その華の名は
(10)カテリーナの平穏(?)な日常
廊下で揉めた一件以来、カテリーナは休憩時間も食事の時間も周囲から遠巻きにされ、好奇の視線に晒されていたが、本人にしてみればそんな事は些細な事であった。
「やあ、カテリーナ。ここは空いているかな?」
昼食時に食堂で、広いテーブルに一人で食べていたカテリーナの所に、ナジェークを引き連れたイズファインがやって来て、声をかけて来た。それに彼女は、皮肉っぽく答える。
「空いているのに決まっているでしょう? どうぞお座りになって」
「それじゃあ、失礼するよ」
持っていたトレーを彼女の向かい側に置き、その席にイズファインが座ると、その隣にナジェークが落ち着く。そして食べ始めた彼らだったが、少し離れた席から女同士のひそひそ声が聞こえてきた為、軽く顔をしかめた。
「全く……、女同士は陰険だな」
「それは偏見と言うものよ、イズファイン。男同士だと表にでない分、余計に陰険な場合があるのではないかしら?」
「否定できないな」
素っ気ない口調でイズファインを苦笑させたカテリーナに、ナジェークが薄笑いで尋ねる。
「ところで、本人の口から、真相を聞かせて貰いたいものだが?」
「仮にも官吏科志望の方なら、蔓延している噂話を収集した上で、そこから背鰭胸鰭尾鰭をむしり取って、皮を剥ぎ取って本体を見極める位の事は、できなければいけないのではない?」
「手厳しいな」
「それで?」
笑みを深めたナジェークの代わりに、再度尋ねてきたイズファインに、カテリーナは事実だけを端的に告げた。
「平民の生徒に、よそ見をしていたファニーナがぶつかって双方倒れたのよ。明らかに非があるファニーナを窘めて謝罪させようとしたら、彼女達には不服だったみたいね」
「そんな事だろうと思ってはいたが、予想以上にくだらなかったな」
「だがカテリーナ。彼女達の家はアーロン王子派に属しているし、下手に仲違いするのは拙くないのか?」
ナジェークは納得したが、イズファインは懸念を口にした。しかしカテリーナは、それにも冷静に答える。
「言っておくけど、私は謝罪する気は無いわよ? 彼女達だって謝罪する気は無いのだし、私がする必要は無いでしょう? 寧ろ、清々したわ」
「『あの方達に騒ぎ立てられずに、毎日静かに、心穏やかに過ごしております』って事?」
「あら、ティナレア。こんにちは」
そこで唐突に、呆れ気味の声がかけられたカテリーナは、顔を上げて挨拶した。するとトレーを持ったティナレアが、不機嫌そうに口を開く。
「聞いたわよ? 上級貴族同士で派手にやり合った挙げ句、仲間外れにされているそうじゃない」
「その話、事実誤認があるのだけど」
「どう違うのよ?」
「その前に、ここは空いているけど、座らないの?」
「本当に飄々としているわね」
溜め息を吐きながら、ティナレアはおとなしくカテリーナの隣に座った。
「誤解の無いように言っておくけれど、私自身が揉め事を起こしたわけでは無いのよ? 平民相手に横暴な態度を取った人を窘めたら、相手が勝手に私に腹を立てただけだもの」
「取り敢えず、カテリーナに非が無いらしいのは分かったけど……。それって立場的にはどうなの? 私達みたいな下級貴族とかならともかく、格式高い家柄って色々面倒そうだし」
「あら、心配してくれるの?」
微笑まれながらそんな事を言われて一瞬言葉に詰まり、加えてイズファインとナジェークまで彼女達のやり取りを興味津々で観察しているのに気が付いたティナレアは、軽く動揺しながら言い返した。
「心配って言うか! あれだけ纏わりついていた女達が一人もいないって、気になっただけよ!」
「別にあの人達に何かして貰っていたわけでは無いし、全く不自由は無いから心配要らないわ」
「そうでしょうね。……心配して損したわ」
思わず愚痴を零した彼女に、カテリーナが苦笑しながら謝る。
「ごめんなさいね。変な心配をさせてしまったみたいで」
「だから! 私は別に、何もしてないし! それにそこの二人が考え無しにカテリーナと同席するから、益々噂になっていたから、一言忠告しておこうと思っただけだし!」
それを聞いた彼らは、一瞬顔を見合わせてからティナレアに尋ねた。
「へえ? 俺達が一緒のテーブルに着いたら、何か不都合な事でもあるのかな?」
「あの女達が、好き勝手な事を言ってたのよ」
「『あれだけがさつだと縁談も纏まらなくて、れっきとした婚約者がいる殿方を狙っている』とか『恥知らずにも敵対している家の人間にまで、媚びを売っている』とか?」
「……実際の表現は、もう少し遠回しでしたけど」
