その華の名は
第3章 やることなすこと規格外:(1)新年度開始
新年度を迎え、教養科から専科である騎士科下級学年に進級したカテリーナは、指定されている教室に足を踏み入れた。その直後に出入り口近くに集まっていたティナレア達を見つけ、笑顔で声をかける。
「皆、おはよう。今年も宜しくね」
しかし声をかけられた方の表情は、揃って微妙な物だった。
「こちらこそ……、と言うかカテリーナ。あなた本当に、専科は騎士科にしたのね」
「『したのね』って……、去年からそう言っていたじゃない」
「それはそうだけど……」
「れっきとした侯爵家のご令嬢が、本当に良いのかしら?」
剣術の授業で親交を深めてきた友人達は困惑顔を見合わせたが、カテリーナは肩を竦めながら淡々と言葉を返した。
「ちゃんと当主たるお父様の許可は貰っているし、本当に全く問題ないわ。それにしても……、教室内の空気が、ちょっと微妙な気がするのだけど……」
横目で教室内の様子を窺いながらカテリーナが声を潜めて尋ねると、明らかに平民出身のグループと、更に貴族内でも力量や家格を踏まえた二つのグループに別れているのが明らかな現状に、彼女達も内心でうんざりしていたらしく、顔をしかめながら囁き合った。
「確かにそうなのよね」
「私達女生徒を無視するとか、目の敵にする他に、貴族と平民の間に緊張感すら漂っているみたい」
「教養科の一年間でだいぶ和らいだとは思うけど、こればかりはね。口で言っても、どうなるものでもないし」
「最小派閥の私達には、どうしようも無いわよ」
「確かに、私達は最小派閥ね」
「なるべくこちらからは、波風を立てないようにしましょう」
苦笑気味に女生徒達は意思統一し、カテリーナは勧められた椅子に座った。
(イズファインは出自にこだわらないタイプだし、ざっと見た感じで同様の人は貴族の人達の半数程度はいる筈。平民出身の生徒の方が人数は少ないし、バランス的には妥当かもしれないわ)
前年度までとは、また微妙に違う隔意がクラス内に存在する事を認めながらも、カテリーナはその時点ではその事をあまり問題視していなかった。
その日の授業を全て終えてから、カテリーナが例の隠し部屋に出向くと、待ち構えていたナジェークがからかうように声をかけてきた。
「やあ、カテリーナ。騎士科での新年度一日目の感想は?」
「取り敢えず、お高くとまった誰かさん達からの視線と嫌みが無い分だけ、居心地が良いとでも言っておこうかしら?」
「それはそれは。確かに相手の身になって物事を考える事ができない、想像力が欠如している人間を相手にするのは、時間と労力の無駄だな」
皮肉っぽく語りながら肩を竦めた彼を見て、カテリーナは思わず問い返す。
「何だか早速、貴族科で実害を被ったような物言いをするのね」
「実際、くだらない女生徒にまとわりつかれたよ。そういう人間に限って理解力も大した事は無いから、過去形ではなく現在進行形で語らなければいけないのが、本当に煩わしいね」
「……あら、そうなの。それは御愁傷様」
素っ気ない口調でカテリーナが返すと、何を思ったかナジェークは含み笑いで言い聞かせてきた。
「例え、たくさんの女生徒にまとわりつかれたとしても、私は君一筋だから心配しなくて良いよ?」
「誰が、何の心配をするって言うのよ?」
(相変わらず、他人を苛立たせるのが得意な人ね)
おかしそうに笑っている彼に内心で腹を立てながら、カテリーナはこの間疑問に思っていた事を思い出し、率直に尋ねた。
「そう言えばあなたは去年、剣術の授業を選択していた上に、公爵家の後継者なのに官吏になるとか言っていなかった? それなのにどうして専科は官吏科ではなくて、貴族科を選択したの?」
「対外的な事情が色々とあってね。だけど貴族科の人間が官吏になれないと言う規定はないし、要は選抜試験を通れば何も問題は無いさ」
  全く気負いなくそんな事を口にした彼に、カテリーナが半ば呆れながら問いを重ねる。
「随分あっさり言ってくれるわね。官吏科での授業内容は、貴族科や騎士科のそれとは比較にならない程難しいと聞いているのだけど?」
「自主学習の成果を選抜試験前に、学内の定期試験でも披露するよ」
「……恥をかかない程度に頑張る事ね」
(本当に、何を考えているのかしら? 本当にやっていけると思っているの?)
