その華の名は

篠原皐月

(14)カテリーナの動揺

 カテリーナ的にはそれなりに色々あった長期休暇が終わり、後期に突入してからは、ごく一部の者達が未だに望まないにも関わらず、学園内の空気は剣術大会一色になっていた。


「後期に入ってから、本当に忙しそうね。周りもだけど」
 隠し部屋に書類を大量に持ち込み、難しい顔で何やら書きなぐっていたナジェークにカテリーナが控え目に声をかけてみると、彼は顔を上げて苦笑しながら応じた。


「そうだね。剣術大会の準備が本格化したから。君の方はどうかな? 稽古は続けている?」
「お陰様で。放課後、鍛練場の使用許可を取って練習中よ。最近は参加者の間で、時間と場所の取り合いね。イズファインが揉める生徒達の間に入って、四苦八苦しながら調整しているわ」
「ご苦労な事だな。例のバーナムとやらも、今更焦っている輩か?」
「本当に今更よね」
 彼の皮肉まじりの口調にカテリーナは肩を竦めてから、慎重に話題を出してみる。


「生徒達の間で準備活動に熱が入ると同時に、今回の剣術大会発案を提案したグラディクト殿下とエセリア様への評価と人望が高まっているのだけど……」
 中途半端に言葉を濁した彼女が本当に言いたい事を瞬時察したナジェークは、笑みを深めながら問い返した。


「それは、両者同等にかい?」
「表向きはグラディクト殿下が発案者と言う事になっているし、実行委員会の中でも名誉会長で頂点のお方だけど、実質は殆ど何もしていないのは、皆、分かっているわよ?」
「そうだろうな。盲目的な者だけが殿下の偉業を讃えているのだろうが、それで充分だ。というか、私達にとっては望ましい位でね」
「どういう事? エセリア様の陰から支える活動が認められると、益々婚約破棄などは認められないのではない?」
 少し前から疑問に思っていた事を口にしてみたが、ナジェークの飄々とした態度は変わらなかった。


「その辺りは妹も考えているよ。因みに今回のテーマは『上げて下げる』だそうだ」
「はぁ?」
「対外的にはグラディクト殿下の評価を上げて見せながら、彼の自分への好感度をとことん下げるつもりらしい。勿論、自分自身の外部からの評価を下げずにだが」
「一体何をどうするつもりなのか、全く見当が付かないわ」
「私もこれに関しては、エセリアのお手並み拝見、と言ったところかな?」
 思わず溜め息を吐いたカテリーナだったが、ここで気を取り直して話を続けた。


「その……、長期休暇中、領地で素敵なペーパーウエイトをありがとう。貰った時はバタバタしていて、きちんとお礼を言っていなかったから……」
「直後にご両親が来たからね。さすがに直接ガロア侯爵夫妻と顔を合わせるわけにはいかなかったし。それで?」
「え?」
「何か、他にも言いたい事があるんじゃないのかな?」
 軽く首を傾げて不思議そうに見返してきたナジェークに、カテリーナ(そこまで察する事ができるなら、いっその事完全に察してよ!)と八つ当たりしながら、この間考えていた事を口にした。


「ええ、まあ……、その……。いつも貰ってばかりなのはちょっと心苦しかったから、休暇中に王都で色々探してみたのよ。だけど男の人が使う物とか、良く分からないし」
「別に気にしなくて良いのに。こちらは好きで贈っているんだから」
 やんわりと断りを入れたナジェークだったが、わざわざ話を出したのにここで終わりにできるかと、カテリーナは食い下がった。


「それはそうなんだけど……。これまで他の人からの贈り物に関しては、お母様や使用人と相談して、適当に決めていたし……。だけど何となくあなたは、人任せにして選んだようには思えなかったから、こちらもそうしないといけないかと思って……」
「まあ確かに、私も他の人間への贈答品や返礼品は家族や使用人と相談して決めているし、君への物だけは自分で決めているけど」
「そうよね!? 何となくそんな気がしたのよ!」
「だけど、それで君が悩むのは本意では無いが……。困ったな」
 軽く腕を組んで真顔で考え込み始めた彼に向かって、カテリーナは語気強く訴えた。


「そういうわけだから、何か欲しい物があったら言って貰える!? それならすっきりするから!」
「君が欲しいけど」
「…………はい?」
 サラッと真顔で言われた内容が咄嗟に理解できず、カテリーナはきょとんとした顔で固まった。それにナジェークが、淡々と追い打ちをかける。


「だから君自身」
「………………」
 そこで室内に、何とも言えない微妙な空気の沈黙が漂った。


(えっと、さっきの台詞って、所謂そういう事よね? そういう意味じゃ無かったら、どういう意味よ!? こんな全然人目の無い二人きりの所で、いきなり言わないでよ!! いえ、事前に通告されたら良いとか、そういう事じゃなくてね!!)
 何故だか相手から目を逸らしたら余計に気まずくなりそうな気がしたカテリーナは、徐々に自分の顔が赤くなってきているのを自覚していたが、どう対応すれば良いのか皆目見当が付かなかった。そんな彼女を眺めていたナジェークは、軽く息を吐いてから笑いを堪える口調で言い出す。


「だけど私は、お行儀が良過ぎる貴公子だからね。対外的にも実態でも」
「……実態の方はどうかと思うわ」
 どう見ても相手が面白がっているようにしか見えなかったカテリーナは、盛大に顔を引き攣らせた。 


「そういう事だから、できれば落ち着いた色合いのベルトでも貰えれば」
「分かったわ、ベルトねっ! 近日中に手配するわ! それじゃあ、今日はこれで!!」
 とにもかくにも返事を貰った事で安心したカテリーナは、勢い良く立ち上がって後ろを振り返らずにそのまま隠し部屋から出て行った。


(びっくりした! 何よ、爽やかな顔でサラッとあんな事を言うなんて! もしかして私、からかわれたわけ? 分かっていたつもりだけど、本当に性格が悪いんだから!)
 心の中で悪態を吐きながら、カテリーナはそのまま足音荒く廊下を進んでその場から離れた。


「やれやれ……。本当に私は自分が考えていた以上に、お行儀が良いよな」
 一方のナジェークは彼女を追うような真似はせず、そんな自虐的な台詞を吐いてから、中断していた書類の処理をするべく再び手元に集中し始めた。



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