その華の名は

篠原皐月

(16)彼の真価

 街中を見て回るには馬では仰々しい上に住民の邪魔になるとカテリーナは主張し、中心部の繁華街と言える場所までナジェークと共に馬車に乗せて貰った。そして街路に降り立ってから、車内の兄に礼を述べる。


「ジュール兄様、送ってくれてありがとう。それでは行って参ります。昼食も街中で済ませてきますから」
「ジュール殿、カテリーナ嬢をお借りします」
 どちらも簡素な、どこからどう見ても領民としか見えない出で立ちの二人を見下ろしながら、ジュールは苦笑を深めた。


「どちらかと言うと妹の方がご迷惑をかけそうですが、宜しくお願いします。カテリーナ、クオールさんを引っ張り回すなよ?」
「失礼ね、お兄様。それ位分かっています」
 最後に釘を刺すのを忘れなかったジュールを乗せた馬車が走り去ってから、二人はどちらからともなく並んで歩き出した。


「普段はお兄さん達も、引っ張り回しているのか?」
 含み笑いでの質問に、カテリーナがやや不本意そうに答える。
「まあ、多少はね。だけど二番目と三番目の兄だけよ? ジェスラン兄様とは子供の頃から、殆ど一緒に出歩いた記憶は無いわ」
「それはそれは……。何なんだろうな、その兄弟間の差は」
「私の方から距離を取ったつもりは無いけど、いつの間にかそうなったのよ」
(確かに小さい頃、一緒に出歩いたり遊んでもらった記憶は、多少あるのだけど……)
 何かきっかけがあっただろうかと、カテリーナは考え込みながら歩き続けた。そんな彼女の足の怪我は一応回復したものの、やはり足早に進む事は無理であり、そのゆっくりとしたペースにナジェークが合わせていると、唐突に問いかけられる。


「それじゃあ、今日は取り敢えずどこに行くの?」
「支店の候補地を確認したい。地図上ではヴィルツ通りとコルタ通りの角と、マージバル橋の近くと、リリストーム商会の差し向かいになるんだが」
 即座に予定していた視察地を述べると、カテリーナが得意げに頷きながら一歩前に出つつ先導する。


「それなら地図を見なくても大丈夫。効率良く回ってあげるから付いてきて」
「了解。頼むよ」
(本当に、学園にいる時より生き生きしているよな。やはり彼女に窮屈な貴族のご令嬢の生活は、性に合わないらしい)
 少々得意げに趣のある街並みや、街路の整備状況を解説しつつ機嫌よく足を進める彼女を観察しながら、ナジェークも笑顔でそれに耳を傾けつつ目的地へと足を進めた。しかしそれも長くはなく、地図で予め候補地に挙げていた地点に到着したナジェークは、斜め掛けにしていた鞄から何枚かの書類と現地を交互に睨みつつ、必要な情報を同様に持参したペンで書き込んでいく。 


「なるほど……。資料に書いてある広さや条件に大きな違いは無いが、ここには近くに井戸があるか……。あとは、道幅がもう少しあればな……。通行量の割に、街路の舗装も不安があるし……。将来の利益を見込んで、支店開設に合わせてガロア侯爵家側に整備を依頼するのもありか……」
 ブツブツと呟きながら真剣に考え込んでいるらしい彼を見て、カテリーナは放置されている状態であっても気を悪くしたりする事はなく、寧ろ感心しながら声をかけた。


「本当に真面目に調査しているのね」
 その彼女の声に、ちょうど調査が一段落した彼が苦笑いしながら言葉を返した。
「それは当然だ。デリシュさんに無理を言って、同行させて貰っているんだから」
「でもあなたに、出店場所の可否とかが判断できるの? 商人でもないのに」
 その当然の疑問に、ナジェークが事も無げに答える。


「今回判断するのが偶々店舗だと言うだけで、大きく考えれば情報を集めて条件を検討し、優劣を比較して判断するのは、施政者の仕事と同じだろう?」
「それは……。あなたにかかれば、同じ事になるのかもしれないけど……」
「要は、街路や橋を作る時は要する費用の他に、そこを利用する住民の利便性や意見を優先して考えるだろうが、店舗の場合はそこの店員が働きやすく、顧客が利用しやすい事を優先して考えれば良いだけだ。そこら辺の判断ができるかどうかは、これまでのデリシュさんとの付き合いで、一応信頼して貰っているよ」
「……なるほどね。何となく理解できたわ」
(この人、本当に勉強ができるだけではなくて考え方が柔軟で、自由な物の見方ができるのね。でも物の本質は、見誤っていないみたいだし。既にシェーグレン公爵家での内政や、ワーレス商会の運営に内々に携わっている? 未だに学園内での優劣に一喜一憂している生徒達と比べると、これまで思っていた以上に凄い人なのかもしれないわ)
 想像した内容に唖然としつつも、改めて目の前の人物に対して尊敬の念を覚えたカテリーナだったが、次の彼の台詞で肩を落とした。


「急に黙り込んで、どうかしたのかな? 早速私に惚れ直したとか?」
 如何にも軽薄な口調で、にこやかに問われたカテリーナは、小さく息を吐いて些か素っ気なく答える。
「……さっさとここの視察を済ませてくれる? そろそろお昼にしたいから」
「了解。もう少しだけ待っていてくれ」
(自信過剰な所は、どうにもならないわね。普段は猫を被っているだけ、マシだと言えるのかもしれないけど)
 正直、これを手なずけられる自信は無いわねと他人事のように考えながら、カテリーナは黙って彼の作業が一段落するのを見守った。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品