  自分の疑念に満ちた視線を平然と受け流している彼を見て、カテリーナは匙を投げた。するとここでナジェークが、唐突に話を持ち出す。
「ああ、そうだ。近々休みの日にティアド伯爵家から招待される筈だから、都合を合わせて訪問して欲しい。家族ぐるみで交流があるし、それほど不自然な事では無いだろう?」
「確かにそれほど不自然では無いかもしれないけど……。訪問の理由は?」
「表向きは、この前紹介されたサビーネ嬢から、君と交流を深めたいとイズファインが頼まれたという事かな。その場に偶々、イズファインの友人である自分が現れても、ガロア侯爵家の皆さんにはそんな事は分からないだろうね」
 そんな真相を聞かされたカテリーナは、先程から何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
「呆れた……。以前簡単に話は聞いていたけど、本当にイズファインと彼女を隠れ蓑にする気ね?」
「君と外で会いたいのも理由の一つだが、今回は後々の事も考えて、本格的にサビーネ嬢をこちら側に引き込んでおくよ。イズファインには既に話をしてあるが私達が連絡を取る場合、彼女にカモフラージュになって貰うから」
「今でも普通に、こうやって顔を合わせて話しているけど?」
「長期休暇時や、学園卒業後の対策だ」
「抜け目が無いわね。さすがは官吏志望者とでも言っておこうかしら」
「お褒めに預り、光栄の極み」
「誉めたつもりは無かったのだけど?」
「君が口にしただけで、どんな内容でも美辞麗句に聞こえてしまうから、仕方が無いな」
「その腐った耳、官吏になる前に両方取り替えた方が良いわね」
「酷い言われようだ」
(どこまで先を読んでいるやら。本当に貴族科のままで、官吏になってしまうかもしれないわ。そうなったら前代未聞でしょうね)
  容赦のない言葉を投げ付けられながらもナジェークは笑顔のままであり、それを見た彼女は困ったものだと思いながらも、実際に目の前の人物が官吏になったら面白い事になるかもしれないと、密かに他人事のように考えていた。
「皆、おはよう。今年も宜しくね」
しかし声をかけられた方の表情は、揃って微妙な物だった。
「こちらこそ……、と言うかカテリーナ。あなた本当に、専科は騎士科にしたのね」
「『したのね』って……、去年からそう言っていたじゃない」
「それはそうだけど……」
「れっきとした侯爵家のご令嬢が、本当に良いのかしら?」
剣術の授業で親交を深めてきた友人達は困惑顔を見合わせたが、カテリーナは肩を竦めながら淡々と言葉を返した。
「ちゃんと当主たるお父様の許可は貰っているし、本当に全く問題ないわ。それにしても……、教室内の空気が、ちょっと微妙な気がするのだけど……」
横目で教室内の様子を窺いながらカテリーナが声を潜めて尋ねると、明らかに平民出身のグループと、更に貴族内でも力量や家格を踏まえた二つのグループに別れているのが明らかな現状に、彼女達も内心でうんざりしていたらしく、顔をしかめながら囁き合った。
「確かにそうなのよね」
「私達女生徒を無視するとか、目の敵にする他に、貴族と平民の間に緊張感すら漂っているみたい」
「教養科の一年間でだいぶ和らいだとは思うけど、こればかりはね。口で言っても、どうなるものでもないし」
「最小派閥の私達には、どうしようも無いわよ」
「確かに、私達は最小派閥ね」
「なるべくこちらからは、波風を立てないようにしましょう」
苦笑気味に女生徒達は意思統一し、カテリーナは勧められた椅子に座った。
(イズファインは出自にこだわらないタイプだし、ざっと見た感じで同様の人は貴族の人達の半数程度はいる筈。平民出身の生徒の方が人数は少ないし、バランス的には妥当かもしれないわ)
前年度までとは、また微妙に違う隔意がクラス内に存在する事を認めながらも、カテリーナはその時点ではその事をあまり問題視していなかった。
その日の授業を全て終えてから、カテリーナが例の隠し部屋に出向くと、待ち構えていたナジェークがからかうように声をかけてきた。
「やあ、カテリーナ。騎士科での新年度一日目の感想は?」
