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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(61)第2ラウンド

「沙織からのお誘いだから、今日は朝から落ち着かなくて顔が緩んでいてな! 秘書に一日中、変な顔をされてしまったよ!」
「……そうなの。秘書さんに、変な気を遣わせてしまったかもね」
 某所で待ち合わせをしてから二人で料亭の門をくぐった時点では、和洋の機嫌は最高潮だった。そんな父親の姿を見て後ろめたさ全開の沙織は、微妙に彼から視線を逸らしながら、小さく相槌を打つ。


「今日の支払いは俺がするから! 好きなだけ飲んで、食べて良いからな!」
「今日は一応こちらから呼び出したし、私達・・が支払いをするから」
「そんな遠慮なんかしなくて良いんだぞ? 太っ腹なお父さんに、ドーンと任せなさい!」
「……それどころじゃ無くなりそうだけど」
 料亭に入り、担当の中居に先導されて廊下を進んでからも、和洋のテンションは上がる一方だった。そこでさり気なく沙織が自分達以外の参加者について言及してみたものの、あっさりスルーされて思わず溜め息を吐く。


「うん? 沙織、今何か言ったか?」
「できれば今日は最後まで、気持ち良く飲んで食べて欲しいなと思って」
「勿論、楽しく飲んで食べるぞ? 沙織と一緒なんだからな!」
「どう考えても無理よね……」
 同席する人物について正直に告げた場合、出向いて来ない可能性も考えられた為、和洋には秘密にしていたが、沙織は早くもその事を後悔し始めていた。


「こちらでございます」
 そこで押さえてある個室に到着し、出入り口を指し示した中居に、沙織は頷いて声をかけた。


「ご苦労様です。すぐにお酒と料理を運んで貰えますか?」
「はい、お連れ様からもそう伺っておりますので、お客様のご到着と同時に準備させております」
「連れ?」
「さあ、和洋さん、入って入って!」
「あ、ああ……」
 笑顔で頷いた中居が静かに襖を開けるのを見ながら、和洋が怪訝な顔になったが、そんな彼の背中を押しながら沙織が一緒に室内に入る。そこで予想外の人物の姿を認めた和洋は、一気に顔付きを険しくした。


「お久しぶりです、一之瀬さん」
「やあ、親父。五時間ぶり」
「……どうしてお前達がここに居る」
 大きな座卓越しに、向かい合って座っている友之と豊から声をかけられた和洋は、二人に凄んでみせた。それで否応なく緊張を増幅させた友之に代わり、豊が疲れたように父親と妹を促す。


「取り敢えず店に迷惑だから、喚き散らさずに座れよ。沙織、お前もだ」
「そうね」
「…………」
 そして友之の隣に沙織が、豊の隣に和洋が座ると同時に、先程とは別の中居達がやって来て、手際良く酒や料理の皿を座卓に並べ始める。その間、四人は無言を貫いていたが、彼女達が一礼して部屋を出て行ってから、豊が手酌で酒をグラスに注ぎながら告げた。


「それじゃあ、ひとまず乾杯といくか」
「止めろ。とにかく、この茶番の説明をして貰うぞ」
「それでは、若い俺達の明るい未来に、カンパ~イ」
「豊! 俺を無視するな!」
 恫喝した父親を丸無視しながら明るい表情で乾杯の動作をし、さっさと一人で飲み始めた豊を見て、場を和ませる為か単に面白がっているだけか、咄嗟に判別できなかった友之は、息子に食ってかかっている和洋を横目で見ながら沙織に囁いた。


「……お兄さん、結構いい性格をしているんだな」
「そうですね。『性格がいい』のと『いい性格をしている』では、かなりニュアンスが違う事は確かですね」
 早くも頭痛を覚え始めた沙織だったが、ここで真顔になった豊が軌道修正を図った。


「それじゃあ、ふざけるのはここまでにして、真面目な話に移ろうか。今日はそっちの二人から親父に報告があるから、この場を設けたんだ」
「報告だと?」
「はい」
 親の敵を見るかのように睨まれた友之だったが、全く動じずに相手を見返しながら、徐に話し出した。


「一之瀬さん、本日はお出でいただきありがとうございます。この度、私と沙織は結婚する事になりましたので、一之瀬さんにもそのご報告を」
「結婚だと!? 貴様と沙織が? ふざけるな!! セクハラパワハラ野郎との結婚なんぞ、誰が許すか!」
 友之の口上を遮りながら和洋が激高して座卓を拳で叩いた為、沙織が冷静に口を挟んだ。


