その華の名は
(6)人知れぬ作戦参謀
「あら、良い香り。普通のキャンドルとは違うのね」
キャンドルから漂い始めた臭いが通常のそれとは明らかに異なっていた為、カテリーナが思わず感想を漏らすと、サビーネは笑顔で得意げに頷いた。
「ええ。近々ワーレス商会から売り出す予定の、新商品になります。エセリア様はワーレス商会の顧問として、これまでにも数々の新商品を提案及び開発をしておられますのよ?」
「噂には聞いていたけど、本当に非凡な方ね。キャンドルに香りをつけるなどという発想は無かったし、どうすればこういう物が作れるのか、皆目見当が付かないわ」
カテリーナは感心しきった視線を向けたが、ナジェークは控えめにサビーネに問いかける。
「その……、サビーネ嬢。それでこの香り付きキャンドルを、どう連絡手段として用いるのかな?」
「こうするのですわ!」
そう叫ぶように宣言しながら、サビーネが取り上げた便箋の一枚を躊躇うことなくキャンドルに近づけたのを見て、他の三人は面食らった。
「え?」
「は?」
「ちょっと待て、サビーネ! どうしてそれを燃やす必要が……。はあぁ!?」
便箋に火をつけるつもりかと慌てて手を伸ばしたイズファインだったが、彼女が広げながらキャンドルの炎にかざした便箋に、みるみる焦げ茶色の文字が浮かび上がってきたのを認めて、狼狽した叫び声を上げた。
「ご覧くださいませ。これが『あぶりだし』ですわ!」
「…………」
サビーネは便箋をキャンドルの上から外し、得意満面で披露しながら解説したが、完全に度肝を抜かれた三人は押し黙った。しかしやはりナジェークが一番早く気を取り直し、彼女に確認を入れる。
「その……、サビーネ嬢? さっき君が発した聞き慣れない言葉から察すると、その紙を火であぶると、文字が浮き出てくるという事かな?」
「はい。まさにその通りですわ」
「どうしたら、そんな珍妙な事になるのか聞いても良いかな?」
「エセリア様特製の、インクで書いているからですわ! でもこれ位世間一般の間諜の間では、普通に用いられている手段なのですよね?」
そう信じて疑わないサビーネから、他の三人は揃って視線を逸らしつつ、独り言のように呟く。
「そもそも『間諜』の仕事を語るのに、『世間一般』とか『普通』という表現が付随するものなのかしら?」
「エセリア嬢が考えて使っている物だから大丈夫って、頭から信じ込んでいるのはどうかと思う」
「我が妹ながら……。どういう頭をしているのか、本当に分からなくなってきた」
しかしサビーネは周囲の反応を全く気にしないまま、笑顔で説明を続けた。
「それで、ナジェーク様がカテリーナ様に密かに連絡を取りたい時、私からの文面を装って手紙を書き、行間に本当にお伝えしたい内容をこれらのインクで書いて、キャンドルやアトマイザーと一緒に送れば宜しいのです。文面に『使ってみて気に入りましたので、カテリーナ様もお試しください』と一筆添えれば怪しまれないでしょう? それでカテリーナ様はキャンドルが付いていればあぶり出しを、アトマイザーが付いていれば中身を吹きかけて貰えれば、本来の文面を確認できるというわけです」
「なるほど、そういう事か……」
「エセリア様曰く『箱に結びつけるリボンに書き込むとか、箱の中に仕込むとか、キャンドルの中に埋め込むとかは甘いから、取り敢えずこんな感じで様子をみましょう。サビーネ様のご親戚の為に、他にも色々方策を考えてみるわ』と仰っておられましたので、ご安心くださいませ!」
そこで三人は完全に使用法について納得したものの、サビーネにこれらの方策を伝授したエセリアに、ある意味底知れぬ恐怖を覚えた。
「エセリア……。お前は一体、どんな方向に向かっているんだ……」
「何だか、手練れの間諜組織を仕切っていけそうね……」
「ああ。彼女の非凡さはこれまでの付き合いで分かったつもりではいたが、まだまだ認識が甘かったらしい」
「あの……、やはりもっと手の込んだ方法の方が、良かったでしょうか?」
三人が重苦しい空気を醸し出しているのを感じ取ったサビーネが、何か不都合でもあったかと心配そうに尋ねてきた。それに三人は慌てて、笑顔で応じる。
「いや、大丈夫だよ。サビーネ嬢、ありがとう」
「早速色々考えてくれて嬉しいわ。これから有意義に使わせて貰いますね」
「そう言って頂けて、私も嬉しいです。でも考えてくださったのはエセリア様ですから、私に礼を仰らなくても宜しいのですよ?」
「そうはいかないよ。これから君の名前を使わせて貰ったり、手を煩わせる事になると思うからね」
「本当に、お手数をかける事になるかもしれないので、宜しくお願いします」
「お気になさらず。お二人の力になれるだけで、私は嬉しいですから。全力でお手伝い致しますわ!」
それからは物騒な話は抜きで、四人は世間話で盛り上がった。
(本当に、色々ととんでもない物を見せられたわね。だけど、実際に使ってみるのが楽しみかも)
