酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(131)松原夫妻の活躍を応援する会

 藤宮夫妻が挨拶を済ませてその場から離れると、次は松原工業上層部夫妻や、来賓夫妻がやって来た。そして男性陣と女性陣に分かれて、新郎新婦に挨拶がてら話しかける。

「友之君、今日はお疲れ様。色々と大変だったな」
「いえ、皆さんも本日はご出席いただき、ありがとうございました」
「いや、予想以上に良い物を見せて貰ったよ。君の本気度を目の当たりにして、心が震えた」
「恥も外聞もプライドもかなぐり捨てての奮闘。さすがは未来の松原工業トップだ」
「心意気と気構えが違う。以前から君には目をかけていたが、私の目に狂いはなかった」
「時代の流れを差し引いても、私には無理だろう」
「これからの松原工業を率いていくのは君だ」
「これまで以上に頑張ってくれたまえ」
「……精進します。よろしくご指導ください」
 深く同情する労いの声と、力強い賞賛の台詞に、友之は顔が引き攣りそうになるのを堪えながら、なんとか笑顔で対応していた。

「沙織さん! 結婚おめでとう」
「ありがとうございます。本日はご出席いただき、ありがとうございました」
「沙織さんとは面識が無かったからどんな方かと思っていたら、良い意味で想像を裏切ってくれたわ」
「私もよ。営業一筋の方だとお伺いしていたから、少々お固い方かと思っていたのに」
「営業の第一線で活躍しているだけあって、意志が強固な方だったのね。社長令息を丸め込んでしまうなんて凄いわ」
「真由美さんもあなたの事を褒めちぎっているし。松原家は安泰だわ」
「これからの松原工業と松原家の舵取りは、沙織さんで決まりね」
「本当に真由美さんが羨ましいわ。こんなにしっかり者で頼りになるお嫁さんが来てくれるなんて」
「……まだまだ至らない所があるかと思いますので、ご指導をよろしくお願いします」
 友之とは方向性が異なる褒め言葉に、沙織もなんとか笑顔を保ちながら年配の女性達への対応をこなしていった。
 年配との挨拶が済むと、続いて同僚や友人達が出て来た。その中には、怪訝な顔で二人に声をかけてくる者も多かった。

「松原……、お前、趣味が変わったのか? それとも性格の方か?」
「込み入った事情があってな。深くは聞かないでくれ……」
 大学時代からの友人から疑惑の眼差しを向けられ、友之は深い溜め息を吐く。

「沙織ちゃん。普段クールすぎるから、結婚して頭の中が一気にお花畑になって《《あれ》》なの? 悪い事は言わないから、もう少しだけ自制した方が良いと思うわ」
「……うん、もう説明が面倒だから、そういう事にしておいて。今後は自制するから」
 小さい頃から親交のある従姉に真顔で心配されてしまい、沙織はかなりなげやりになりながら項垂れた。
 そうこうしているうちに、華やかな若い女性の一団が出て来たのを目にした沙織は、現状も忘れて憤怒の形相で駆け寄ろうとした。

「沙織、おめでとう! 今日は本当に、良い仕事をした!」
「由良!! あんたって奴はぁぁぁっ!! そこから一歩も動くな!!」
「沙織、ちょっと待て! 落ち着け!」
 花嫁が乱闘騒ぎはさすがに外聞が悪すぎると、友之咄嗟に沙織を羽交い絞めにして足を止めた。すると由良と沙織の間に、他の《愛でる会》会員達が割り込んで来る。

「関本先輩! おめでとうございます!」
「招待していただき、ありがとうございました!」
「さすが松原工業創業家の結婚披露宴。料理も引き出物も凄かったわね」
「持参したご祝儀の額が少し恥ずかしいわ」
 料理や引き出物に関しては、藤宮夫妻を招待する関係で費用に糸目をつけない事態に陥った結果であり、沙織は彼女達に真顔で言い聞かせた。

「そんな事は気にしないで。どうしても付き合いで招待しないといけない人の面子が面子だから、それなりのグレードにしないといけなかったの。本当にご祝儀は、一般常識の範囲内で大丈夫だから」
「はい、ありがとうございます!」
「それで私達、披露宴の間に話し合ったんですけど、この機会に《松原課長を愛でる会》の名称を、《松原夫妻の活躍を応援する会》に変更する事にしました」
「はい? いきなり何?」
 唐突な話題の転換に、沙織は面食らった。隣の友之も呆気に取られて、無言のまま会話の流れに耳を傾ける。

