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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(118)予想外の招待客

 職場での招待客を確定した日。帰宅して両親と共に寛いでいた場で友之が経過を報告すると、義則と真由美は揃って楽し気げに笑った。

「はははははっ! 今日は営業二課で、そんな事があったのか!」
「沙織さんには実の弟さんの他に、心の弟さんもいるのね」
「佐々木君は通常はきちんと仕事をこなしているのですが、最近、ふとした拍子に情緒不安定になっているので……。まあ、大して実害はないので、様子を見ていますが」
 溜め息まじりに沙織が告げると、友之がしみじみした口調で感想を述べる。

「佐々木の奴……。よほどお姉さんが、大好きだったんだろうな……」
 それに、すかさず沙織の指導が入る。
「友之さん、気をつけて。『大好きだった』なんて過去形で語ったら、『俺は今現在も姉ちゃんの事が大好きですっ!』って絶叫しかねないから」
「……注意する」
「でも微笑ましい話だし、お姉さんの指示に素直に従って沙織さんの披露宴に参加して少しでも耐性をつけたいだなんて、いじらしいわね」
「いじらしい……」
「そう言えないこともないか……」
 真由美の言葉に、沙織と友之が微妙な表情になりながらも、取り敢えず頷いておいた。すると義則が話を纏めにかかる。

「それでは両家の招待客リストは、これで本決まりだな」
「はい。もう日があまりないので、順次招待状を発送済みです」
松原家うちの方は把握しているが、念のため関本家の方を確認させて貰うか。重複している人間はいないと思うが」
「はい、どうぞ。さすがに重複している方はいないと思いますが」
「ありがとう」
 沙織も、一応念の為にと思いつつ、義則に関本家側の招待客リストを手渡した。

「ところで、引き出物はもう決まったの?」
「はい、後で画像をお見せしますね。残る最大の問題は席の配置ですが、どうしたものか……。本当に頭が痛いわ」
「ああ、そちらのご両親ね。でもお兄さんの披露宴の時も何とかなったのでしょう? あまり心配しなくても良いのじゃないかしら」
「それはそうですけど」
 真由美と披露宴の諸々の事について話していた沙織だったが、突然義則が驚愕の叫び声を上げた。

「沙織さんっ!!」
「え!? あ、はい! お義父さん、どうかしましたか?」
「どうしたんだ、父さん。急にそんな大声を出して。びっくりするだろうが」
「い、いやっ! このっ! なっ、なまっ!」
「はい?」
「父さん、少し落ち着いてくれ。ほら、一口茶を飲んで」
「あ、ああ……。すまん」
 名簿のある箇所を指し示しながら、義則はまともに喋れないほどに動揺していた。それを見た沙織は首を傾げ、友之はなんとか父親を宥めようとする。そこで息子に促されるまま、義則は目の前に置いてある茶碗の中身を勢いよく飲み干した。それで幾らか気持ちが落ち着いたのか、義則は妻に顔を向ける。

「真由美。ちょっと席を外してくれないか?」
「分かったわ。暫く部屋にいるから、何か用があったら呼んで頂戴」
「すまん」
 どうやら自分が聞いたら差し障りがある内容らしいと察した真由美は、余計な事は言わずにおとなしく居間を出て行った。そんな彼女を見送ってから、義則が怖いくらい真剣な表情で沙織に確認を入れてくる。

「沙織さん。関本家の招待客リストの中に、桜査警公社の会長と社長の名前があるのだが、ご実家はそことは以前からの知り合いなのかな?」
「え? いえ、全然。聞いた事がない社名ですけど」
 それを聞いた沙織は一瞬キョトンとしてから、豊から聞いた話を思い出した。

「そういえば……、兄がCSC関係で招待する人がいると言っていたので、その方の事ではないでしょうか? 実家関係は兄がリストアップしてくれたので、私は東京に来てからの友人知人をリストに載せて照らし合わせて作りましたから。面識もありませんし、どういう方なのかは分かりません」
 そこで友之が、怪訝な顔で会話に割り込む。

「桜査警公社? 聞き覚えの無い社名だな。だが名前からして警備会社っぽいし、サイバーセキュリティーが業務のCSCとは確かに関連がありそうだが。それがどうかしたのか?」
「あら? この書き方……。《藤宮美子 桜査警公社会長》《藤宮秀明 桜査警公社社長》とあるけど、母親と息子かしら?」
「……いや、ご夫婦だ」
 絞り出すように告げた義則に、沙織は意外に思いながら問い返した。

