その華の名は
(11)密談
ティアド伯爵夫妻の挨拶で始まった夜会は和やかな雰囲気の中、イズファインとサビーネのダンスにより華やかさを増し、滞りなく進行していった。
「さて、カテリーナ。イズファイン達は一休みするみたいだし、そろそろ彼女のリクエストに応える為に踊らないか?」
「そうね。お願いするわ」
数曲踊った主役二人が会場の中央から離れたタイミングで、ナジェークがどこからともなく現れて声をかけてきた為、カテリーナは(今までどこに居たのよ?)と内心呆れながら、頷いて後に続いた。そして広間の中ほどに到達し、曲の間奏が終わると同時に、二人が腕を組んで踊り出す。
男女のペアでありながら、男装二人のダンスは当然の如く周囲の者達の関心を引き、そこかしこで生じた囁きが会場中に広がっていった。
「あら……」
「皆様、ご覧になって?」
「あのお二人……」
その微妙な雰囲気は、さすがに踊っている当事者達にも感じ取れ、ダンスのステップを正確に踏みつつ二人は囁き合った。
「さすがに男装同士で踊るとなると、視線を集めるわね」
「会場中の視線を集めた挙げ句、全身に突き刺さっているな」
「ある意味、矛盾しているわね。普通の女性と男装した女性が踊る時よりも、れっきとした男女なのに、両方男装している方が問題視されているみたい」
納得しかねる顔付きで呟きながら、綺麗にターンしたカテリーナを支えたナジェークが、些か自棄気味に呟く。
「君が、想像以上に胆力がある女性だと判明して嬉しいよ」
「あまり嬉しそうには見えないけど?」
「この状況下ではね。今度は普通のドレス姿の君と踊りたいと、切望しているよ」
「ところで、あなたが言っていた『協力者』の事だけど、ひょっとしてサビーネ様の事を言っているの?」
ここで脈絡なく飛び出した問いかけに、ナジェークは苦笑いで応じた。
「ご名答。イズファインを仲介するにしても、彼にはれっきとした婚約者が存在しているしね。君と頻繁に接触していたら、彼に迷惑がかかる」
「それは確かにそうでしょうけど……。イズファインには話を通しているにしても、彼女自身の了承は得ているの?」
「これから説得して、納得して貰う予定だよ」
事も無げにそんな事を口にする彼に、カテリーナは呆れ気味の目を向けた。
「これから、ね。それに秘密を守って貰えるのかしら? 彼女は妹さんの友人だと言っていたし、そちらから漏れる事は無いの? それにまさか、妹さんも承知の上での事なの?」
「立場もあるし、事が片付くまで妹に教えるつもりは無いよ。それからサビーネ嬢に関しては、実際に彼女に接してみて、十分信頼に値する人間だと判断している。今夜は取り敢えず君達に顔合わせだけして貰うつもりだったが、彼女の事をどう思った?」
さらりと問い返されたカテリーナは、踊り続けながら考え込んだものの、すぐに思う所を正直に述べた。
「そうね……、悪い方では無いと思うわ。正直、信用できるかどうかは良く分からないけれど、あなたが協力者に目論んでいるのなら、それに反対するつもりは無いわよ?」
「こちらの判断を、信用してくれているわけだ」
「信用と言うか……。万事抜け目のないあなたが、信用できない人間を使って、リスクを増大させるような下手な手を打つとは思えないもの」
「それは光栄だ」
さり気なく自分の身体を引き寄せ、耳元で囁いてきたナジェークに、カテリーナは彼の肩越しに会場の様子を観察しながら苦言を呈した。
「……近過ぎるわよ。それに、皮肉を言ったつもりだったのだけど?」
「君の唇から零れ落ちた言葉なら、どんな悪口雑言でも美辞麗句にしか聞こえないな」
「本当に……、通じない皮肉をぶつける程、時間と労力が無駄な事は無いわね」
含み笑いで応じた彼にカテリーナは溜め息を零したが、まるで抱き合っているかのように踊り続けている二人の姿を見て、会場の一角では堪えきれない歓声が上がっていた。
「っ! きゃあぁぁっ! 素敵! 夢みたいだわ!」
「ええ! あのお二人は正に、クラウス様とミゲル様そのものよ!」
「あぁあぁっ! 眼福だわっ! サビーネ様、今宵は招待して頂いて、ありがとうございます!!」