さすがに当初は驚いたものの、それが過ぎ去った後のカテリーナは、そんな事を考えていられるほどの余裕を取り戻し、楽しいひと時を過ごしてからティアド伯爵邸を辞去した。
キャンドルから漂い始めた臭いが通常のそれとは明らかに異なっていた為、カテリーナが思わず感想を漏らすと、サビーネは笑顔で得意げに頷いた。
「ええ。近々ワーレス商会から売り出す予定の、新商品になります。エセリア様はワーレス商会の顧問として、これまでにも数々の新商品を提案及び開発をしておられますのよ?」
「噂には聞いていたけど、本当に非凡な方ね。キャンドルに香りをつけるなどという発想は無かったし、どうすればこういう物が作れるのか、皆目見当が付かないわ」
カテリーナは感心しきった視線を向けたが、ナジェークは控えめにサビーネに問いかける。
「その……、サビーネ嬢。それでこの香り付きキャンドルを、どう連絡手段として用いるのかな?」
「こうするのですわ!」
そう叫ぶように宣言しながら、サビーネが取り上げた便箋の一枚を躊躇うことなくキャンドルに近づけたのを見て、他の三人は面食らった。
「え?」
「は?」
「ちょっと待て、サビーネ! どうしてそれを燃やす必要が……。はあぁ!?」
便箋に火をつけるつもりかと慌てて手を伸ばしたイズファインだったが、彼女が広げながらキャンドルの炎にかざした便箋に、みるみる焦げ茶色の文字が浮かび上がってきたのを認めて、狼狽した叫び声を上げた。
「ご覧くださいませ。これが『あぶりだし』ですわ!」
「…………」
サビーネは便箋をキャンドルの上から外し、得意満面で披露しながら解説したが、完全に度肝を抜かれた三人は押し黙った。しかしやはりナジェークが一番早く気を取り直し、彼女に確認を入れる。
「その……、サビーネ嬢? さっき君が発した聞き慣れない言葉から察すると、その紙を火であぶると、文字が浮き出てくるという事かな?」
「はい。まさにその通りですわ」
「どうしたら、そんな珍妙な事になるのか聞いても良いかな?」
「エセリア様特製の、インクで書いているからですわ! でもこれ位世間一般の間諜の間では、普通に用いられている手段なのですよね?」
そう信じて疑わないサビーネから、他の三人は揃って視線を逸らしつつ、独り言のように呟く。
「そもそも『間諜』の仕事を語るのに、『世間一般』とか『普通』という表現が付随するものなのかしら?」
「エセリア嬢が考えて使っている物だから大丈夫って、頭から信じ込んでいるのはどうかと思う」
「我が妹ながら……。どういう頭をしているのか、本当に分からなくなってきた」
しかしサビーネは周囲の反応を全く気にしないまま、笑顔で説明を続けた。
「それで、ナジェーク様がカテリーナ様に密かに連絡を取りたい時、私からの文面を装って手紙を書き、行間に本当にお伝えしたい内容をこれらのインクで書いて、キャンドルやアトマイザーと一緒に送れば宜しいのです。文面に『使ってみて気に入りましたので、カテリーナ様もお試しください』と一筆添えれば怪しまれないでしょう? それでカテリーナ様はキャンドルが付いていればあぶり出しを、アトマイザーが付いていれば中身を吹きかけて貰えれば、本来の文面を確認できるというわけです」
「なるほど、そういう事か……」
「エセリア様曰く『箱に結びつけるリボンに書き込むとか、箱の中に仕込むとか、キャンドルの中に埋め込むとかは甘いから、取り敢えずこんな感じで様子をみましょう。サビーネ様のご親戚の為に、他にも色々方策を考えてみるわ』と仰っておられましたので、ご安心くださいませ!」
そこで三人は完全に使用法について納得したものの、サビーネにこれらの方策を伝授したエセリアに、ある意味底知れぬ恐怖を覚えた。
「エセリア……。お前は一体、どんな方向に向かっているんだ……」
「何だか、手練れの間諜組織を仕切っていけそうね……」
「ああ。彼女の非凡さはこれまでの付き合いで分かったつもりではいたが、まだまだ認識が甘かったらしい」
「あの……、やはりもっと手の込んだ方法の方が、良かったでしょうか?」
三人が重苦しい空気を醸し出しているのを感じ取ったサビーネが、何か不都合でもあったかと心配そうに尋ねてきた。それに三人は慌てて、笑顔で応じる。
「いや、大丈夫だよ。サビーネ嬢、ありがとう」
「早速色々考えてくれて嬉しいわ。これから有意義に使わせて貰いますね」
「そう言って頂けて、私も嬉しいです。でも考えてくださったのはエセリア様ですから、私に礼を仰らなくても宜しいのですよ?」
「そうはいかないよ。これから君の名前を使わせて貰ったり、手を煩わせる事になると思うからね」
「本当に、お手数をかける事になるかもしれないので、宜しくお願いします」
「お気になさらず。お二人の力になれるだけで、私は嬉しいですから。全力でお手伝い致しますわ!」
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