その華の名は
(3)貴重な親交
微妙に鬱屈した気持ちでティアド伯爵邸に出向いたカテリーナだったが、応接室の一つに通されてサビーネに再会した途端、そんな重苦しい気分は綺麗に霧散した。
「カテリーナ様、お待ちしていました! また会える日を、心待ちにしておりましたのよ?」
「私も再びサビーネ様にお会いできるのを、楽しみにしておりました」
自分を待ち構えていた彼女が満面の笑みである事に加えて、相手を不快にさせるような出過ぎたり厚かましい言動もみられない人物だった事で、カテリーナは無意識に表情を緩めた。
(本当に彼女は、純粋に私を慕ってくれていると分かるから、落ち着くというか癒されるというか……。彼女がイズファインの婚約者で、本当に嬉しいわ)
小さい頃から男女の垣根を越えての友人であるイズファインに、好ましく思える婚約者ができた事をカテリーナが素直に喜んでいると、立ったまま四方山話に突入しかけた二人を見た彼が、苦笑しながら声をかけてくる。
「二人とも。まずは座ってお茶でもどうかな? 今日は色々と、込み入った話もしたいしね」
「そうね。まずは頂きましょうか」
「はい。そういたしましょう」
彼の意見に賛成し、カテリーナは彼とサビーネとは反対側のソファーに腰を下ろした。その目の前に茶器が一揃い置かれると、イズファインが目配せをして使用人を全て下がらせる。そして室内に三人だけになってから、徐に話を切り出した。
「さて……、カテリーナ。君が同伴して来た侍女は待機室に誘導して、秘密裏に監視を付けておいた。もし彼女がその部屋から一歩でも出たら、こちらに連絡が来ると同時に足止めをして、ナジェークとかち合う事を防ぐ手筈になっている」
「随分厳重ね」
「ナジェークからの指示でね。君の義理の姉君は、結構人使いが荒い人らしい」
「本当に……、侍女に密偵の真似事までさせるとはね」
イズファインの口振りから、どうやら自分の行動が監視されているらしいと悟ったカテリーナは、うんざりしながら溜め息を吐いた。
「それから……、実は既に私から、君とナジェークの事をサビーネに伝えてあるんだ」
「そうだったの?」
意外に思いながらカテリーナが彼女に視線を向けると、サビーネが真剣な面持ちで頷く。
「はい。さすがに驚きました。普通に考えたら王太子派のシェーグレン公爵家の後継者であるナジェーク様と、アーロン殿下派のガロア侯爵家のカテリーナ様との縁談など、成立するとは思えませんもの」
「本当に、周囲の人間は予想だにしないだろうな」
「ですがその困難を物ともせず、真実の愛を貫き通す決意に満ち溢れたお二人に背を向けるなど、私には到底できませんわ! 微力ですが、出来る限りのお手伝いをさせていただくつもりです! 勿論、お二人の秘密は今後も厳守しますので、ご安心くださいませ!」
「……ありがとう、ございます」
力強く宣言したサビーネの迫力に圧倒されたカテリーナは、思わず頷いて礼を述べたものの、内心ではかなり戸惑っていた。
(『真実の愛』? え? そういう言葉は、打算と妥協の産物である私達の関係からは、対極の関係にあると思うのだけど……)
賢明にもカテリーナが、脳裏に浮かんだ内容を口に出さないでいると、イズファインが茶化すようにサビーネに尋ねた。
「サビーネ。普段はエセリア嬢をあれほど崇拝しているのに、彼女にもナジェーク達の事を秘密にできるのかな?」
「崇拝って、そんなに?」
「ああ。こちらが嫉妬する位に」
「まあ、ライバルが女性だなんて、イズファインも大変ね」
「面白がらないて欲しいな。結構深刻な問題なんだが」
思わず口を挟んだカテリーナと彼との間で軽口が交わされていると、サビーネが大真面目に言い出した。
