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その華の名は

篠原皐月

(14)カテリーナの出陣

 長期休暇に入って三日後。カテリーナはゆっくりと休む暇も無く、社交界における有力者の屋敷で開催される夜会に、引っ張り出される事となった。


「綺麗に仕上がりましたわね! エリーゼ様」
「ええ。これなら今日の夜会で、会場中の耳目を集める事は確実だわ」
「本当にエリーゼ様は、センスが抜群でございますから」
「それほどでも無いわよ」
 参加を画策したエリーゼは、昼過ぎから侍女を三人従えてカテリーナの私室に乗り込んだ。そして本人の意見丸無視で、気合いを入れて義妹を飾り立て、その出来映えを自画自賛しては高笑いすると言う茶番に、カテリーナは辛抱強く最後まで付き合った。


「お義姉様。出発まで、少し一人にして頂いてもよろしいでしょうか? お義姉様のお支度もあるでしょうし」
「そうね。私の支度が終わるまで、ゆっくりしていなさい」
(私をなるべく有効な家に、高く売りつけようと躍起になっているわね。そんな露骨に態度に出されると、笑う気も起きないわ)
 上機嫌で頷いたエリーゼは、侍女を引き連れて部屋を出て行った。すると室内に一人取り残されたカテリーナはすかさず立ち上がり、鏡台の前で装飾品を外して、全て元通りにしまい込んだ。それだけでは終わらず、綺麗に結い上げた髪を解き、髪を梳いて頭の後ろで一つに束ね直してしまう。


「去年からフィアナと準備しておいて、本当に助かったわ」
 しみじみとそんな独り言を口にしながらクローゼットの扉を開けて、中を漁ったカテリーナは、すぐに目的のものを見つけて引っ張り出した。それは深い青を基調としながらも、銀糸やレースで華やかに飾り立てた男性用の礼服であり、しかしサイズはカテリーナに合わせて仕立ててある物だった。


「中に着るシャツは、これで……。下着も短い物に変えないとね」
 必要な物を手早く揃えたカテリーナは、一分の隙もなく着込んだドレスをあっさり脱ぎ捨ててクローゼットにしまい込み、自分が揃えた衣装に着替えて、こっそりと部屋から抜け出した。
 幸いな事に使用人に見咎められずに一階に下りる事に成功した彼女は、更に人気の無い部屋に入って、そこの窓から裏庭へと下り立った。そして迷わず、敷地の端にある馬小屋へと走る。


「オドー、馬を一頭借りるわよ?」
 馬の世話をしていた馬屋番の老人に声をかけつつ、カテリーナは馬を一頭外に引き出した。更にそれに鞍を付け始めたのを見て、馬屋番のオドーは目を丸くしながら問いかけた。


「え? あの、お嬢様? そのお姿は、一体どうした事ですか?」
「だって馬に乗るなら、ドレスなんて着られないでしょう?」
「はぁ……、そうでございますね。……いえ、そうではなく、どうしてこんな時間に、馬を必要とされるのですか?」
「これからキャステル公爵家に、行く必要があるからよ」
「これから、でございますか? あの……、馬車では駄目なのですか?」
 これまで偶に父娘おやこで、騎乗して出掛ける事があったのをオドーは知っていたが、既に夕刻であるため、彼の困惑は深まった。しかし手早く馬の装備を整えたカテリーナは、彼の戸惑いを笑顔で封じ、あっさりと馬上の人になる。


「馬車を出すのが面倒だから。仕事を邪魔してごめんなさいね」
「それはお気遣いなく……。今、裏門を開けますので。お気をつけて」
「ありがとう」
 オドーは馬小屋のほど近くにある裏門を開け、カテリーナが乗った馬を通してから、元通り閉めて馬小屋に戻った。


「一体、何なんだろうな? それに何だか、お屋敷の方が騒がしいが……。まあ、俺には関係ないか」
 馬小屋に戻る途中、少し離れた屋敷の棟から微かな金切り声が響いてきたが、その内容までは分からなかったオドーは、特に気にせずに中断していた馬の世話を再開した。
 しかしその頃、カテリーナの不在に気が付いた屋敷の者達は、彼女を探して右往左往していた。


「カテリーナ! カテリーナはどこに居るの!?」
 ジェフリーとイーリスは所用で外出しており、エリーゼは誰にも構う事無く使用人達に対して怒声を張り上げていた。しかし屋敷内を一通り探した者達の報告を聞いて、一層眦を吊り上げる。


