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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(113)再教育決定

「普通の乾電池は袋に纏めて資源ごみの日に出すけど、ボタン電池やリチウムとかを含む小型充電式電池はリサイクル協力店や回収協力店に持参するのに決まっているでしょうが! れっきとした課長職を務めている、いい大人が何を言っているの!」
「まさか友之さんが、そこまで知らなかったなんて……。引っ越しもせず、生まれてからずっとこの家で生活しているのに。てっきりこの地域の分別方法や回収日なんて、熟知しているものとばかり……。いえ、逆に独り暮らし経験が皆無で、身の回りの事はお義母さんがやってくれていたから、当然と言えば当然なのかしら……」
 沙織が思わず額を押さえながら、自問自答するように呟く。それに真由美の金切り声が続いた。

「本当に恥ずかしいわ! 沙織さんはここで暮らし始めてから、ひと月経たずに完璧に覚えたのに! 私は母親として、あなたを甘やかし過ぎたようね!」
「いや、そんな、ごみの分別方法や収集日を覚えていなかった位で、そこまで」
「黙りなさい! あなたがそこまで物知らずだとは思わなかったわ! こんな事ではしっかり覚えている沙織さんや、弁護士として働きながら沙織さんを立派に育てた名古屋のお母様に対して申し訳ないわ! 今からビシビシ再教育するから、そのつもりでいなさい!」
 そこで恐る恐るといった風情で、義則が口を挟んできた。

「その……、真由美? 私もごみの収集日とか全く分かっていないし、この間任せきりにしていて悪かったな」
 その謝罪の言葉に、真由美は怒りを消して真顔で応じ、沙織も冷静に義父を宥める。

「あら、あなたは良いのよ。今とは時代が違うもの」
「お義母さんは専業主婦でしたからね。任せきりになって、お義父さんが全く覚えていなくても仕方がないですよ」
「それは確かにそうかもしれんが、この際、俺も色々と覚えようと思うが……」
「別に、あなたにして貰おうとは思っていないから気にしないで」
 殊勝な義則の申し出をさくっと切り捨てた真由美は、沙織に向かって真顔で断りを入れた。

「沙織さん。この人はもう年がいっているから、再教育しても無理だと思うの。その代わり、友之はこれからしっかり指導するから許してね?」
「勿論です。お義父さんにまで、色々面倒をおかけするつもりはありませんから」
「やっぱり沙織さんは、優しいお嫁さんだわ。あなた、沙織さんのような人が友之と結婚してくれて良かったわね?」
「……ああ、そうだな」
 完全に自分一人だけ蚊帳の外に置かれてしまった義則は、満面の笑みの真由美に引き攣った笑みでなんとか応じてから、がっくりと項垂れた。

「そうか……。俺は参戦する前に、戦力外通告を受けた老兵か……。仕事では、生涯現役を貫くつもりだったのにな……」
「あの……、父さん?」
 悲哀の籠った呟きを漏らした父親を気遣って友之が声をかけたが、ここで真由美が怒声を放った。

「友之! 何をボケッとしているの! さっさとダウンロードしなさい!」
「え? 何を?」
 全く意味が分からなかった友之が当惑していると、横から沙織が慌てて声をかけてくる。

「スマホを出して、すぐに区の公式HPを開いて。お義母さんをこれ以上怒らせないで頂戴」
「あ、ああ、分かった……。これだな?」
 まだ訳が分からなかった友之だったが、取り敢えず急いで自分のスマホをポケットから取り出し、沙織の指示に従った。

「ここの《環境・まちづくり》の項目の中に《ごみ・リサイクル》があるから、そこを開いて。そうすると《ごみ・資源収集日一覧》があるでしょう?」
「ああ……。なるほど、地番別のPDFファイルがあるな……。ここの住所だと……、ここか」
「そう。それがこの地域での、ゴミ回収のスケジュールよ。燃やすごみは毎週月・木曜、資源ごみは毎週水曜、陶器・ガラス・金属ごみは第2・第4金曜。最低限これ位は覚えてね」
 そこで沙織が溜め息を吐くと、真由美が容赦なく言いつけてくる。

「《資源・ごみの分け方、出し方》と《資源・ごみ品目一覧》も頭に入れておかないと話にならないから、きちんと熟読しておきなさい。これからは、毎週日曜にテストするからそのつもりでね」
 その宣言に、友之は思わず顔を上げて母親の顔を見やった。

「日曜って……、まさか明日からじゃないよな?」
「当然明日からよ。実際に仕分けしてもらうわ。まだ若いんだから、一晩あれば頭に入れられるわよね?」
「…………」
 自分の顔が強張っているのを友之が自覚していると、彼を半ば無視して女二人が相談を始める。

「あと、洗濯の仕方も怪しいですよね。乾燥機付きの全自動だから、取り敢えず突っ込んで洗剤を入れてセットすれば完了とか思っていそうです」
「本当にそうね。洗濯種別表示タグの確認テストもするべきだと思うわ。アイロンの温度設定とか、かけ方もね」
「覚えてもらわないといけない事が、色々と出てきましたね」
「これからも色々出てくるでしょうね。でもそれだけ教え甲斐があるわ。沙織さんも気がついた事があれは、遠慮なくその都度言って頂戴」
「了解しました」
 大真面目に自分の再教育内容について議論を交わしている妻と母親を見て、友之は諦めの表情で溜め息を吐く。そんな息子に、義則が憐憫の視線を向けていた。


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