「和洋さん、まだ友之さんの話が終わって無いんだけど」
「だが沙織!」
「それに、許すも許さないも無いわよね? 何を喚いているのよ。営業妨害よ?」
「……え?」
「だって私はれっきとした成人だから、結婚するのに親の同意なんか必要無いし、そもそも和洋さんとは親子でも無いし。でも友之さんが『お母さんには話をして、和洋さんに挨拶しないと言うのはどうだろうか』って気にしているから、わざわざ時間を取ったんだけど」
「…………」
 僅かに顔を顰めながら沙織が淡々と告げると、それを聞いた和洋の顔から表情が抜け落ち、豊と友之は彼女の容赦の無さに揃って頭を抱えた。


「うわ……、ちょっと待て沙織」
「幾ら本当の事でも、そこまでストレートに言わなくとも……」
 そこで無言で蒼白になっていた和洋は、何やら振り絞るように声を出した。


「………さっ」
「さ? 何?」
 首を傾げながら不思議そうに問い返した沙織の視線の先で、和洋がいきなり号泣した。


「ざっ、ざおりぢゃあぁぁ~ん! ひどいよおぅ~っ! おとうざん、ないぢうよぉお~っ!」
「……もう泣いてるし」
 うんざりしながら沙織が溜め息を吐き、さすがに放置できなかった友之と豊が声をかける。


「あの、お父さん? 少し落ち着いてください」
「沙織。親父は対外的にはともかく、家族に対しては精神的に脆いんだから、あまりストレートに口にするな」
「そうね。よくよく考えてみれば、戸籍謄本になら父親の名前は載って……。あれ? そこら辺、どうだったかな? 豊、覚えてる?」
「ふおぉうお~っ!」
 そこで沙織は本気で首を傾げて考え込み、そんな娘の反応を見た和洋は、座卓に突っ伏して更に泣き叫んだ。そんな状況下、豊は横から手を伸ばして倒したりひっくり返しそうな食器を父親から離しながら、妹に呆れ顔を向ける。


「沙織……。お前、それでフォローしたつもりなのか?」
「だってずっと離れて暮らしていたのに、父親面で人の結婚相手にケチをつけるのはどうかと思うわ。私の判断まで貶しているのと同じ事よね?」
「うぉおぉ~ん!」
「それは確かにそうだが……」
 ここで渋面になった豊に代わって、友之がやんわりと言い聞かせる。


「沙織。まだ結婚の報告だけだが、詳細を聞いたらふざけるなと罵倒されても仕方が無い訳だから、お父さんにあまりきつい言い方をしないでくれ」
「そう言われても……」
「ちょと待て。聞き捨てならん。『罵倒されても仕方がない』だと? どういう事だ? 貴様、俺の娘に何をした?」
(気持ちの切り替えが早いな。さすがは沙織の父親。しかも威圧感が半端じゃないぞ)
 自分の台詞を耳にした途端、瞬時に泣き止んで怨念の籠もった眼で睨み付けてきた和洋を見て、友之は思わず感心してしまった。そこで気合いを入れ直し、話の口火を切る。


「私達の結婚ですが、通常の入籍の形は取らず、事実婚の形になります」
「はぁ? 事実婚だと?」
「はい。それで既に私の両親には了承を得ておりますが、沙織のご親族にもご説明しておくべきかと思いまして」
「何をふざけた事を抜かす!! 冗談じゃないぞ! 俺の娘とまともに結婚しないと言う気か!?」
「いえ、ですから」
 般若の形相で座卓を叩きながら中腰になった和洋に対して、友之が話を続けようとしたが、ここで豊が厳しい口調で父親を制した。


「親父、黙れ。そしてきちんと座れ」
「黙るのはお前の方だ、豊!」
「キレるのは勝手だがな。沙織は母さんに説明しておけば良いだろうと言っていたのを、松原さんがやはり父親である親父にも話をしておくべきだろうと判断して、わざわざこの場を設けたんだぞ? その上で彼の話を聞かないとかほざくなら、今後一切親父が親族付き合いするつもりが無いと先方に判断されるが、本当にそれでも良いのか?」
「……っ!」
 口調は穏やかながらも眼光鋭く睨み付けられた和洋は、呆れ顔の沙織と困惑顔の友之を見て、悔しそうに歯軋りした。しかしここで喚いても何の徳にもならないと判断できた彼は、仏頂面で元通り腰を下ろす。それを確認した豊は安堵の表情になりながら、友之に向かって軽く頭を下げた。


