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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(94)よろず相談受付窓口

 久しぶりに由良に声をかけ、一緒に夕食を食べる為にイタリアンレストランに出向いた沙織は、席に着いて注文を済ませた直後、正面に座っている友人がいきなり核心を突いてきた事に、少なからず動揺した。
「それで? 今付き合ってる男って、どんな男なの?」
「……どうしていきなり、男の話になるのよ?」
 盛大に顔を引き攣らせながらも、何とか平静を装った沙織だったが、由良は素っ気なく話を続ける。


「だって沙織から、『ちょっと相談したい事があるから、一緒に夕飯を食べに行かない?』なんて言われたら、プライベートでのかなり面倒な話だと思うもの。現に、あんたから相談を持ちかけられた事なんて、これまでに片手の指を数えるほどしか無いわよ?」
「そうだった?」
「そうなの。それで? 以前、勘違いストーカー野郎に付きまとわれた事は知っているけど、今度はかなりの借金持ちだったとか?」
 渋面になった由良に問われた沙織は、溜め息を吐いてから打ち明けた。


「借金は無いけどね……。最近、ちょっとした事で喧嘩したのよ」
「へえ? それで?」
「それで、って……。だから、それからちょっと気まずい状態が続いていて、どうしたものかと」
「え? 相手は松原工業の社員なの?」
 ここで由良がちょっと驚いたように自分の台詞を遮った事で、沙織は再び動揺した。


「……どうして相手が、同じ社内の人間になるのよ?」
「だって普段接点がないなら、会いに行こうとしなければ顔を合わせないし、気まずい状態が続くわけないじゃない。つまり、日常的に顔を合わせる可能性があるって事でしょう?」
 その説明を聞いて(それもそうか)と納得したものの、今の段階で友之との事を告白する覚悟は無かった沙織は、かなり強引に話を進めた。


「それはともかくどうしたものかと思って、ちょっと由良に話を聞いて貰いたかったのよ」
「どうにかしたいんだ……」
「え? どういう意味?」
 相手についてしつこく追及されたら困ると思って身構えたものの、由良は意外そうに呟いただけであり、沙織は完全に意表を衝かれた。そんな彼女に、由良が真顔で説明を加える。


「だってこれまでの沙織だったら、喧嘩した時点で愛想を尽かして別れているよね? もしくは喧嘩する間も無く、あっさり冷めて別れるとか」
「…………」
 過去を振り返り、全く反論できなかった沙織は無言で肯定し、由良は平然と話を続ける。


「そんな微妙な顔をしないで。良い傾向じゃない。その相手とは喧嘩をしたけど、仲直りしたいって思っているわけでしょう? それだけ特別だって事よね?」
「それは……、まあ、そうね」
「お互いに頭を下げれば、それで済む話だと思うけど。まあ、詳細が分からないから無責任な事も言えないし……。沙織だって喧嘩の内容を、根掘り葉掘り聞かれたくは無いでしょう?」
「それはそうだけど……」
 そこで由良は少し考え込んでから、唐突に問いを発した。


「ところで、沙織とその相手双方と知り合いで、二人が付き合っている事を知っていて、第三者的な立場から意見してくれそうな人って誰もいないの?」
 それに真顔で考え込んだ沙織の脳裏に、兄の顔が思い浮かぶ。


「第三者的に、公平な判断はできないかもしれないけど……。双方の知り合いならいるわ」
「それならその人に相談してみて、冷静な判断をして貰った上で、仲直りの仲介をして貰ったら? 頭を下げる気、あるのよね?」
 苦笑いで確認を入れてきた由良に、沙織は多少ばつが悪そうに答えた。


「それはまあ……、私にも多少の非はあるし」
「それなら、この話はこれでおしまい。せっかくだから、楽しく食べましょうよ」
「それもそうね」
 そこでちょうど注文した料理が運ばれてきた為、二人はそれに手を伸ばしながらあっさりと雑談に移行した。


「しかし沙織にも、とうとう運命の人が現れたか……。やっぱり私と吉村さんの出合いも、運命よね?」
「それはちょっと分からないけど」
(豊に知られたら絶対お説教されるとは思うけど、どうにも引っ込みがつかないし。この際、思い切って相談してみよう)
 そんな風に沙織は腹をくくったが、彼女が相談を持ちかける前に、豊は他の人物から同様の話を聞かされていた。


