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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(116)思わぬ企み

「それじゃあ、行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい。ゆっくり、納得できるまで選んできてね」
 日曜日の午前中。結婚披露宴会場であるホテルに向かう友之と沙織を、玄関先で義則と真由美が笑顔で見送った。しかしそれに違和感を覚えた沙織が、怪訝な顔で問いかける。

「あの……、お義母さんは、衣装選びに同行されなくても構わないのですか?」
「おい、沙織」
 それを聞いた友之は、彼女の隣で僅かに動揺した。しかし真由美は神妙な顔つきで言い出す。

「沙織さん……。正直に言うと、とっても付いて行きたいわ。あれが良いこれが良いと、思いつくまま沙織さんに試着してもらって、素敵な沙織さんを思う存分堪能したいのよ」
「そうでしょうね……」
「そうしたいのは山々なのだけど! 本当に同行したりしたら、私、絶対に沙織さんの意見そっちのけで自分の趣味で暴走して、沙織さんに何十着もの試着をさせた挙げ句に、披露宴のお色直しが十数回になってしまうのが確実だもの!」
「それはさすがに、時間的に無理かと思いますが……」
「私、沙織さんにうざくて傍迷惑な姑だと思われなくないから、涙を飲んで諦めるわ。だから今日は心置きなく、本当に好きなドレスを選んできてね?」
「お心遣い、ありがとうございます」
 いかにも悔しげに残念そうに語ったものの、最後は笑顔で促してきた真由美に、沙織は素直に頷いた。そこで義則が付け加えてくる。

「ドレスが決まれば必然的にお色直しの回数も決まるから、進行の流れも確定できるだろう。慌ただしくて済まないが日程に余裕がないし、当日の料理や引出物に関しても、ホテルの担当者と可能なだけ詳細を決めてきてくれ」
「ああ、そのつもりだから、帰りは遅くなる」
「せっかくだから、夕食も二人でゆっくり過ごしながら済ませてきたら? そのつもりなら、後から連絡を頂戴」
「分かった」
「それでは行ってきます」
 傍目には問題なく息子夫婦を送り出した真由美は、機嫌良く夫を振り返った。

「さあ、行ったわね。それじゃあ、お客様を迎える支度をしないと」
 しかしそんな妻に、義則は控え目に確認を入れる。
「その……、真由美? 本当に《あれ》をする気か?」
「勿論よ! だってせっかく対外的に披露宴を開催することになったのよ? 二人の普段とはちょっと違った魅力を紹介する、絶好の機会じゃない! あなたは反対なの?」
「いや……、反対というわけではないが、やはり当人達の意見を」
「じゃあ、賛成よね! ほら、お客様がいらっしゃるんだから、あなたは呼ぶまで部屋に行っていて頂戴!」
「……ああ」
 有無を言わさず真由美に追い立てられた義則は、妻の説得を完全に諦めて自室へと向かった。


 一方で、沙織と共に愛車に乗り込んだ友之は、両親がそんなやり取りをしているなど夢にも思わないまま、車庫から車を出していた。
「さっき沙織が『衣装選びに同行』とか言い出すから、一瞬冷や汗をかいたぞ」
 走り出しながら友之が愚痴っぽく呟くと、沙織が納得しかねる表情で応じる。

「でも……、お義母さんの性格なら、絶対私達に付いてくると思っていたのに……。拍子抜けだわ。本当に良かったのかしら? それに、どこか具合が悪いわけではないわよね?」
「それは沙織の気の回しすぎだ。母さんは単に、気を遣ってくれただけだろう」
「それなら良いんだけど……」
 まだなんとなくすっきりしていない表情の沙織を、友之は笑顔で宥める。

「この間、色々バタバタして、二人きりで出かけることも少なかったしな。せっかくだから用事を済ませたら、ゆっくりしてこよう。試着するごとに沙織の写真を撮ってデータを送れば、母さんはそれだけで満足してくれる筈だから」
「それもそうね」
 そこで沙織は気を取り直したが、ある意味彼女の懸念は違う形で現実のものとなった。



 沙織達が出かけて一時間程経過した頃、松原家に一人の客がやって来た。
「奥様、初めまして。新川由良と申します。社長、休日にお邪魔いたします」
 玄関先で揃って出迎えてくれた勤務先の社長夫妻に対し、由良は少々緊張しながら頭を下げた。それに真由美は満面の笑顔で応じる。

「新川さん、そんなに畏まらないで。無理を言って家にお呼び立てしたのはこちらですから。さあ、お上がりになって?」
「はい、それでは失礼します」
 上がり込んだ由良を連れてリビングに案内し、お茶を出して三人がソファーに収まってから、真由美が話を切り出した。

「新川さん、今回はいきなりお電話してごめんなさいね? 驚かせてしまうとは思ったけど、どうしてもあなたと直にお話ししたいことがあったものだから。沙織さんが作っていた招待客リストの連絡先を、こっそり見せてもらったの」
「お気遣いなく。私も沙織からお義母様の話を聞いて、一度お会いしてみたいと思っていましたから。あと、社長に直にお礼を言いたい事もありましたし」
「あら、主人に?」
「はい。労働組合からの申し入れ事項に関して、社長が経営者側の意見取りまとめを積極的にしてくださったと耳にしております。沙織達に関わる内容が取りざたされて、身内贔屓だと非難されかねない状況でしたのに、率先して役員の方々への働きかけをしていただき、ありがとうございました」
 義則に向き直り、感謝の言葉と共に由良が頭を下げると、彼は苦笑いで応じる。

