その華の名は

篠原皐月

(12)ガロア侯爵家での対決

 長期休暇に突入すると同時に屋敷に戻ったカテリーナは、話に聞いていた通りフィアナではない侍女が自分付きとして出迎えた為、密かに落胆した。


「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ええ。荷物をお願い」
「かしこまりました。それでお嬢様。着替えを済まされたら、エリーゼ様がお茶を一緒にどうかと仰っておられますが」
 荷物を片付けるのもそこそこに、義姉からの伝言を伝えてきたその侍女に内心で苛つきつつ、カテリーナは落ち着き払って答える。


「そうね……、ご一緒させて貰うわ」
「そうお伝えしておきます」
(向こうの言いたい事は分かっているもの。どうせこの場を回避しても、いずれネチネチ言われるでしょうし、さっさと済ませておきましょうか)
 そう判断したカテリーナはちょっとした嫌がらせとして、着て帰ってきた制服姿のまま寝椅子にごろりと横になった。少しして荷物を隣室のクローゼットに片付けて戻って来たらしい侍女が、いまだ制服のまま寛いでいるカテリーナを見て、少々焦ったように声をかける。


「あ、あの……、カテリーナ様?」
「何? どうかしたの?」
「エリーゼ様と、お茶をご一緒するというお話は……」
「勿論、ご一緒するけど? 何時ではなく、私の都合に合わせて着替えてからと言う事だったわよね? 私は帰って来たばかりなのだし」
「はぁ……」
 そ知らぬ顔で答えて以降、全く動く気配を見せないカテリーナに侍女は狼狽しながら控えていたが、彼女は敢えてそれを無視した。
 少しして控え目にドアがノックされ、エリーゼ付きの侍女が顔を見せ、彼女がカテリーナの姿を認めて顔をしかめた。そして侍女同士でひそひそと話してから、幾分きつい口調で申し出る。


「カテリーナ様。エリーゼ様がお待ちです」
「あら、お義姉様からは、着替えてから出向いて欲しいと言われていたと思うのだけど?」
「そうですわね。ですから早くお着替えを」
「でも、私の着替えが出ていないのだけど?」
「あ! も、申し訳ありません!」
「何をやってるの! 早くなさい!」
 梃子でも動かない気配のカテリーナに動揺し、すっかり着替えを揃えるのを忘れていた侍女は、呼びに来た先輩に鬼の形相で叱責されて、慌てて隣室に駆け込んだ。
 どうやらカテリーナをエリーゼのもとに連れて行くまで、その部屋に居座るつもりの侍女に穏やかに笑いかけながら、カテリーナがゆっくりと上半身を起こす。すると先程の侍女が、一枚のワンピースを抱えて戻って来た。


「お嬢様、こちらにお着替えを」
「あら……、今日はそんな気分じゃないのよ。他の物にするわ」
「え?」
「カテリーナ様! お衣装など、何でも宜しいでしょう!」
 憤慨した声を上げた義姉付きの侍女に、カテリーナはのんびりとした口調で答える。


「そういう訳にはいかないわ。外出するならともかく、せっかく帰宅して寛ごうと思っていた矢先に、そんな仰々しくて派手な服を着たいとは思わないもの。でもあなたは私付きになったばかりだから、そこら辺は分からなくて当然よ。私が自分で選ぶから、気にしないでね?」
「は、はぁ……。申し訳ありません」
「それじゃあ、どれにしようかしら?」
「…………」
 侍女を宥めつつさっさと隣室のクローゼットの前に移動したカテリーナは、神妙な顔付きを装いながら、わざと時間をかけて服を選び、しびれを切らしている義姉の侍女を横目で見ながら、殊更時間をかけて着替えを済ませてエリーゼの私室へと向かった。


「お義姉様、失礼します」
 礼儀正しく挨拶したカテリーナに、かなり待たされたエリーゼは、僅かに強張った笑顔を向けた。


「いらっしゃい、カテリーナ。久しぶりの我が家で、安堵しているでしょう?」
「ええ、おかげさまで」
(この私をこれだけ待たせるなんて、一体何様のつもりなの!?)
(寛ぐ前にあなたに呼び出されて、帰る早々うんざりしているわよ)
 両者とも内心では憤慨していたものの、それを全く面には出さず、傍目には和やかにお茶を飲み始めた。


「ところでカテリーナ。最近学園内で、変わった事は無い?」
(とっくに情報は入っているのに、底意地が悪いわね)
 最初は世間話から入ったものの、すぐにさり気なくエリーゼが口に出してきた内容に、カテリーナは茶番だとは思いつつ冷静に答えた。


「変わった事ですか? 特に、思い当たる事はありませんが」
「あら、そうなの? なにやらお友達と仲違いされているようだと、風の噂で聞いたのだけれど」
「そんな事はございませんわ。友人と楽しく過ごしております」
「それでは、ケルタス伯爵家のアルゼラ様達との事は、どういう事なのです?」
 そこでエリーゼが険しい口調で核心に触れた為、カテリーナも無駄に取り繕う事を止めてはっきりと言い返した。


「あの方達は、友人などではありません。単なる同級生で、多少家同士の付き合いがある事で、面識がある程度ですわ」
「その家同士の付き合いと言う物を、あなたは何だと思っているの?」
「もっと正確に言えばガロア侯爵家では無く、お義姉様個人のお付き合いの範疇に入りますわね」
 そう指摘した途端、エリーゼのこめかみに青筋が浮かんだ。


「分かっているのなら、即刻アルゼラ様達に頭を下げなさい!」
「私に非はありませんので、頭を下げなければいけない理由など存在しませんわ」
「私の顔を潰して良いと思っているの!?」
「若奥様!」
「エリーゼ様! 落ち着いてくださいませ!」
 彼女付きの侍女達が、慌てて駆け寄って主を宥める中、カテリーナは一人冷静にお茶を一口飲んでから、穏やかに言葉を返した。


「あの程度の方々とのお付き合いなど、お義姉様の格を下げるだけですわ。今後は必要以上に関わり合いになるのは、お止めになった方が宜しいかと」
「お黙りなさい! あなたに指図される覚えは無いわ!」
「私もお義姉様に、学園内での個人的なお付き合いについて、指図されなければならない筋合いはございません」
「このっ……」
「エリーゼ様!」
 怒りに任せてカップを握り締めたエリーゼを見て、それをカテリーナに投げつけかねないと判断した侍女達が、その腕を押さえ込む。そんな緊迫した場面で、カテリーナは落ち着き払って腰を上げた。


「ご馳走様でした。それではお話も済んだようなので、失礼いたします」
 そう言って踵を返したカテリーナの背中に、エリーゼの罵声が投げつけられる。
「この事はお義父様とお義母様に、ご報告しますからね!」
「どうぞご自由に」
 背後を振り返る事もせず、悠然とカテリーナが出て行ったドアを睨み付けたエリーゼは、安堵した侍女達が力を抜いた途端、そのドアに手にしていたカップを投げつけて叫んだ。


「生意気な! お義父様とお義母様が甘やかすから、あんな野放図な娘に育つのよ! 覚えてらっしゃい!」
 怒り心頭に発したエリーゼは、何とかその怒りを鎮めてから、姑であるイーリスの部屋に向かった。
 そのエリーゼの反撃は、その日の家族揃っての夕食の席で実行された。



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