その華の名は
(14)波乱含みの誕生日パーティー
誕生日パーティー当日。侍女に手伝って貰って支度を終えたカテリーナは、居間で待機していた両親の所に向かった。
「お父様、お母様、お待たせしました」
落ち着いた赤色の光沢のある生地に、銀糸で凝ったデザインの縁取りがされているドレスに身を包んだ愛娘を見て、ジェフリーは忽ち相好を崩した。
「おう、カテリーナ。今日は一段と綺麗に仕上がっているな」
「一応祝宴の主役ですし、これ位の装いはいたしませんと。招待客の皆様が、主役より目立たないように気を配っていらっしゃるのに、あまり地味な装いは却って失礼ですもの」
「全くその通りだな」
満足げに深く頷くジェフリーに続いて、イーリスも誇らしげに会話に加わる。
「カテリーナが最近男装をする方が多かったものですから、私も心配して仕立て屋に同行したのですけど、私が口を挟まなくともカテリーナはきちんとそこのところを弁えていて、職人の方々に細かく指図していて、安心しましたわ」
「当たり前だ。カテリーナは道理という物をきちんと弁えているからな。アクセサリーもドレスに合って、良く似合っているぞ? 高かったのではないか? 予算が不足したのなら、ちゃんと言うんだぞ?」
普段エリーゼから、「殿方には装飾品の良し悪しなど分からないのですわ」と屁理屈を付けられ、何度も予算の追加要求をされていたジェフリーは心配して声をかけたが、カテリーナはそれに笑って応じた。
「ありがとうございます、お父様。ですがきちんと予算の範囲内で整えましたので、ご心配には及びませんわ。幾らでもやりくりはできますし、携わる方に迷惑をかけないように予算の範囲内できちんと整えるのは、淑女の嗜みとして当然だと思います」
「そうか。それは感心だ」
「本当にそうね」
事も無げに神妙に告げる娘を見て、ジェフリーとイーリスは今後一切エリーゼの追加要求には応えない事を決意していると、ここでジェスランとエリーゼが入室してきた。
「父上、母上、お待たせしました」
「まあ、カテリーナ。素敵なドレスね。見違えたわ」
二人は愛想良く声をかけてきたが、その姿を認めたイーリスが、途端に不機嫌そうに言い出した。
「あら、エリーゼも赤いドレスなの? それに随分目立つ色ね」
かなり朱色に近い鮮やかな赤のドレスは、確かに人目を引く事は間違い無く、カテリーナは(確かにお義姉様が好みそうなドレスね)と内心で納得すると同時に、ナジェークからの情報の正確さに呆れた。
そして刺々しい声で指摘されたエリーゼは、カテリーナも赤のドレスを着ている事に狼狽しつつ、必死に弁解する。
「……っ、それは! カテリーナが最近公の場に出るときは、寒色系の物を着用していたので! 青や緑などを好んでいるかと思いまして!」
しかしそれをジェフリー達は、一刀両断した。
「男装しているのだから、赤やピンクを着るわけが無かろう」
「本当に、何を考えているの? 当日のカテリーナの装いについて、あなたが何も聞いてこないから、私はてっきりカテリーナから直接聞いているものだと思っていたわ」
「私はお義姉様は、お母様から聞いているのだとばかり……。まさか同じ色だとは、夢にも思っていませんでした」
ナジェークから情報を得て、わざとドレスの色をぶつけたなどとはおくびにも出さず、カテリーナが困ったように神妙に告げると、イーリスは即座に決断を下した。
「これは全面的にあなたのミスです。エリーゼ。さっさと他の色のドレスに着替えていらっしゃい。招待客が被ってしまうのならいざ知らず、あなたはガロア侯爵家の一員なのよ? 主役のカテリーナと同じ色のドレスを着るなんて許しません」
藤色のドレス姿のイーリスにそう断言されたエリーゼは、顔色を変えて叫んだ。
「そんな! 今日はこのドレスに合わせて、アクセサリーも整えて!」
