その華の名は
(11)意外な事実
玄関で出迎えた執事達に両側から支えられながら馬車を降りたカテリーナは、狼狽する使用人達を笑顔で宥めつつ松葉杖をついて屋敷内を進んだ。そして家族全員が顔を揃えていた談話室に足を踏み入れた途端、イーリスが悲鳴じみた声を上げる。
「カテリーナ! その足はどうしたの!?」
「ただいま戻りました、お母様。授業中に転んで怪我をしまして」
「まあまあ! なんて事でしょう! とにかく早くお座りなさい!」
「はい」
左足首を包帯でぐるぐる巻きにした上、両腕で松葉杖をつきながら進んでいるカテリーナを見たジェフリーも無言で顔をしかめたが、エリーゼとジェスランはそれ見たことかとしたり顔で言い合った。
「全く……、女だてらに騎士科などに所属しているからだ」
「そうですわ、お義母様。やはり騎士科など危ない所に身を置くなど、正気の沙汰ではございません」
「え、ええ、確かにそうね……」
イーリスが狼狽しながら頷くのを見た二人は顔を見合わせてほくそ笑んだが、カテリーナはそんな二人を無視しながら使用人達の手を借りてソファーに座り、予め制服のポケットに入れておいた封書をジェフリーに差し出した。
「お父様。今回の事の次第を書いた謝罪文を、授業を担当されているガルーダ教授からお預かりしてきました。目を通していただけますか?」
「ほう? 見せて貰おうか」
それを受け取ったジェフリーは、すかさず執事が差し出したペーパーナイフでそれを開封した。そして数枚あった便箋全てに目を通してから、しみじみとした口調で感想を述べる。
「なるほど……。歩行中の足下に模擬剣を放り投げるなど、やって良い事と悪い事の区別がつかない愚か者がいるとは……。ガルーダはこの年になっても、いらぬ苦労しているらしい」
それを聞いたカテリーナは、意外に思いながら問いかけた。
「お父様は、ガルーダ教授をご存じなのですか? 先程、そのような口振りでしたが」
そこで手元から顔を上げたジェフリーが、予想外のことを言い出す。
「お前達には特に言わなかったし、あいつもわざわざ言うような奴では無いから知らなかったと思うが、私がクレランス学園在学中の同級生だ。騎士科の中であいつの技量は群を抜いていたが、平民出身の上、両親が他国からの移民でな。近衛騎士団への入団の資格無しとされ、それを気の毒に思った当時の指導教授が学園に残って後進の指導に当たるように、本人と周囲を説得したのだ」
学園在学中、貴族科に所属していても剣術の時間はある程度避けられず、ガルーダに散々絞られていたジェスランはそれを聞いて顔を青くし、カテリーナも驚いてから少々聞きにくい事を尋ねてみた。
「そうだったのですか……。それに群を抜いていたと言う事は、まさかお父様やラドクリフおじさまよりも……」
「ああ、間違いなく私達より強かった。自分で言うのだから間違いないぞ?」
「……それは凄いですわね」
父親が苦笑しながら断言した事で、カテリーナは唖然とすると同時に(現騎士団長のおじさまよりも明らかに技量が上だと周囲も認めていたのに、出自だけで近衛騎士団への道が閉ざされたなんて、理不尽極まりないわ)と内心で腹を立てた。しかしジェフリーは、傍目には冷静に話を続ける。
「鍛練に身が入らない連中の目を覚まさせる為、敢えて女のお前にぶつけて冷や汗をかかせるつもりが、負けたのを逆恨みするとは読みが甘かったと謝罪してきた。そんな性根が腐った人間が、騎士科にいるとはな。カテリーナ、良くやった」
「当然の事をしたまでですわ。指名を受けて、下手な試合などできません」
「当然だ」
父と娘で笑顔で頷き合い、その場の空気が和みかけたが、ここでイーリスが若干険しい顔で会話に割り込んだ。
「あなた。先程仰っていた逆恨みとは、どういう事ですか?」
「カテリーナが転倒したのは、試合中の事故ではない。それが終わって後片付けの最中に、対戦相手がわざとカテリーナの足下に剣を投げつけるという愚行をやらかした結果だ」
「まあぁ! それは一体、どこの家の方ですの!?」
「バーナム・ヴァン・タスコーだそうだ」
「タスコー侯爵家の三男の方ですね」
怒りを露わにしたイーリスの問いかけに、ジェフリーとカテリーナが端的に返す。それを聞いた彼女は、冷え冷えとした声音で応じた。
「それはそれは……。上級貴族にあるまじき、人品の卑しさですわね……。どのような育て方をすれば、女性に向かって剣を投げるような暴挙に及ぶのやら……」
「あそこの当主は王子様方が幼少期から、『グラディクト殿下を次期王太子に』と率先して推していた人物だからな。親子揃って人を見る目が無いし、貴族としての誇りも持ち合わせていないと見える」
「お父様、お腹立ちは分かりますが、こちらからタスコー侯爵家に抗議するのは止めていただけますか? 下手に事を荒立てると、ガルーダ教授にご迷惑がかかるかもしれませんので」
妻に続いてジェフリーも悪態を吐いたが、カテリーナにやんわりと諭されて如何にも忌々しそうに毒吐いた。
「そうか……。そんな貧弱な腕力と握力しか持ちえないのに、騎士科所属とはご苦労な事だな。卒業までガルーダの奴にしごかれれば、何とか物にはなるだろう」
「そういうわけで、暫くは松葉杖無しではまともに歩く事もできません。領地に行くのを前倒しして、明日にでも出発したいのですが」
