その華の名は

篠原皐月

(9)いつもとは異なる交流

 長期休暇に突入してすぐ、カテリーナは男装してある夜会に参加した。
「カテリーナ様、ごきげんよう。今夜はこちらにお出でだとは存じませんでしたわ」
 エスコートしてきたイリーナと共に、知り合いの女性達とカテリーナが笑顔で話し込んでいると、嬉しそうな声がかけられた。反射的に振り返って相手を確認したカテリーナは、笑顔で挨拶を返す。


「まあ、マリーア様。お久しぶりです」
「本当にクラスが異なると、学園内でも顔を合わせる機会が減りますね。それにしても相変わらず、凛々しいお姿ですこと」
「それほどでもありませんが」
 苦笑したカテリーナは、そろそろ年配のご婦人方の話し相手にも飽きていた為、これ幸いとイリーナに申し出た。


「お母様、少し友人と話をしていても宜しいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。私もあちこちにご挨拶して来ますから。また後でね」
 そこでイリーナは周りの女性達の何人かを引き連れて移動し、それを見送ってからマリーアが少々おかしそうにカテリーナに尋ねた。


「私を、友人扱いして宜しいのかしら?」
 その問いかけに、彼女は平然と言葉を返す。
「家同士の交流があまり無いからと言って、友人付き合いができない事はございませんでしょう? それは両親も、同様の考えですから。勿論マリーア様ご自身が、私から友人扱いされたくないと仰るのなら、話は別ですが」
「そんな意地悪な事を仰らないで。私もカテリーナ様から、友人扱いされたいですわ」
「それならお互いのために良かったですわね」
 そこでお互いに顔を見合わせてくすくすと笑いを零してから、マリーアが真顔になって話を切り出した。


「実は今日お声がけしたのは、最近貴族科であなたの事を悪し様に語る方々について、この機会にお知らせしておこうと思いましたの」
「あぁ……、例の剣術大会に関してですね。『授業で剣を振り回すならまだしも、れっきとした校内行事で殿方に混ざって試合をするなどはしたない』とか『本気で殿方を討ち果たす気なのかしら。神経を疑います』とかでしょうか?」
 ちょっと考え込んだカテリーナがあっさりと述べた内容を耳にして、マリーアが明らかな渋面となった。


「……既にどなたかがそのようなくだらない事を、あなたのお耳に入れましたか?」
「それはありませんが、誰がどのように吹聴しているか位、想像がつきますから」
「相変わらず、豪胆でいらっしゃいますのね」
 そこで諦めたように溜め息を一つ吐いてから、マリーアは気を取り直して話を続けた。


「こちらのクラスの空気を正直に申し上げますと、あなたの参加を不快に思っている方が約半数。残りは傍観するか面白がっておられます。あなたは既に剣術大会に向けての盛り上がりに、貢献していらっしゃいますわ。それで私としては大会をより派手に盛り上げ、成功させる為にも、カテリーナ様にあっさり負けて欲しくはありませんの」
「マリーア様の激励をいただけるとは感激です。勿論、あっさり負けるつもりなどございません」
「期待しています。何としてでも剣術大会を大成功に導いてみせますわ!」
 固く右手を握り込んでの、普段の彼女には似つかわしくない宣言に、カテリーナは少々意外に思いながら尋ねた。


「随分、気合いが入っておられますのね。どうしてそれほど思い入れがおありなのか、聞いてもよろしいですか?」
 カテリーナは本当に何気なく尋ねたのだが、何故かマリーアは途端に我に返って狼狽した。


「え? ええと……、それは、ですね……。その……、わ、私も実行委員会に入っておりまして、各係の取りまとめや、資料の作成をお手伝いしておりますの」
「そうでしたか。それは存じませんでした」
「その活動の中で平民の方々と親しくやり取りをする事を重ねて、親交を深めております。それで毎日が楽しくて、本当に悔しいですわ」
「楽しいのに、どうして悔しいのですか?」
 口ごもったのはほんの少しの間だけで、すぐにスラスラと理由を語ったと思ったら、急に如何にも残念そうに語られて、カテリーナは益々首を傾げた。するとマリーアが、苦笑しながら説明する。