「私もここまで絵になるお二人とは、予想しておりませんでしたわ!」
そんな風に盛り上がっている集団とは別に、カテリーナ達を冷え切った眼差しで睨みつけている女性達も存在していた。
「全く……、嘆かわしいですわね」
「本当に。あのような非常識な振る舞いが、堂々とまかり通っているとは」
「見苦しいものを恥ずかしげも無く、他人に披露するなど」
「貴族としての誇りを、持ち合わせてはおられないのかしら?」
そんな混沌としてきた会場内の空気を敏感に感じ取ったカテリーナは、軽く首を傾げてからナジェークに尋ねた。
「ところで……、気が付いている?」
「何を?」
「先程から会場内の雰囲気が、益々変な感じなのだけど。妙に盛り上がっている集団と、刺々しい空気を放っている集団に、くっきり二分されているような……」
その指摘に、ナジェークは溜め息を吐いてから、徐に口を開いた。
「覚えているかな? この前、君が言っていた事だが……」
「何の事?」
「妹が著作を利用して、王太子派とアーロン王子派の融和を狙っていると」
「ええ、確かに言ったわね。それがどうかしたの?」
「王太子派とアーロン王子派の融和を成し遂げても、新たに貴腐人と貴婦人の派閥対立を生み出したと言うだけの事だよ」
どこか遠い目をしながらのナジェークの解説は、カテリーナには全く理解できなかった。
「『きふじんときふじん』って……、同じ事じゃないの。一体、何を言っているの?」
「意味が分からないのなら、それでいい。……寧ろ、そのままでいてくれ。頼むから」
「はぁ……」
急に真顔で視線を合わせてきたナジェークから、半ば懇願されたカテリーナは、曖昧に頷いてその話を終わらせた。
(何をそんなに、切羽詰まった表情で言っているのよ? 相変わらず、良く分からない人だわ)
そこで演奏されていた曲が長い間奏に入り、二人は揃って足を止めて一礼した。
「さて。しなければいけない話は済んだし、待ち構えているお姫様に、君を渡さないとな。つい二曲続けて踊ってしまったし」
「本当ね。サビーネ様が待ちくたびれていなければ良いけど」
そんな軽口を叩きながら、二人は主役二人が佇んでいる場所まで歩いて行った。
「サビーネ様、お待たせしました。宜しければダンスを一曲、お相手していただけませんか?」
「はい、喜んで!」
カテリーナが右手を差し出してダンスの申し込みをすると、サビーネが満面の笑みでそれに自分の手を重ね、意気揚々と二人でフロア中央に向かって歩いて行った。それを見送ってからイズファインが軽く眉根を寄せつつ、ナジェークに声をかける。
「どうあっても目立つ奴だな」
「仕方がない。この外見と滲み出る知性は隠しようがないからな。他人の中に埋没するのは、到底不可能だ」
「減らず口はそれ位にして……、彼女には話したのか?」
ここで一応声を潜めて尋ねてきた友人に、ナジェークも踊り始めた彼女達の方に視線を向けながら囁く。
「一応は。こちらの判断を尊重してくれるとさ」
「……そうか」
「サビーネ嬢を引き込むのは、来年以降かな? その頃になると、彼女の兄夫婦の攻勢も増すだろう。彼女付きの信頼できる侍女が屋敷内から居なくなって、やり取りには慎重を期さないといけないしな」
先程は、どこか諦めが漂う表情だったイズファインだったが、ここで一応念を押した。
「俺は構わないが……。彼女を危ない事にだけは、巻き込まないでくれよ?」
「私を、どういう人間だと思っているのかな? 間違っても、サビーネ嬢に危ない橋を渡らせるつもりは無い。カテリーナは並みの婦女子ではないから、多少の荒事は平気だろうが」
「おい! カテリーナは俺の友人なんだから、変な事はさせるなよ!?」
聞き捨てならない事を言われて、イズファインは焦った様子で問い質したが、ナジェークはその時既に、何処かに向かって歩き出していた。
「それじゃあ、また後で。滅多に遭遇できない人が何人も参加しているから、挨拶のついでに探りを入れたり、繋ぎを付けてくる」
「お前な!? 人の話を聞け!」