「それならアクセサリーごと、変えれば良かろう。そろそろ招待客がいらっしゃる頃だ。急がないと遅れるぞ」
「ええ、お出迎えしなくてはね。エリーゼ。急いで支度していらっしゃい。皆様の出迎えは宜しいけど、パーティーの開催時間までには遅れないようにね」
そう言ってソファーから立ち上がった二人に、エリーゼ達は尚も食い下がろうとした。
「ですが!」
「別にエリーゼはこのままでも」
「くどい! さっさと行かんか!! あくまで着替えるつもりがないのなら、出席しなくて構わん! 今日の主役はカテリーナだからな!」
ジェフリーが息子夫婦を怒鳴りつけると、イーリスも不愉快そうに付け加える。
「そうね。お客様に尋ねられたら、体調不良とでも言っておけば事足りますし。それではあなた、参りましょうか」
「そうだな。カテリーナ、行くぞ」
「はい」
促されたカテリーナは素直に両親の後に続き、招いた者達を出迎える為に、エントランスホールへと向かった。
(今日の為のドレスを、気合いを入れてかなり前から作らせていたのが裏目に出たわね。そして本当に私のドレスについてお母様に尋ねていないなんて、迂闊過ぎるわよ)
歩きながらしみじみとそんな事を考えたカテリーナは、もう何度目になるか分からない疑問について考え込んだ。
(だけどナジェークの密偵って、一体誰なのかしら? お義姉様のドレスの色まで知っているとなると、お義姉様付きの侍女の中に紛れ込んでいるとしか思えないのだけど……。まさかね)
その一方で居間に取り残されたジェスランは、怒りで顔を真っ赤に染めている妻にお伺いを立てた。
「エリーゼ、どうする?」
その問いかけに、エリーゼは憤然としながら応じる。
「他の色のドレスに着替えてくるわ! あなたはちゃんとお客様のお出迎えをして、私が居ない事を尋ねられたらきちんと弁明しておいて! くれぐれも失礼の無いようにね!」
「わ、分かった」
怒鳴りつけられて、慌ててエントランスホールに向かったジェスランに背を向けて、エリーゼは足音荒く自室へと向かった。
「何よ! 確かに同じ赤だけど、向こうは暗い赤でこちらは明るい色合いなのだから、別に構わないじゃない! 大体、あんな陰気くさい色を選ぶなんて、おかしいんじゃない? どうして私があの子のせいで、着替える羽目にならないといけないのよ!」
そんな事を喚き散らしながら歩くエリーゼだったが、すれ違う使用人達は彼女に対して頭を下げて見送ったものの、心の中では辛辣な事を考えていた。
(そもそもご自分の立場を弁えていない、ご自身のせいだと思いますが?)
(さっきすれ違った時、派手過ぎると思ったのよね……。でもさすがに、カテリーナ様も赤いドレスだったのは拙かったわ)
(事前に、お嬢様が着るドレスの色を調べておけば良いだけの話じゃない。迂闊すぎるわよ)
(喚き散らされる私達は、とんだとばっちりよね)
そんな事とは露知らず、エリーゼは自室のドアを開けるなり、室内に居た侍女達に向かって叫んだ。
「あなた達! さっさと別のドレスと、アクセサリーを出して!!」
「え? エリーゼ様?」
「そろそろ招待客の、お出迎えの時刻では……」
「今から着替えなどしていたら、お出迎えどころかパーティーの開催時刻にも間に合わない可能性がありますが」
揃って当惑した言葉を返してくる彼女達を、エリーゼは叱りつけた。
「だから、急ぎなさいと言っているのよ!! つまらない事を言っていないで、さっさと準備なさい!!」
「はっ、はいっ!」
「分かりました!」
「ただいますぐに!」
弾かれたように動き出した侍女達を睨み付けながら、エリーゼは自分の耳からむしり取るようにイヤリングを外し、ソファーに向かって投げつけた。
「どこまでも忌々しい女ね!」
