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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(49)超法規的プレゼンテーション

 約束の時間少し前に、愛車を沙織のマンションの入口前に停めた友之は、既に荷物を手にして佇んでいた彼女を見て、窓越しに声をかけた。
「やあ、待たせたな。と言うか……、一泊なのに、荷物が妙に多くないか?」
 二、三泊分の荷物が楽に入りそうなスーツケースを見た友之が、思わず疑問を口にしたが、沙織はそれを一刀両断した。


「何を言ってるんですか。女の旅支度なんて、色々かさばるものだと相場が決まっています。あまり無粋な事は言わないで貰えますか?」
「それはすまん」
「とにかく、トランクを開けてください」
「ああ、今俺が入れるから。座っていてくれ」
「それはどうも」
 慌ててトランクのロックを外しながら外へ降り立った友之は、彼女からスーツケースを受け取って車の後部に向かった。


(沙織の性格からして、旅行時の手荷物なんか特に、シンプルに纏めるものと思っていたんだが……。単にちょうど良い大きさの物が無くて、大きめのスーツケースを使っているのか?)
 しかし持ち上げたそれが妙に重量感があり、友之は内心で益々疑問に思ったが、口には出さなかった。


「さあそれでは、景気良く飛ばして行きましょう!」
「そうだな……」
(何なんだろう、この妙に高いテンションは)
 運転席に座るなり、助手席から明るい掛け声をかけてきた沙織を訝しく思いながらも、友之は素直に目的地に向かって車を走らせて行った。


 それから疲れが溜まらない程度に休憩を取り、途中で一般道に下りてゆっくり昼食を取りながら、高速を走らせて四時間強。二人は三時直前に、目的の宿へと到着した。
 老舗旅館に相応しい広々とした玄関から入り、磨き込まれた廊下を進んだ沙織達は、奥まった場所にある離れの一角に案内される。


「うわぁ、庭が一望できる。素敵ね。それに露天風呂まで付いてる!」
「そちらの庭には部屋からは出られませんが、東側の庭は散策できますし、この宿の自慢の一つですの。宜しかったら後で、ご覧になってくださいませ」
「そうします」
 館内の説明をしながら、流れるような動きでお茶を淹れた仲居に、沙織も笑顔で相槌を打つ。


「それではご夕食まで、ごゆっくりお寛ぎください」
「お世話になります」
 恭しく一礼して仲居が部屋から出て行くと、沙織は早速添えてあったお茶請けに手を伸ばしつつ、満足そうにお茶を味わい始めた。


「やっぱり旅館のグレードに合った、良い茶葉を使ってるわ。美味しい。このお饅頭も、餡と皮の組み合わせが絶妙だし」
「あのな、沙織」
「ところで友之さん。お二人は遅い時間に旅館に入るから、夕食時に顔を合わせるという話でしたよね?」
 声をかけようとしたところでそれを遮られた友之だったが、特に文句などは口にせず、頷いて答えを返した。


「ああ。二人が取っている部屋は別だが、この部屋に纏めて夕食を運んでもらう手筈になっているから」
「因みに、旅館の浴衣でご挨拶しても、無礼だとか言って怒り出したりはしない方でしょうか?」
「二人とも基本的には大らかな人だし、そこら辺は気にしなくて良い。顔を合わせるまで、十分に時間はあるしな」
「よっし! じゃあお茶を飲んだら、早速ひとっぷろ浴びて来ようっと!」
 そう言って再び満面の笑みで饅頭を食べ続ける沙織に、友之は何とも言えない表情を向けた。
「……妙にリラックスしているな」
 しかしそれに沙織が、軽く首を傾げながら言い返す。


「どうして友之さんの方が、緊張しているように見えるんですか? やっぱり先に一度お風呂に入って、さっぱりしてきた方が良いですよ? 休みながら来ましたけど、やっぱり運転して疲れてません?」
「確かに多少、疲れたかもしれないが……」
「やっぱりそうですよね? 久しぶりに顔を合わせるのに、ぐったりしていたら相手にも悪いですよ。ゆっくりお風呂に入って、リラックスしてきましょう! 私、アロママッサージも予約して、お風呂上がりに受けてきますから。構わないですよね?」
 どうやら仲居から館内設備の説明を受けていた段階で、これからの予定を素早く組み立てていたらしい彼女に、友之は頷くしかなかった。