「イズファイン様、意地悪な事を言わないでください。確かにエセリア様に真実を告げられないのは辛いですが、嘘を言うつもりはありませんもの。エセリア様からお二人の仲を尋ねられない限り、口にする事が無いだけです」
「なるほど。まさかエセリア嬢が、今の時点で二人の関係を疑う筈も無いしな」
「それにエセリア様とナジェーク様は、本当に仲の良いご兄妹と存じ上げていますから。後々、お兄様の為にそうしていたと分かれば、気分を害される事は無いと思いますわ」
「確かにそうだろうな」
イズファインが納得して深く頷いたところで、ドアがノックされて執事の一人が現れた。
「失礼いたします、イズファイン様。ナジェーク様がお越しです。こちらにお連れしました」
「ああ、入ってくれ」
「それではどうぞ。すぐにお茶をお持ちします」
そこでイズファインが頷き、執事に促されて入室して来たナジェークが、中に居た三人に笑顔を振り撒く。
「やあ、イズファイン。時間に少し遅れてしまってすまない。サビーネ嬢、カテリーナ、こんにちは」
「お久しぶりです、ナジェーク様」
「外で顔を合わせるのは、あの夜会以来ね」
何も考えずにカテリーナが事実を口にした途端、彼女達に歩み寄っていたナジェークが足を止めて肩を落とす。
「……頼むから、あの時の事は話題に出さないでくれ」
その姿を意外そうに見やったサビーネは、笑いを堪えながら指摘した。
「これまで、何事に対しても全く動じないように見えていたナジェーク様にも、弱点ができましたのね」
「ああ。あれ以来、こいつのしたり顔が気に入らない時は、あの時の事を蒸し返す事にしているんだ」
「イズファイン、適切な判断だわ」
「あぁ、何と言う事だ……。今日この場に、私の味方は一人もいないらしい」
カテリーナが思わず賛同すると、ナジェークが哀れっぽく愚痴まじりの台詞を口にした。その芝居かかった物言いを聞いて、他の三人が揃って笑い出す。
(隔意無く付き合える相手がいるという事は、本当に幸せな事なのね)
最後にはナジェークも楽しげに笑い出し、カテリーナはこの心地良い時間がいつまでも続けば良いのにと密かに思った。
「カテリーナ様、お待ちしていました! また会える日を、心待ちにしておりましたのよ?」
「私も再びサビーネ様にお会いできるのを、楽しみにしておりました」
自分を待ち構えていた彼女が満面の笑みである事に加えて、相手を不快にさせるような出過ぎたり厚かましい言動もみられない人物だった事で、カテリーナは無意識に表情を緩めた。
(本当に彼女は、純粋に私を慕ってくれていると分かるから、落ち着くというか癒されるというか……。彼女がイズファインの婚約者で、本当に嬉しいわ)
小さい頃から男女の垣根を越えての友人であるイズファインに、好ましく思える婚約者ができた事をカテリーナが素直に喜んでいると、立ったまま四方山話に突入しかけた二人を見た彼が、苦笑しながら声をかけてくる。
「二人とも。まずは座ってお茶でもどうかな? 今日は色々と、込み入った話もしたいしね」
「そうね。まずは頂きましょうか」
「はい。そういたしましょう」
彼の意見に賛成し、カテリーナは彼とサビーネとは反対側のソファーに腰を下ろした。その目の前に茶器が一揃い置かれると、イズファインが目配せをして使用人を全て下がらせる。そして室内に三人だけになってから、徐に話を切り出した。
「さて……、カテリーナ。君が同伴して来た侍女は待機室に誘導して、秘密裏に監視を付けておいた。もし彼女がその部屋から一歩でも出たら、こちらに連絡が来ると同時に足止めをして、ナジェークとかち合う事を防ぐ手筈になっている」
「随分厳重ね」
「ナジェークからの指示でね。君の義理の姉君は、結構人使いが荒い人らしい」
「本当に……、侍女に密偵の真似事までさせるとはね」
イズファインの口振りから、どうやら自分の行動が監視されているらしいと悟ったカテリーナは、うんざりしながら溜め息を吐いた。