そんな癇癪を起こしているエリーゼをこれ以上刺激しないよう、侍女達は無言のまま片付けたばかりのドレスやアクセサリーを、次々と再び彼女の前に運び出した。
「お父様、お母様、お待たせしました」
落ち着いた赤色の光沢のある生地に、銀糸で凝ったデザインの縁取りがされているドレスに身を包んだ愛娘を見て、ジェフリーは忽ち相好を崩した。
「おう、カテリーナ。今日は一段と綺麗に仕上がっているな」
「一応祝宴の主役ですし、これ位の装いはいたしませんと。招待客の皆様が、主役より目立たないように気を配っていらっしゃるのに、あまり地味な装いは却って失礼ですもの」
「全くその通りだな」
満足げに深く頷くジェフリーに続いて、イーリスも誇らしげに会話に加わる。
「カテリーナが最近男装をする方が多かったものですから、私も心配して仕立て屋に同行したのですけど、私が口を挟まなくともカテリーナはきちんとそこのところを弁えていて、職人の方々に細かく指図していて、安心しましたわ」
「当たり前だ。カテリーナは道理という物をきちんと弁えているからな。アクセサリーもドレスに合って、良く似合っているぞ? 高かったのではないか? 予算が不足したのなら、ちゃんと言うんだぞ?」
普段エリーゼから、「殿方には装飾品の良し悪しなど分からないのですわ」と屁理屈を付けられ、何度も予算の追加要求をされていたジェフリーは心配して声をかけたが、カテリーナはそれに笑って応じた。
「ありがとうございます、お父様。ですがきちんと予算の範囲内で整えましたので、ご心配には及びませんわ。幾らでもやりくりはできますし、携わる方に迷惑をかけないように予算の範囲内できちんと整えるのは、淑女の嗜みとして当然だと思います」
「そうか。それは感心だ」
「本当にそうね」
事も無げに神妙に告げる娘を見て、ジェフリーとイーリスは今後一切エリーゼの追加要求には応えない事を決意していると、ここでジェスランとエリーゼが入室してきた。
「父上、母上、お待たせしました」
「まあ、カテリーナ。素敵なドレスね。見違えたわ」
二人は愛想良く声をかけてきたが、その姿を認めたイーリスが、途端に不機嫌そうに言い出した。
「あら、エリーゼも赤いドレスなの? それに随分目立つ色ね」
かなり朱色に近い鮮やかな赤のドレスは、確かに人目を引く事は間違い無く、カテリーナは(確かにお義姉様が好みそうなドレスね)と内心で納得すると同時に、ナジェークからの情報の正確さに呆れた。
そして刺々しい声で指摘されたエリーゼは、カテリーナも赤のドレスを着ている事に狼狽しつつ、必死に弁解する。
「……っ、それは! カテリーナが最近公の場に出るときは、寒色系の物を着用していたので! 青や緑などを好んでいるかと思いまして!」
しかしそれをジェフリー達は、一刀両断した。
「男装しているのだから、赤やピンクを着るわけが無かろう」
「本当に、何を考えているの? 当日のカテリーナの装いについて、あなたが何も聞いてこないから、私はてっきりカテリーナから直接聞いているものだと思っていたわ」
「私はお義姉様は、お母様から聞いているのだとばかり……。まさか同じ色だとは、夢にも思っていませんでした」
ナジェークから情報を得て、わざとドレスの色をぶつけたなどとはおくびにも出さず、カテリーナが困ったように神妙に告げると、イーリスは即座に決断を下した。
「これは全面的にあなたのミスです。エリーゼ。さっさと他の色のドレスに着替えていらっしゃい。招待客が被ってしまうのならいざ知らず、あなたはガロア侯爵家の一員なのよ? 主役のカテリーナと同じ色のドレスを着るなんて許しません」
藤色のドレス姿のイーリスにそう断言されたエリーゼは、顔色を変えて叫んだ。
「そんな! 今日はこのドレスに合わせて、アクセサリーも整えて!」