「取り敢えず、お高くとまった誰かさん達からの視線と嫌みが無い分だけ、居心地が良いとでも言っておこうかしら?」
「それはそれは。確かに相手の身になって物事を考える事ができない、想像力が欠如している人間を相手にするのは、時間と労力の無駄だな」
皮肉っぽく語りながら肩を竦めた彼を見て、カテリーナは思わず問い返す。
「何だか早速、貴族科で実害を被ったような物言いをするのね」
「実際、くだらない女生徒にまとわりつかれたよ。そういう人間に限って理解力も大した事は無いから、過去形ではなく現在進行形で語らなければいけないのが、本当に煩わしいね」
「……あら、そうなの。それは御愁傷様」
素っ気ない口調でカテリーナが返すと、何を思ったかナジェークは含み笑いで言い聞かせてきた。
「例え、たくさんの女生徒にまとわりつかれたとしても、私は君一筋だから心配しなくて良いよ?」
「誰が、何の心配をするって言うのよ?」
(相変わらず、他人を苛立たせるのが得意な人ね)
おかしそうに笑っている彼に内心で腹を立てながら、カテリーナはこの間疑問に思っていた事を思い出し、率直に尋ねた。
「そう言えばあなたは去年、剣術の授業を選択していた上に、公爵家の後継者なのに官吏になるとか言っていなかった? それなのにどうして専科は官吏科ではなくて、貴族科を選択したの?」
「対外的な事情が色々とあってね。だけど貴族科の人間が官吏になれないと言う規定はないし、要は選抜試験を通れば何も問題は無いさ」
  全く気負いなくそんな事を口にした彼に、カテリーナが半ば呆れながら問いを重ねる。
「随分あっさり言ってくれるわね。官吏科での授業内容は、貴族科や騎士科のそれとは比較にならない程難しいと聞いているのだけど?」
「自主学習の成果を選抜試験前に、学内の定期試験でも披露するよ」
「……恥をかかない程度に頑張る事ね」
(本当に、何を考えているのかしら? 本当にやっていけると思っているの?)
  自分の疑念に満ちた視線を平然と受け流している彼を見て、カテリーナは匙を投げた。するとここでナジェークが、唐突に話を持ち出す。
「ああ、そうだ。近々休みの日にティアド伯爵家から招待される筈だから、都合を合わせて訪問して欲しい。家族ぐるみで交流があるし、それほど不自然な事では無いだろう?」
「確かにそれほど不自然では無いかもしれないけど……。訪問の理由は?」
「表向きは、この前紹介されたサビーネ嬢から、君と交流を深めたいとイズファインが頼まれたという事かな。その場に偶々、イズファインの友人である自分が現れても、ガロア侯爵家の皆さんにはそんな事は分からないだろうね」
 そんな真相を聞かされたカテリーナは、先程から何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
「呆れた……。以前簡単に話は聞いていたけど、本当にイズファインと彼女を隠れ蓑にする気ね?」
「君と外で会いたいのも理由の一つだが、今回は後々の事も考えて、本格的にサビーネ嬢をこちら側に引き込んでおくよ。イズファインには既に話をしてあるが私達が連絡を取る場合、彼女にカモフラージュになって貰うから」
「今でも普通に、こうやって顔を合わせて話しているけど?」
「長期休暇時や、学園卒業後の対策だ」
「抜け目が無いわね。さすがは官吏志望者とでも言っておこうかしら」
「お褒めに預り、光栄の極み」
「誉めたつもりは無かったのだけど?」
「君が口にしただけで、どんな内容でも美辞麗句に聞こえてしまうから、仕方が無いな」
「その腐った耳、官吏になる前に両方取り替えた方が良いわね」
「酷い言われようだ」
(どこまで先を読んでいるやら。本当に貴族科のままで、官吏になってしまうかもしれないわ。そうなったら前代未聞でしょうね)
  容赦のない言葉を投げ付けられながらもナジェークは笑顔のままであり、それを見た彼女は困ったものだと思いながらも、実際に目の前の人物が官吏になったら面白い事になるかもしれないと、密かに他人事のように考えていた。
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