その華の名は
(8)指摘
「今までにも君の縁談相手として、複数人の名前が挙がっていただろう?」
「そうね。それがどうかしたの?」
「君は意識していなかったかもしれないが、彼らの共通点は?」
そう問われたカテリーナは、真顔で考え込んでから思う所を正直に告げた。
「私の家……、と言うか、寧ろそれよりもお義姉様やその実家が、アーロン殿下派内で勢力や権威を増す為に有益な家の方ね」
「他にも共通点はあるだろう?」
「そうね……、あまり評判は宜しくない方が多かったかしら」
それを聞いたナジェークは、笑いを堪えるような表情になりながら問いを重ねた。
「思い当たるのはそれだけかい?」
「取り敢えずは。それが何か?」
「全員嫡男、もしくは各家の後継者と目される人物だった筈だが」
「言われてみれば、そうかもしれないわね。でもそれがどうかしたの?」
不思議そうに問われたナジェークは、そこで失笑した。
「ここまで言っても分からないか。本当に君は、鈍いのか鋭いのか分からなくて面白いな」
「どういう意味?」
気分を害しながらカテリーナが尋ねると、彼が苦笑しながら指摘してくる。
「家を離れても構わない次男、三男とかと君が結婚したら、君が婿を取った形でガロア侯爵家を継承する事になるかもしれないじゃないか」
「……はぁ?」
予想だにしていなかった事を言われて、カテリーナは本気で面食らった。そしてすぐに憮然としながら反論する。
「あなた、何を言っているの? 我が家の跡継ぎは長兄と決まっているのよ? 万が一、長兄が外れる事があっても、あと二人同母兄が居るのに、どうして私が跡取りになるわけ? 普通に考えたら有り得ないわよ」
「普通ならそうだがね……。本当に小人と言うのは度し難いな」
「…………」
そこで笑いを消し去り、うんざりした様子で溜め息を吐いてみせたナジェークに対して、全面的に兄夫婦を擁護する気になれなかったカテリーナは、無言で応じた。すると彼が、徐に口を開く。
「密偵からの報告だから、内容が違っていたらその都度指摘してくれて構わないが……。君の兄は三人で、全員二年前までに結婚しているね?」
「ええ。それが?」
「長兄がガロア侯爵の後継者として認定されたのが、二年前だろう?」
「その通りよ」
「それで兄達は揃って凡庸で、各自の能力や才能には大して差は無いだろう?」
「その密偵は既に屋敷を出ている兄達の事まで、良く調べているわねと褒めてあげたいところだけど……。喧嘩を売っているのかしら?」
カテリーナは半ば腹を立てながらナジェークを睨み付けたが、彼はそんな事には全く動じずに話を続けた。
「結局、長男が侯爵家の娘と、次男が伯爵家の娘と、三男が平民の娘と結婚した事で、長兄が後継者に決まったらしいが」
それに彼女が、苦々しい表情で頷く。
「確かにそれが、決め手になったかもしれないけど……」
「だから君が婿に取れる男と結婚したら、侯爵夫妻に可愛がられている君とその夫が、次期ガロア侯爵夫妻になるのではと、長兄夫婦は警戒しているんだよ」
「……馬鹿なの?」
本当にそんな事を考えているのかと、半ば呆れながら思わず口にしたカテリーナだったが、ここでナジェークはいつもの笑みを浮かべながら、微妙に話題を変えた。
「でもその勘ぐりのお陰で、こちらはもの凄く助かっているよ」
「どういう事?」
「アーロン殿下派や中立派で有力な家、しかも嫡男や後継者で未だ未婚、または婚約者がいない君と年齢的に釣り合う男性となると、今現在たったの八人しか存在していない。君の兄夫婦が君の結婚相手にと目論んでいる人物の名前を密偵が知らせてきたが、私が想像していた名前とほぼ一致したよ。これがそのリストだ」
(全くの部外者に、そこまで推測されるってどうなの? 本当に底が浅くて、嫌になってくるわ)
目の前で先程広げられた用紙の内容を確認し、身内の軽薄さに本気で頭痛を覚えてきたカテリーナだったが、ナジェークは冷静に言葉を継いだ。
「だから当面は、この八人に対して裏工作をすれば良い筈だ。これらの縁談を悉く潰したら、さすがに君の兄夫婦も候補の範囲を広げるだろうから、縁談を壊す為には君自身に頑張って貰わなくてはいけないだろうが」
