その華の名は

篠原皐月

(9)恥の上塗り

「それでは……、始め!」
「やぁあぁぁっ!」
「はあっ!」
 ガルーダの号令と同時に、バーナムが先手必勝とばかりに叫びながら、振りかぶった模擬剣を振り下ろす。しかしカテリーナは余裕でそれを自分の模擬剣で斜め下に受け流し、すぐに反撃に移った。


(相変わらずの大振りね。これまで全く手合わせした事は無いけど、想像していた通りだわ)
 見た目の格好良さでも求めているのか、大袈裟な動きや掛け声に、数回模擬剣を打ち合わせただけでカテリーナはうんざりしてきた。


(型にはまった攻撃しかできないし、防御への切り替えもタイムラグが生じている。剣撃そのものも生温い。これ以上だらだら相手をしていても、技量向上にならない上に、疲れるだけだわ)
 冷静に剣撃を華麗にかわしつつ、素早く模擬剣を突き出してくる彼女に、バーナムが早くも息を切らしながら苛立った声を上げた。


「このっ! ちょろちょろと!」
「こちらの動きに付いてこれない、そちらが鈍いだけよ」
「何だと!? 生意気な!」
「貰った!」
「ぐあぁっ!」
 バーナムが逆上しかけた時、手元への注意が疎かになったと見て取ったカテリーナは、すかさず右手の甲に強烈な突きを叩き込んだ。模擬剣で切れないとは言え、その剣先の衝撃は相当なものであり、彼はたまらず模擬剣を取り落とす。それを見たガルーダは、即座にカテリーナの勝利を宣言した。


「勝負あり! 勝者、カテリーナ・ヴァン・ガロア!」
 それと同時に、女生徒達が集まっていた一角から歓声が上がる。


「やった!」
「カテリーナ、凄い!」
「だけど、当然と言えば当然よね。相手があれなら」
 同様に感心している男子生徒達も多くいたが、先程までバーナムと一緒にいた者達は、周囲に隠す事無く彼に嘲りの視線を向けた。


「おいおい、本当に負けちまったぜ」
「女に劣るのかよ。情けないにも程があるぞ」
「恥知らずにも程があるな」
 そんな事を囁き合っていると、ガルーダが授業終了の号令をかける。


「これにて、前期の修練課程は全て終了とする。長期休暇中も、各自鍛練を怠らないように!」
「はい! ありがとうございました!」
「…………っ!」
 殆どの生徒は瞬時に真顔になってガルーダに向かって頭を下げたが、屈辱にまみれていたバーナムだけは歯ぎしりしながらカテリーナに憎悪の眼差しを向けていた。
 それから皆が後片付けをしながら撤収しようと動き出し、カテリーナは安堵した様子の友人達に出迎えられた。


「カテリーナ、最後の最後でお疲れ様」
「本当に。まさかあそこで教授から指名がかかるとは、予想していなかったわ」
「だけど、本当に無事に終わって良かった。普段平民相手に横柄な態度を崩さない、バーナムが相手だったし」
「だけど、教授にまで食って掛かるなんてね。私達はもう慣れたけど」
「これに懲りて、少しはおとなしくしてくれると良いわね」
「それはどうかし、きゃあっ!!」
「え!? カテリーナ!」
 模擬剣を返却するため、女生徒が固まって何歩が進んだ所で、いきなりカテリーナが短い悲鳴を上げて前方に勢い良く倒れ込んだ。普段ならありえないカテリーナの失態に、友人達が慌てて助け起こそうとして、彼女の足下の異常に気が付く。


「大丈夫!?」
「一体どうし……、って、何よこれ!?」
「どうして剣が、足元に飛んでくるのよ!」
「ちょっと! これを投げたのは誰!? 非常識にも程があるわよ!?」
 カテリーナの右足と左足の間に模擬剣が挟まっており、あまり考えにくい事ながら、彼女が歩いている最中にそれが横から両足の間に入り込み、彼女が足を取られてまともに転んだとしか思えなかった。憤慨したリリス達が、周囲を見回しながら怒りの声を上げると、少し離れた場所から全く悪びれない声がかかる。


「あぁ、悪い悪い。そんな所にまで飛んでいくとは、全然予想できなくて。最後に素振りをしていたら、すっぽ抜けてしまったよ」
「なんですって!? そんなくだらない言い訳が、通用するとでも思ってるの!?」
 全く悪いと思っていない様子のバーナムの謝罪にもならない台詞に、エマが思わず声を荒げると、異変を察知したガルーダが駆け寄って来た。