怒りと呆れが混在した声を背中で受けながら、ナジェークはいつも通りの笑みを浮かべつつ、目的の人物に向かって歩み寄って行った。
「さて、カテリーナ。イズファイン達は一休みするみたいだし、そろそろ彼女のリクエストに応える為に踊らないか?」
「そうね。お願いするわ」
数曲踊った主役二人が会場の中央から離れたタイミングで、ナジェークがどこからともなく現れて声をかけてきた為、カテリーナは(今までどこに居たのよ?)と内心呆れながら、頷いて後に続いた。そして広間の中ほどに到達し、曲の間奏が終わると同時に、二人が腕を組んで踊り出す。
男女のペアでありながら、男装二人のダンスは当然の如く周囲の者達の関心を引き、そこかしこで生じた囁きが会場中に広がっていった。
「あら……」
「皆様、ご覧になって?」
「あのお二人……」
その微妙な雰囲気は、さすがに踊っている当事者達にも感じ取れ、ダンスのステップを正確に踏みつつ二人は囁き合った。
「さすがに男装同士で踊るとなると、視線を集めるわね」
「会場中の視線を集めた挙げ句、全身に突き刺さっているな」
「ある意味、矛盾しているわね。普通の女性と男装した女性が踊る時よりも、れっきとした男女なのに、両方男装している方が問題視されているみたい」
納得しかねる顔付きで呟きながら、綺麗にターンしたカテリーナを支えたナジェークが、些か自棄気味に呟く。
「君が、想像以上に胆力がある女性だと判明して嬉しいよ」
「あまり嬉しそうには見えないけど?」
「この状況下ではね。今度は普通のドレス姿の君と踊りたいと、切望しているよ」
「ところで、あなたが言っていた『協力者』の事だけど、ひょっとしてサビーネ様の事を言っているの?」
ここで脈絡なく飛び出した問いかけに、ナジェークは苦笑いで応じた。
「ご名答。イズファインを仲介するにしても、彼にはれっきとした婚約者が存在しているしね。君と頻繁に接触していたら、彼に迷惑がかかる」
「それは確かにそうでしょうけど……。イズファインには話を通しているにしても、彼女自身の了承は得ているの?」
「これから説得して、納得して貰う予定だよ」
事も無げにそんな事を口にする彼に、カテリーナは呆れ気味の目を向けた。
「これから、ね。それに秘密を守って貰えるのかしら? 彼女は妹さんの友人だと言っていたし、そちらから漏れる事は無いの? それにまさか、妹さんも承知の上での事なの?」
「立場もあるし、事が片付くまで妹に教えるつもりは無いよ。それからサビーネ嬢に関しては、実際に彼女に接してみて、十分信頼に値する人間だと判断している。今夜は取り敢えず君達に顔合わせだけして貰うつもりだったが、彼女の事をどう思った?」
さらりと問い返されたカテリーナは、踊り続けながら考え込んだものの、すぐに思う所を正直に述べた。
「そうね……、悪い方では無いと思うわ。正直、信用できるかどうかは良く分からないけれど、あなたが協力者に目論んでいるのなら、それに反対するつもりは無いわよ?」
「こちらの判断を、信用してくれているわけだ」
「信用と言うか……。万事抜け目のないあなたが、信用できない人間を使って、リスクを増大させるような下手な手を打つとは思えないもの」
「それは光栄だ」
さり気なく自分の身体を引き寄せ、耳元で囁いてきたナジェークに、カテリーナは彼の肩越しに会場の様子を観察しながら苦言を呈した。
「……近過ぎるわよ。それに、皮肉を言ったつもりだったのだけど?」
「君の唇から零れ落ちた言葉なら、どんな悪口雑言でも美辞麗句にしか聞こえないな」
「本当に……、通じない皮肉をぶつける程、時間と労力が無駄な事は無いわね」
含み笑いで応じた彼にカテリーナは溜め息を零したが、まるで抱き合っているかのように踊り続けている二人の姿を見て、会場の一角では堪えきれない歓声が上がっていた。
「っ! きゃあぁぁっ! 素敵! 夢みたいだわ!」
「ええ! あのお二人は正に、クラウス様とミゲル様そのものよ!」
「あぁあぁっ! 眼福だわっ! サビーネ様、今宵は招待して頂いて、ありがとうございます!!」
