音を漏らした。
「……棄権しても良いかしら」
その呟きを耳にした友人達は、本気で焦りながら彼女を宥める。
「ティ、ティナレア! 気持ちは分かるけど気を確かに持って! 皆、本当に悪気は無いんだから!」
「そうよ! それに、今更棄権なんかできないでしょう!? 相手を不戦勝にさせる気!?」
「大丈夫よ! ティナレアは女生徒の試合としては三番目だし、最初のカテリーナよりははるかに目立たない筈だから!」
「そうよね……。まだカテリーナよりはマシよね……。せめて試合開始までに、心の準備だけでもしておくわ……」
どこか遠い目をしながらのティナレアの呟きに、それから友人達はハラハラしながら彼女の様子を見守る事となった。
「皆さん! 席はこちらですわ!」
会場の様子にすっかり度肝を抜かれながらも、カテリーナ達は素直にサビーネのもとに向かった。
「ありがとうサビーネ。今日は席取りをお願いしてしまってご免なさい」
「いいえ、これ位は実行委員会の役得ですもの。お気遣いなく」
「それにしても、凄い本格的ね。椅子は教室から運び込んだのでしょうけど」
「昨日の最後の訓練中には、この鍛練場内にこんな雛壇なんて影も形も無かったのにびっくりよ」
カテリーナに続き、四方を見回しながらティナレアが感心したように告げると、サビーネの笑みが深くなった。
「設営係の、汗と涙の結晶ですわ。活動を開始してから半年近く、こつこつと作り上げておいた物を空き教室で保管しておいて、昨日鍛練場の使用が終了してから急いで搬入及び組み立てを行いましたの」
「並々ならぬ気合いの入れ具合ね。これに相応しい試合を披露しないと」
「腕が鳴るわね」
女二人が不敵に笑い合っていると、既にサビーネの背後の席に座って周囲と何やら話をしていたマリーアが、穏やかに声をかけてきた。
「カテリーナ様。貴女は開会式直後の第一試合ですよね? 予め所定の場所で待機してしないといけないのではありませんか?」
「ええ。それでは失礼します。皆、私の席は取っておいてね?」
「分かったわ」
「任せて」
制服姿の他の生徒達とは異なり、ティナレアと共に訓練用の衣服を身に着けていたカテリーナは、友人達に声をかけてその場を離れて行った。するとここでマリーアが、サビーネに声をかける。
「それでは私達も、準備をいたしましょうか」
「はい、マリーア様」
「え? 準備?」
なんの事かと思ったティナレア達が首を傾げると、サビーネが振り返って解説を始めた。
「私達は試合参加女生徒五名の私設応援団として、この間応援グッズを複数作製しておりましたの」
「あの……、『おうえんぐっず』と言うのは……」
「まずはこれです!」
サビーネは足元に置いてあった箱から飛び出ていた棒を掴み、誇らしげに差し出してきたが、それを見たティナレア達の困惑が深まった。
「何ですか? この布が巻き付いている棒は?」
「カテリーナ様のキャッチフレーズを、この横断幕に大きな文字で書き込んでありますの」
「『きゃっちふれーず』? それに『おうだんまく』? あの、それは一体どういう意味」
「因みにそれは『クレランス学園に、凛と咲き誇る一輪の華。その名はカテリーナ・ヴァン・ガロア!』ですわ! これを対戦時に左右に広げて、万人の目に留まるように高く掲げるのです!」
「…………」
サビーネが説明しながら二本の棒をくるくると外側に回していくと、両端から巻き取られていた布の中央部分が僅かに現れ、ティナレア達には漸く言われた内容が理解できた。そのまま唖然として言葉もない彼女達の前で、見た事が無い物が次々と箱から取り出される。
「それから、こちらは声を響かせる為のメガホンで、こちらは華やかさを演出する紙テープですの。どちらも紙製で作るのも比較的容易ですが、効果は侮れませんのよ?」
「『めがほん』に、『かみてーぷ』?」
「それからこちらがスレイベルですわ! これらを使って、大会を最高潮に盛り上げて見せましてよ!?」
「その大量の鈴が、『すれいべる』? あの、それは少々やかましい」
「サビーネ様、頑張りましょうね!」
「私達は大会を成功に導くため、一致団結して最後まで戦い抜きますわ!」
「……何と戦うのよ」
いつの間にかサビーネの周りに集まってきた女生徒達が、半ば自分達を無視して意気軒昂に叫んでいるのを見て、ティナレアは肩を落として呻いた。するとサビーネが、そんな彼女に追い討ちをかけてくる。
「あ、因みにティナレアさんのキャッチフレーズは、『蝶のように舞い、蜂のように刺す!  孤高の女騎士、その名はティナレア・ヴァン・マーティン!』です! ティナレアさんの試合の時には、それが書かれたこれを高く掲げますので!」
「…………」
箱からもう一つの横断幕を取り出しながらサビーネが満面の笑みで告げた内容を聞いて、ティナレアの顔が盛大に引き攣った。しかしサビーネの周りでは、そのような変化を全く気にする事無く、賑やかに準備が続く。
「サビーネ、これも皆に配って良いかしら?」
「あ、はい。せっかくですから、色が偏らないようにして貰えますか?」
「分かったわ。じゃあ、これとこれと……」
自分の目の前で次々と応援グッズが手渡されていくのを見たティナレアは、力なく椅子に座り直し、がっくりと項垂れながら弱音を漏らした。
「……棄権しても良いかしら」
その呟きを耳にした友人達は、本気で焦りながら彼女を宥める。
「ティ、ティナレア! 気持ちは分かるけど気を確かに持って! 皆、本当に悪気は無いんだから!」
「そうよ! それに、今更棄権なんかできないでしょう!? 相手を不戦勝にさせる気!?」
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