その華の名は
第2章 秘められた関係:(1)苦労性の友人
当初は色々あったものの、後半は割と心穏やかに過ごせた長期休暇も終わり、カテリーナは学園の寮に戻った。その翌日は後期の授業初日だったが、朝に授業棟に出向くなり、彼女は皮肉まじりの声をかけられた。
「あら、カテリーナ様。休暇中は全くお会いしておりませんでしたが、お元気そうで何よりですわ」
その声にカテリーナは、優雅な所作で振り返る。
(お義姉様達が領地に行ってしまった後、あの二人が私同伴で手当たり次第に参加を目論んでいた茶会や夜会は、お父様とお母様と相談して随分絞り込んだもの。丁重にお断りをしたつもりだけど、色々と癇に障った方もいるわよね)
義姉の実家に連なるアルゼラの家にとっては、相当面白くない状況であったであろう事は理解していたカテリーナは、笑顔で言葉を返した。
「ええ、アルゼラ様とは、本当にお久しぶりですね。ファニーナ様とリルーメイ様とは夜会でお顔を合わせた折に、ご一緒にダンスを致しましたが」
「え、ええ……」
「その節は、どうも……」
微笑みながらアルゼラの背後に佇んでいる二人に声をかけると、彼女達はアルゼラを気にしつつ、曖昧に頷いて応えた。その瞬間、アルゼラが険しい表情で振り返り、冷え切った声で叱責する。
「あなた達。女性同士でダンスを踊るなど、はしたないとは思わないの?」
「その非日常の行為と光景が、年配の皆様にはとてももてはやされまして。休暇中に普段お付き合いの無い方々からも夜会の招待状が舞い込んで、選別するのに大変でしたわ。あちらには出たのにこちらには出ないなどと、不和の種を蒔くわけにはいきませんもの」
「…………」
わざとらしく困り顔で溜め息を吐いたカテリーナだったが、裏を返せばあっさり夜会の参加を撤回したアルゼラの家との関係は、考慮するに値しないと暗に告げたような物であり、アルゼラは無言で彼女を睨み付けた。しかしそれに気づかないふりをしながら、カテリーナが笑顔で話を締めくくる。
「既婚女性が、若い男性を侍らせるわけではございませんから、男装の女性と幾らダンスや会話を楽しんでも、全く問題ございませんわよね? 皆様の催し物に華を添える事ができて、光栄に思っておりますわ」
「お二人とも、行きますわよ!」
「あ、は、はい!」
「失礼します」
「ええ、それではまた」
憤然としてアルゼラがその場から立ち去り、ファニーナとリルーメイが慌ててその後を追うのを見送ってから、カテリーナは一人苦笑した。
「あらあら……、とても淑女とは思えないお顔だったわね。偶には自分の心を映す鏡でも、ご覧になった方が宜しいのに」
「頼むから、朝から喧嘩を売るような言動は、謹んで貰えないかな。聞いているこちらの心臓に悪い」
どうやら授業棟の出入り口付近での遭遇だった為、先程のやり取りを粗方聞かれていたらしいと察したカテリーナは、声をかけてきた旧友に向かって小さく肩を竦めてみせた。
「あら、イズファイン、おはよう。今のを見ていたの? でもそれなら先に喧嘩を売ってきたのも、向こうだと分かっているわよね?」
「だがアルゼラ嬢程度では、色々な意味で格が違う君に、太刀打ちなんかできないだろう?」
「確かにそうかもしれないけど、生憎と相手がどんな小物であれ、手加減するつもりは無いのよ」
「正直、それはどうでも良いんだが、取り敢えずこれを受け取ってくれ」
いきなりポケットから取り出した封書を、自分に向かって差し出してきたイズファインに、カテリーナは胡乱げな目を向けた。
「……内容と誰からの物か位は、当然教えて貰えるわよね?」
その要求に、彼はあっさり答える。
「差出人はナジェークだ。本人が君に直接渡すのは、人目もあるし色々差し障りがあるからと頼まれた」
「あの人が? 私に何の用があると言うの?」
「内容は……、『ちょっとした果たし状みたいな物だから、気にするな』とか言っていたが……」
もの凄く言いにくそうに言葉を濁したイズファインだったが、それを聞いたカテリーナは対照的に皮肉っぽく笑いながら応じた。
「あらまあ……。あなたを使いっぱしりにした挙げ句、そんな物を私に寄越すとはね。それに決闘の申し込みだなんて……。あの方は見かけによらず、人を怒らせる事に関してもお上手だったみたいね」
「ええと……、あいつは基本的に外面は良いし、好き好んで女性を怒らせるようなタイプでは無いから。まかり間違っても、本当に決闘の申し込みとかでは無い筈だ。ほら、あれだ。言葉の綾とか言う奴で」
「それなら私は、あの方に女性扱いされていないという事ね。良く分かったわ、ありがとう」
「ちょっと待ってくれ。そうは言っていないだろう? 本当に勘弁してくれ」
「イズファイン。一言忠告させて貰えば、友人は選んだ方が良いわよ?」
結局問題の封書を、カテリーナは凄みのある笑顔で受け取り、それを見たイズファインは本気で頭を抱える羽目になった。
「ナジェーク。預かっていた例の物だが、彼女に直に渡してきたからな」
色々と言いたい事を飲み込みながらイズファインが友人に首尾を報告すると、ナジェークが苦笑と安堵がない交ぜになった表情で応じる。
「ありがとう、助かったよ。これからも色々と頼むと思うから、宜しく」
「だから俺を巻き込むのは、本当に勘弁して欲しいんだが?」
「それは、どう考えても無理だな。この際、潔く諦めてくれ」
