その華の名は
(4)降って湧いた剣術大会構想
騎士科内の空気の悪さを打開する方法をナジェークに相談しようと、それから連日隠し部屋に足を運んだカテリーナだったが、何故かそれから数日、ぱったりと彼の来訪が途絶えていた。
(全くもう! あの人は相談しようと思っている時に限って、どうして全然顔を出さないわけ? 私が貴族科に出向いたら目立つ事は確実だし、どうしてくれるのよ!?)
連続で待ちぼうけを食らわされたカテリーナが、かなり気分を害しながら一人で本を読んでいると、何日かぶりに漸く待ち人が現れる。
「やあ、カテリーナ。久し振り」
傍目には呑気に笑いながらの登場に、カテリーナは些か乱暴に音を立てて本を閉じながら、彼を睨み付けた。
「本当にお久し振りね。この間、一体何をしていたのやら」
「色々忙しくてね。妹が、とんでもない構想を打ち出したものだから」
「エセリア様が? どういう事?」
「剣術大会を新たに企画して、今年度中に開催する事になった。それで各方面に水面下で根回し中なんだよ」
「……はい? それは何?」
エセリアの名前が出てきた時点で、その場しのぎの言い逃れを口にしているだけでは無いと察したカテリーナは、取り敢えず怒りを静めて話を聞く態勢になった。すると彼女の前に座ったナジェークが、真剣な面持ちで説明を始める。
「君は騎士科内で、近衛騎士団への一次推薦を巡って、揉めた経過を知っているかな?」
「バーナム側が教授に圧力をかけて、クロードの推薦を取り消させた事は知っているわ」
「そんな事が罷り通るのは学園の騎士科内で、選抜過程が明らかにされずに決まるからだ。だから近衛騎士団の前で、騎士科所属の生徒の実力を披露する場を設ける」
「ちょっと待って。全く意味が分からないわ。学内にどうやって近衛騎士団を招き入れる事ができるの?」
あまりにも一足飛びな話に彼女が慌てて口を挟むと、ナジェークも小さく頷いてから改めて話し出した。
「順を追って話すか……。我が国が諸外国に対して国力を誇示するため、毎年国境沿いで大規模な軍事演習を行っているのは知っているだろう?」
「ええ、勿論よ」
「膨大な予算を人員と日数を必要とするそれに動員されるのが、各地の領主が抱える私兵からの派遣人員と、即応騎士が殆どを占めて、近衛騎士団の参加数が規模の割に少ない事は?」
その問いかけにカテリーナは少し考えてから、かつて父親から聞かされた話を思い出した。
「……以前にお父様から、聞いた覚えがあるわ。『王族の側近くに仕え、王家直轄領を守護する近衛騎士団なら尚更、率先して参加するべきだろうが!』と憤慨していたわね」
「やはりガロア侯爵は、実直なお人柄のようだ。そういう方が義父になるのは嬉しいな」
「話が逸れたわよ! その演習がどうしたの!?」
そこでナジェークが常には見られない穏やかな笑みを浮かべ、それを目の当たりにしたカテリーナが内心で動揺したが、口では話の先を促した。それにナジェークは素直に頷き、核心に触れる。
「エセリアはその演習の代わりに王都で大規模な武術大会を開催する事で、諸外国に我が国の武力と国力を誇示する事を王家に提案する予定だ。より平和的に、かつ少ない予算を有効に消化する為に。ただいきなりそんな前例の無い事を申し出ても戸惑われるのが確実だから、学園内でトーナメント制の実践を行い、それらしい理由をつけて招待した近衛騎士団の前でデモンストレーションをする」
聞き慣れない言葉を聞いて、カテリーナは思わず首を傾げた。
「『とーなめんと』? それに『でもんすとれーしょん?』」
「簡単に言うと、勝ち抜き戦と予行演習の事かな」
「それはともかく……。どうして学園内でそんな事をする必要があるの?」
そこでナジェークは、微妙に話題を変えてきた。
「カテリーナはここに入学以来、貴族と平民の間の隔意を感じているだろう?」
「ええ。でも身分を越えた平等や公平な学園生活を目的に掲げていても、それはどうしようも無いのではない?」
どうして今、そんな話をするのだろうと困惑しながらも彼女が素直に思っていた事を告げると、ナジェークがおかしそうに笑いながら話を続けた。