「ああ、好きにしろ」
「じゃあ、行って来ます! 鍵を一本持って行きますね!」
「分かった」
 そして備え付けの浴衣一式を持ち上げた沙織は早速行動に移り、広い続き間に一人取り残された友之は、思わず溜め息を吐いた。


(本当に、どうして俺の方が緊張しているんだ。普通逆だろう? 沙織が変に緊張していないのは良かったが、妙に機嫌が良いのが逆に気になって仕方がない)
 しかし考えていても仕方が無い為友之は立ち上がり、彼女同様備え付けの浴衣を持って大浴場へと向かった。


 そんなこんなで温泉を満喫しているうちに夕食前の時間になり、二人が部屋に戻って寛いでいると、内線の呼び出し音が鳴り響いた。その受話器を取った友之が相手と幾らか言葉を交わしてから、受話器を戻しつつ沙織を振り返る。


「フロントからで、二人が着いたそうだ。こちらの部屋を伝えて貰ったから、部屋に入って荷物を置いたら、すぐこちらに来るだろう」
「今更ですが、こちらからご挨拶に出向かなくて良かったんですか?」
「今回は客として、沙織を招いたわけだからな。ここに居てくれ」
「そう言われたら、仕方がありませんね」
 そんなやり取りをしているうちに、部屋の入口に設置されている呼び出しのチャイムが鳴り、二人揃って来訪した老夫婦を玄関で出迎える。


「やあ、お祖父さん、お祖母さん、久しぶり」
「おう、元気そうだな、友之」
「今日は初めて、あなたの彼女さんを紹介してくれるって言うから、楽しみにしていたのよ?」
 まず先に友之が挨拶をしてから、一歩下がっていた沙織を紹介した。


「ああ……、うん。母さんが、二人になんて言っていたのか若干不安だけど、彼女が関本沙織だよ」
「初めてお目にかかります、宜しくお願いします」
 そこで神妙に頭を下げた沙織を見て、年長者二人は相好を崩した。


「いやいや、堅苦しい挨拶は抜きで。私は友之の祖父で、松原孝男。連れ合いは静江だ」
「こんにちは。お会いできて嬉しいわ」
「とにかく、立ったままでは落ち着かないし、中に入ってくれ」
「ああ、そうだな」
 友之が二人を促し、四人で座卓を挟んで座ると、沙織が改めて挨拶した。


「それでは改めて、ご挨拶させて貰います。松原工業営業部第二課に所属しております、関本沙織です。こちらは些少ですが、真由美さんに二人のお好みをお尋ねして用意してみましたので、宜しかったらお受け取りください」
 そこですかさずさり気なく背後に置いてあったスーツケースから、包みを二つ取り出した沙織は、向かい側に座る二人に恭しくそれを差し出した。それを見た静江が、恐縮した様子で声を上げる。


「まあ! こちらの都合でわざわざ出向いて貰ったのに、お土産まで頂くなんて申し訳ないわ。ねぇ、あなた?」
「それはそうだが……。せっかく持って来て貰った物を、突き返すのも失礼だろう。ここはありがたく頂戴しよう」
「はい、どうぞお納めください」
 そんな風ににこやかに笑顔を振りまいている沙織と、夫婦は和やかに会話を始めたが、友之は何とも言い難い顔になった。


(土産を用意するとか、言って無かっただろうが? それにお祖母さん用の甘納豆は、確かにお気に入りの店の物だが、お祖父さん用の酒は、この前俺が渡した奴だよな? 堂々と流用するとは、沙織らしいと言えば沙織らしいが……)
 そして四人が揃って少しして、仲居によってお膳が運び込まれ、それを味わいながら沙織がお酌などもして、和気あいあいと夕食を食べ進めた。


(沙織の愛想が、良すぎるのが気になる。相当、お祖父さん達に気を遣っているのか……。後から反動がきそうだから、心しておかないとな)
 彼女からの八つ当たりを覚悟しながらも、友之は久しぶりに顔を合わせた祖父母と楽しく会話し、最後の水菓子まで食べ終えた。そして空になった食器を下げつつ、お茶を淹れた仲居がいなくなると、沙織がさり気なく話を切り出す。