「父がお騒がせしました。始めてください」
「それでは説明させていただきます」
 仕切り直してくれた豊に改めて感謝しながら、友之は落ち着き払って自分達の状況についての説明を始めた。
 そして一通り話して友之が口を閉ざしたタイミングで、それまで顔をしかめながらも黙って耳を傾けていた和洋が、面白くなさそうに言い出した。


「それでは、沙織が今の職場で従来通り働く為に、そういう形を取る必要があると言う事か。それをそちらのご両親も、納得していると?」
「はい。その通りです」
「職場にも内密のまま、ずっとそれを続けていられると思っているのか?」
「それは確かに仰る通り、定年退職するまで隠し通すのは、困難かと思います。いずれは明らかにしなければいけないでしょう。それでもその時には沙織の不利にならないように、最大限配慮します」
「……どうだかな」
「親父」
 鼻であしらうように応じた和洋を、豊が鋭く叱責する。しかしそんな事で恐れ入る和洋では無く、仏頂面のまま質問を続けた。


「それでは、結婚式はどうする気だ? 社内の人間は呼べないだろうし、親族だけでするつもりか?」
「結婚式? 別にしなくても良いわよね?」
「……え?」
「はぁ?」
「何だと!?」
 和洋の問いかけに沙織がさらりと答えた内容を耳にした男三人は目を丸くした。中でも和洋は再び怒気を露わにしながら、友之を詰問する。


「貴様! 沙織とまともに結婚しない上に、まともに式も挙げないつもりか!? ふざけるな!!」
「いえ、そういうつもりでは……。沙織。確かにこれまで日程とか形式とかを全く話し合っていなかったが、俺としては身内だけでもきちんとするつもりでいたんだが?」
 友之自身も少々動揺しながら尋ねると、沙織が渋面になりながら答える。


「だって考えているうちに、色々面倒くさくなってきて。最近は挙式しない夫婦の割合が、以前と比べて高くなっているって聞いたし、別に良いんじゃない?」
「それは確かに、そうかもしれないが……」
「そうだよな……。お前は小さい頃から、ウエディングドレスとかハネムーンとかに、夢も希望も持って無かったよな……」
 友之が唖然とし、豊が幼少期の沙織を思い返して遠い目をする中、和洋が悲壮な声を上げた。


「沙織! それならバージンロードはどうなるんだ!?」
 その叫びを聞いた沙織は、本気で面食らった。


「はぁ? 何の事を言ってるの?」
「だから、チャペルでの結婚式の時に、新婦の父親が祭壇まで新婦をエスコートするだろう?」
「そうね。それが?」
「挙式しなかったら、それができないじゃないか!?」
「…………」
 その願望丸出しの訴えを聞いて豊と友之は揃って頭を抱え、沙織はしらけきった表情でそれを一刀両断した。


「そもそも神前式とか人前式とかだったら父親に付き添って貰う必要は無いし、どうして和洋さんの乙女チックな願望を満たす為に、私が結婚式を挙げないといけないのよ?」
「そんな……」
 既に涙目になっている和洋を、豊は心底哀れむ表情で見やった。


「親父は娘の結婚式に、色々夢を見過ぎだ……。他にも花嫁からの手紙とか花束贈呈とか、考えていたよな?」
「冗談じゃないわよ。和洋さんが介添え役なんてやったら、確実にお母さんが激怒して流血沙汰よ。断固却下」
「そんな!!」
「沙織、何もそこまで切り捨てなくても」
 沙織が冷たく断言した為、和洋が悲痛な声を上げた。さすがに同情した友之がここでやんわりと沙織を宥めようとしたが、彼女は盛大な溜め息を吐いてから、とある出来事について語り出す。


「友之さんには言って無かったけど、豊の披露宴の時、本当に大変だったのよ」
「すまん。あの時は本当に悪かった。他にも色々決める事があって、正直あそこまで気が回らなくて」
「うん、それは分かってるから。とにかく何とか間に合ったし」
「例の披露宴で、何かあったのか?」
 兄妹で何やら言い合っている内容について、友之が確認を入れてみると、沙織は疲労感を滲ませながら話し出した。


「会場の後方に新郎と新婦の親族席が設置されて、それぞれの丸テーブルに六つの席が作ってあったの。新郎側は両親、私と薫、母方の伯父夫婦の分ね」
「それで?」
「母は間違っても和洋さんと隣り合って座るわけは無いから、二人の間に私と薫が入ったのよ」
「それはまあ……、妥当だろうな」
「さて、ここで問題です。この場合の母と和洋さんの位置関係を端的に述べてください」
「は? 位置関係って……」
 いきなり真顔で問われた友之は、戸惑いながらも頭の中で思い描いた図の内容を口にしてみる。