「私もここまで絵になるお二人とは、予想しておりませんでしたわ!」
そんな風に盛り上がっている集団とは別に、カテリーナ達を冷え切った眼差しで睨みつけている女性達も存在していた。
「全く……、嘆かわしいですわね」
「本当に。あのような非常識な振る舞いが、堂々とまかり通っているとは」
「見苦しいものを恥ずかしげも無く、他人に披露するなど」
「貴族としての誇りを、持ち合わせてはおられないのかしら?」
そんな混沌としてきた会場内の空気を敏感に感じ取ったカテリーナは、軽く首を傾げてからナジェークに尋ねた。
「ところで……、気が付いている?」
「何を?」
「先程から会場内の雰囲気が、益々変な感じなのだけど。妙に盛り上がっている集団と、刺々しい空気を放っている集団に、くっきり二分されているような……」
その指摘に、ナジェークは溜め息を吐いてから、徐に口を開いた。
「覚えているかな? この前、君が言っていた事だが……」
「何の事?」
「妹が著作を利用して、王太子派とアーロン王子派の融和を狙っていると」
「ええ、確かに言ったわね。それがどうかしたの?」
「王太子派とアーロン王子派の融和を成し遂げても、新たに貴腐人と貴婦人の派閥対立を生み出したと言うだけの事だよ」
どこか遠い目をしながらのナジェークの解説は、カテリーナには全く理解できなかった。
「『きふじんときふじん』って……、同じ事じゃないの。一体、何を言っているの?」
「意味が分からないのなら、それでいい。……寧ろ、そのままでいてくれ。頼むから」
「はぁ……」
急に真顔で視線を合わせてきたナジェークから、半ば懇願されたカテリーナは、曖昧に頷いてその話を終わらせた。
(何をそんなに、切羽詰まった表情で言っているのよ? 相変わらず、良く分からない人だわ)
そこで演奏されていた曲が長い間奏に入り、二人は揃って足を止めて一礼した。
「さて。しなければいけない話は済んだし、待ち構えているお姫様に、君を渡さないとな。つい二曲続けて踊ってしまったし」
「本当ね。サビーネ様が待ちくたびれていなければ良いけど」
そんな軽口を叩きながら、二人は主役二人が佇んでいる場所まで歩いて行った。
「サビーネ様、お待たせしました。宜しければダンスを一曲、お相手していただけませんか?」
「はい、喜んで!」
カテリーナが右手を差し出してダンスの申し込みをすると、サビーネが満面の笑みでそれに自分の手を重ね、意気揚々と二人でフロア中央に向かって歩いて行った。それを見送ってからイズファインが軽く眉根を寄せつつ、ナジェークに声をかける。
「どうあっても目立つ奴だな」
「仕方がない。この外見と滲み出る知性は隠しようがないからな。他人の中に埋没するのは、到底不可能だ」
「減らず口はそれ位にして……、彼女には話したのか?」
ここで一応声を潜めて尋ねてきた友人に、ナジェークも踊り始めた彼女達の方に視線を向けながら囁く。
「一応は。こちらの判断を尊重してくれるとさ」
「……そうか」
「サビーネ嬢を引き込むのは、来年以降かな? その頃になると、彼女の兄夫婦の攻勢も増すだろう。彼女付きの信頼できる侍女が屋敷内から居なくなって、やり取りには慎重を期さないといけないしな」
先程は、どこか諦めが漂う表情だったイズファインだったが、ここで一応念を押した。
「俺は構わないが……。彼女を危ない事にだけは、巻き込まないでくれよ?」
「私を、どういう人間だと思っているのかな? 間違っても、サビーネ嬢に危ない橋を渡らせるつもりは無い。カテリーナは並みの婦女子ではないから、多少の荒事は平気だろうが」
「おい! カテリーナは俺の友人なんだから、変な事はさせるなよ!?」
聞き捨てならない事を言われて、イズファインは焦った様子で問い質したが、ナジェークはその時既に、何処かに向かって歩き出していた。
「それじゃあ、また後で。滅多に遭遇できない人が何人も参加しているから、挨拶のついでに探りを入れたり、繋ぎを付けてくる」
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