その華の名は
(7)予想外の結果
一度に手合わせするのが十組以下であり、生徒達が互いに距離を取りながら広い鍛錬場を移動を済ませ、ある程度動き回っても問題がない位置についたのを見計らって、教授が号令をかけた。
「それでは、打ち合い始め!」
「うおっ、と」
(さすがに、真正面からは防がれるわね)
号令を耳にするなり、無言でナジェークに向けて剣を振りかぶったカテリーナだったが、相手の力量を探る為のその一撃は、少々動揺されながらも受け止められた。そこで動きを止める彼女では無く、すかさず次の攻撃に移る。
(確かにお遊びとか、気まぐれに剣を嗜んだ、という感じでは無いな)
対するナジェークも、積極的に攻められないながらもしっかり彼女の攻撃をかわし、または受け返しながら冷静に考えを巡らせる。しかしそんな二人の攻防を、女生徒達はハラハラしながら眺めていた。
「だ、大丈夫かしら……」
「本当に心配だわ」
「今の台詞は、どっちの心配をしているの?」
顔色を悪くしながら呟いている二人に、何気なくティナレアが声をかけると、ノーラとエマは揃って答えた。
「勿論、ナジェークさんよ!」
「カテリーナさんに決まってるでしょう?」
「え?」
「そっち?」
同時に答えたものの、その答えが真逆だった二人は、思わず顔を見合わせてから猛然と主張し合った。
「だってさっきの素振りを見ても、カテリーナさんの腕が確かなのは分かるもの! 下手をしたら公爵家のご令息に、怪我をさせてしまうかもしれないじゃない!」
「でもカテリーナさんが、変に手加減しているようには見えないわ。相手もそれなりに腕が立つんじゃない? 寧ろカテリーナさんの方が、怪我をしたりしないかしら?」
「確かに見る限り、結構良い勝負よね。本当に予想外だわ」
ティナレアが冷静に評して二人の観察を続けているうち、事態が動いた。
「……っと、うっ!」
機敏に動き回るナジェークの隙を目ざとく見つけたカテリーナは、その手首を狙って剣を突き出した。当然、刃を潰してある模擬剣では斬りつける事は不可能だが、かなりの衝撃と痛みを受けた彼の身体の正面ががら空きになる。
そこを彼女はすかさず踏み込み、彼の首筋に自らの剣先を突き付けた。
「取り敢えず一本、頂きましたわね」
その冷静な宣言に、ナジェークが苦笑で応じる。
「そうだね。さすがはガロア侯爵直々に鍛えられただけの事はある。完敗だよ」
「それは言い過ぎかと。惜敗でしょう。それにお父様から指導を受けていた事を、どうしてご存知なの?」
「イズファインから聞いていたよ」
「そうですか」
(それなのに負けるかもしれない相手に、わざわざ手合わせを申し込んだと言うの?)
釈然としない思いのカテリーナに、彼女の内心を読んだようにナジェークが話を続けた。
「勝負は時の運だろう? 今度は勝たせて貰うよ」
「今度?」
「これからも、二人一組での訓練があると思うからね。再戦の機会を、楽しみにしている」
そこで教授から終了の指示が出たのを受け、ナジェークは笑って手を振りつつ、剣を戻す為に鍛錬場の隅に向かった。
(本当に変な人。負けたのにヘラヘラしているなんて。それに懲りずに、まだやる気なの?)
釈然としない気持ちでカテリーナも剣を戻すために歩き始めると、ノーラ達が駆け寄って来た。
「カテリーナさん! 怪我はしてませんよね?」
「良かったです! どうなる事かと思いました!」
「ナジェークさんも確か来年は官吏科希望って聞いていたのに、あんなに強いなんてびっくりです」
「どちらもれっきとした上級貴族の人間なのに、本当にとんでもないわね」
最後にティナレアが、心底呆れた口調で感想を述べた為、カテリーナは明るく笑いながら答えた。
「上級貴族にも稀にだけど、こういう毛色の変わった人間がいると認識してくれたら嬉しいわ」
「本当に騎士科希望で、実力も十分なのが嫌でも分かったわよ。これから宜しくね」
「こちらこそ宜しく」
ティナレアが差し出した手を握り返し、カテリーナは笑みを深くした。
(取り敢えず、騎士科希望の女子との隔意は無くなったみたいだし、良かったわ。卒業まで……、いいえ、卒業してからも付き合う事になりそうだものね)
そして男子生徒が集まっている辺りを振り返り、先程まで対戦していた相手の事を考える。
(ナジェーク・ヴァン・シェーグレン……。本当に、良く分からない人だわ)
その当の相手は、他の男子生徒から遠巻きにされながら、嘲笑の対象となっていた。
「あいつは馬鹿か?」
「格好付けて相手を申し出た挙げ句、女に負けるなんて」
「とんだ恥曝しだな」
「上級貴族のくせに、恥ってものを知らないんじゃないか?」
聞こえよがしに囁かれているそれらを平然と聞き流しているナジェークの所に、イズファインが憤慨した様子で声をかけてくる。
「ナジェーク」
「放っておけば良いさ、あんな物の分からん連中。真に実力がある人間なら、彼女の力量はしっかり見て取れる筈だ」
本人に薄笑いでそう言われては、イズファインとしても事を荒立てる訳にはいかず、小さく舌打ちするのみに留めた。
「本当に、目が節穴な奴らばかりだな。あいつらより確実に、お前達の方が技量は上だ。……しかし、少々見くびっていたな」
「彼女がもう少し、私に手こずるかと思っていたのか?」
「いや、てっきりお前が瞬殺されると思っていた」
真顔でそう断言されたナジェークは無言で驚いた顔になり、次に少々気分を害したように言い返した。