「円形のテーブルに六人で、ご両親の間に沙織達だから……。二人は対角線上で、真正面……」
「正解です」
「…………」
 大真面目に断言された友之は無言になり、豊は深い溜め息を吐いた。


「何か嫌な予感がして、披露宴会場が開く前に中を見せて貰ったら、そんな有り様で……。慌ててホテルの人に頼んで、向かい側が見えない様にテーブル中央に花をもっさりと盛って貰ったんですよ」
「それで済んで良かったな」
「済みませんよ。そうなると母からは新婦側の親族席も見えなくなるから、新婦側親族控え室に出向いて『こういう訳で視界を遮っていますが、決して母がこちらの皆様を視界に入れたくないと言う事ではありませんから、ご容赦ください』と事情を説明して、頭を下げたのよ。柚希さんのご両親には『事情は分かりましたから、お気になさらず』『こちらがお母様のお考えを邪推してしまったせいで、ご迷惑おかけしております』と、却って恐縮されたわ」
 心底げっそりして当時の状況を語った沙織に、友之と豊は同情する眼差しを向けた。


「……本当に、大変だったらしいな」
「悪かった。本当に手間をかけさせた」
「真正面の席でも危険性が伴うのに、お母さんの目の前で、バージンロードで和洋さんと腕を組んで歩く? さっきも言ったけど『父親面するな!!』って激怒して、ライスシャワーじゃなくて血の雨が降る方に賭けるわ」
「もの凄く納得した。確かに無理そうだな」
「親父、潔く諦めろ」
「……ふぉうっうぅ」
 沈痛な面持ちで友之が頷き、和洋がむせび泣きを始めた。それを少しだけ困り顔で眺めてから、豊が沙織に向き直る。


「だがな、沙織。披露宴はともかく、やはり式は挙げておいた方が良いと思うぞ? 自己満足と言うのとは別に、気持ちに区切りをつける意味でな。それは時間と労力を費やしても、無駄ではないと思う」
「豊?」
「もういっその事、二人だけで挙式しても良いだろ。それを記録に残しておいて、改めて披露宴を開催する事になった時に、その映像を上映しても良いし。最近ではそういう海外ウエディングパックも多く出ているよな?」
「…………」
 驚いた友之と僅かに眉根を寄せた沙織が無言で視線を向ける中、豊は重ねて妹に言い聞かせた。


「お袋には先に報告して、比較的あっさりと了承は得たとは聞いているが、やはり色々心配していると思うぞ? それで懸念が払拭されるわけでは無いだろうが、多少は安心する材料にはなるかと思うし」
「分かった。検討事項には挙げておくから。これ以上のお説教はストップ」
「説教じゃないんだがな」
「はいはい、それなら忠告ね。謹んで拝聴させていただきました」
「本当に素直じゃない奴。松原さんのこれからの苦労がしのばれるぞ」
「ほっといて」
 そんな兄妹の会話に一区切りついたところで、豊は苦笑気味の顔を友之に向けた。


「それでは松原さん。大体の話は済んでいると思いますが、まだ補足説明する事はありますか?」
「はい、これからの住居の事など、少々」
 それを聞いた彼は、父親を半ば叱りつけながら促す。


「ほら、親父。まだ松原さんの話は終わってないんだから、いつまでも拗ねていないできちんと最後まで聞け」
「……ああ」
 それから和洋は最後まで面白く無さそうな顔で話を聞き、暴れたり罵声を浴びせる事もなく、ふてくされた様子ながらも豊に連れられておとなしく帰って行った。
 それを店の外で見送った沙織が、自身も歩き出しながら、独り言のように呟く。


「何だかこのまま豊の家に押しかけて、柚希さん相手に愚痴を零しそう……。後で様子を聞きながら謝らないと」
 それに横に並んで歩いていた友之が、即座に反応する。


「確かに、今回随分お世話になってしまったからな。ご都合を伺って、改めて豊さんの所に挨拶に行くか」
「そうですね」
「それにしても……、やっぱりお兄さんは苦労性らしいな」
「……幼少期から、色々鍛えられましたからね」
 しみじみとした口調で沙織と語り合った友之は、自分達に理解のある、近いうちに年下の義兄になる彼の存在を心強く思った。





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