その華の名は
(20)名残惜しい日々
本来の調査を終えてもナジェークが何かと理由を付け、カテリーナ同伴で街に繰り出し始めて数日後。二人が夕刻に屋敷に戻るのと前後して、領内を回っていたデリシュも屋敷に戻って来た。
「デリシュさん、お疲れさまです。領内の視察はどうでしたか?」
「なかなか有意義でした。こちらから色々と提案できる事があるかと思います。この間、弟がこちらでお世話になり、ありがとうございました」
「お気になさらず。退屈しのぎに妹がクオールさんを引っ張り回してしまったみたいで、却って恐縮しております」
そんなやり取りをしているジュールの背後から、カテリーナが少々拗ねたように声をかける。
「お兄様、聞こえていますわよ? 引っ張り回しただなんて、人聞きが悪すぎます」
「お帰りなさい、兄さん。ご苦労様でした」
ナジェークと二人で出迎えてくれたカテリーナに、デリシュは笑顔で礼を述べた。
「カテリーナ様、足の具合も良さそうで安心しました。この間弟にお付き合いいただき、ありがとうございます」
「もう全く痛まないので、気になさらないでください」
そこでカテリーナの顔を見て思い出したらしく、ジュールが唐突に話を切り出す。
「それはそうと、つい先程、私とカテリーナ宛てに義姉上から手紙が届いてね。私宛の物を開封してみたら、足は治っただろうからお前を迎えに来るそうだ。と言うか、今から発つと言う内容だった」
「え? 本当ですか?」
「ああ。これがカテリーナ宛てだ。読んでみるかい?」
「ええ」
ジュールに差し出された封書を受け取ったカテリーナは、執事にペーパーナイフを渡して貰い、その場で開封した。そして無言で文面に視線を走らせたが、次第に彼女の眉間にしわが寄る。
「…………」
「長期休暇も半分以上過ぎて、とうとうしびれを切らしたらしいな。あの領地嫌いな義姉上が、カテリーナを引きずり出しに自ら出向いてくるとは」
妹の様子をみながらジュールが苦笑まじりに感想を述べると、デリシュが不思議そうに問いを発した。
「『義姉上』と言うと……、ガロア侯爵家の嫡男の奥様ですよね? どうして領地がお嫌いなのですか? 過ごしやすくて風光明媚な、良い所だと思いますが」
「ありがとうございます。ですが彼女は、要するに田舎嫌いなもので。結婚後、こちらには二回しか出向いていません」
「それはそれは……。勿体ないですね」
「本当に。そろそろ私達も王都に戻りますが、名残惜しいです」
少々驚いた様子のデリシュに続いてナジェークがこの地を離れる事について言及すると、ジュールは笑顔で応じた。
「そう言っていただけると嬉しいです。またこちらに出向く際は、遠慮なくお声をかけてください。歓待させていただきます」
「はい、是非。こちらとは今後、長い付き合いになりそうですし」
それから領内の事についてジュールとデリシュが雑談を始めた為、カテリーナはさりげなくナジェークに近寄り、兄達の方を見ながら隣に立つ彼に囁いた。
「本当に、もう帰るの?」
それにナジェークも、前方を向いたまま囁き返す。
「さすがに長期休暇中ずっとフラフラ出歩くわけにもいかないから、そろそろ限界だろう。それに同じ屋敷に平民が滞在中だなんて状況は、君の義姉上には許しがたいだろう? デリシュさんも、そこの所は弁えているよ」
「全く……。見当違いな選民意識ほど、傍迷惑なものは無いわね」
思わず溜め息を吐いたカテリーナだったが、そんな彼女をナジェークが宥めた。
「だがそういう人なら強行軍などしないで、普通の行程でのんびり来ると思うから、手紙との到達速度の差から考えると、こちらに到着するのは明日かその翌日だろう。更にとんぼ返りなどしないだろうから、のんびり荷造りすれば良いさ」
「じゃあそちらは、明日には引き払うつもり?」
「そうだな。取り敢えず、普通の宿に移るよ」
「そう……」
(ちょっと残念ね。この人と一緒に、色々見て回るのは楽しかったのに)
無意識にカテリーナが気落ちした表情になっていると、それを見たナジェークがからかいを含んだ声で尋ねてくる。
「そんなに私と離れるのが、名残惜しいのかい?」
「何を言ってるのよ。厚かましいわね。王都の屋敷に戻ったら、お義姉様がこのバレッタに『侯爵令嬢がそんな安物を』と難癖を付けそうだし、学園内でも装飾品は一切禁止だから、身につける機会が減りそうで残念だと思っただけよ」
「そうか。それじゃあ、そう言う事にしておこうか」
「どういう意味よ!?」
自分の髪を留めているバレッタに手をやりながら、カテリーナが少々むきになって言い返していると、執事の一人がノックに続いて室内に入って来た。
「失礼します。お客様に、王都のワーレス商会からお手紙が届きました」
「ありがとうございます」
そこでちょうど話に一区切り付いた所でもあり、封書を受け取ったデリシュはジュールとカテリーナに頭を下げ、ナジェークを引き連れて与えられている部屋に向かった。
「うん? これは……。やはりナジェーク様宛てですよ」
「やっぱりそうですか。ありがとうございます」
部屋に入るなり封書を開封したデリシュは、それに素早く目を通し、本来の宛先であるナジェークにそれを手渡した。そして自分は持ってきた荷物を整理しながら、呆れ気味に彼に苦言を呈する。
「それにしても、ナジェーク様。何を悪企みしているんですか」
「酷いな、悪企みだなんて。ちょっとした嫌がらせですよ。上手くいけば彼女が、一日か二日余計にこちらに滞在できる程度の」