「どうした! 大丈夫か?」
「大丈夫じゃありません!」
「この人が歩いているカテリーナの足下めがけて、木剣を投げ付けたんです!」
「それが足に絡まって、彼女が盛大に転んでしまって!」
「試合に負けたのを根にもってわざとぶつけるなんて、卑怯者!」
 未だ倒れ込んでいるカテリーナを囲みながら、彼女の友人達は声高に訴えたが、バーナムは鼻で笑いながら言い放つ。


「喚き立てるなよ。俺は教授が『鍛練を怠るな』と仰ったから、最後にもう少し素振りをしようと思っただけだ。そうしたら偶々手から剣がすっぽ抜けてしまったんだからな。単なる不幸な事故だ」
「何ですって!?」
「リリス、良いから」
「だけどカテリーナ!」
 ここで上半身を起こしたカテリーナが、今にも彼に掴みかかりそうなリリスを静止し、更に周囲に聞こえるように冷静に言い聞かせる。


「バーナムが単なる事故だと言うのなら、本当に単なる事故なのよ。考えてもご覧なさい? 女の私に一撃もまともに打ち込め無かった人が、たとえ足元に狙ったとしても、狙った場所に首尾良く当たるわけがないわ。そうは思わなくて?」
 その含み笑いでの問いかけにリリスは即座に同調し、わざとらしく声を張り上げながら応じた。


「あぁあ~、言われてみればそうよねぇ~。他の模擬試合に登場した人はともかく、カテリーナの相手にもならなかった人が狙っても、そうそう都合良く当たる筈は無いわよねぇ~?」
「何だと?」
 その如何にも馬鹿にした口調に、バーナムが顔色を変えたが、他の女生徒達も素早く目と目を見交わしてから容赦の無い物言いを繰り広げた。


「そうよね。さっきの立ち合いでは、カテリーナの剣撃を受けるのもやっとの様子で、今にも剣を取り落としそうだったもの」
「カテリーナに劣る程度の腕力と握力しかなければ、素振りすれば剣がすっぽ抜けるのは当然だわ」
「嫌だ、恐い……。木剣だってそれなりに重さはあるけど、私は取り落とした記憶なんか無いのに」
「お願いですから、人がいる方に向かって、素振りはしないでくださいね?」
「そうね、怪我はしたくないし。今後はお一人で、壁を向いて素振りをしていただきたいわ」
「貴様ら! 私を侮辱する気か!?」
 口調だけは神妙なものの、あからさまに馬鹿にした表情で口々に言われて、さすがにバーナムが彼女達を罵倒した。しかし地面に座り込んだまま、カテリーナが素っ気なく言い返す。


「侮辱? どこがです? 私達は単に、あなたが素振り中に勢い余って木剣を手放してしまった事に対しての、感想を述べているだけですが」
「このっ!」
「止めんか! 取り敢えずカテリーナは、医務室へ行きなさい。誰か! 手を貸してやれ!」
「私が連れて行きます」
「頼んだぞ、イズファイン」
 無意識に振り上げたバーナムの拳を、ガルーダが背後から素早く捕らえつつ指示を出す。そこですかさずイズファインが名乗り出たのを見て、彼は安堵した表情でカテリーナに向き直った。


「カテリーナ。後で寮に、お父上宛の謝罪文を届けさせる。明日から長期休暇だから、それを持参して帰宅してくれ」
「分かりました」
「それから、バーナム」
「……何ですか?」
 掴んでいた手を離して剣呑な気配を醸し出しながら自分を凝視しているガルーダに、バーナムはこの期に及んでもふてぶてしい態度で相対したが、ガルーダは余計な叱責など時間の無駄だとばかりに淡々と告げた。


「長期休暇明けまでには、まともに剣を持てる程度には、腕力と握力を付けておくのだな。まともに鍛練をしても、長期休暇の間だけではそうそう物にできるとも思えないが、やらないよりはましだろう。以上だ、解散! 後片付けを急げよ!」
「なっ!?」
 辛辣過ぎる台詞にバーナムが顔色を変えて言い返そうとしたが、ガルーダはさっさと後片付けを指示しにその場を離れた。そして再びバーナムを馬鹿にしていた生徒達の間で、忍び笑いが漏れる。


「ぶはっ!」
「確かにな」
「あいつには無理だろ」
 ひそひそと囁かれる嘲笑を耳にしながら、バーナムは怒りで顔を赤くしながら修練場から立ち去って行った。





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