そんな物騒な台詞を耳にした彼女は、慌てて彼を問い質した。
「ちょっと待って! 『潰す』って、一体何をする気なの?」
「既に八人の周囲を、調べさせているからね。好みの女性を紹介するのも良し、本人やその家が望む利益誘導をできる家を近付けるのも手だし、弱みを掴んで直接脅すのが手っ取り早いが、悪評がガロア侯爵夫妻の耳に入るように誘導するのも有効だろう」
「どうしてそんなに、スラスラと方策が出てくるのよ。既に現在進行形な感じがするのは、私の気のせいかしら?」
「気のせいでは無いさ。事実、動いているよ」
「そうですか……」
(本当に涼しい顔で、容赦が無いわね)
事も無げに言われてしまったカテリーナは、呆れて二の句が継げなかった。それを了承と見て取ったナジェークは、苦笑しながら話を続ける。
「取り敢えず、君が卒業するまでは大丈夫だとは思うが。『在学中は学業に専念させる』と言う設立以来の方針で、この学園は結婚や婚約を理由とした退学は認めていないし」
その指摘に、カテリーナが真顔で頷く。
「確かにそうね。それならその間に各種催し物に参加する時は、しっかり男装の麗人ぶりを発揮して、並みの男性以上の人気を確保しておきましょうか」
「そうだね。しかし家同士や共通する交流関係が少ないから、直に目にする機会が無さそうで本当に残念だよ」
「だけどあなたも変わっているわよね。妻にしようと考えている人間が自分以上に目立ってしまったり、女性に人気があっても嫌では無いの?」
「別に男性に人気があり過ぎて、浮名を流しているという訳では無いし、何を気にする事があるのかな?」
本気で言っているとしか思えない、笑顔でのその物言いに、カテリーナは素っ気なく一言呟いて、視線を開いた本に落とした。
「……やっぱり変人だわ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
対するナジェークも苦笑しつつリストを元通りしまい込んでから、持参した何かの書類に目を通し始め、その空間には暫くの間、心地よい静寂が漂っていた。
「そうね。それがどうかしたの?」
「君は意識していなかったかもしれないが、彼らの共通点は?」
そう問われたカテリーナは、真顔で考え込んでから思う所を正直に告げた。
「私の家……、と言うか、寧ろそれよりもお義姉様やその実家が、アーロン殿下派内で勢力や権威を増す為に有益な家の方ね」
「他にも共通点はあるだろう?」
「そうね……、あまり評判は宜しくない方が多かったかしら」
それを聞いたナジェークは、笑いを堪えるような表情になりながら問いを重ねた。
「思い当たるのはそれだけかい?」
「取り敢えずは。それが何か?」
「全員嫡男、もしくは各家の後継者と目される人物だった筈だが」
「言われてみれば、そうかもしれないわね。でもそれがどうかしたの?」
不思議そうに問われたナジェークは、そこで失笑した。
「ここまで言っても分からないか。本当に君は、鈍いのか鋭いのか分からなくて面白いな」
「どういう意味?」
気分を害しながらカテリーナが尋ねると、彼が苦笑しながら指摘してくる。
「家を離れても構わない次男、三男とかと君が結婚したら、君が婿を取った形でガロア侯爵家を継承する事になるかもしれないじゃないか」
「……はぁ?」
予想だにしていなかった事を言われて、カテリーナは本気で面食らった。そしてすぐに憮然としながら反論する。
「あなた、何を言っているの? 我が家の跡継ぎは長兄と決まっているのよ? 万が一、長兄が外れる事があっても、あと二人同母兄が居るのに、どうして私が跡取りになるわけ? 普通に考えたら有り得ないわよ」
「普通ならそうだがね……。本当に小人と言うのは度し難いな」
「…………」
そこで笑いを消し去り、うんざりした様子で溜め息を吐いてみせたナジェークに対して、全面的に兄夫婦を擁護する気になれなかったカテリーナは、無言で応じた。すると彼が、徐に口を開く。
「密偵からの報告だから、内容が違っていたらその都度指摘してくれて構わないが……。君の兄は三人で、全員二年前までに結婚しているね?」