「若奥様、お嬢様はどちらにもいらっしゃいません」
「お部屋に『先にキャステル公爵家に出向きます』との書き置きがありましたが……」
「エリーゼ、カテリーナはもう屋敷に居ないのではないか? 私達もそろそろ出向かないと、夜会の開催時刻に間に合わないが」
「馬車も使わずに、ドレス姿でどこに出かけたと言うの!! それにキャステル公爵家に出立しなければいけない時間なのが分かっているから、カテリーナを探させているのでしょう!?」
「しかし時刻に遅れたりしたら、公爵夫妻のご不興を買う事になるぞ?」
「今夜の夜会では、カテリーナをザイフェル侯爵家のシェルド様に引き合わせるのが最大の目的なのよ!? それなのに、肝心の本人を連れて行かなくてどうするの!! お前達、先程からどこを探しているの! さっさと隠れている所から、カテリーナを引きずり出しなさい!」
「はっ、はい!」
「直ちにもう一度、お探しします!」
「もう少しお待ちください!」
 控え目にジェスランが出発を促したが、エリーゼは益々激高し、叱責された使用人達は蜘蛛の子を散らすように再び屋敷内の捜索を始めた。


「あの女……。目障りな上に、どこまで私に恥をかかせる気なの?」
 エリーゼは盛大な歯ぎしりをしながら悪態を吐き、それから暫くの間、使用人達は屋敷内を駆けずり回った。しかしドレス姿のカテリーナが馬小屋に出向くなどとは誰も想像できず、オドーに彼女の所在を尋ねる者が皆無だった為、彼女の行方が分からないまま予定して時刻よりかなり遅れて、エリーゼ達は馬車で出立する事となった。


「こんばんは、ガロア侯爵家のカテリーナよ。通して貰いますね?」
「……あ、は、はい。お通りください」
 兄夫婦よりはるかに早い時間にキャステル公爵邸に到着したカテリーナは、正門の所で警備と馬車の誘導をしていた公爵家の私兵に、馬上から笑顔で声をかけた。対する彼らはご令嬢としては有り得ない出で立ちに度肝を抜かれたものの、危険性は全く感じられなかった為、そのまま素通りさせる。


「こんばんは。私の馬をよろしくね?」
「はぁ……、お預かりします」
 正面玄関で颯爽と馬から下り立ったカテリーナに、招待客を待ち構えていた執事達も呆気に取られたが、あまりにも悪びれず堂々としている彼女を引き止める事などできず、おとなしく馬を預かって奥の広間へと案内した。


(あらあら、想像以上に注目の的ね。せいぜい気合いを入れて、お愛想を振り撒いておかないと)
 まだ夜会の開催時刻までは間があり、客の入りが半分程の中、男装のカテリーナの姿は嫌でも人目を引いた。その不躾な視線など物ともせず、彼女は真っすぐ幾人かと招待客と談笑していた主催者夫妻のもとに向かう。


「キャステル公爵、公爵夫人。今宵はご招待いただき、ありがとうございます」 
 カテリーナが笑顔で挨拶すると、その場が不気味に静まり返った。そしてまず当主であるキャステル公爵が、カテリーナに皮肉げに声をかける。


「カテリーナ嬢。今宵はなかなか、面白い扮装で来訪されましたな」
「私はガロア家のご子息ではなく、ご令嬢を招待したつもりでしたが?」
 続けて夫人が、はっきりとした非難の眼差しを向けてきたが、カテリーナは恐れ入る事無く、微笑みながら言葉を返した。


「キャステル公爵家の夜会のような、晴れがましい場にご招待いただいたからには、私の魅力を最大限に発揮してみせようと思いましたもので」
「それが、その姿だと仰る?」
「はい。必ずこの場を盛り上げてご覧にいれますわ」
「確かに、あなたが登場した途端、会場全体がざわめいているがね」
「それでは単なる奇抜な出で立ちに止まらないあなたの手腕とやらを、存分に見せていただきましょう」
「ありがとうございます」
 主催者から黙認する旨を告げられたカテリーナは、優雅に一礼して夫妻から離れた。


(取り敢えず、問答無用で叩き出されなくて助かったわ。まずは煩いおばあさん達を攻略するのが、手っ取り早いのだけど……)
 彼女がそんな事を考えながら、さり気なく会場内を見回していると、斜め後方から鋭い声がかけられる。


「カテリーナ様。身内のみでの催事でならともかく、れっきとした夜会に男装で出向くなど、キャステル公爵夫妻に対して著しく礼を失しておられるのではございませんか?」
(あら、向こうから出向いてくださるとは。手間が省けて助かったわ)
 その幸運にほくそ笑んだカテリーナだったが、振り向きながら真顔になって挨拶を返した。


「これはグレートル侯爵夫人。ニスモー伯爵夫人にヒュッテン伯爵夫人も、お久しぶりです。社交界の先達に当たる方々に、親しくご教授いただきたいと思っておりました。まずは一曲、お相手願えませんか?」
 余計な論争は抜きで、右手を差し出しつつ笑顔を振り撒いたカテリーナに、グレートル侯爵夫人アレーナは毒気を抜かれた。


「まあ……、カテリーナ様のエスコートで踊れるなど、滅多にある事ではございませんわね。それではお願いいたしましょうか」
「光栄です」
 それからカテリーナは夜会が始まるまで、社交界のうるさ方の女性達を相手に巧みな話術でその場を盛り上げ、無事に夜会が開催されてからは女性達を相手に、華麗なダンスを披露し始めた。









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