「それならアクセサリーごと、変えれば良かろう。そろそろ招待客がいらっしゃる頃だ。急がないと遅れるぞ」
「ええ、お出迎えしなくてはね。エリーゼ。急いで支度していらっしゃい。皆様の出迎えは宜しいけど、パーティーの開催時間までには遅れないようにね」
そう言ってソファーから立ち上がった二人に、エリーゼ達は尚も食い下がろうとした。
「ですが!」
「別にエリーゼはこのままでも」
「くどい! さっさと行かんか!! あくまで着替えるつもりがないのなら、出席しなくて構わん! 今日の主役はカテリーナだからな!」
ジェフリーが息子夫婦を怒鳴りつけると、イーリスも不愉快そうに付け加える。
「そうね。お客様に尋ねられたら、体調不良とでも言っておけば事足りますし。それではあなた、参りましょうか」
「そうだな。カテリーナ、行くぞ」
「はい」
促されたカテリーナは素直に両親の後に続き、招いた者達を出迎える為に、エントランスホールへと向かった。
(今日の為のドレスを、気合いを入れてかなり前から作らせていたのが裏目に出たわね。そして本当に私のドレスについてお母様に尋ねていないなんて、迂闊過ぎるわよ)
歩きながらしみじみとそんな事を考えたカテリーナは、もう何度目になるか分からない疑問について考え込んだ。
(だけどナジェークの密偵って、一体誰なのかしら? お義姉様のドレスの色まで知っているとなると、お義姉様付きの侍女の中に紛れ込んでいるとしか思えないのだけど……。まさかね)
その一方で居間に取り残されたジェスランは、怒りで顔を真っ赤に染めている妻にお伺いを立てた。
「エリーゼ、どうする?」
その問いかけに、エリーゼは憤然としながら応じる。
「他の色のドレスに着替えてくるわ! あなたはちゃんとお客様のお出迎えをして、私が居ない事を尋ねられたらきちんと弁明しておいて! くれぐれも失礼の無いようにね!」
「わ、分かった」
怒鳴りつけられて、慌ててエントランスホールに向かったジェスランに背を向けて、エリーゼは足音荒く自室へと向かった。
「何よ! 確かに同じ赤だけど、向こうは暗い赤でこちらは明るい色合いなのだから、別に構わないじゃない! 大体、あんな陰気くさい色を選ぶなんて、おかしいんじゃない? どうして私があの子のせいで、着替える羽目にならないといけないのよ!」
そんな事を喚き散らしながら歩くエリーゼだったが、すれ違う使用人達は彼女に対して頭を下げて見送ったものの、心の中では辛辣な事を考えていた。
(そもそもご自分の立場を弁えていない、ご自身のせいだと思いますが?)
(さっきすれ違った時、派手過ぎると思ったのよね……。でもさすがに、カテリーナ様も赤いドレスだったのは拙かったわ)
(事前に、お嬢様が着るドレスの色を調べておけば良いだけの話じゃない。迂闊すぎるわよ)
(喚き散らされる私達は、とんだとばっちりよね)
そんな事とは露知らず、エリーゼは自室のドアを開けるなり、室内に居た侍女達に向かって叫んだ。
「あなた達! さっさと別のドレスと、アクセサリーを出して!!」
「え? エリーゼ様?」
「そろそろ招待客の、お出迎えの時刻では……」
「今から着替えなどしていたら、お出迎えどころかパーティーの開催時刻にも間に合わない可能性がありますが」
揃って当惑した言葉を返してくる彼女達を、エリーゼは叱りつけた。
「だから、急ぎなさいと言っているのよ!! つまらない事を言っていないで、さっさと準備なさい!!」
「はっ、はいっ!」
「分かりました!」
「ただいますぐに!」
弾かれたように動き出した侍女達を睨み付けながら、エリーゼは自分の耳からむしり取るようにイヤリングを外し、ソファーに向かって投げつけた。
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