「聞いたか、イズファイン。やはり残念な頭の持ち主だと、言う事もやる事もたかが知れているな」
「笑い事では無い筈だが、お前にかかると何でも笑い事になるな」
「イズファイン、私にとっても笑い事よ。そういう方達と、同一視されなくなって良かったわ」
「相変わらずだな、カテリーナ」
全く危機感の無い、能天気な三人のやり取りを目の当たりにしたティナレアは呆気に取られ、慎重にカテリーナに確認を入れた。
「……本当に、大丈夫なのね?」
「大丈夫よ。ありがとう」
彼女が本当に自分の立場を心配してくれていると分かったカテリーナは笑顔で頷き、そんな本当の友人を得ている事を知って安堵したイズファイン達は、微笑ましく彼女達の様子を見守っていた。
それから食事を済ませてカテリーナ達と別れ、イズファインとその場を離れたナジェークは、独り言のように呟いた。
「益々気に入ったな。群れるしか能がない、自分の意見を持たない女とは、比較するのも失礼だ」
「まあ確かに昔からカテリーナは、独特の価値観と気質を持っていたがな……。この事が家族の耳に入ったりしたら、家で揉めたりしないだろうか?」
並んで歩いているイズファインが口にしたその懸念について、ナジェークは詳細を尋ねた。
「ガロア侯爵夫妻は、そんなに貴族至上主義的なのか? 直接お会いした事が無いから、お人柄を全く知らないが」
「いや、侯爵夫妻がと言うより……。次期侯爵夫妻である、彼女の長兄夫婦が、だな」
「ふぅん? 兄夫婦ね」
「確か義姉の実家が、ダトラール侯爵家だ。彼女の父親のダトラール侯爵がアーロン王子派の中核として、羽振りを利かせている」
そこで聞き覚えのある名前を耳にしたナジェークは、納得して深く頷いた。
「ああ……、あの方だったら、以前に何かの折にお目にかかった事がある。そうか。あの傍若無人が服を着ているような人間の縁者だとしたら、人間性は推して知るべしだな」
「ダトラール侯爵に、あまり好印象を持っていないらしいな」
これまでの付き合いで、ナジェークの口調からそれと察したイズファインが、思わず溜め息を吐く。
「取り敢えず、これからするべき事は分かった。ちょうど良い事に長期休暇は目前だし、その間に布石を打っておく事にする」
「何をする気だ?」
「色々だ」
「……俺はともかく、あまり周囲に迷惑をかけるなよ?」
もう何を言っても無駄だと半ば諦めていたものの、イズファインは一応彼に釘を刺しておいた。
「やあ、カテリーナ。ここは空いているかな?」
昼食時に食堂で、広いテーブルに一人で食べていたカテリーナの所に、ナジェークを引き連れたイズファインがやって来て、声をかけて来た。それに彼女は、皮肉っぽく答える。
「空いているのに決まっているでしょう? どうぞお座りになって」
「それじゃあ、失礼するよ」
持っていたトレーを彼女の向かい側に置き、その席にイズファインが座ると、その隣にナジェークが落ち着く。そして食べ始めた彼らだったが、少し離れた席から女同士のひそひそ声が聞こえてきた為、軽く顔をしかめた。
「全く……、女同士は陰険だな」
「それは偏見と言うものよ、イズファイン。男同士だと表にでない分、余計に陰険な場合があるのではないかしら?」
「否定できないな」
素っ気ない口調でイズファインを苦笑させたカテリーナに、ナジェークが薄笑いで尋ねる。
「ところで、本人の口から、真相を聞かせて貰いたいものだが?」
「仮にも官吏科志望の方なら、蔓延している噂話を収集した上で、そこから背鰭胸鰭尾鰭をむしり取って、皮を剥ぎ取って本体を見極める位の事は、できなければいけないのではない?」
「手厳しいな」
「それで?」
笑みを深めたナジェークの代わりに、再度尋ねてきたイズファインに、カテリーナは事実だけを端的に告げた。
「平民の生徒に、よそ見をしていたファニーナがぶつかって双方倒れたのよ。明らかに非があるファニーナを窘めて謝罪させようとしたら、彼女達には不服だったみたいね」
「そんな事だろうと思ってはいたが、予想以上にくだらなかったな」
「だがカテリーナ。彼女達の家はアーロン王子派に属しているし、下手に仲違いするのは拙くないのか?」
ナジェークは納得したが、イズファインは懸念を口にした。しかしカテリーナは、それにも冷静に答える。
「言っておくけど、私は謝罪する気は無いわよ? 彼女達だって謝罪する気は無いのだし、私がする必要は無いでしょう? 寧ろ、清々したわ」
「『あの方達に騒ぎ立てられずに、毎日静かに、心穏やかに過ごしております』って事?」
「あら、ティナレア。こんにちは」
