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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(70)結婚式の真相

 グアム滞在、二日目の午後。
 準備の段階で多少のすったもんだはあったものの、予定通り結婚式の開始時刻を迎えた二人は、白を基調としたタキシードとウェディングドレスに身を包み、チャペルの出入り口前に立っていた。


「それでは新郎様、新婦様。一礼してご入場ください」
 坂崎の声がけと同時に、チャペルの内側からドアが引き開けられ、二人の視界が広がった。友之の左腕に沙織が右手をかけた状態で二人は正面を向いたまま軽く一礼し、電子オルガンのメロディーが静かにチャペル内に響く中、牧師が控えている祭壇に向かって、真っ白なバージンロードをゆっくり慎重に進み始める。


(昨日、見学させて貰ったけど、飾り付けた状態だと一層素敵に見える。このコーディネートは流石ね。プロの仕事だわ)
 正面の壁は全面ガラス張りであり、広い海原と雲一つ無い空の微妙に色調の異なる青が、白い窓枠に囲まれて鮮やかさが際立っていた。
 対するチャペル内の床やベンチの木目が美しく光り輝き、それを白を基調とした花々やリボンを用いて上品に飾り付けてあるのを見た沙織は、心の中でこれを整えたであろうスタッフに、歩きながら賛辞を贈る。


(他の人の結婚式とか披露宴の類を見て、今までは自己満足とか虚栄心を満たすだけのイベントだと、内心で思っていたけど……。ちょっと……、ううん、結構考えを改める事になりそうだわ)
 そして祭壇まで進み、牧師が厳かに二人に対する祝いの言葉を述べ始めてから、沙織が隣に立つ友之のだけぎりぎり聞こえる声量で呼びかけた。


「……友之さん」
「どうした?」
 対する友之も、目の前の牧師に失礼の無いように、視線を前に向けたまま囁き返す。
「私、他の人と比べて、感動が薄いと言うか何と言うか……。卒業式とか合格発表とか友人の結婚式とかでも、今まで一度も泣いた事が無いんだけど……」
「それで?」
「『ハレの日』ってこういう事だと、初めて実感できたかも」
 その台詞に、友之が思わず視線を沙織に向けると、彼女が少々照れくさそうに笑っているのを認めて、自身も表情を緩めた。


「そう思えたなら、良かった。提案してくれた豊さんの所に、報告がてらお礼に行かないとな」
「手配してくれた、柏木さんの所にもね」
「ああ、そうだな」
 二人が笑顔で小さく頷き合ったところで、牧師から声がかけられる。


「I'd like both of you to utter a vow. Repeat after me」
 それを受けて沙織達が了承の返事の代わりに小さく頷くと、牧師は友之と視線を合わせながら、厳かに誓いの言葉を口にした。


「I, Tomoyuki, take Saori as my wife, in sickness and in health through good times and bad」
「I, Tomoyuki, take Saori as my wife, in sickness and in health through good times and bad」
 次に牧師は、沙織に向き直る。


「I, Saori, take Tomoyuki as my husband, in richness and in poorness until death do us part」
「I, Saori, take Tomoyuki as my husband, in richness and in poorness until death do us part」
 そこで牧師は満足そうに頷き、次いで二人を交互に眺めながら最後の誓いの言葉を述べた。


「We vow to establish a happy home together as husband and wife in the presence of God」
「We vow to establish a happy home together as husband and wife in the presence of God」
「You may kiss the bride」
 そう促された二人は向かい合い、軽くキスした後に結婚証明書への署名を済ませる。 


「Now I'd like you to meet Mr. and Mrs. Matsubara」
 そして署名を確認した牧師のその宣言で、正式な意味合いでの二人の挙式は無事終了したが、当事者達は全く預かり知らぬ事ながら、その一部始終を同じホテルの一室で密かにスクリーンに映し出し、満足げに眺めている夫婦が存在していた。


「こっそり挙式前にあのチャペルを見学させて貰ったけど、実際にお式を挙げているところを見ても、やっぱり素敵ねぇ……。勿論、友之と沙織さんの晴れ姿の方が素敵だけど」
「今回は私達の我が儘で、現地のスタッフの方々にお手数をかけて、申し訳ありませんでした」
 惚れ惚れとしながら感想を述べる真由美の隣で、義則が壁際に控えていた長野に軽く頭を下げると、彼女は笑顔のまま落ち着き払って答えた。


「とんでもございません、お父様。色々なご事情で挙式に参列できないというご親族様は偶にいらっしゃいますし、元々機材を入れてお式を撮影しておりますから。それを中継する事など、大した手間ではございません。以前にも余命いくばくもない入院中のお祖父様に、是非とも式次第をリアルタイムでご覧になって貰いたいとのご要望があり、日本の病室での中継手配を調えた事もございます」 
「まあ……、それは大変でしたわね」
「お式をされるカップルの数だけ、様々なご事情がございます。そんな皆様の晴れの日をプロデュースして最高の状態に仕上げるのが、私達プロの仕事ですから」
「本当に立派なお仕事だわ」
「ありがとうございます」
 感心したように告げた真由美に、長野は笑顔で礼を述べた。しかしここで彼女が、真由美達に同情する口調で言い出す。


