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その華の名は

篠原皐月

(15)迂闊な兄夫婦

 カテリーナが両親と兄と共にエントランスホールに立ち、数組の招待客の出迎えを済ませたところで、ティアド伯爵夫妻とイズファインが来訪した。


「やあ、来たな」
「ああ、お招きありがとう。カテリーナ。この前の男装も素敵だったが、ドレス姿はそれ以上に似合っているよ」
 ラドクリフがジェフリーに簡単に挨拶してから、カテリーナに笑顔で声をかけると、ネシーナも深く頷きながら同意を示す。


「本当に素敵。深い紅薔薇色ね。落ち着いた貴女には、軽いピンクや派手派手しい赤色より、こちらの方が似合うわ」
「おじさま、おばさま、ありがとうございます。今日は楽しみください」
「そのつもりだよ」
 そこで両親の一歩後ろに控えていたイズファインが進み出て、声をかけてきた。


「やあ、カテリーナ。誕生日おめでとう」
「ありがとう、イズファイン」
「持参したプレゼントは、先程玄関で執事に預けたから。パーティーが始まってから、改めて挨拶をしながら渡すよ」
「ありがとう。何を頂けるのか楽しみだわ」
「くくっ……、全く、こいつときたら……」
 そこで何やら含み笑いをしているラドクリフに気が付いたカテリーナは、不思議に思いながら尋ねてみた。


「おじさま、どうかしましたか?」
 するとラドクリフは苦笑を浮かべたまま、ネシーナは困惑気味に答える。


「いや、我が息子ながら、女性に対する贈り物の選択がどうかと思ってね」
「強硬に主張するものだから、イズファインの好きにさせましたけど……。サビーネ嬢には、彼女に合った物を選択しなさいと言い聞かせたのよ」
「何を選んだの?」
「それは、後からのお楽しみという事で」
「分かったわ」
 自分が依頼した物であるために内容は知り抜いていたが、惚けてわざとらしく尋ねたカテリーナに、イズファインは笑って応じた。そしてティアド伯爵家の面々が広間に移動し、更に何組かを迎えてから、普段ガロア侯爵家とは殆ど付き合いのない人々を迎える事となった。


「ガロア侯爵、今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ユーロネス侯爵、ご足労いただき恐縮です」
「侯爵夫人とご子息まで出向いていただき、ありがとうございます」
 当主夫妻が一通り礼儀正しく挨拶を済ませたところで、ユーロネス侯爵夫人ラリーサが、カテリーナに笑顔で声をかけた。


「あなたがカテリーナ様ですね。はじめまして。お噂はかねがね、エリーゼ様からお伺いしておりますわ」
「エスター・ヴァン・ユーロネスです。噂以上にお美しい方ですね。宜しくお付き合いください」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 母親に続いて愛想良く挨拶してきた、自分よりも何歳か年上に見える男性に、カテリーナが愛想を振り撒いていると、ラリーサが周囲を見回しながら怪訝な顔で尋ねてきた。


「ところで、エリーゼ様はどちらにいらっしゃるのですか?」
 その問いかけに、ジェフリーが答えようとするのを遮りながら、ジェスランが大声で弁解した。
「ああ、エリーゼなら体調」
「エリーゼは、未だ支度が整っておりませんので! 後ほど侯爵夫妻には、ご挨拶に伺います!」
「…………」
 その叫びを聞いた途端、ホールが不気味に静まり返ったが、すぐにラリーサが能面のような顔で夫と息子を促す。


「……そうですか。分かりました。それではあなた、エスター、参りましょうか」
「そうだな」
「失礼します」
 そして何事も無かったかのように広間に向かった一家を、ジェスランは安堵した表情で見送っていたが、そんな息子をジェフリーは舌打ちを堪える表情で睨み付け、イーリスは渋面になって溜め息を吐いていた。そしてそんな両親の様子にも気が付かずに胸をなで下ろしている兄を、カテリーナは呆れ顔で見やる。