「本当にナジェーク様を、敵に回したくはありませんね」
くすくすと笑いながら応じたナジェークを見てデリシュは肩を竦め、その事については深く考えない事にした。
「デリシュさん、お疲れさまです。領内の視察はどうでしたか?」
「なかなか有意義でした。こちらから色々と提案できる事があるかと思います。この間、弟がこちらでお世話になり、ありがとうございました」
「お気になさらず。退屈しのぎに妹がクオールさんを引っ張り回してしまったみたいで、却って恐縮しております」
そんなやり取りをしているジュールの背後から、カテリーナが少々拗ねたように声をかける。
「お兄様、聞こえていますわよ? 引っ張り回しただなんて、人聞きが悪すぎます」
「お帰りなさい、兄さん。ご苦労様でした」
ナジェークと二人で出迎えてくれたカテリーナに、デリシュは笑顔で礼を述べた。
「カテリーナ様、足の具合も良さそうで安心しました。この間弟にお付き合いいただき、ありがとうございます」
「もう全く痛まないので、気になさらないでください」
そこでカテリーナの顔を見て思い出したらしく、ジュールが唐突に話を切り出す。
「それはそうと、つい先程、私とカテリーナ宛てに義姉上から手紙が届いてね。私宛の物を開封してみたら、足は治っただろうからお前を迎えに来るそうだ。と言うか、今から発つと言う内容だった」
「え? 本当ですか?」
「ああ。これがカテリーナ宛てだ。読んでみるかい?」
「ええ」
ジュールに差し出された封書を受け取ったカテリーナは、執事にペーパーナイフを渡して貰い、その場で開封した。そして無言で文面に視線を走らせたが、次第に彼女の眉間にしわが寄る。
「…………」
「長期休暇も半分以上過ぎて、とうとうしびれを切らしたらしいな。あの領地嫌いな義姉上が、カテリーナを引きずり出しに自ら出向いてくるとは」
妹の様子をみながらジュールが苦笑まじりに感想を述べると、デリシュが不思議そうに問いを発した。
「『義姉上』と言うと……、ガロア侯爵家の嫡男の奥様ですよね? どうして領地がお嫌いなのですか? 過ごしやすくて風光明媚な、良い所だと思いますが」
「ありがとうございます。ですが彼女は、要するに田舎嫌いなもので。結婚後、こちらには二回しか出向いていません」
「それはそれは……。勿体ないですね」
「本当に。そろそろ私達も王都に戻りますが、名残惜しいです」
少々驚いた様子のデリシュに続いてナジェークがこの地を離れる事について言及すると、ジュールは笑顔で応じた。
「そう言っていただけると嬉しいです。またこちらに出向く際は、遠慮なくお声をかけてください。歓待させていただきます」
「はい、是非。こちらとは今後、長い付き合いになりそうですし」
それから領内の事についてジュールとデリシュが雑談を始めた為、カテリーナはさりげなくナジェークに近寄り、兄達の方を見ながら隣に立つ彼に囁いた。
「本当に、もう帰るの?」
それにナジェークも、前方を向いたまま囁き返す。
「さすがに長期休暇中ずっとフラフラ出歩くわけにもいかないから、そろそろ限界だろう。それに同じ屋敷に平民が滞在中だなんて状況は、君の義姉上には許しがたいだろう? デリシュさんも、そこの所は弁えているよ」
「全く……。見当違いな選民意識ほど、傍迷惑なものは無いわね」
思わず溜め息を吐いたカテリーナだったが、そんな彼女をナジェークが宥めた。
「だがそういう人なら強行軍などしないで、普通の行程でのんびり来ると思うから、手紙との到達速度の差から考えると、こちらに到着するのは明日かその翌日だろう。更にとんぼ返りなどしないだろうから、のんびり荷造りすれば良いさ」
「じゃあそちらは、明日には引き払うつもり?」
「そうだな。取り敢えず、普通の宿に移るよ」
「そう……」
(ちょっと残念ね。この人と一緒に、色々見て回るのは楽しかったのに)
無意識にカテリーナが気落ちした表情になっていると、それを見たナジェークがからかいを含んだ声で尋ねてくる。
「そんなに私と離れるのが、名残惜しいのかい?」
「何を言ってるのよ。厚かましいわね。王都の屋敷に戻ったら、お義姉様がこのバレッタに『侯爵令嬢がそんな安物を』と難癖を付けそうだし、学園内でも装飾品は一切禁止だから、身につける機会が減りそうで残念だと思っただけよ」
「そうか。それじゃあ、そう言う事にしておこうか」
「どういう意味よ!?」
自分の髪を留めているバレッタに手をやりながら、カテリーナが少々むきになって言い返していると、執事の一人がノックに続いて室内に入って来た。
「失礼します。お客様に、王都のワーレス商会からお手紙が届きました」
「ありがとうございます」
そこでちょうど話に一区切り付いた所でもあり、封書を受け取ったデリシュはジュールとカテリーナに頭を下げ、ナジェークを引き連れて与えられている部屋に向かった。
「うん? これは……。やはりナジェーク様宛てですよ」
「やっぱりそうですか。ありがとうございます」
部屋に入るなり封書を開封したデリシュは、それに素早く目を通し、本来の宛先であるナジェークにそれを手渡した。そして自分は持ってきた荷物を整理しながら、呆れ気味に彼に苦言を呈する。
「それにしても、ナジェーク様。何を悪企みしているんですか」
「酷いな、悪企みだなんて。ちょっとした嫌がらせですよ。上手くいけば彼女が、一日か二日余計にこちらに滞在できる程度の」
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