その華の名は

篠原皐月

(8)ちょっとした貧乏くじ

 定期試験後の様々な行事や、試験とは直接関係の無い教養講義などをこなしたカテリーナ達は、無事に前期最終日を迎えていた。
「この授業で本当に終わりかと思うと、一時間ぶっ続けで基本型の練習でも、文句は言わないわ」
 間隔を保った隣で自分と同様に前を向き、指導役の教授の指示通りに模擬剣を振っているリリスを横目で見ながら、カテリーナは思わず笑いを漏らした。


「長期休暇に入るのが、そんなに嬉しい?」
「勿論よ。家に帰れるし。カテリーナは嬉しくないの?」
「そんな事は無いけど、色々と煩わしい事が多くてね」
「そうか……。確かに上級貴族様は、付き合いとか色々面倒そうよね。……あ、これは嫌みじゃないわよ?」
「分かっているわ」
 気を悪くしたかと慌てて弁解してきた友人にカテリーナが笑みを深めていると、素振りの終了の指示が出て生徒達は広い修練場の一角に集められた。


「これから前期授業の締めくくりで、五組選抜しての模擬戦を行う。呼ばれた者は前に出てくるように。まず一組目、イズファイン・ヴァン・ティアド、クロード・アゼル」
「はい!」
 担当のガルーダ教授に指名された二人が即座に応じ、空いているスペースの中央に向かって歩き出す。その人選に、カテリーナは素直に納得した。


(騎士科内でも実力は指折り同士での、模範試合を見せるという事か……。長期休暇中もだらけないで訓練を怠るなという、ガルーダ教授の言外の意図を感じるわ)
 これまでの授業での動きを見て、クロードが平民ながらもイズファインに引けを取らない腕前なのを理解していた彼女は、ガルーダの号令に従って手合わせを始めた二人の動きと剣さばきに、惚れ惚れしながら見入った。それと並行して、彼らを遠巻きに見やりつつ小馬鹿にした笑いを浮かべている連中に、時折冷えきった視線を向ける。


(残念な事に実力が及ばない人程、彼らの技量の凄さを理解できない人ばかりみたいね。教授が怖い顔をして自分達を凝視している事にも気が付かないで、よくもまああんな風に呑気に笑っていられること)
 どう見ても他人事としか思っていない彼らの様子に、カテリーナは溜め息を吐くのをなんとか堪えた。そして目の前でイズファインが辛勝してから、すぐに次の組の手合わせが始まる。


(ガルーダ教授は平民出身だけれど、教授陣の中では実力も指導力も群を抜いているし、生徒達の力量を公平に評価しているわ。ここまでは妥当な組み合わせね。権威と家名にしがみついているような輩には、平民が勝つ事態は面白くない事この上ないでしょうけど)
 四組のうち二組で平民の生徒が勝利し、面白く無さそうな顔をする生徒が増えたとカテリーナが思った瞬間、予想外の事態が生じた。


「次、五組目! バーナム・ヴァン・タスコー、カテリーナ・ヴァン・ガロア!」
「え?」
「はぁ?」
 ガルーダの力強い宣言は確かにカテリーナの耳に届いたものの、一瞬聞き間違いかと思って咄嗟に言葉に詰まった。それは相手も同様だったらしく、周囲の者達を含めて呆気に取られた表情になる。しかしガルーダは、そんな二人を一喝した。


「両者、どうした!? さっさと前に出て来ないか!!」
「はっ、はい!」
「今、参ります!」
 再度指名を受けたカテリーナは、多少動揺しながら回りの友人達に声をかけた。


「ちょっと行ってくるわ」
「カテリーナ、大丈夫?」
「心配要らないから」
 微笑みながら彼女達を宥めたカテリーナはガルーダの所に向かったが、一足早くやって来たバーナムが盛大に抗議の声を上げていた。


「教授! どうして私が、女と手合わせしなければならないんだ!?」
 憤然としている彼とは対照的に、ガルーダがさすがの貫禄で冷静に言い返す。
「実力差が有りすぎると、試合にならないからだ」
「何だと!? 貴様は私を、女と同等だとでも言うつもりか!?」
 そこでカテリーナは、呆れ顔で会話に割り込んだ。


「バーナム、幾らなんでも教授に向かって失礼でしょう? 謝罪した方が宜しいのでは?」
「はっ! どうして俺が謝罪する必要がある!」
「教授が正しい事を仰ったのに、あなたが否定したからでしょう? 実力伯仲では無く、あなたが私に劣っているから手合わせしたくないという心境は、理解できますけど」
「何だと!? 貴様!」
「バーナム、止めろ!」
 穏やかな口調でカテリーナが挑発する台詞を口にした途端、バーナムが激昂して彼女に掴みかかろうとした。それを素早くガルーダが押さえつつ叱責したところで、カテリーナがさりげなく念を押す。


「あら、それでは私達の実力は拮抗していると仰るのね? それならこれから手合わせしても、特に支障はありませんよね?」
「…………っ!」
「構わないな? それではバーナム、定位置へ行きたまえ」
 良いように丸め込まれたバーナムは、二人を睨み付けながら所定の場所に向かって行った。その背中を渋面で見送りながら、ガルーダがカテリーナだけに聞こえるように囁く。


「面倒を押し付けてしまって悪いな」
「お気になさらず。これで全く目が覚めないようなら、見込みはありません。全力でやらせていただきます」
「構わん」
 やはりやる気の無い連中に活を入れる為に敢えて女である自分が指名されたと理解したカテリーナは、絶対に負けられない上、無様な試合はできないと気合いを入れた。


(さて、教授のお墨付きを頂いたからには、ろくでもない連中の鼻を盛大にへし折ってやらないといけないわね)
 相変わらず怨念の籠った目で睨み付けてくるバーナムと向き合っても全く臆する事無く、カテリーナは落ち着き払って模擬剣を構えた。



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