「入学直後の教養科の時に、このイベントが恒例行事として確立していたなら、これまでの二年間が随分違ったものになっていただろうと思いまして……」
 それを聞いたカテリーナは、深く納得した。


「マリーア様のお考えを聞いて、嬉しいです。私も全く同じ気持ちですもの」
「公に口にしてはおりませんが、貴族科内で私と同様に思っている方が何人もおられるのを、存じ上げております」
「それは何よりです。最後の学年だけでもエセリア様と共に学園に在籍できた事を、幸運だと思わなければいけませんわね」
「ええ、仰る通りです。それで来年度以降の定期開催化の為にも、今回の大会を何としてでも大成功に導く必要があるのです」
「そうなると私達、専科上級学年生の責任は重大ですわね」
「その通りですわ、カテリーナ様」
「それではお互いに、全力を尽くしましょう」
 そう意思統一した二人はどちらからともなく右手を差し出し、固い握手を交わした。


「当日はカテリーナ様を応援させていただきます。エセリア様にご教授いただきまして、応援用の小物を鋭意作成中ですの。期待していてくださいませ」
 微笑しながらの申し出を受けたカテリーナは、握手を解きながら怪訝な顔になった。


「応援用の小物……。その類いの物は聞いた事がございませんが、どんな物ですか?」
「それは当日のお楽しみですわ」
「はぁ……。それでは楽しみにしておきます」
 そこでマリーアと笑顔で別れ、他の招待客とも会話に勤しんだカテリーナだったが、その心中では一抹の不安を拭い取れなかった。


(学園内で作って使用するなら、間違っても危ない物や変な物では無い筈だけど……。エセリア様が絡んでいると聞いただけで、何か突拍子もない物が出てきそうで不安だわ。そこら辺をナジェークに聞いてみましょう)
 そうこうしているうちに、カテリーナが領地に向かう日になり、彼女はエリーゼのもとに挨拶に向かった。


「それではお義姉様。私は暫く領地の方に行って参ります。ミリアーナの顔が見られないのは残念ですが、戻ったらまたこちらに伺いますね。お義姉様はゆっくり静養なさっていてください」
「……ええ」
 自分で歩いて移動できるようにはなっていたものの、まだ横になっている時の方が多い彼女は、ベッドで上半身を起こしながら気だるげに応えた。そこでカテリーナが、何気無く隣の小さなベッドに寝かせられている姪に視線を向ける。


「それにしても、ミリアーナの目はお義姉様と同じ緑で、目元も良く似て可愛」
「私じゃなくて、ジェスラン似よ!」
「え?」
「ジェスランも目の色は緑じゃない!! 言いがかりは止して頂戴!!」
「いえ、あの……、言いがかりだなんて、そんな……」
 自然に笑みが浮かんできたカテリーナが褒め言葉を口にしかけた所で、いきなり血相を変えたエリーゼにそれを遮られた。更に怒りの形相で食ってかかってきた義姉を、カテリーナが呆気に取られたまま眺めていると、エリーゼ付きの侍女が素早く側に寄って来て囁く。


「カテリーナ様、エリーゼ様はお疲れのご様子なので」
「あ、そうね。お義姉様、お邪魔しました。王都に戻りましたら、ご挨拶いたします」
 さり気なく、そして即行で寝室から出たカテリーナは、不思議に思いながら一部始終を見ていた侍女に尋ねた。


「お義姉様はどうかしたの? 私、何か気に障る事を言ったかしら?」
 そこで彼女が言い難そうに、カテリーナに向かって頭を下げる。
「その……、エリーゼ様は出産後、少々情緒不安定でいらっしゃいますので。申し訳ありません」
「それなら別に構わないわ。私は気にしていないから、あなたも気にしないで。お義姉様の事をお願いね」
「はい、畏まりました」
 カテリーナは義姉の様子に疑問を抱いたものの、明日からの解放感の嬉しさで深く考えず、その事はすぐに思考の片隅に追いやってしまった。



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