その華の名は
(5)間諜の心得?
「カテリーナ様、用意してきたこちらの便箋をご覧になって下さい」
「ええ……。これは、何かの献立かしら?」
  差し出された物を広げて確認したカテリーナが困ったように尋ね返すと、サビーネが笑顔で頷く。
「はい。書く中身は何でも良いかと思いましたので、取り敢えず昨夜の夕食の献立を書いておきましたの」
「はぁ……」
「あの……、サビーネ嬢。差し支えなければ、この献立が何を意味するのか、教えて貰えないだろうか?」
  流石に焦れてきたナジェークがここで口を挟んだが、サビーネは余裕たっぷりに言葉を返す。
「慌てないでくださいませ。ご説明はこれからですわ! カテリーナ様、それをこちらにお返し願えますか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。……そして、これをこうして……」
再び受け取った便箋を、サビーネは目の前のテーブルに広げて置いてから、傍らにあったアトマイザーを取り上げ、その便箋一面に中の液体を噴霧した。それに従い、その液体の香りが微かに周囲に漂ったが、一般的な香水のそれとは違う微妙な刺激臭に、カテリーナとナジェークは無言で僅かに眉根を寄せる。
不快とまでは言えないまでもどこかで嗅いだ覚えがあり、しかし咄嗟にその名前が出てこない事に二人が内心で苛立っていると、その間に目の前で予想外の展開があった。
「え!? どうして! 行間に違う文字が出てきたわ!」
「驚いたな……。一体、どういう仕組みなんだ?」
当初、献立しか記載されていなかった便箋に、噴霧後少しして異なる色調の文字列が浮かび上がってきたのを目の当たりにした二人は、本気で驚愕した。その反応に気を良くしたらしいサビーネが、得意満面で解説を加える。
「これは普通のインクでカモフラージュの文章を書いてから、その行間に、普通では見えないインクで文字を書くのです。インクとは言っても、筆記用品としては販売されていない液体という事ですが。それが乾くと完全に見えなくなりますが、このアトマイザーの中身を噴霧すると……、ええと、何と言ったかしら……。あ、そうそう『かがくはんのう』とやらで、文字が浮かび上がってくるのですわ!」
「はい?」
解説の半分程が意味不明だったカテリーナは再度首を傾げたが、常日頃から妹の突拍子もない言動に対して耐性があったナジェークは、半ば確信しつつ口を開いた。
「今、何やら聞いた事が無い言葉が出てきたが……、その『かがくはんのう』とやらは、エセリアが言っていた言葉だね?」
「はい、そうですわ。エセリア様曰く、『これ位の初歩的な仕掛けなど、どこの間諜でも用いているでしょうけど、一般的な貴族の方々はそこまで詳しい事はご存じないと思うの。だからご家族の目を誤魔化す程度なら、十分有効だと思うわ』と仰っておられました」
「いや、少なくとも普通一般的な間諜も、そんな連絡手段は使っていないから」
「そうなのですか?」
頭痛を堪えるような表情でナジェークが応じ、それにきょとんとした顔でサビーネが応じるのを眺めながら、カテリーナは(そもそも間諜に関して、普通一般とか非常識とかの形容詞がつくのかしら? それ自体が非日常的な存在だと思うのだけど)と心の中で突っ込んだが、それよりも重要な事に思い至り、慌てて問いかけた。
「あの、サビーネ様? そんな大がかりな仕掛けに使っているアトマイザーの中身は、気軽に取り扱って大丈夫な物なのですか? もしかしたら、ある種の毒物とか劇薬とかでは……」
その懸念を、サビーネがあっさりと否定する。
「その心配は不要です。確かに零したりしたら臭いが少々きついですが、中身はお酢ですから」
「お酢ですって!?」
「というと、食べる時にドレッシングに使うあれかい?」
「はい、あのお酢ですわ!」
「……確かに、毒劇物の類でない事は確かだな」
「酢で命を落とすなら、これまでに何百回と死んでしまっているわね」
満面の笑みで頷かれたナジェークとカテリーナは、揃って引き攣った笑みを浮かべた。ここでマッチを探しに出ていたイズファインが戻って来る。
「待たせたね。マッチを持ってきたよ。侍女にかなり怪訝な顔をされたけど。……ところで二人とも、変な顔をしてどうかしたのか?」
「何でもない、気にするな」
「ええ、気のせいよ」