「それから……、実は既に私から、君とナジェークの事をサビーネに伝えてあるんだ」
「そうだったの?」
意外に思いながらカテリーナが彼女に視線を向けると、サビーネが真剣な面持ちで頷く。
「はい。さすがに驚きました。普通に考えたら王太子派のシェーグレン公爵家の後継者であるナジェーク様と、アーロン殿下派のガロア侯爵家のカテリーナ様との縁談など、成立するとは思えませんもの」
「本当に、周囲の人間は予想だにしないだろうな」
「ですがその困難を物ともせず、真実の愛を貫き通す決意に満ち溢れたお二人に背を向けるなど、私には到底できませんわ! 微力ですが、出来る限りのお手伝いをさせていただくつもりです! 勿論、お二人の秘密は今後も厳守しますので、ご安心くださいませ!」
「……ありがとう、ございます」
力強く宣言したサビーネの迫力に圧倒されたカテリーナは、思わず頷いて礼を述べたものの、内心ではかなり戸惑っていた。
(『真実の愛』? え? そういう言葉は、打算と妥協の産物である私達の関係からは、対極の関係にあると思うのだけど……)
賢明にもカテリーナが、脳裏に浮かんだ内容を口に出さないでいると、イズファインが茶化すようにサビーネに尋ねた。
「サビーネ。普段はエセリア嬢をあれほど崇拝しているのに、彼女にもナジェーク達の事を秘密にできるのかな?」
「崇拝って、そんなに?」
「ああ。こちらが嫉妬する位に」
「まあ、ライバルが女性だなんて、イズファインも大変ね」
「面白がらないて欲しいな。結構深刻な問題なんだが」
思わず口を挟んだカテリーナと彼との間で軽口が交わされていると、サビーネが大真面目に言い出した。
「イズファイン様、意地悪な事を言わないでください。確かにエセリア様に真実を告げられないのは辛いですが、嘘を言うつもりはありませんもの。エセリア様からお二人の仲を尋ねられない限り、口にする事が無いだけです」
「なるほど。まさかエセリア嬢が、今の時点で二人の関係を疑う筈も無いしな」
「それにエセリア様とナジェーク様は、本当に仲の良いご兄妹と存じ上げていますから。後々、お兄様の為にそうしていたと分かれば、気分を害される事は無いと思いますわ」
「確かにそうだろうな」
イズファインが納得して深く頷いたところで、ドアがノックされて執事の一人が現れた。
「失礼いたします、イズファイン様。ナジェーク様がお越しです。こちらにお連れしました」
「ああ、入ってくれ」
「それではどうぞ。すぐにお茶をお持ちします」
そこでイズファインが頷き、執事に促されて入室して来たナジェークが、中に居た三人に笑顔を振り撒く。
「やあ、イズファイン。時間に少し遅れてしまってすまない。サビーネ嬢、カテリーナ、こんにちは」
「お久しぶりです、ナジェーク様」
「外で顔を合わせるのは、あの夜会以来ね」
何も考えずにカテリーナが事実を口にした途端、彼女達に歩み寄っていたナジェークが足を止めて肩を落とす。
「……頼むから、あの時の事は話題に出さないでくれ」
その姿を意外そうに見やったサビーネは、笑いを堪えながら指摘した。
「これまで、何事に対しても全く動じないように見えていたナジェーク様にも、弱点ができましたのね」
「ああ。あれ以来、こいつのしたり顔が気に入らない時は、あの時の事を蒸し返す事にしているんだ」
「イズファイン、適切な判断だわ」
「あぁ、何と言う事だ……。今日この場に、私の味方は一人もいないらしい」
カテリーナが思わず賛同すると、ナジェークが哀れっぽく愚痴まじりの台詞を口にした。その芝居かかった物言いを聞いて、他の三人が揃って笑い出す。
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