「それを全生徒が参加する、生徒主催の行事を運営する事で解消しようとする事を、学園長に提案したんだ。騎士科の生徒は勿論大会参加だが、他の全生徒も大会に向けての準備や当日の運営に関わって、身分や学年、所属科に関係なく、必ず一人一役をこなす事で一体感を形成し、それを成し遂げる。エセリアがグラディクト殿下を上手くおだてて、大会実行委員会名誉会長として祭り上げたおかげで、今日無事に学園長から許可を頂いたよ」
それを聞いたカテリーナは、目を輝かせた。
「要するに……、国の政策云々は横に置いておいて、学内の協調性増進の目的も素晴らしいけれど、近衛騎士団の視察を名目に、彼らの前で騎士科生徒の対戦をさせるという事よね!? つまり、不透明な書類審査ではなく、本当の実力を披露できると!」
「その通り」
ナジェークが深く頷いたのを見て、カテリーナは思わず身を乗り出し、彼の左手を両手で握りしめながら歓喜の声を上げた。
「願ってもないわ! 国策なんか言われても手に余るし理解できないけど、是非ともエセリア様の計画が成功するように頑張って! 陰ながら応援するから!」
「そんなに頑張って欲しい?」
「勿論よ!」
「そうか。君にそこまで言われたら、何としてでも期待に応えないといけないな」
「……よろしくね」
ナジェークはそこで自分の左手を握っているカテリーナの両手の上に、さりげなく自分の右手を重ねつつ優しく微笑んだ。そこで自分が相手の手を握り込んでいる事に気付いたカテリーナは、僅かに動揺して彼から微妙に視線を逸らしたものの、完全に手を解くタイミングを逃してしまう。
(何よ。そんなに嬉しそうな顔をしなくても良いじゃない。いつもみたいに、すまして斜めに構えた顔をしていれば良いのに)
思い切って振り払ってしまおうかしらと考えたものの、少ししてからナジェークが右手を離してくれた事で自然にカテリーナも両手を離し、密かに胸を撫で下ろした。そんな彼女の様子を、ナジェークは笑いを堪えながら横目で観察していた。
結局その日は、剣術大会の詳細についてカテリーナがナジェークに質問攻めにする事で終わり、彼女は夕刻になってから隠し部屋を出て、意気揚々と寮に向かって歩き出した。そしてもうすぐ到着する所で、前から早足で歩いて来たティナレアに、慌ただしく声をかけられる。
「あ、カテリーナ、見つけた! どこに行っていたの!? さっきから探していたのよ!?」
「ちょっとね。何だか急いでいるみたいだけど、どうかしたの?」
「少し前にサビーネさんと会って、あなたに伝言を頼まれたの。『今夜大事な話があるので、夕食後に寮のお部屋に伺います』って」
それを聞いた彼女は、意外に思いながら問い返した。
「こちらの都合も聞かずにいきなり? 彼女はそういうタイプでは無いと思っていたけど……」
「それに加えて、『急で申し訳ありませんが、騎士科所属の皆さんにも是非話を聞いていただきたいので、ご都合をつけていただけませんか?』と頼まれて、リリスとエマに話を伝えてきたところよ」
「そうなの? どんな話かは言っていなかった?」
「何だか彼女が急いでいたようだったから、詳しくは聞かなかったの。でも凄く真剣な面持ちだったから、つまらない話では無いと思うわ」
(これはひょっとして、さっき聞いた剣術大会に関わる話かも。いえ、間違いなくそれ絡みね)
先程聞いたばかりのナジェークの話と、エセリアとサビーネの関係から、カテリーナはそう結論付けた。そうと決まれば絶対に話を聞かなければと決意し、ティナレアに深く頷いてみせる。
「分かったわ。ノーラを見かけたら、私からも伝えておくから」
「お願いね」
(これはエセリア様もナジェークも、本気で開催に持ち込む気ね。本当に面白くなってきたわ)
短く断りを入れてノーラを探す為に足早に去っていく彼女の背中を見送りながら、カテリーナは高揚する気持ちを抑えきれなかった。
(全くもう! あの人は相談しようと思っている時に限って、どうして全然顔を出さないわけ? 私が貴族科に出向いたら目立つ事は確実だし、どうしてくれるのよ!?)
