その華の名は
(3)腹立たしい出来事
  その夜、サビーネがカテリーナの寮の自室を訪れた時、決して広くは無い室内に椅子持参で集まっていた彼女の友人達を見て、申し訳無さそうな顔になった。
「カテリーナ様、失礼します。あの……、もしかしてお邪魔でしたでしょうか?」
  それを聞いたカテリーナは、彼女の懸念を慌てて打ち消す。
「ええと、気にしないで。ここにいる皆は、私と同じ騎士科上級学年所属の友人なの。紹介するわね。こちらから順に、リリス・ヴァン・ジェルータ、ノーラ・ボブレー、エマ・カルソン、ティナレア・ヴァン・マーティンよ」
「初めまして。今年入学した、サビーネ・ヴァン・リールと申します」
「こちらこそよろしく」
「カテリーナとの話に、割り込んでしまってごめんなさい」
「今日カフェで、エセリア様がバーナム達と揉めていたのを見て、皆が気になっているのよ。差し支えなければ、仔細を聞かせて欲しいのだけど……」
それを聞いたサビーネは、安堵した表情で勧められた椅子に座りながら頷いた。
「私は構いませんわ。それでは皆様が騎士科上級学年所属なら、バーナム様がクロード様の推薦を教授に取り消させて、自分がその後釜に収まった話はご存じですか?」
「何ですって!?」
「それってどういう事!?」
「え? 騎士科内では周知の事実では無いのですか? 口に出してはいけなかったのかしら……」
唐突に聞き捨てならない事を聞かされたカテリーナ達は、瞬時に顔色を変えてサビーネに詰め寄った。その反応に彼女が困惑顔になったのを見て、カテリーナは周囲を無言のまま視線で黙らせ、できるだけ穏やかな口調で促してみる。
「サビーネ様、驚かせてしまってごめんなさい。確かに不名誉な話ですから、大っぴらに語る事はできないかもしれません。ですが私達もそこら辺は弁えて余計な事は申しませんから、詳細を教えていただけませんか?」
すると少しの間黙考したサビーネは、冷静にカテリーナに申し出た。
「分かりました。それでは交換条件が一つあるのですが」
「交換条件? 何でしょう」
「私の名前に、様付けをするのは止めていただけませんか? カテリーナ様は私の先輩におなりになったわけですし」
そう言ってサビーネがにっこり笑った途端室内の空気が和らぎ、カテリーナも自然と笑顔になりながら頷いた。
「分かったわ、サビーネ。説明をお願いしても良いかしら?」
「はい、分かりました。他の方にお話しするかどうかは、皆様の判断に任せます」
「ええ」
「無闇に口外しません」
周りも口々に了承して頷いたのを見てから、サビーネは改めて話し出した。
「クロード様から伺った内容ですが、当初騎士団の推薦者の中にクロード様が入っていて、選抜担当の教授から内定通知を受けていたそうです。それなのにバーナム様の家が、教授に圧力をかけたそうですわ」
「圧力って、どんな事を?」
「その教授の娘さんが、バーナム様の親戚筋に嫁いでいますが、結婚して十年経つのに子供がおられないとか。それで夫婦仲は宜しいのに、『跡取りを産めない女などいつでも離縁させてやる』と恫喝したそうです。それでその教授は悩んだ挙げ句、娘さんの為にクロード様に推薦を取り消す事情を説明して、頭を下げたとか」
それを聞いたカテリーナは、あまりの内容に唖然として二の句が継げなかった。それは周囲も同様で室内に沈黙が漂ってから、ティナレアの怨嗟に満ちた呻き声が響く。
「……何、そのふざけた話は」
「ええ、本当に冗談ではありませんわ」
それにサビーネが深く頷いて同意を示し、憤慨した口調で続ける。
「赤の他人の私でさえそう思うのですから、当人のクロード様はどれだけ怒り心頭に発したことか。それで家の力で近衛騎士団への推薦を掠め取ったくせに、尊大な態度が著しいバーナム様をご友人二人と共に締め上げているところに、私達が遭遇しましたの」
「締め上げたって……、クロードの怒りは分かるけど、それが表沙汰になったら非難されるのは彼の方なのに……」
ノーラが心配そうに述べると、サビーネも頷いて話を続けた。
「全くその通りです。ですからエセリア様が何か事情があると察して、即刻バーナム様をその場から体良く追い払いましたの。そしてエセリア様と一緒にカフェでクロード様のお話を伺っているところに、王太子殿下を引き連れてバーナム様が戻って来たのです」
「援軍を引き連れて、再進撃ってところかしら」
「でもあっさり撤退していたみたいだけど?」
そこで疑問で一杯の表情になっている周囲に、サビーネは笑顔になりながら告げた。