「いきなりではありませんよ? お二人の結婚が公表されてから、皆で相談していたんです」
「だって、既婚者を愛でるって、外聞が悪くありません?」
「関本先輩にも悪いですよ」
「かといって、この繋がりを全部解消するのもどうかと……」
「そうなんですよね……。私達、まだ良縁に恵まれていませんし……」
「結局、そこに行きつくのね……」
 沙織は思わず苦笑してしまったが、ここで周囲から次々に力強い声が上がる。

「それで、今日のあのメモリアルムービーを見て、あんな事を平気でやり遂げてしまう関本先輩を、心の底から尊敬しました!」
「私もです! それならいっそのこと、夫婦纏めてその活躍を見守って応援すれば良いじゃないかという話になりまして!」
「名前を変えて、このまま活動を続行する事になりました!」
「ですから松原課長! 時々、告白しに行く会員がいると思うので、その時には関本さんの手前こっぴどく振って、これまで通りゲン担ぎのハンカチをよろしくお願いします!」
「了解した……。できれば、場所と時間は選んでもらいたいが」
 今後もハンカチをたかられるのが確定した友之は、余計な事は言わずに素直に頷いておいた。

「それでは失礼します。課長の従兄弟さん達が、急遽私達と未婚の男性陣との飲み会をセッティングしてくれましたので。これから皆で、会場に移動するんです」
「さすがは《松原夫妻の活躍を応援する》会。早速ご利益があるなんて」
「男性陣の職業とか経歴とか小耳に挟んだけど、課長のご親戚や友人なだけあって、なかなか粒ぞろいだったわよ?」
「本当に!? 私達はこれからが本番ね!」
「気合入れて行くわよ!」
「あ、その前にメイクを直しておかないと!」
「関本先輩、失礼します!」
「うん……、皆、頑張ってね……」
 賑やかに女性達が立ち去ると、由良はさっさと一足先に帰っていたらしく、影も形も無くなっていた。それに気がついた沙織は一気に脱力する。
 それからも招待客との挨拶は続き、人気がなくなったと思った時、義則と真由美がやって来た。

「友之、沙織さん。お疲れ様」
「招待客は全員帰ったぞ」
 両親の姿を見た友之は、ここで義理の両親の事を思い出した。

「あれ? そういえば、お義父さんとお義母さんはどうしたのかな?」
「佳代子さんは披露宴が終わると同時に、憤然とした様子で向こうのドアから出て行ったわ」
「一之瀬さんが、追いすがっていたな」
 自分達がいる会場周辺のドアではなく側面のドアの方を指し示しながら、二人が状況を説明する。それを聞いた沙織は、何とも言えない表情で溜め息を吐いた。

「そうですか……。なんとか乱闘騒ぎにならず、穏便に済んで良かったです。だけど招待客より先に新婦の両親が会場を離れるって、どういう事よ……」
「後から向こうのお義母さんに、お詫びの電話を入れる。ところで父さん。VTRの事を知っていたよな?」
 非難を込めて、友之が軽く父を睨んだ。対する義則は、面目なさげに軽く頭を下げる。

「すまん。一応、真由美を思いとどまらせようと、説得はしたんだが……。私からもお詫びの電話を入れる。というか、お前達が新婚旅行に行っている間に、名古屋に出向いて頭を下げてくる」
「お義父さん、そこまでしなくても良いですよ」
「いや、私の気が済まないから。二人は心置きなく、旅行に行って来てくれ」
「はぁ……」
 頭を下げるべきは舅ではないのだがと思った沙織だったが、ここで下手な事を言えば更に真由美が暴走する危険性を感じ、曖昧に頷いた。すると上機嫌なまま、真由美が促してくる。

「ほらほら、二人とも着替えて休んで頂戴。明日は飛行機での移動なのよ? ここで宿泊するけど、明日に備えて早く休むのに越したことはないわ」
「そうですね。それでは失礼します」
「父さん達も、引き揚げたらゆっくりしてくれ」
「そうするよ」
 そして沙織と友之はスタッフの案内で控室に戻り、着替えを済ませて宿泊予定の部屋に入った。



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