「あ、お義父さんのお知り合いだったんですか?」
「名前は知っているが、これまで面識はなかった」
「そうでしたか。そうすると、奥様の方が会長ですね」
「そうだな……」
「あの、父さん? なんだか顔色が悪いが、どうかしたのか?」
 明らかに血の気が引いている父親の顔を見て、友之が心配しながら声をかけた。すると義則が、唐突に話題を変えてくる。 

「友之……。以前、加積康二郎の話をしたことがあっただろう?」
 その問いかけに、友之は当惑しながら返答した。
「加積康二郎? ああ。随分前に聞いたな。表は政財界の有力者、裏はヤクザや右翼団体まで陰で操って、何人も総理の首をすげ替えたって噂された、『昭和の妖怪』や『最後のフィクサー』とかの物騒な二つ名の持ち主だった、あの人の事だろう? 偶然、清人さんと真澄さんの結婚披露宴で出くわして、肝を潰したぞ。だが、もうとっくに亡くなっているよな? 何かで死亡記事を目にした記憶がある」
「そうだったな……。あの時は、兄貴達と揃って腰を抜かしたな。まさか清人君側の招待客で出向いて来るとは……」
「あの……、お義父さん? その亡くなった方が、どうかされたんですか?」
 一向に話の筋が見えない沙織が、怪訝な顔で尋ねる。そんな彼女に対して、義則が説明を続けた。

「加積氏が生前、傘下に置いていた数多くの企業は、彼の死後、八人に分割継承されたんだ。その中で中核を成していた桜査警公社を引き継いだのが、現会長の藤宮美子氏だ」
 それを聞いた沙織は、何気なく推測を口にする。

「はぁ……、そうなるとその藤宮さんは、加積氏の娘さんとかお孫さんとかですか?」
「いや、赤の他人のはずだ」
「ええと……、それではまさか、愛人とか隠し子」
「沙織さんっ!! 頼むからそんな失礼極まりない事、まかり間違っても本人の前で口にしないでくれ!!」
「すみません! とんでもない邪推で誤解でしたね!! 勿論、口にしません!!」
 いきなり血相を変え、身を乗り出しながら声高に懇願してきた義則に、沙織は即座に謝罪した。そこで友之が、考え込みながら父親に尋ねる。

「加積康二郎の肩書の中に、桜査警公社の名前があったとは知らなかったな……。そうなると、そこの会長社長夫婦というのは、色々面倒な人物なのか?」
「色々面倒というか……、正直に言うと、あまりお近づきにはなりたくない……」
「…………」
 義則はがっくりと肩を落とし、そんな彼を友之と沙織は心配そうに眺めたが、彼はすぐ顔を上げて沙織に再び懇願してくる。

「沙織さん。遅い時間で申し訳ないが、至急お兄さんに連絡を取って貰えないだろうか?」
「豊にですか? それは構いませんが、どうしてですか?」
「このご夫妻をどうして披露宴に招待する事になったのか、できれば詳細を知りたい。単なる仕事上の付き合いで招待するとは思えないものだから」
「はぁ……。分かりました」
 何やら切羽詰まった様子の義父に、沙織は不思議に思いながら兄に電話をかけた。


「もしもし、豊。今少し話しても大丈夫?」
「それは構わないが……。沙織、どうかしたのか? 亭主と別れたくなったか? それなら俺じゃなくて、お袋に電話しろ」
「笑えない冗談はやめて貰えない!?」
「半分は本気だが。それで?」
 すぐに応答してきた豊の嫌味に気分を害しながらも、沙織はスピーカー機能を作動させたスマホをローテーブルに置き、その場全員が会話内容を聞けるようにした。そして本題を切り出す。

「披露宴の招待客リストについてだけど。関本家の方に桜査警公社の会長社長夫妻の名前があるのをお義父さんが見つけたの。それで、どういったいきさつでお二人を招待しているのか、知りたいと言われたのよ」
「ああ……、なるほど。流石に松原工業社長だな。あそこの名前をご存じだったか……。そちらのお義父さんにはうちの方の招待客だから気にせず、挨拶なども不要と言っておいてくれ。それじゃあな」
 そこで豊はあっさり会話を打ち切ろうとし、沙織は反射的に義則に目を向けた。しかし義父が盛大に首を振っているため、沙織は慌てて食い下がる。

「ちょっと待って、それで終わらせないでよ!? 当事者抜きで、勝手に話を決めないでくれない!?」
「そうか? お前がそこまで聞きたいと言うなら話してやらないでもないが、恐らく後で耳にしない方が良かったと思うぞ?」
「…………一応、確認したいのだけど」
「物好きだな。じゃあ教えてやる」
 ものすごく聞きたくないが義則の手前そうも言えず、沙織は渋々頼み込む。すると淡々とした口調での、豊の解説が始まった。


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