「はぁ……、なるほど。そういう事でしたか。このところ親父が社内で顔を会わせる度に、妙に機嫌が良かった理由が漸く分かりました」
 自宅で夫婦二人で寛いでいるところにかかってきた電話に豊は何気なく応答したものの、内容が内容だけに開始早々に渋面になった。そして電話越しに一通りの事情を説明をした後、豊がしみじみと語った内容を聞いた友之が、少々意外に思いながら問いかける。


「沙織がお義父さんのマンションにいる事が、豊さんには伝わっていませんでしたか?」
「ええ、全く。俺の耳に入れたら『さっさと沙織を返せ』と、説教されるとでも思ったんでしょう。今すぐ親父のマンションに押し掛けて、父娘おやこ纏めて説教したいのはやまやまですが……。そちらのお母さんに勧められた結果とあっては、一方的に叱りつけるのもどうかと思いますし」
「申し訳ありません。母が必要以上に事を大きくしてしまいまして」
 無意識に友之が頭を下げると、電話越しに豊の笑いを含んだ声が伝わる。


「それはおとなしく従った、沙織の責任でしょう。とにかく友之さんの、改めて謝罪したいという気持ちは分かりましたので、親父と沙織は俺が引っ張り出します」
「ご迷惑おかけします。宜しくお願いします」
「その席で、親父が多少ごねるかもしれませんが、おとなしくさせるネタを準備しておきますからご安心ください」
「重ね重ね、申し訳ありません。お手数おかけします」
 事実婚報告時の事もあり、友之はもう本当にこの年下の義兄に頭が上がらない気持ちになりながら、通話を終わらせた。


「友之さん、相当困っているみたいね」
 話が終わったのを見て取った柚希が夫に声をかけると、豊が苦笑しながらそれに応じた。


「正直に言えば、けしからんと腹を立てるところだが、沙織が泣きつくより先に連絡してきたから、減点1だけにしておいてやるつもりだ」
「あら、それなら沙織さんの方が先に豊に泣きついてきたら、どうなっていたの?」
「減点10だな」
「うわぁ、一気に挽回の難易度が上がるところだったわね」
 くすくすと柚希が笑ったところで、たった今通話を終わらせた豊のスマホが着信を知らせた。それに視線を落とした豊が発信者名を確認し、僅かに驚いた表情になりながら呟く。


「うん? 噂をすれば影だ」
「まさか沙織さん? 友之さん、本当に滑り込みセーフだったわね」
「滑り込みだろうが、セーフはセーフだからな」
 柚希もそのタイミングに目を見張ったが、豊は苦笑いしながらそれに応答した。


「おう。沙織、どうした? 友之さんと喧嘩なんかしていないだろうな?」
 その軽口に、沙織の不機嫌そうな声が返ってくる。
「人が悪いわね。和洋さんから聞いていないの?」
「何の事だ?」
「実は……。私、今、和洋さんのマンションで生活しているんだけど……」
「は? 社内ではピンピンしていたが、親父が倒れたか何かしたのか?」
 豊がとぼけていると、沙織がものすごく懐疑的な声音で念を押してくる。


「本当に和洋さんから、何も聞いていないわけ?」
「だから、何の事を言っているんだ、お前は?」
「その……、友之さんとちょっと気まずくなって……、実は今、松原の家を出ている真っ最中なんだけど……」
 かなり言いにくそうに沙織が口にした途端、豊は(友之さんに泣き付かれて知ってるさ)などと余計な事は言わず、電話越しに妹に凄んでみせた。


「あぁ? 沙織、お前今、何て言った? もう一回言ってみろ」
「だから、その……」
 沙織の弁解じみた話を聞きながら、豊が時折厳しいコメントをしているのを見た柚希は、「豊って、意外に演技派だったのね。知らなかったわ」と囁きながら、必死に笑いを堪えていた。


「全く、世話の焼ける」
 通話を終わらせた豊が溜め息を吐いていると、柚希が苦笑しながら尋ねてくる。
「仲裁、頑張ってね。それから、お義父さんを黙らせるネタって何?」
「多分、親父のデスクかパソコンに入っている情報。柚希、ちょっと一働きしてくれ」
 それを聞いた途端、今度は柚希が嫌そうな顔になった。


「……お義父さんに知られないように、何の情報を抜き出せっていうの?」
「大丈夫だ。極めてプライベートな情報だから」
 益々怪訝な顔になった妻に豊は笑いながら説明し、柚希はそれを聞き終えるなり溜め息を一つ吐いてから早速行動に移った。



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