「そうか? じゃあサビーネ、キャンドルに点火するよ?」
「はい、お願いします」
友人達の微妙な顔付きに、イズファインは怪訝な顔になったものの、サビーネに促されて燭台に設置しておいたキャンドルに火をつけた。
「ええ……。これは、何かの献立かしら?」
  差し出された物を広げて確認したカテリーナが困ったように尋ね返すと、サビーネが笑顔で頷く。
「はい。書く中身は何でも良いかと思いましたので、取り敢えず昨夜の夕食の献立を書いておきましたの」
「はぁ……」
「あの……、サビーネ嬢。差し支えなければ、この献立が何を意味するのか、教えて貰えないだろうか?」
  流石に焦れてきたナジェークがここで口を挟んだが、サビーネは余裕たっぷりに言葉を返す。
「慌てないでくださいませ。ご説明はこれからですわ! カテリーナ様、それをこちらにお返し願えますか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。……そして、これをこうして……」
再び受け取った便箋を、サビーネは目の前のテーブルに広げて置いてから、傍らにあったアトマイザーを取り上げ、その便箋一面に中の液体を噴霧した。それに従い、その液体の香りが微かに周囲に漂ったが、一般的な香水のそれとは違う微妙な刺激臭に、カテリーナとナジェークは無言で僅かに眉根を寄せる。
不快とまでは言えないまでもどこかで嗅いだ覚えがあり、しかし咄嗟にその名前が出てこない事に二人が内心で苛立っていると、その間に目の前で予想外の展開があった。
「え!? どうして! 行間に違う文字が出てきたわ!」
「驚いたな……。一体、どういう仕組みなんだ?」
当初、献立しか記載されていなかった便箋に、噴霧後少しして異なる色調の文字列が浮かび上がってきたのを目の当たりにした二人は、本気で驚愕した。その反応に気を良くしたらしいサビーネが、得意満面で解説を加える。
「これは普通のインクでカモフラージュの文章を書いてから、その行間に、普通では見えないインクで文字を書くのです。インクとは言っても、筆記用品としては販売されていない液体という事ですが。それが乾くと完全に見えなくなりますが、このアトマイザーの中身を噴霧すると……、ええと、何と言ったかしら……。あ、そうそう『かがくはんのう』とやらで、文字が浮かび上がってくるのですわ!」
「はい?」
解説の半分程が意味不明だったカテリーナは再度首を傾げたが、常日頃から妹の突拍子もない言動に対して耐性があったナジェークは、半ば確信しつつ口を開いた。
「今、何やら聞いた事が無い言葉が出てきたが……、その『かがくはんのう』とやらは、エセリアが言っていた言葉だね?」
「はい、そうですわ。エセリア様曰く、『これ位の初歩的な仕掛けなど、どこの間諜でも用いているでしょうけど、一般的な貴族の方々はそこまで詳しい事はご存じないと思うの。だからご家族の目を誤魔化す程度なら、十分有効だと思うわ』と仰っておられました」
「いや、少なくとも普通一般的な間諜も、そんな連絡手段は使っていないから」
「そうなのですか?」
頭痛を堪えるような表情でナジェークが応じ、それにきょとんとした顔でサビーネが応じるのを眺めながら、カテリーナは(そもそも間諜に関して、普通一般とか非常識とかの形容詞がつくのかしら? それ自体が非日常的な存在だと思うのだけど)と心の中で突っ込んだが、それよりも重要な事に思い至り、慌てて問いかけた。
「あの、サビーネ様? そんな大がかりな仕掛けに使っているアトマイザーの中身は、気軽に取り扱って大丈夫な物なのですか? もしかしたら、ある種の毒物とか劇薬とかでは……」
その懸念を、サビーネがあっさりと否定する。
「その心配は不要です。確かに零したりしたら臭いが少々きついですが、中身はお酢ですから」
「お酢ですって!?」
「というと、食べる時にドレッシングに使うあれかい?」
「はい、あのお酢ですわ!」
「……確かに、毒劇物の類でない事は確かだな」
「酢で命を落とすなら、これまでに何百回と死んでしまっているわね」
満面の笑みで頷かれたナジェークとカテリーナは、揃って引き攣った笑みを浮かべた。ここでマッチを探しに出ていたイズファインが戻って来る。
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