「それにしても……。ご結婚に反対されている新婦様側のご親族に遠慮されて、せっかくのお式に立ち合え無かったのは残念でございましたね。しかも向こう様を余計に怒らせないように、ご本人様達にも知らせずに、こっそりとご覧になるなんて……」
「先方の気持ちも理解できますので。結婚前に、愚息が先方を大層怒らせてしまいましたから」
 そういう設定で、こっそりリアルタイムで挙式を見守るという口実を作った義則は苦笑いで応じたが、それを聞いた彼女は力強く請け負った。


「確かに残念な事ではありますが、未だにご結婚に反対されておられるという、新婦様側のご親族にも安心してご納得いただけるように、式の一部始終を最高のクオリティで編集致しますわ」
「頼もしいわ。お願いしますね」
「お任せください。既に昨日から、事前にお母様からお伺いしましたリクエストを踏まえたお二人の画像や写真を、色々と撮影しておりますので」
「嬉しい、本当に? 友之はともかく沙織さんは、少し恥ずかしがるかもしれないと思っていたのだけど」
「新郎様が新婦様を言葉巧みに丸め込、いえ、ご説得されまして滞りなく」
「それなら良かったわ」
(本当に、妻と息子が迷惑をかけてすまんな。沙織さん)
 女二人がにこやかに会話している横で、義則は沙織に深く同情し、心の中で謝罪した。すると相変わらず、うっとりとした表情でスクリーンを眺めながら、真由美が独り言のように言い出す。


「それにしても、やっぱり素敵ねぇ……。こういう所で、式を挙げてみたかったわ」
「挙げてみるか?」
「あなた?」
 唐突に口を挟んできた夫に真由美が訝しげに視線を向けると、義則はまるで悪戯が成功した時のような笑みを浮かべながら、真由美にとって予想外の事を言い出した。


「ここの式場の事を調べたら、随分お前好みの所だというのが分かったから、明日の夕方からの時間を押さえて貰ってあるんだ。お前さえ良ければ今日、友之達の式が終わって着替えを済ませたら、入れ替わりにブライダルコーナーに行って、レンタルするドレスを選ばないか?」
「え!? それは本当!?」
 驚愕した真由美が長野を振り返ると、彼女は満面の笑みで頷く。


「はい。実は奥様には内密に、ご主人様からご要望を承っております。あのチャペルは海に沈む夕陽が見られますので、日没前後の時間帯はなかなかロマンチックなシチュエーションですよ?」
 その説明を聞いた真由美は嬉々として夫に向き直り、興奮気味に礼を述べた。


「嬉しい! 勿論するわ! ありがとう、あなた! 昔から、あなたのそういう如才が無いところが大好きよ!」
「私も、君のそういう可愛いところが、昔から大好きだよ?」
 それからは息子夫婦の結婚式そっちのけで盛り上がっている二人を、長野は苦笑しながら眺める羽目になった。


(このお二人、本当に理想的な、仲の良い熟年カップルよね……。私も、こんな年の重ね方をしたいものだわ。お二人にご満足いただけるように、頑張らないとね)
 そんな事を考えながら、彼女は精一杯顧客のリクエストに応えるべく奔走する事を、改めて自分自身に誓った。


 ※※※


 疾風怒濤のグアム滞在、三日目の夕刻。
 日中に残っていた撮影と、買い物を兼ねたちょっとした観光を済ませた沙織達は、ホテル内のオーシャンビューレストランの窓際の席で、沈む夕陽を眺めながらディナーを食べていた。


「本当に夕陽が綺麗……。思わず見入っちゃうわ」
 食事の手を止めて沙織がしみじみと呟くと、正方形のテーブルで斜め前に座り、同様に目の前のガラス張りの壁の向こうに広がる光景を眺めていた友之が、相槌を打つ。


「本当にそうだな。沙織がドレスを合わせている時に坂崎さんから聞いたが、あのチャペルで日没の時間帯に挙式するカップルもいるそうだ。昼間とはまた違った趣で、人気があるらしいな」
「確かに、海に沈む夕陽を眺めながらの挙式も、素敵でしょうね……。なんだかもう一度、式を挙げてみたくなったかも」
「こら、何度結婚する気だ?」
「友之さんと、離婚と結婚を繰り返すとか」
「本当にろくでもないな」
 軽口を叩いた沙織に友之が苦笑いしていると、ふと斜め下に視線を向けた彼女が促してきた。


「あ、友之さん。あのチャペルを見て」
「どうした?」
「さっきまで実際に、式を挙げていたカップルがいたみたい。チャペルから出てきたところよ」
 それを受けてホテルの敷地の端にあるチャペルに視線を向けた友之が、出入り口からホテル内に向かって歩いている、複数の人物を認める。