連続で待ちぼうけを食らわされたカテリーナが、かなり気分を害しながら一人で本を読んでいると、何日かぶりに漸く待ち人が現れる。
「やあ、カテリーナ。久し振り」
傍目には呑気に笑いながらの登場に、カテリーナは些か乱暴に音を立てて本を閉じながら、彼を睨み付けた。
「本当にお久し振りね。この間、一体何をしていたのやら」
「色々忙しくてね。妹が、とんでもない構想を打ち出したものだから」
「エセリア様が? どういう事?」
「剣術大会を新たに企画して、今年度中に開催する事になった。それで各方面に水面下で根回し中なんだよ」
「……はい? それは何?」
エセリアの名前が出てきた時点で、その場しのぎの言い逃れを口にしているだけでは無いと察したカテリーナは、取り敢えず怒りを静めて話を聞く態勢になった。すると彼女の前に座ったナジェークが、真剣な面持ちで説明を始める。
「君は騎士科内で、近衛騎士団への一次推薦を巡って、揉めた経過を知っているかな?」
「バーナム側が教授に圧力をかけて、クロードの推薦を取り消させた事は知っているわ」
「そんな事が罷り通るのは学園の騎士科内で、選抜過程が明らかにされずに決まるからだ。だから近衛騎士団の前で、騎士科所属の生徒の実力を披露する場を設ける」
「ちょっと待って。全く意味が分からないわ。学内にどうやって近衛騎士団を招き入れる事ができるの?」
あまりにも一足飛びな話に彼女が慌てて口を挟むと、ナジェークも小さく頷いてから改めて話し出した。
「順を追って話すか……。我が国が諸外国に対して国力を誇示するため、毎年国境沿いで大規模な軍事演習を行っているのは知っているだろう?」
「ええ、勿論よ」
「膨大な予算を人員と日数を必要とするそれに動員されるのが、各地の領主が抱える私兵からの派遣人員と、即応騎士が殆どを占めて、近衛騎士団の参加数が規模の割に少ない事は?」
その問いかけにカテリーナは少し考えてから、かつて父親から聞かされた話を思い出した。
「……以前にお父様から、聞いた覚えがあるわ。『王族の側近くに仕え、王家直轄領を守護する近衛騎士団なら尚更、率先して参加するべきだろうが!』と憤慨していたわね」
「やはりガロア侯爵は、実直なお人柄のようだ。そういう方が義父になるのは嬉しいな」
「話が逸れたわよ! その演習がどうしたの!?」
そこでナジェークが常には見られない穏やかな笑みを浮かべ、それを目の当たりにしたカテリーナが内心で動揺したが、口では話の先を促した。それにナジェークは素直に頷き、核心に触れる。
「エセリアはその演習の代わりに王都で大規模な武術大会を開催する事で、諸外国に我が国の武力と国力を誇示する事を王家に提案する予定だ。より平和的に、かつ少ない予算を有効に消化する為に。ただいきなりそんな前例の無い事を申し出ても戸惑われるのが確実だから、学園内でトーナメント制の実践を行い、それらしい理由をつけて招待した近衛騎士団の前でデモンストレーションをする」
聞き慣れない言葉を聞いて、カテリーナは思わず首を傾げた。
「『とーなめんと』? それに『でもんすとれーしょん?』」
「簡単に言うと、勝ち抜き戦と予行演習の事かな」
「それはともかく……。どうして学園内でそんな事をする必要があるの?」
そこでナジェークは、微妙に話題を変えてきた。
「カテリーナはここに入学以来、貴族と平民の間の隔意を感じているだろう?」
「ええ。でも身分を越えた平等や公平な学園生活を目的に掲げていても、それはどうしようも無いのではない?」
どうして今、そんな話をするのだろうと困惑しながらも彼女が素直に思っていた事を告げると、ナジェークがおかしそうに笑いながら話を続けた。