「ええ。それが?」
「長兄がガロア侯爵の後継者として認定されたのが、二年前だろう?」
「その通りよ」
「それで兄達は揃って凡庸で、各自の能力や才能には大して差は無いだろう?」
「その密偵は既に屋敷を出ている兄達の事まで、良く調べているわねと褒めてあげたいところだけど……。喧嘩を売っているのかしら?」
カテリーナは半ば腹を立てながらナジェークを睨み付けたが、彼はそんな事には全く動じずに話を続けた。
「結局、長男が侯爵家の娘と、次男が伯爵家の娘と、三男が平民の娘と結婚した事で、長兄が後継者に決まったらしいが」
それに彼女が、苦々しい表情で頷く。
「確かにそれが、決め手になったかもしれないけど……」
「だから君が婿に取れる男と結婚したら、侯爵夫妻に可愛がられている君とその夫が、次期ガロア侯爵夫妻になるのではと、長兄夫婦は警戒しているんだよ」
「……馬鹿なの?」
本当にそんな事を考えているのかと、半ば呆れながら思わず口にしたカテリーナだったが、ここでナジェークはいつもの笑みを浮かべながら、微妙に話題を変えた。
「でもその勘ぐりのお陰で、こちらはもの凄く助かっているよ」
「どういう事?」
「アーロン殿下派や中立派で有力な家、しかも嫡男や後継者で未だ未婚、または婚約者がいない君と年齢的に釣り合う男性となると、今現在たったの八人しか存在していない。君の兄夫婦が君の結婚相手にと目論んでいる人物の名前を密偵が知らせてきたが、私が想像していた名前とほぼ一致したよ。これがそのリストだ」
(全くの部外者に、そこまで推測されるってどうなの? 本当に底が浅くて、嫌になってくるわ)
目の前で先程広げられた用紙の内容を確認し、身内の軽薄さに本気で頭痛を覚えてきたカテリーナだったが、ナジェークは冷静に言葉を継いだ。
「だから当面は、この八人に対して裏工作をすれば良い筈だ。これらの縁談を悉く潰したら、さすがに君の兄夫婦も候補の範囲を広げるだろうから、縁談を壊す為には君自身に頑張って貰わなくてはいけないだろうが」
そんな物騒な台詞を耳にした彼女は、慌てて彼を問い質した。
「ちょっと待って! 『潰す』って、一体何をする気なの?」
「既に八人の周囲を、調べさせているからね。好みの女性を紹介するのも良し、本人やその家が望む利益誘導をできる家を近付けるのも手だし、弱みを掴んで直接脅すのが手っ取り早いが、悪評がガロア侯爵夫妻の耳に入るように誘導するのも有効だろう」
「どうしてそんなに、スラスラと方策が出てくるのよ。既に現在進行形な感じがするのは、私の気のせいかしら?」
「気のせいでは無いさ。事実、動いているよ」
「そうですか……」
(本当に涼しい顔で、容赦が無いわね)
事も無げに言われてしまったカテリーナは、呆れて二の句が継げなかった。それを了承と見て取ったナジェークは、苦笑しながら話を続ける。
「取り敢えず、君が卒業するまでは大丈夫だとは思うが。『在学中は学業に専念させる』と言う設立以来の方針で、この学園は結婚や婚約を理由とした退学は認めていないし」
その指摘に、カテリーナが真顔で頷く。
「確かにそうね。それならその間に各種催し物に参加する時は、しっかり男装の麗人ぶりを発揮して、並みの男性以上の人気を確保しておきましょうか」
「そうだね。しかし家同士や共通する交流関係が少ないから、直に目にする機会が無さそうで本当に残念だよ」
「だけどあなたも変わっているわよね。妻にしようと考えている人間が自分以上に目立ってしまったり、女性に人気があっても嫌では無いの?」
「別に男性に人気があり過ぎて、浮名を流しているという訳では無いし、何を気にする事があるのかな?」
本気で言っているとしか思えない、笑顔でのその物言いに、カテリーナは素っ気なく一言呟いて、視線を開いた本に落とした。
「……やっぱり変人だわ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
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