「本当だ。ここからだと少し距離があるから、どんな人達なのかは分からないが、俺達と同じく参列者が皆無で、新郎新婦とスタッフだけの挙式だったみたいだな」
「海外で挙式となると、参列者の渡航費用も馬鹿になりませんし。当人だけの挙式って、意外に多いみたいですね」
「そうだな。だからビデオや写真の撮影プランが、充実しているんだろうし。帰国したらお互いの家族に披露する日程を、調整しないとな」
「ええ。早めに決めましょうね。矢の催促がくると思うし。特に和洋さんから」
「違いない」
 そこで笑い合った二人は、先ほど見かけたカップルの事から、次の話題に移った。
 それからゆっくりと小一時間かけてコース料理を食べ終えた二人は、満足しながらレストランを出て、自分達の部屋に向かって歩き出した。


「本当にロケーションは抜群だったし、料理もワインも美味しかったわ」
「満足できたか?」
「勿論。明日は帰国するけど、今日のうちにお土産も見繕ったし。後はチェックアウトまで、のんびりと過ごしましょうね」
「そうだな……」
 そこでどこかに視線を向けながら足を止めた友之に、沙織が訝しげに声をかけた。
「友之さん?」
 すると、それで我に返ったらしい彼は、取って付けたように弁解してくる。


「あ、ああ、すまない。何だか見たことがあるような人を、見かけたような気がしたから……」
「すっきりしない物言いだけど、日本人観光客も多いし、見たことがあるような人はそれなりに見かけるんじゃない?」
「それはそうだな。行くか」
 沙織が首を傾げると、友之は先程自分が眺めていた方に再度視線を向けてから、沙織を促して何事も無かったように歩き出した。
 そして二人の姿がホールから完全に見えなくなってから、友之と視線が合ったと思った瞬間、急いで物陰に姿を隠していた義則と真由美が、慎重に周囲を見回しながら出て来る。


「危なかったな。一瞬、見つかったかと思った」
「こっちに来てから、初めてのニアミスね。だけど見つかったら見つかったで、『予定変更を思い立ったら、偶々同じホテルが取れた』と言えば良いわよ」
「そんな弁解にもならん事を、友之が受け入れるわけは無いだろう。絶対怒るし、沙織さんには呆れられると思うぞ?」
 完全に開き直った台詞を口にする妻を、義則は半ば呆れながら窘めたが、真由美は平然と言葉を返した。


「そんなに心配しなくて大丈夫よ。これだけ大きいホテルなんだから、そうそう出くわす事は無いと言ったでしょう? どっちも朝食はルームサービスにしているし、スタッフから予定スケジュールを横流しして貰って、今初めて姿を見かけた位だもの」
「同じホテルに既に二泊しているのに、本当に奇跡的だな……」
「さあ、私達も食べましょう。行くわよ?」
「ああ」
 無事に挙式を済ませ、普段着に着替えてからこちらに出向いていた二人は、沙織達とは入れ違いに同じレストランに入り、同じコース料理を味わいながら充実した時間を過ごした。


 ※※※


「父さん達は、まだ戻っていないみたいだな」
「本当にゆっくりしているみたい。今のうちに室内を暖めて、お風呂も沸かしちゃいましょう」
「そうだな。洗濯物も出しておくか」
 出発時と同様に結構な距離をタクシーに乗り、自宅の門前で降り立った二人は、既に周囲が暗くなっているにも関わらず、防犯用の照明しか点いていない自宅を見て相談した。そして家の中に入ってから分担して動き回り、三十分後にはリビングのソファーに落ち着いて旅行中の事などを話し合っていると、義則と真由美が帰宅する。


「ただいま。二人とも、もう戻っていたんだな」
「ごめんなさいね。のんびりしていて、戻るのがすっかり遅くなっちゃったわ」
「楽しんで来れたのなら、良かったじゃないか。俺達も一時間位前に帰って来たばかりだし、大差は無いさ」
「お二人とも、取り敢えずお茶をどうぞ」
 荷物を玄関に置いたままリビングに顔を出した両親を、友之は笑顔で出迎えた。加えて、門の向こうで車が停まる音を聞いて、義則達が乗っているタクシーだろうと見当をつけた沙織が、淹れておいたお茶を出すと、二人は笑顔で礼を述べながらソファーに収まる。


「ああ、ありがとう」
「いただくわ。家に帰って来たって気がするわね」
「お二人とも、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
 お茶を出してから二人の向かい側に座った沙織が、年が明けてから初めて顔を合わせた二人に新年の挨拶をすると、真由美達も笑顔で応じる。


「こちらこそ宜しく」
「今年も、良い一年を過ごせると良いわね」
「本当にそうだな。後でお土産を渡すよ。土産話もあるし」
「こっちはずっと旅館や温泉街でのんびりしていて、大して目新しい話は無いからな。明日まで休みだし、お前達の話をゆっくり聞かせて貰うとするか」
「そうね。楽しみにしていたのよ?」
 にこやかに両親が告げてくる内容を聞いて、友之は(向こうで父さん達を見かけた気がしたが、やはり他人の空似だったか)と自分自身を納得させた。
 それから暫くの間、友之は問われるまま旅行中の事を沙織と共に語って聞かせ、義則達は笑顔のままその話に聞き入っていた。



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