ここでさりげなくカテリーナが話を変えつつ繰り出した要求に対して、長期休暇中の彼女の社交スケジュールを勝手に練り上げ、その帰宅を手ぐすね引いて待っていたエリーゼは怒りの声を上げた。
「カテリーナ! その足はどうしたの!?」
「ただいま戻りました、お母様。授業中に転んで怪我をしまして」
「まあまあ! なんて事でしょう! とにかく早くお座りなさい!」
「はい」
左足首を包帯でぐるぐる巻きにした上、両腕で松葉杖をつきながら進んでいるカテリーナを見たジェフリーも無言で顔をしかめたが、エリーゼとジェスランはそれ見たことかとしたり顔で言い合った。
「全く……、女だてらに騎士科などに所属しているからだ」
「そうですわ、お義母様。やはり騎士科など危ない所に身を置くなど、正気の沙汰ではございません」
「え、ええ、確かにそうね……」
イーリスが狼狽しながら頷くのを見た二人は顔を見合わせてほくそ笑んだが、カテリーナはそんな二人を無視しながら使用人達の手を借りてソファーに座り、予め制服のポケットに入れておいた封書をジェフリーに差し出した。
「お父様。今回の事の次第を書いた謝罪文を、授業を担当されているガルーダ教授からお預かりしてきました。目を通していただけますか?」
「ほう? 見せて貰おうか」
それを受け取ったジェフリーは、すかさず執事が差し出したペーパーナイフでそれを開封した。そして数枚あった便箋全てに目を通してから、しみじみとした口調で感想を述べる。
「なるほど……。歩行中の足下に模擬剣を放り投げるなど、やって良い事と悪い事の区別がつかない愚か者がいるとは……。ガルーダはこの年になっても、いらぬ苦労しているらしい」
それを聞いたカテリーナは、意外に思いながら問いかけた。
「お父様は、ガルーダ教授をご存じなのですか? 先程、そのような口振りでしたが」
そこで手元から顔を上げたジェフリーが、予想外のことを言い出す。
「お前達には特に言わなかったし、あいつもわざわざ言うような奴では無いから知らなかったと思うが、私がクレランス学園在学中の同級生だ。騎士科の中であいつの技量は群を抜いていたが、平民出身の上、両親が他国からの移民でな。近衛騎士団への入団の資格無しとされ、それを気の毒に思った当時の指導教授が学園に残って後進の指導に当たるように、本人と周囲を説得したのだ」
学園在学中、貴族科に所属していても剣術の時間はある程度避けられず、ガルーダに散々絞られていたジェスランはそれを聞いて顔を青くし、カテリーナも驚いてから少々聞きにくい事を尋ねてみた。
「そうだったのですか……。それに群を抜いていたと言う事は、まさかお父様やラドクリフおじさまよりも……」
「ああ、間違いなく私達より強かった。自分で言うのだから間違いないぞ?」
「……それは凄いですわね」
父親が苦笑しながら断言した事で、カテリーナは唖然とすると同時に(現騎士団長のおじさまよりも明らかに技量が上だと周囲も認めていたのに、出自だけで近衛騎士団への道が閉ざされたなんて、理不尽極まりないわ)と内心で腹を立てた。しかしジェフリーは、傍目には冷静に話を続ける。
「鍛練に身が入らない連中の目を覚まさせる為、敢えて女のお前にぶつけて冷や汗をかかせるつもりが、負けたのを逆恨みするとは読みが甘かったと謝罪してきた。そんな性根が腐った人間が、騎士科にいるとはな。カテリーナ、良くやった」
「当然の事をしたまでですわ。指名を受けて、下手な試合などできません」
「当然だ」
父と娘で笑顔で頷き合い、その場の空気が和みかけたが、ここでイーリスが若干険しい顔で会話に割り込んだ。
「あなた。先程仰っていた逆恨みとは、どういう事ですか?」
「カテリーナが転倒したのは、試合中の事故ではない。それが終わって後片付けの最中に、対戦相手がわざとカテリーナの足下に剣を投げつけるという愚行をやらかした結果だ」
「まあぁ! それは一体、どこの家の方ですの!?」
「バーナム・ヴァン・タスコーだそうだ」
「タスコー侯爵家の三男の方ですね」
怒りを露わにしたイーリスの問いかけに、ジェフリーとカテリーナが端的に返す。それを聞いた彼女は、冷え冷えとした声音で応じた。
「それはそれは……。上級貴族にあるまじき、人品の卑しさですわね……。どのような育て方をすれば、女性に向かって剣を投げるような暴挙に及ぶのやら……」
「あそこの当主は王子様方が幼少期から、『グラディクト殿下を次期王太子に』と率先して推していた人物だからな。親子揃って人を見る目が無いし、貴族としての誇りも持ち合わせていないと見える」
「お父様、お腹立ちは分かりますが、こちらからタスコー侯爵家に抗議するのは止めていただけますか? 下手に事を荒立てると、ガルーダ教授にご迷惑がかかるかもしれませんので」
妻に続いてジェフリーも悪態を吐いたが、カテリーナにやんわりと諭されて如何にも忌々しそうに毒吐いた。
「そうか……。そんな貧弱な腕力と握力しか持ちえないのに、騎士科所属とはご苦労な事だな。卒業までガルーダの奴にしごかれれば、何とか物にはなるだろう」
「そういうわけで、暫くは松葉杖無しではまともに歩く事もできません。領地に行くのを前倒しして、明日にでも出発したいのですが」
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