「ところで松原さんは、今現在は松原工業の業務には全く関わっていらっしゃらないんですか?」
 その問いに、孝男は不思議そうに答えた。
「基本的にはそうなるが、それがどうかしたかな?」
「いえ、大した事では無いのですが……。私はそれほど話題が豊富では無いので、そろそろ仕事の話でもしてお茶を濁そうかと思いましたので。ただ松原さんがお仕事の話を好まれないなら、控えておこうと思ったものですから」
 神妙にそんなお伺いを立てた沙織だったが、それを聞いた孝男は破顔一笑した。


「何だ、そんな事か! 沙織さんは今までの会話でも、特に話題が偏っているとは思わなかったが、仕事の話をしたければ、話して結構! 寧ろ日常業務についての、率直な意見を聞かせて貰いたいぞ?」
 それを聞いた沙織は、一瞬不敵に口元を歪めてから、何食わぬ顔で話を続けた。


「それでは遠慮無く、日常業務に関しての話をさせて貰います。ご存知かとは思いますが、私が所属している営業二課は、主に精密工作機械を取り扱っております」
「そうだな。最近、景気はどうかな?」
「正直言って、あまり芳しくはありません。しかし新規顧客を開拓しつつ、常に契約数、売上高共に前年比増を達成しています」
「おう、頑張っているな」
 孝男は笑顔で相槌を打ったが、ここで沙織は僅かに顔を顰めながら愚痴っぽく訴えた。


「ですが最近、社内でゆゆしき事態が発生しておりまして……。対応に苦慮しております」
「ほう? 一体どうした」
「社内で、中小企業向けの精密工作機械の後継機開発を断念、それに伴いそれらの製造販売を徐々に縮小の後、終了しようとする動きが出ています」
「……何だと?」
(おい、ちょっと待て。どうして今、その話題が出る?)
 深刻そうな声で沙織がそう告げた途端、孝男の顔が険しい物になり、友之は内心で焦り始めた。しかし彼の心情など全く察する事無く、沙織が重々しい口調で話を続ける。


「確かに大型の重機や大量生産用の画一的な大規模システムを売れば利益は大きいですし、メンテナンス契約でも長期間の収入が見込めます。ですがだからと言って、製造現場で使っている機器の製造を、あっさり切り捨てて良いものでしょうか?」
「沙織、それくらいで」
 友之がさり気なく会話に割り込みつつ制止しようとしたが、沙織は語気強く訴え始めた。


「大企業向けの販売は、勿論結構な事です。しかし! 日本の製造業の大部分を占めているのは、間違い無く、比類無き技術を保持してきた中小企業、いわゆる現場の町工場! そしてそこの製造を支えてきた松原工業が、これまでの日本の繁栄を支えてきたと言っても、過言ではありません!」
「沙織、ちょっと落ち着け」
「良く言った沙織さん! 全く、その通り! 日本のこれまでの発展は小さな町工場と、そこに必要な機材を提供してきた松原工業が支えてきたんだ! それをしっかり理解してくれていて、俺は嬉しいぞ!」
 声高に叫ぶ沙織を友之は宥めようとしたが、ここで孝男がすっかり感激した声を上げた。しかし彼女が再び、気落ちした風情で告げる。


「ですが残念な事に、先程も言ったように、社内でTRW‐ⅡとSJ25Hの後継機開発を断念させようとする動きがありまして」
「けしからん! どちらも工作機械としては、長年人気があった物じゃないか!」
「はい。勿論基本設定は変えずとも、時代に合わせて細部や仕様はその都度変更していますが、今後は収益を見込めないと、某部長やら某専務やらが社内にふれ回っておられるそうです」
「何だと!? 友之! お前、そんな事をみすみす許しているのか!?」
 孝男は完全に腹を立て、販売現場責任者の一人でもある友之を非難した為、友之はそれに弁解しつつ、沙織を叱りつける。


「別に、傍観しているわけではないから! それに沙織! 『ふれ回っている』とか、憶測で物を言うのは止めろ!」
 しかしそれで恐れ入る沙織では無く、引き続き孝男に語りかけた。


「松原さん、安心してください。友之さんは、黙って指を咥えて傍観などはしてはいません。開発、及び販売中止撤回の為に、部下の私達に命じて、TRW‐ⅡとSJ25Hの今後の用途拡充の可能性や、販売計画についてのデータを纏めさせています」
「ほう? そうか」
「因みに……」
 そこで立ち上がった沙織は、再びさり気なく背後に置かれていたスーツケースに歩み寄り、中からクリアファイルを取り出した。