「ああ、沙織さんが怪我をした直後に問題提起のあったあれか。それは、私が礼を言われる筋合いではないから。あの申し入れが一部は労使で妥結、一部は継続協議になったのは、社会情勢の変化でそれらが求められているからだ。確かに息子達に大いに関わる内容もあったが、私がごり押ししたわけではないからね。皆真剣に、議論してくれているよ」
「そうですか。引き続きよろしくお願いします」
「こちらこそ。本宮書記次長と会う機会があれば、お手柔らかにと伝えて欲しい」
「はい、承りました」
 労組の影の支配者と名高い本宮を、上層部がかなり苦手にしているらしいと感じた由良は、義則と同様に苦笑した。そこで唐突に真由美が確認を入れてくる。

「ところで、新川さん。お電話した時にお願いした通り、この事は沙織さんと友之には内緒にしてくれているかしら?」
「はい、勿論です。二人を驚かせるためですか? 二人は他の部屋にいて、これから呼ぶのでしょうか?」
「いいえ。二人は今日一日、披露宴会場のホテルに出向いて、一日がかりで色々な打ち合わせをする予定なの」
「はぁ……、そうですか。あの……、それでは私は、どのような用件で呼ばれたのでしょうか?」
 友人とその夫不在で、一体自分に何の話があるのだろうかと、由良は当惑した。しかし真由美は彼女の内心を知ってか知らずか、関連がなさそうな事を続けざまに尋ねてくる。

「新川さんの他に、社内の女性を何人も招待する予定になっているみたいだけど、《愛でる会》の会員の皆さんかしら?」
「恐らくはそうです。招待状をそろそろ郵送すると言っていましたが」
「それなら《愛でる会》の皆さんで、何か出し物とかする予定はおありかしら?」
「え? あ、はい。せっかくですから皆で何かしようかと、沙織には内緒で今度打ち合わせをするつもりでいます」
「それなら会員の皆さんには申し訳ないのだけど、出し物を諦めていただけないかしら?」
 申し訳なさそうに告げられた由良は、それが本題かと思いながら了解した。

「何か披露宴進行上の問題ですか? 祝辞を頂く方が多いとか、プロの芸人を呼んで時間を割くとか、そういう事であればこちらは遠慮しますのでお構いなく」
「いいえ、そうではないの。《愛でる会》で出し物の時間を確保しておくけど、当日は他の事に時間を使わせて貰いたいのよ」
 その説明を聞いて、由良は困惑の色を深める。

「はぁ……、他の事に、ですか? 奥様のご希望であれば構いませんし、私から他の人達にも説明しますが……。因みに、どのような事でしょうか?」
「それを会長の新川さんにはきちんとご説明したいと思って、わざわざ足を運んで貰ったの! さあ、こちらをご覧になって!」
「はい? え? テレビ?」
「…………」
 嬉々として真由美が指し示す方向に由良が顔を向けると同時に、その視線の先にあったテレビの電源が入った。そして義則が無言でリモコンを操作するに従い、その画面に真由美が披露宴にて希望する物が映し出されていった。



「沙織、今、少し話しても大丈夫?」
 ホテルでの打ち合わせからの帰り道で夕食を済ませ、少し遅い時間に沙織達は帰宅した。それから自室に戻ったタイミングで、沙織のスマホに電話がかかってくる。沙織は軽く時刻を確認してから、由良に了承の返事をした。

「由良? うん、構わないけど、どうかしたの?」
「ほら、《愛でる会》の披露宴参加希望者を招待してくれるって言ってたでしょう? それで、皆で出し物をしようって言ってたんだけど、概略が固まったのよね」
「そうなの? どうもありがとう。因みに何をするの?」
「それなんだけど……、沙織には詳細は内緒なのよね。かつ、それは沙織がお色直しで席を外している時間帯にさせて貰いたいのよ」
 そんな予想外の話を聞かされて、沙織は面食らった。

「え? 何よ、それ? 私の為に何かするんじゃないの? 私がいない席に向かって何かするのって、馬鹿馬鹿しくないの?」
「それがさぁ……、沙織があれを目の当たりにしたら、感謝感激で号泣状態になりそうなのよね。だから花嫁の化粧が崩れまくって、予定外のお色直しの時間に突入しちゃったりしたら、会場のスタッフや司会進行役に迷惑をかけるじゃない? どうせ披露宴の一部始終は録画しておくだろうから、後からじっくり見てよ」
 笑いを堪える口調でそんな事を言われてしまった沙織は、一体何をするつもりなのかと、軽く眉根を寄せながら問いを重ねた。

「そんなこと言われたら、余計に気になるんだけど?」
「まあ、そう言わずに。楽しみは後に取っておいてよ。当日は緊張しっぱなしだろうし、その状態で見てくれても感動が半減だろうから、せっかくだから落ち着いた状態で見て欲しいな。私も本人に面と向かって言うのが、ちょっと照れ臭いし。無人の雛壇に向かって披露する位がちょうど良いかなと思って」
 そこまで言われて、無理強いするのも悪いかと思い直した沙織は、色々言いたいことはあったものの了解した。

「分かった。ものすごく気になるけど、私達が席を外している時間帯で調整しておく。因みに時間はどれくらい必要なの?」
「ええと……、15分位かな?」
「分かった。次の打ち合わせの時に、担当者に伝えておくから」
「お願いね。それじゃあおやすみ」
「ええ、また明日ね」
 そこで通話を終わらせた沙織は疑問に思いながらも、次の打ち合わせ日の連絡事項の欄に、由良の申し入れ内容を記載しておいた。

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