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その華の名は

篠原皐月

(8)兄夫婦との些細な攻防

 学園生活にも慣れてきた頃、カテリーナが休日に屋敷に戻ると、エリーゼが手ぐすね引いて待ち構えていた。
「カテリーナ。あなた学園の剣術の授業で、殿方を打ち負かしたのですって? 学園内で随分噂になっていると、とある筋から伝わってきたのだけれど」
 家族全員揃っての食事の席で、義姉がしたり顔で持ち出した話題に、カテリーナが思わず失笑しかけた。


「全く、人前で男を打ち負かすなど、女のくせにはしたない。少しは身の程をわきまえたらどうだ?」
「まあ……、カテリーナ。それは本当なの?」
(食事が始まるなり、真っ先に話題に出してくるとはね。予想通りと言うか、予想以上で笑えるわ)
 エリーゼに引き続きジェスランが嘆かわしいと言わんばかりに、イーリスが心配そうに尋ねてきたが、カテリーナは落ち着き払って答えた。


「ええ、お母様。今の話は本当ですわ」
「本当にお前は、考え無しにも程がある」
「そんな悪評が学園内で広まったら、自身の縁談に差し支えるとは」
「剣術の授業で、シェーグレン公爵家のナジェーク様を打ち負かしてしまいましたの」
「え?」
「シェーグレン公爵家だと?」
 勢い込んで言い募ろうとする兄夫婦の台詞を遮り、カテリーナが淡々と口にした台詞に、すかさずジェフリーが反応した。そして鋭い視線を自分に向けてきたのを受けて、カテリーナが神妙に事情を説明する。


「はい、お父様。普通なら男子と女子に別れて訓練をしているのですが、その時は二人一組で打ち合いをするように教授から指示されたのです。ですが私達の学年は、剣術選択の女生徒は五人で、女生徒同士で組もうとしても一人が余ってしまいます」
「あら、それは困ってしまうわね」
 心配そうに口を挟んできた母に小さく頷いてから、カテリーナは話を続けた。


「ええ。それで私が男子生徒にお願いして組んで貰うからと言って、他の四人で二組を作らせたのです。上級貴族の一員たるもの、率先して他人の規範となるべきだと思いまして」
 それを聞いたジェフリーは、誇らしげに娘を誉めた。


「良く言った、カテリーナ! 確かに普通の女騎士志望の者ならともかく、お前なら十分並みの男と渡り合えるからな!」
「ええ。それで男子生徒のどなたかに相手をお願いしようと思ったのですが、イズファインだと向こうがかなり手加減しないといけませんから、訓練にならないと思って躊躇してしまい、面識があるカントール伯爵家のディード様とリブラス侯爵家のリゲル様は、私がお相手をお願いしても引き受けてくださらなくて、本当に困ってしまいましたの……」
 そんな事をしおらしくカテリーナが口にした途端、彼女の両親は怒りの表情になった。


「まあ! わざわざカテリーナが頼みに行ったのに、無碍に断ったのですか?」
「はい。万が一にも私に敗れたら恥になると思われて、臆されたのでは無いかと思います。そのお気持ちは、分からないでもありませんが……」
「けしからん! 女に恥をかかせて、恥じることもしないとは!」
「本当に! これこそ小人しょうじんと言わざるを得ませんわね!」
 揃って怒りを露わにした夫妻に対して、エリーゼは慌てて声を上げた。


「お義父様、お義母様! カテリーナはお二方に、お相手を申し込んだりはしていませんわ!」
「そうですよ! そんな事を公言しようものなら、二家を不快にさせます!」
 しかしその訴えは、怒りの形相のジェフリーに一刀両断される。


「ほう? お前達はその場に居たわけでは無いのに、どうして彼らがカテリーナの要請をはねつけてなどいないと分かるのだ?」
「それは……」
「か、仮にも騎士志望の者が、女性からの申し出を断って、恥をかかせる筈が無いでしょう?」
「女性に恥をかかせる気が無いのなら、カテリーナが孤立したらすぐに、相手を申し出るのが騎士道と言うものでは無いの?」
「現に彼らが相手をしてくれなかったから、カテリーナがシェーグレン公爵家の倅と組む事になったのだろうが。違うのか?」
「…………」
 往生際が悪くジェスランが食い下がったが、両親から反論されて呆気なく沈黙した。それを見て笑い出したいのを堪えながら、カテリーナが神妙にお伺いを立てる。


「今お父様が仰った通り、見かねたナジェーク様が相手をするのを申し出てくださったのですが、私、つい本気で打ち負かしてしまいましたの。やはり儀礼上は、相手を引き受けてくださった相手には、負けるべきでしたでしょうか?」
「まあ……、それは少々、ナジェーク様に申し訳ない事をしてしまいましたわね」
「いやいや、気にする事は無いぞ、カテリーナ! 相手が申し出てきたのだから、例え打ち負かされても文句を言う方が間違っているだろう!」
「はい。ナジェーク様にもその場で謝ったのですが『こちらから申し出た事なので、お気になさらず。寧ろ変に手加減する必要は無く、全力で手合わせできたので良かったです。さすがは武門の誉れ高いガロア侯爵家の令嬢です』と誉めていただきました」
「それなら良かったわ」
「そうか。そのナジェークとやら、家は気に入らんが、なかなかどうして物の本質が見える者らしいな」
 そこでイーリスは安堵したように微笑み、ジェフリーは豪快に笑った。そんな機嫌の良くなった父に、カテリーナがさり気なく申し出る。


「しかもナジェーク様はなかなかの腕前で、私自身も本気で打ちかかって、何とか勝てましたの。今後の授業でも組む事があるかもしれませんから、その時に後れを取りたくはありませんので、できれば明日の夕方に寮に戻るまでに久しぶりにお父様から剣の手ほどきを受けたいのですが、お時間はあるでしょうか?」
 それを聞いたジェフリーは、満面の笑みで快諾した。


「よし! そういう事なら、しっかり稽古をつけてやる! シェーグレン公爵家の人間などに、決して負けるなよ?」
「もちろんですわ、お父様」
「…………」
 深く頷いたカテリーナと両親の間で、それから暫く学園生活の話で盛り上がったが、その間兄夫婦は憮然とした様子で黙々と食べ進めていた。


(あらあら。幾ら自分達の思うとおりに話を進める事ができなかったからと言って、二人揃ってそんなに面白く無さそうなお顔をなさらなくてもよろしいのに)
 そんな二人の様子を横目で見ながら、カテリーナは小さく肩を竦めていた。





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