「これが、纏めた資料のコピーです。宜しかったら、松原さんに内容をご説明しますが」
 沙織がそう言いながら、分厚いファイルを座卓に置いた途端、友之が動揺しながら問い質した。


「沙織! どうしてそんな物がここにあるんだ!?」
「どうしてと言われても……。これから日本の製造業はどうなるのかと、休日も心配で心配で……。ついつい荷物の中に、資料を入れてきてしまいました。仕事中毒ここに極まれり、ですね。反省します」
「白々しい! 沙織! まさかお前、お祖父さんにプレゼンする為に、ここまで来たのか!?」
 ここで血相を変えて詰め寄った友之に、彼女が如何にも心外そうに言い返す。


「人聞きの悪い……。何がプレゼンですか。私は松原工業の大先輩に対して、普段の仕事に関して尋ねられたので、それに関して少々熱く語っているだけではないですか」
「しっかり資料持参で来やがって、どこが少々だ! お祖父さんを介して、社内に圧力をかける気満々じゃないか!」
 その指摘にも、沙織は堂々としらばっくれた。


「圧力? 一体、何の事やら。私の話を聞いて、前社長が社内で何をどう語ろうと、私の関知する所ではありません」
「あのな! 退陣以来、全く経営に口を挟んでこなかったお祖父さんが、いきなり業務に関して横槍を入れてきたら、真っ先に関与を疑われるのは、実の孫の俺だろうが!」
「知りませんよ、そんな事。と言うか中間管理職なんですから、どのみち部下のやらかした事に対して、責任を取る義務がありますよね? 社内から、胡散臭い目で見られてください。何の為に管理職手当を貰ってるんですか。TRW‐ⅡとSJ25Hの継続開発断念を覆せるなら、私は幾らでも虎の威を借る狐になります!」
「だからこの場合、周囲から狐と見なされるのは俺なんだぞ!?」
 堂々と力説する沙織に、友之は狼狽しながら反論しようとしたが、そんな二人のやり取りを唖然として眺めていた孝男が、ここで腹を抱えて爆笑した。


「ぶわはははははっ!! そうかそうか、君に取って私は、使えるコネか!」
 そこですかさず沙織が、冷静に付け加える。


「面白がって動いて頂ければ、私としては非常に助かりますし、自信を持ってお勧めできるお酒を、もう一本進呈致します」
「気に入った! 今後は沙織さんの事を、さっちゃんと呼ぶぞ!」
「……はい?」
「あらあら、この人のお気に入りになっちゃったわね」
「俺の事は『たかちゃん』で構わん! ちょっとばかり年の離れた友人のよしみで、最近の社内の動向を洗いざらい俺にぶちまけてみろ!」
 上機嫌に宣言された内容を聞いた沙織が、さすがに困惑した顔になったが、静江はおかしそうに笑っただけだった。しかし、とても笑っていられる心境に無かった友之は、本気で祖父を叱り付ける。


「ちょっとばかりじゃなくて、相当年が離れてるだろうが!!」
 しかし沙織はそれを完全に無視し、孝男に向かって宣言した。


「了解しました、たかちゃん! それではこれから、先程の二機種に関する資料に加えて、昨年度下半期の経営収支から見る、今年度の展望と経営方針の問題点について、独断と偏見に基づいた持論を展開しまくります! ご静聴ください!」
「おう、待ってました! どんどんやれ! とことんやれ!」
「お祖父さん!」
 沙織の宣言に孝男が拍手喝采で応じ、何を吹き込まれるか分からないと友之は本気で声を荒げたが、そんな孫息子の袖を軽く引きながら、静江が小声で宥めた。


「友之。この人は、こうなったらもう駄目だから。放っておきなさい」
「いや、だけど」
「取り敢えず二人が落ち着くまで、私達の部屋に行っていましょう。こうなったら私達の話なんか、聞いてくれないわよ。分かっているでしょう?」
「……そうだね」
 祖父の気性は十分に分かっていた友之は、用意してきた資料の内容を蕩々と解説している沙織と、嬉々としてそれに突っ込みを入れつつ聞き入っている孝男を放置して、祖母を連れてその部屋から出て行った。





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