「人を見くびるのも大概にしろよ?」
「すまない」
本気で怒ってはいないと分かる友人に、イズファインは苦笑いしながら軽く頭を下げた。
「それでは、打ち合い始め!」
「うおっ、と」
(さすがに、真正面からは防がれるわね)
号令を耳にするなり、無言でナジェークに向けて剣を振りかぶったカテリーナだったが、相手の力量を探る為のその一撃は、少々動揺されながらも受け止められた。そこで動きを止める彼女では無く、すかさず次の攻撃に移る。
(確かにお遊びとか、気まぐれに剣を嗜んだ、という感じでは無いな)
対するナジェークも、積極的に攻められないながらもしっかり彼女の攻撃をかわし、または受け返しながら冷静に考えを巡らせる。しかしそんな二人の攻防を、女生徒達はハラハラしながら眺めていた。
「だ、大丈夫かしら……」
「本当に心配だわ」
「今の台詞は、どっちの心配をしているの?」
顔色を悪くしながら呟いている二人に、何気なくティナレアが声をかけると、ノーラとエマは揃って答えた。
「勿論、ナジェークさんよ!」
「カテリーナさんに決まってるでしょう?」
「え?」
「そっち?」
同時に答えたものの、その答えが真逆だった二人は、思わず顔を見合わせてから猛然と主張し合った。
「だってさっきの素振りを見ても、カテリーナさんの腕が確かなのは分かるもの! 下手をしたら公爵家のご令息に、怪我をさせてしまうかもしれないじゃない!」
「でもカテリーナさんが、変に手加減しているようには見えないわ。相手もそれなりに腕が立つんじゃない? 寧ろカテリーナさんの方が、怪我をしたりしないかしら?」
「確かに見る限り、結構良い勝負よね。本当に予想外だわ」
ティナレアが冷静に評して二人の観察を続けているうち、事態が動いた。
「……っと、うっ!」
機敏に動き回るナジェークの隙を目ざとく見つけたカテリーナは、その手首を狙って剣を突き出した。当然、刃を潰してある模擬剣では斬りつける事は不可能だが、かなりの衝撃と痛みを受けた彼の身体の正面ががら空きになる。
そこを彼女はすかさず踏み込み、彼の首筋に自らの剣先を突き付けた。
「取り敢えず一本、頂きましたわね」
その冷静な宣言に、ナジェークが苦笑で応じる。
「そうだね。さすがはガロア侯爵直々に鍛えられただけの事はある。完敗だよ」
「それは言い過ぎかと。惜敗でしょう。それにお父様から指導を受けていた事を、どうしてご存知なの?」
「イズファインから聞いていたよ」
「そうですか」
(それなのに負けるかもしれない相手に、わざわざ手合わせを申し込んだと言うの?)
釈然としない思いのカテリーナに、彼女の内心を読んだようにナジェークが話を続けた。
「勝負は時の運だろう? 今度は勝たせて貰うよ」
「今度?」
「これからも、二人一組での訓練があると思うからね。再戦の機会を、楽しみにしている」
そこで教授から終了の指示が出たのを受け、ナジェークは笑って手を振りつつ、剣を戻す為に鍛錬場の隅に向かった。
(本当に変な人。負けたのにヘラヘラしているなんて。それに懲りずに、まだやる気なの?)
釈然としない気持ちでカテリーナも剣を戻すために歩き始めると、ノーラ達が駆け寄って来た。
「カテリーナさん! 怪我はしてませんよね?」
「良かったです! どうなる事かと思いました!」
「ナジェークさんも確か来年は官吏科希望って聞いていたのに、あんなに強いなんてびっくりです」
「どちらもれっきとした上級貴族の人間なのに、本当にとんでもないわね」
最後にティナレアが、心底呆れた口調で感想を述べた為、カテリーナは明るく笑いながら答えた。
「上級貴族にも稀にだけど、こういう毛色の変わった人間がいると認識してくれたら嬉しいわ」
「本当に騎士科希望で、実力も十分なのが嫌でも分かったわよ。これから宜しくね」
「こちらこそ宜しく」
ティナレアが差し出した手を握り返し、カテリーナは笑みを深くした。
(取り敢えず、騎士科希望の女子との隔意は無くなったみたいだし、良かったわ。卒業まで……、いいえ、卒業してからも付き合う事になりそうだものね)
そして男子生徒が集まっている辺りを振り返り、先程まで対戦していた相手の事を考える。
(ナジェーク・ヴァン・シェーグレン……。本当に、良く分からない人だわ)
その当の相手は、他の男子生徒から遠巻きにされながら、嘲笑の対象となっていた。
「あいつは馬鹿か?」
「格好付けて相手を申し出た挙げ句、女に負けるなんて」
「とんだ恥曝しだな」
「上級貴族のくせに、恥ってものを知らないんじゃないか?」
聞こえよがしに囁かれているそれらを平然と聞き流しているナジェークの所に、イズファインが憤慨した様子で声をかけてくる。
「ナジェーク」
「放っておけば良いさ、あんな物の分からん連中。真に実力がある人間なら、彼女の力量はしっかり見て取れる筈だ」
本人に薄笑いでそう言われては、イズファインとしても事を荒立てる訳にはいかず、小さく舌打ちするのみに留めた。
「本当に、目が節穴な奴らばかりだな。あいつらより確実に、お前達の方が技量は上だ。……しかし、少々見くびっていたな」
「彼女がもう少し、私に手こずるかと思っていたのか?」
「いや、てっきりお前が瞬殺されると思っていた」
真顔でそう断言されたナジェークは無言で驚いた顔になり、次に少々気分を害したように言い返した。
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