「バーナム様は『平民など束になってかかってきても蹴散らしてくれる』などと大言壮語をお吐きになったので、騎士団に入団以降はさぞや華々しい活躍をされるのだろうと、私達全員で口々に誉めそやしましたの。『最前線で敵の屍を踏み越えて見せようなど、何と勇ましい方でしょう』とか『騎士団へ入団した暁には、直ちに実力を持って頂点に立たれるおつもりとは、意気軒昂なお方ですわ』とか」
それを聞いたカテリーナは、怪訝な顔になって確認を入れた。
「ええと……、バーナムが本当にそんな事を言っていたの?」
「私達は、そう解釈致しましたわ」
「解釈、ね……」
「私は近衛騎士団長のラドクリフ様を存じ上げていますし、『これからの騎士団を背負うのは私だと宣言した頼もしい方が、今度入団すると騎士団長にお伝えしますね』と申し上げたら、何やら真っ青になっておられました」
「それは肝を潰すわよね」
「本当にそんな事を公言したら、何て生意気な若造だと、入団早々目をつけられるのは確実よ」
笑みを深めながらのサビーネの説明を聞いて、その場の情景が容易に想像できたカテリーナ達は、思わず失笑してしまった。
「なるほど……。エセリア様はあの場でバーナムに対して、徹底的な誉め殺しをされたのね」
「はい。そういう事ですわ。それで取り敢えずクロード様の怒りも和らいだみたいですが、今後も騎士科内で揉める事があるかと思います。巻き込まれないように、皆様も気を付けた方がよろしいかと思います」
最後は真顔になって忠告してくれた年下の友人に、カテリーナは本心から礼を述べた。
「ありがとう、サビーネ。私も厄介事は嫌だから、その手の諍いは全力で回避する事にするわ」
「話してくれてありがとうございます」
「取り敢えず他の人には喋りませんから」
「それではこちらをお持ちしましたので、宜しければ皆様で召し上がってください」
「ありがとう、サビーネ。いただくわ」
カテリーナ以外の者達もサビーネとすっかり打ち解け、それから少しの間、六人は学園内の話で盛り上がった。
(今日は、本当に腹立たしい話を聞かされたわね。同時に、エセリア様の咄嗟の判断力と実行力も目の当たりにできたわけだけど……)
その日ベッドに潜り込んでから、カテリーナは色々な事があった一日を思い返しつつ、無意識に考え込んでいた。
(本当にバーナムの事は腹立たしいわ。どうにかならないものかしら……。ナジェークだったら、何とかするかもしれないけど……。取り敢えず、相談だけしてみようかしら?)
結構頼りにしている事を自覚しながらも、カテリーナはそれ以上深く考えない事にして、明日に備えて眠りに入った。
「カテリーナ様、失礼します。あの……、もしかしてお邪魔でしたでしょうか?」
  それを聞いたカテリーナは、彼女の懸念を慌てて打ち消す。
「ええと、気にしないで。ここにいる皆は、私と同じ騎士科上級学年所属の友人なの。紹介するわね。こちらから順に、リリス・ヴァン・ジェルータ、ノーラ・ボブレー、エマ・カルソン、ティナレア・ヴァン・マーティンよ」
「初めまして。今年入学した、サビーネ・ヴァン・リールと申します」
「こちらこそよろしく」
「カテリーナとの話に、割り込んでしまってごめんなさい」
「今日カフェで、エセリア様がバーナム達と揉めていたのを見て、皆が気になっているのよ。差し支えなければ、仔細を聞かせて欲しいのだけど……」
それを聞いたサビーネは、安堵した表情で勧められた椅子に座りながら頷いた。
「私は構いませんわ。それでは皆様が騎士科上級学年所属なら、バーナム様がクロード様の推薦を教授に取り消させて、自分がその後釜に収まった話はご存じですか?」
「何ですって!?」
「それってどういう事!?」
「え? 騎士科内では周知の事実では無いのですか? 口に出してはいけなかったのかしら……」
唐突に聞き捨てならない事を聞かされたカテリーナ達は、瞬時に顔色を変えてサビーネに詰め寄った。その反応に彼女が困惑顔になったのを見て、カテリーナは周囲を無言のまま視線で黙らせ、できるだけ穏やかな口調で促してみる。
「サビーネ様、驚かせてしまってごめんなさい。確かに不名誉な話ですから、大っぴらに語る事はできないかもしれません。ですが私達もそこら辺は弁えて余計な事は申しませんから、詳細を教えていただけませんか?」
すると少しの間黙考したサビーネは、冷静にカテリーナに申し出た。
「分かりました。それでは交換条件が一つあるのですが」
「交換条件? 何でしょう」
「私の名前に、様付けをするのは止めていただけませんか? カテリーナ様は私の先輩におなりになったわけですし」
そう言ってサビーネがにっこり笑った途端室内の空気が和らぎ、カテリーナも自然と笑顔になりながら頷いた。
「分かったわ、サビーネ。説明をお願いしても良いかしら?」
「はい、分かりました。他の方にお話しするかどうかは、皆様の判断に任せます」
