その華の名は

篠原皐月

(13)錯綜する思惑

「カテリーナ、久しぶりの我が家はどう?」
「はい、お母様。やはり自分の家だと、落ち着きますわ。ですが学園内や寮でも心細い思いなどはしておりませんから、ご心配無く」
「それなら良いのだけれど……。あなたが最近、お友達と仲違いしていると聞いて、心配していたのよ?」
 母親から如何にも心配そうに言われたカテリーナだったが、それは予想の範囲内であった為、冷静に答えた。


「それは、ケルタス伯爵家のアルゼラ様を初めとする方々の事でしょうか?」
「ええ、そうよ」
「それは単なる話の聞き間違いか、見解の相違による、見当違いな伝聞ですわね」
「それはどういう事かしら?」
 カテリーナの台詞を聞いてエリーゼは無言で顔を強ばらせ、イーリスはそんな嫁の顔を横目で見ながら再度尋ねる。それにカテリーナは落ち着き払って答えた。


「クレランス学園の基本方針は、立場や身分に捕らわれず幅広い知己を作り、自らの視野を広げる事です。私はそれに従って、下級貴族や平民の方々と交流する機会を持っていたのですが、アルゼラ様達は入学後暫くの間、顔見知りの上級貴族達だけで固まっていらっしゃったのです」
「それは感心できんな。確かに私も在学中は、身分を越えた交友を深めたものだ」
 当主であるジェフリーが重々しく頷きながらそんな事を言い出した為、ジェスランは慌てて話に割り込んだ。


「だ、だが! 我々上級貴族の者が、変に下々の者達となれ合うのはどうかと思うぞ!?」
「勿論、限度はわきまえています。ただそちらの方々とお付き合いする分、必然的にアルゼラ様達と接する時間が減ってしまいました。それで彼女達に『平民になど関わり合わず、自分達に時間を割くべきではありませんか?』と主張されたので、『あなた方も交際範囲をもっと幅広くするべきです』と助言をしましたら、皆様私の意見に賛同してくださって、身分に関わりなく友人を作る事になっただけの話なのです」
「なるほど。そういう事か」
 深く頷いた父親に、カテリーナが事も無げに話を続ける。


「はい。ですから私が直接存じ上げないアルゼラ様達の友人も、れっきとして存在しておりますわ」
「それはそうよね。知り合いばかりで固まっていたら、社交界でも爪弾きにあいますもの」
「ええ、そうですわ」
 母親も納得顔になったのを見て、カテリーナは話の矛先を兄に向ける。


「それに人を使う立場なら、下々の考え方などを学ぶには、学園で幅広い層の友人を作る事は有効だと思われませんか? 勿論我が家の後継者たるお兄様も、在学時代は貴族階級ばかりではなく、平民の友人もお作りになったと思われますが」
「え? あ、ああ……、その通りだな」
「ジェスラン!」
 在学時代に平民とは殆ど接する機会が無かったと、正直に口に出せる流れでも空気でも無かった為、ジェスランは曖昧に頷いた。そこで隣の席のエリーゼが、険しい表情で彼の腕を引きながら責める口調で呼びかけたが、カテリーナはそれに気付かなかったふりをして話を纏めにかかった。


「そういう訳で、アルゼラ様達とはこれまでのようなごく親しいお付き合いはしておりませんが、別に仲違いしている訳では無く、学園内で孤立している訳でもありませんので、ご心配いりません」
 それで彼女の両親は、あっさりと納得する。


「そうか。それなら何も問題は無いな。これからも、充実した学園生活を送るようにしなさい」
「学園内の事は、直に見聞きする事はできませんからね。人伝に耳に入れると、間に入った方の先入観が邪魔をして、どうしても不正確になるのは仕方が無いわね」
「ええ、私もそう思います」
「……っ!」
 明らかに困った嫁だ、的な視線をイーリスから向けられたエリーゼは無言で歯ぎしりし、カテリーナは完全にそれをスルーして次の話題を出しながら食べ進めた。


(あらあら、お義姉様のお顔が随分怖い事に。部屋に戻ったら、お兄様に向かって怒鳴り散らす事は確実ね。ジェスラン兄様は、どうしてあんな方と結婚したのかしら。本当に人を見る目が無いわ)
 話の論点をすり替えつつ、冷静にやり返したカテリーナだったが、恥をかかされたエリーゼにしてみればたまったものでは無かった。


「ジェスラン! あなた妹にあっさり丸め込まれるなんて、恥ずかしく無いの!?」
 カテリーナの予想通り、夫婦のプライベートスペースに戻るなり金切り声を上げた妻に、ジェスランは懸命に弁解した。


「そうは言ってもだな! カテリーナは昔から、両親のお気に入りだから!」
「だからさっさと、他の家に片付けてしまう必要があると言っているのよ! 私達じゃなくてあの子に婿を取らせて、この家を継がせるとお義父様達が言い出したら、どうするつもりなの!?」
 怒りの形相で妻が訴えた内容を聞いて、ジェスランは一瞬呆気に取られてから、苦笑いで応じた。


「おいおい、エリーゼ。一体、何を馬鹿な事を言い出すんだ?」
「馬鹿な事ですって?」
「ああ。まさか、そんな事はあり得ないさ。私は長男なんだぞ?」
 しかしそんな夫の主張を、エリーゼは鼻で笑った。


「そんなに悠長に構えていて、本当に良いと思っているわけ?」
「どういう意味だ?」
「お義父様やお義母様から、事ある毎に『カテリーナの方が腕が立つし利発だ』とか『カテリーナが男だったら、間違い無く跡取りだ』とか言われて、全く危機感は無いの?」
「それは……」
「そもそもれっきとした嫡子なのに、妹と比較された挙げ句に、見劣りするってどうなのかしら。あなたには、嫡子としての誇りは無いの?」
「…………」
 そこで明らかに侮蔑を含んだ視線を向けられたジェスランは、憮然として黙り込んだ。それを見て苛立たしげに舌打ちしたエリーゼは、ここで口調を変えて夫に囁く。


「カテリーナが結婚せずにずっと屋敷にいたら、お義父様達が死ぬまで言われ続けるのよ? しかも『カテリーナが結婚できなかったのは、お前達が良い縁談を整える事ができなかったせいだ』と、理不尽な言いがかりをつけられるかもしれないわ」
「何だと!? 冗談じゃないぞ!」
「そうでしょう? だからカテリーナに適当な結婚相手を探して、さっさと嫁がせるのに越したことは無いのよ。分かるわよね?」
「その通りだな。学園在学中は、勉学に集中させる為に結婚やその為の退学は認めていないが、カテリーナが卒業と同時に結婚させる位の気持ちで、めぼしい所に声をかけよう」
「そうしましょうね」
 取り敢えず、猫なで声で夫を焚き付けるのに成功したエリーゼだったが、内心ではまだ怒り狂っていた。


(本当に愚鈍で、使えない男。侯爵家の跡取りだから結婚してあげたのに、侯爵夫人の座を横から奪われるなんてごめんだわ! 都合の良い次男三男を、カテリーナの夫にしてたまるものですか! なんとしてでもこの家から叩き出して、ついでにコネ作りに利用してやる!)
 そのように、アーロン王子派勢力拡大の駒として認識されていると理解していたカテリーナだったが、エリーゼに次期侯爵夫妻の座を狙うライバルだと一方的に見なされている事については、全く想像だにしていなかった。





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