そこで唐突に、呆れ気味の声がかけられたカテリーナは、顔を上げて挨拶した。するとトレーを持ったティナレアが、不機嫌そうに口を開く。
「聞いたわよ? 上級貴族同士で派手にやり合った挙げ句、仲間外れにされているそうじゃない」
「その話、事実誤認があるのだけど」
「どう違うのよ?」
「その前に、ここは空いているけど、座らないの?」
「本当に飄々としているわね」
溜め息を吐きながら、ティナレアはおとなしくカテリーナの隣に座った。
「誤解の無いように言っておくけれど、私自身が揉め事を起こしたわけでは無いのよ? 平民相手に横暴な態度を取った人を窘めたら、相手が勝手に私に腹を立てただけだもの」
「取り敢えず、カテリーナに非が無いらしいのは分かったけど……。それって立場的にはどうなの? 私達みたいな下級貴族とかならともかく、格式高い家柄って色々面倒そうだし」
「あら、心配してくれるの?」
微笑まれながらそんな事を言われて一瞬言葉に詰まり、加えてイズファインとナジェークまで彼女達のやり取りを興味津々で観察しているのに気が付いたティナレアは、軽く動揺しながら言い返した。
「心配って言うか! あれだけ纏わりついていた女達が一人もいないって、気になっただけよ!」
「別にあの人達に何かして貰っていたわけでは無いし、全く不自由は無いから心配要らないわ」
「そうでしょうね。……心配して損したわ」
思わず愚痴を零した彼女に、カテリーナが苦笑しながら謝る。
「ごめんなさいね。変な心配をさせてしまったみたいで」
「だから! 私は別に、何もしてないし! それにそこの二人が考え無しにカテリーナと同席するから、益々噂になっていたから、一言忠告しておこうと思っただけだし!」
それを聞いた彼らは、一瞬顔を見合わせてからティナレアに尋ねた。
「へえ? 俺達が一緒のテーブルに着いたら、何か不都合な事でもあるのかな?」
「あの女達が、好き勝手な事を言ってたのよ」
「『あれだけがさつだと縁談も纏まらなくて、れっきとした婚約者がいる殿方を狙っている』とか『恥知らずにも敵対している家の人間にまで、媚びを売っている』とか?」
「……実際の表現は、もう少し遠回しでしたけど」
「聞いたか、イズファイン。やはり残念な頭の持ち主だと、言う事もやる事もたかが知れているな」
「笑い事では無い筈だが、お前にかかると何でも笑い事になるな」
「イズファイン、私にとっても笑い事よ。そういう方達と、同一視されなくなって良かったわ」
「相変わらずだな、カテリーナ」
全く危機感の無い、能天気な三人のやり取りを目の当たりにしたティナレアは呆気に取られ、慎重にカテリーナに確認を入れた。
「……本当に、大丈夫なのね?」
「大丈夫よ。ありがとう」
彼女が本当に自分の立場を心配してくれていると分かったカテリーナは笑顔で頷き、そんな本当の友人を得ている事を知って安堵したイズファイン達は、微笑ましく彼女達の様子を見守っていた。
それから食事を済ませてカテリーナ達と別れ、イズファインとその場を離れたナジェークは、独り言のように呟いた。
「益々気に入ったな。群れるしか能がない、自分の意見を持たない女とは、比較するのも失礼だ」
「まあ確かに昔からカテリーナは、独特の価値観と気質を持っていたがな……。この事が家族の耳に入ったりしたら、家で揉めたりしないだろうか?」
並んで歩いているイズファインが口にしたその懸念について、ナジェークは詳細を尋ねた。
「ガロア侯爵夫妻は、そんなに貴族至上主義的なのか? 直接お会いした事が無いから、お人柄を全く知らないが」
「いや、侯爵夫妻がと言うより……。次期侯爵夫妻である、彼女の長兄夫婦が、だな」
「ふぅん? 兄夫婦ね」
「確か義姉の実家が、ダトラール侯爵家だ。彼女の父親のダトラール侯爵がアーロン王子派の中核として、羽振りを利かせている」
そこで聞き覚えのある名前を耳にしたナジェークは、納得して深く頷いた。
「ああ……、あの方だったら、以前に何かの折にお目にかかった事がある。そうか。あの傍若無人が服を着ているような人間の縁者だとしたら、人間性は推して知るべしだな」
「ダトラール侯爵に、あまり好印象を持っていないらしいな」
これまでの付き合いで、ナジェークの口調からそれと察したイズファインが、思わず溜め息を吐く。
「取り敢えず、これからするべき事は分かった。ちょうど良い事に長期休暇は目前だし、その間に布石を打っておく事にする」
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