「ええ」
「無闇に口外しません」
周りも口々に了承して頷いたのを見てから、サビーネは改めて話し出した。
「クロード様から伺った内容ですが、当初騎士団の推薦者の中にクロード様が入っていて、選抜担当の教授から内定通知を受けていたそうです。それなのにバーナム様の家が、教授に圧力をかけたそうですわ」
「圧力って、どんな事を?」
「その教授の娘さんが、バーナム様の親戚筋に嫁いでいますが、結婚して十年経つのに子供がおられないとか。それで夫婦仲は宜しいのに、『跡取りを産めない女などいつでも離縁させてやる』と恫喝したそうです。それでその教授は悩んだ挙げ句、娘さんの為にクロード様に推薦を取り消す事情を説明して、頭を下げたとか」
それを聞いたカテリーナは、あまりの内容に唖然として二の句が継げなかった。それは周囲も同様で室内に沈黙が漂ってから、ティナレアの怨嗟に満ちた呻き声が響く。
「……何、そのふざけた話は」
「ええ、本当に冗談ではありませんわ」
それにサビーネが深く頷いて同意を示し、憤慨した口調で続ける。
「赤の他人の私でさえそう思うのですから、当人のクロード様はどれだけ怒り心頭に発したことか。それで家の力で近衛騎士団への推薦を掠め取ったくせに、尊大な態度が著しいバーナム様をご友人二人と共に締め上げているところに、私達が遭遇しましたの」
「締め上げたって……、クロードの怒りは分かるけど、それが表沙汰になったら非難されるのは彼の方なのに……」
ノーラが心配そうに述べると、サビーネも頷いて話を続けた。
「全くその通りです。ですからエセリア様が何か事情があると察して、即刻バーナム様をその場から体良く追い払いましたの。そしてエセリア様と一緒にカフェでクロード様のお話を伺っているところに、王太子殿下を引き連れてバーナム様が戻って来たのです」
「援軍を引き連れて、再進撃ってところかしら」
「でもあっさり撤退していたみたいだけど?」
そこで疑問で一杯の表情になっている周囲に、サビーネは笑顔になりながら告げた。
「バーナム様は『平民など束になってかかってきても蹴散らしてくれる』などと大言壮語をお吐きになったので、騎士団に入団以降はさぞや華々しい活躍をされるのだろうと、私達全員で口々に誉めそやしましたの。『最前線で敵の屍を踏み越えて見せようなど、何と勇ましい方でしょう』とか『騎士団へ入団した暁には、直ちに実力を持って頂点に立たれるおつもりとは、意気軒昂なお方ですわ』とか」
それを聞いたカテリーナは、怪訝な顔になって確認を入れた。
「ええと……、バーナムが本当にそんな事を言っていたの?」
「私達は、そう解釈致しましたわ」
「解釈、ね……」
「私は近衛騎士団長のラドクリフ様を存じ上げていますし、『これからの騎士団を背負うのは私だと宣言した頼もしい方が、今度入団すると騎士団長にお伝えしますね』と申し上げたら、何やら真っ青になっておられました」
「それは肝を潰すわよね」
「本当にそんな事を公言したら、何て生意気な若造だと、入団早々目をつけられるのは確実よ」
笑みを深めながらのサビーネの説明を聞いて、その場の情景が容易に想像できたカテリーナ達は、思わず失笑してしまった。
「なるほど……。エセリア様はあの場でバーナムに対して、徹底的な誉め殺しをされたのね」
「はい。そういう事ですわ。それで取り敢えずクロード様の怒りも和らいだみたいですが、今後も騎士科内で揉める事があるかと思います。巻き込まれないように、皆様も気を付けた方がよろしいかと思います」
最後は真顔になって忠告してくれた年下の友人に、カテリーナは本心から礼を述べた。
「ありがとう、サビーネ。私も厄介事は嫌だから、その手の諍いは全力で回避する事にするわ」
「話してくれてありがとうございます」
「取り敢えず他の人には喋りませんから」
「それではこちらをお持ちしましたので、宜しければ皆様で召し上がってください」
「ありがとう、サビーネ。いただくわ」
カテリーナ以外の者達もサビーネとすっかり打ち解け、それから少しの間、六人は学園内の話で盛り上がった。
(今日は、本当に腹立たしい話を聞かされたわね。同時に、エセリア様の咄嗟の判断力と実行力も目の当たりにできたわけだけど……)
その日ベッドに潜り込んでから、カテリーナは色々な事があった一日を思い返しつつ、無意識に考え込んでいた。
(本当にバーナムの事は腹立たしいわ。どうにかならないものかしら……。ナジェークだったら、何とかするかもしれないけど……。取り敢えず、相談だけしてみようかしら?)
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