(お兄様ったら……。体調不良で遅れると言っておけば良いものを、馬鹿正直に支度中だから遅れるなんて言ったら、招待客を待たせるなんて非礼だと思われるに決まっているでしょうが)
 どこまで思慮が足らないのかとうんざりしながらも、続けて招待客がやって来た為、カテリーナはすぐに意識をそちらに向けた。


(お父様もそう仰るつもりだった筈なのに、体調不良で欠席にすると脅したのを真に受けたのかしら? ユーロネス侯爵夫人とお父様の気分を害したのは確実だけど、私が一々指摘してあげる必要は無いわね。お義姉様も迂闊だけど、お兄様も同レベルだわ)
 そんな辛辣な事を考えながら、カテリーナは目の前の招待客に対して、朗らかな笑顔を振り撒いていた。




 侍女達を叱りつけ、できる限り短時間で身支度を整えたエリーゼは、急いでパーティー会場の広間へと向かった。そして室内に滑り込んですぐに、ドアの近くにいた夫に声をかける。


「ジェスラン」
「ああ、エリーゼ。支度が終わったんだな。もうパーティーは始まって、父上やカテリーナの挨拶も終わったよ」
「そんな事は、見たら分かるわよ! ちゃんとユーロネス侯爵夫妻に、私が遅れた理由を説明してくれたでしょうね?」
「大丈夫だ。ちゃんと支度中だと説明しておいたから」
 そんな事を笑顔で事も無げに言われてしまったエリーゼは、仰天して夫に掴みかかった。


「何ですって!? あなた本当に、そんな事を言ったの!?」
「あ、ああ……。父上が体調不良で、欠席だなどと言いかけたから……」
 弁解がましく口にする夫を、エリーゼは周囲の目を気にして、精一杯声を抑えながら罵倒した。


「体調不良でも、回復したと言えば良いでしょうが! それに体調が優れない中、わざわざ挨拶をしに無理を押して出て来たと思われて、好印象に繋げる事だってできるのに、何を馬鹿正直に言っているのよ! 本当に使えない人ね!」
「エリーゼ!」
 そして文字通り夫を突き放したエリーゼは、そのままユーロネス侯爵夫妻の所に向かった。


「ユーロネス侯爵、侯爵夫人。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
 エリーゼが笑顔を貼り付けながらご機嫌伺いに出向いたものの、ラリーサからは辛辣な言葉が返ってきた。


「……あら、エリーゼ様。支度はもうお済みですの? 随分念入りにされていたみたいですが」
「いえ、そのような事は」
「ですが、念入りにお化粧されても、普段と大して変わりはございませんわね。この機会に有効な時間の使い方を、考えてみてはいかがかしら?」
 化粧をするだけ時間の無駄だろうと暗に告げて「おほほほほ」と高笑いしているラリーサに、エリーゼは本気で殺意を覚えたが、必死に怒りを堪えながら、本当に招待したかった人間の所在を尋ねた。


「……ところで、エスター殿はどちらにいらっしゃいますか?」
 それにラリーサが、素っ気なく扇で指し示しながら答える。


「エスターなら、先程からカテリーナ様と話し込んでいますよ。彼女の事を、随分気に入ったみたいね」
「そうでございましたか。こちらからご紹介しようかと思っていましたが、エスター殿はなかなか積極的な方ですのね」
 確かにカテリーナとエスターが、何やら楽しげに語り合っているのを見て、エリーゼはすっかり機嫌を直してラリーサに愛想を振り撒いた。


(全く。自分だって厚化粧の年増のくせに、他人の化粧にケチをつけるんじゃないわよ。だけどエスター殿がカテリーナを気に入ってくれたみたいで、安心したわ。この機会に、さっさとカテリーナの縁談を纏めてしまわないとね)
 それからエリーゼは、ラリーサに対する不満など綺麗に頭の片隅に押しやり、ひたすら彼女のご機嫌を取りつつ、エスターを褒め称える事に専念した。



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