懇願口調にも全く動じず、いい笑顔で笑ったナジェークを見て、イズファインは肩を落として盛大に溜め息を吐いた。
「あら、カテリーナ様。休暇中は全くお会いしておりませんでしたが、お元気そうで何よりですわ」
その声にカテリーナは、優雅な所作で振り返る。
(お義姉様達が領地に行ってしまった後、あの二人が私同伴で手当たり次第に参加を目論んでいた茶会や夜会は、お父様とお母様と相談して随分絞り込んだもの。丁重にお断りをしたつもりだけど、色々と癇に障った方もいるわよね)
義姉の実家に連なるアルゼラの家にとっては、相当面白くない状況であったであろう事は理解していたカテリーナは、笑顔で言葉を返した。
「ええ、アルゼラ様とは、本当にお久しぶりですね。ファニーナ様とリルーメイ様とは夜会でお顔を合わせた折に、ご一緒にダンスを致しましたが」
「え、ええ……」
「その節は、どうも……」
微笑みながらアルゼラの背後に佇んでいる二人に声をかけると、彼女達はアルゼラを気にしつつ、曖昧に頷いて応えた。その瞬間、アルゼラが険しい表情で振り返り、冷え切った声で叱責する。
「あなた達。女性同士でダンスを踊るなど、はしたないとは思わないの?」
「その非日常の行為と光景が、年配の皆様にはとてももてはやされまして。休暇中に普段お付き合いの無い方々からも夜会の招待状が舞い込んで、選別するのに大変でしたわ。あちらには出たのにこちらには出ないなどと、不和の種を蒔くわけにはいきませんもの」
「…………」
わざとらしく困り顔で溜め息を吐いたカテリーナだったが、裏を返せばあっさり夜会の参加を撤回したアルゼラの家との関係は、考慮するに値しないと暗に告げたような物であり、アルゼラは無言で彼女を睨み付けた。しかしそれに気づかないふりをしながら、カテリーナが笑顔で話を締めくくる。
「既婚女性が、若い男性を侍らせるわけではございませんから、男装の女性と幾らダンスや会話を楽しんでも、全く問題ございませんわよね? 皆様の催し物に華を添える事ができて、光栄に思っておりますわ」
「お二人とも、行きますわよ!」
「あ、は、はい!」
「失礼します」
「ええ、それではまた」
憤然としてアルゼラがその場から立ち去り、ファニーナとリルーメイが慌ててその後を追うのを見送ってから、カテリーナは一人苦笑した。
「あらあら……、とても淑女とは思えないお顔だったわね。偶には自分の心を映す鏡でも、ご覧になった方が宜しいのに」
「頼むから、朝から喧嘩を売るような言動は、謹んで貰えないかな。聞いているこちらの心臓に悪い」
どうやら授業棟の出入り口付近での遭遇だった為、先程のやり取りを粗方聞かれていたらしいと察したカテリーナは、声をかけてきた旧友に向かって小さく肩を竦めてみせた。
「あら、イズファイン、おはよう。今のを見ていたの? でもそれなら先に喧嘩を売ってきたのも、向こうだと分かっているわよね?」
「だがアルゼラ嬢程度では、色々な意味で格が違う君に、太刀打ちなんかできないだろう?」
「確かにそうかもしれないけど、生憎と相手がどんな小物であれ、手加減するつもりは無いのよ」
「正直、それはどうでも良いんだが、取り敢えずこれを受け取ってくれ」
いきなりポケットから取り出した封書を、自分に向かって差し出してきたイズファインに、カテリーナは胡乱げな目を向けた。
「……内容と誰からの物か位は、当然教えて貰えるわよね?」
その要求に、彼はあっさり答える。
「差出人はナジェークだ。本人が君に直接渡すのは、人目もあるし色々差し障りがあるからと頼まれた」
「あの人が? 私に何の用があると言うの?」
「内容は……、『ちょっとした果たし状みたいな物だから、気にするな』とか言っていたが……」
もの凄く言いにくそうに言葉を濁したイズファインだったが、それを聞いたカテリーナは対照的に皮肉っぽく笑いながら応じた。
「あらまあ……。あなたを使いっぱしりにした挙げ句、そんな物を私に寄越すとはね。それに決闘の申し込みだなんて……。あの方は見かけによらず、人を怒らせる事に関してもお上手だったみたいね」
「ええと……、あいつは基本的に外面は良いし、好き好んで女性を怒らせるようなタイプでは無いから。まかり間違っても、本当に決闘の申し込みとかでは無い筈だ。ほら、あれだ。言葉の綾とか言う奴で」
「それなら私は、あの方に女性扱いされていないという事ね。良く分かったわ、ありがとう」
「ちょっと待ってくれ。そうは言っていないだろう? 本当に勘弁してくれ」
「イズファイン。一言忠告させて貰えば、友人は選んだ方が良いわよ?」
結局問題の封書を、カテリーナは凄みのある笑顔で受け取り、それを見たイズファインは本気で頭を抱える羽目になった。
「ナジェーク。預かっていた例の物だが、彼女に直に渡してきたからな」
色々と言いたい事を飲み込みながらイズファインが友人に首尾を報告すると、ナジェークが苦笑と安堵がない交ぜになった表情で応じる。
「ありがとう、助かったよ。これからも色々と頼むと思うから、宜しく」
「だから俺を巻き込むのは、本当に勘弁して欲しいんだが?」
「それは、どう考えても無理だな。この際、潔く諦めてくれ」
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