「それを全生徒が参加する、生徒主催の行事を運営する事で解消しようとする事を、学園長に提案したんだ。騎士科の生徒は勿論大会参加だが、他の全生徒も大会に向けての準備や当日の運営に関わって、身分や学年、所属科に関係なく、必ず一人一役をこなす事で一体感を形成し、それを成し遂げる。エセリアがグラディクト殿下を上手くおだてて、大会実行委員会名誉会長として祭り上げたおかげで、今日無事に学園長から許可を頂いたよ」
それを聞いたカテリーナは、目を輝かせた。
「要するに……、国の政策云々は横に置いておいて、学内の協調性増進の目的も素晴らしいけれど、近衛騎士団の視察を名目に、彼らの前で騎士科生徒の対戦をさせるという事よね!? つまり、不透明な書類審査ではなく、本当の実力を披露できると!」
「その通り」
ナジェークが深く頷いたのを見て、カテリーナは思わず身を乗り出し、彼の左手を両手で握りしめながら歓喜の声を上げた。
「願ってもないわ! 国策なんか言われても手に余るし理解できないけど、是非ともエセリア様の計画が成功するように頑張って! 陰ながら応援するから!」
「そんなに頑張って欲しい?」
「勿論よ!」
「そうか。君にそこまで言われたら、何としてでも期待に応えないといけないな」
「……よろしくね」
ナジェークはそこで自分の左手を握っているカテリーナの両手の上に、さりげなく自分の右手を重ねつつ優しく微笑んだ。そこで自分が相手の手を握り込んでいる事に気付いたカテリーナは、僅かに動揺して彼から微妙に視線を逸らしたものの、完全に手を解くタイミングを逃してしまう。
(何よ。そんなに嬉しそうな顔をしなくても良いじゃない。いつもみたいに、すまして斜めに構えた顔をしていれば良いのに)
思い切って振り払ってしまおうかしらと考えたものの、少ししてからナジェークが右手を離してくれた事で自然にカテリーナも両手を離し、密かに胸を撫で下ろした。そんな彼女の様子を、ナジェークは笑いを堪えながら横目で観察していた。
結局その日は、剣術大会の詳細についてカテリーナがナジェークに質問攻めにする事で終わり、彼女は夕刻になってから隠し部屋を出て、意気揚々と寮に向かって歩き出した。そしてもうすぐ到着する所で、前から早足で歩いて来たティナレアに、慌ただしく声をかけられる。
「あ、カテリーナ、見つけた! どこに行っていたの!? さっきから探していたのよ!?」
「ちょっとね。何だか急いでいるみたいだけど、どうかしたの?」
「少し前にサビーネさんと会って、あなたに伝言を頼まれたの。『今夜大事な話があるので、夕食後に寮のお部屋に伺います』って」
それを聞いた彼女は、意外に思いながら問い返した。
「こちらの都合も聞かずにいきなり? 彼女はそういうタイプでは無いと思っていたけど……」
「それに加えて、『急で申し訳ありませんが、騎士科所属の皆さんにも是非話を聞いていただきたいので、ご都合をつけていただけませんか?』と頼まれて、リリスとエマに話を伝えてきたところよ」
「そうなの? どんな話かは言っていなかった?」
「何だか彼女が急いでいたようだったから、詳しくは聞かなかったの。でも凄く真剣な面持ちだったから、つまらない話では無いと思うわ」
(これはひょっとして、さっき聞いた剣術大会に関わる話かも。いえ、間違いなくそれ絡みね)
先程聞いたばかりのナジェークの話と、エセリアとサビーネの関係から、カテリーナはそう結論付けた。そうと決まれば絶対に話を聞かなければと決意し、ティナレアに深く頷いてみせる。
「分かったわ。ノーラを見かけたら、私からも伝えておくから」
「お願いね」
(これはエセリア様もナジェークも、本気で開催に持ち込む気ね。本当に面白くなってきたわ)
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