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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(41)恋愛クーリングオフ

 佐々木のアドバイスに従って、真由美をフクロウカフェに連れて来た沙織の目論見は当たり、彼女は店内に入るなり、歓喜の叫びを上げた。
「きゃあぁぁっ! 本当にフクロウよ! 目がまん丸よ! 可愛い!」
 店の一角に備えられた、ガラス張りのスペースを見るなりテンションが上がった真由美を、沙織は顔を引き攣らせながら宥めようとした。


「は、はぁ……。取り敢えず席に着いてから、触りに行きませんか?」
「そうね。ここって手に乗せても良いのね!?」
「ええと……」
「はい。中のスタッフの指示に従っていただければ、大丈夫です」
 先導していたウエイトレスが笑いを堪えながら説明すると、真由美は早速そちらのスペースに行こうとする。


「あなたと沙織さんは先に注文して、飲んでいて良いわよ? 私、ちょっと行って来るから!」
「分かりました」
「それでは入場の時間だけ、控えさせていただきます。これを持って、入口のスタッフに声をかけてください」
「ありがとう。じゃあ行って来るわね!」
 ウエイトレスから何やら小さなカードを受け取った真由美は、上機嫌でふれあいスペースに向かい、沙織は義則と二人きりで取り残されるという、予想外の事態に陥った。


「やれやれ、大騒ぎだな。すまないね、関本さん」
「いえ……、気に入っていただけて何よりです」
(真由美さんを誘ったら、まさかの社長同伴とは予想外。でも課長と喧嘩中って真由美さんが自分で言っていたし、却って社長の方が現状を把握しているのかもしれないわ)
 そう開き直った沙織は、ウエイトレスにテーブルまで案内されて注文を済ませるまで、余計な事は言わなかった。しかし注文を受けた彼女が立ち去ると、早速義則が声をかけてくる。


「それで? 関本さんは、私に何か聞きたい事でもあるのかな?」
「どうして、そう思われますか?」
「単に、気を回しただけだ。つい最近、男同士の話をしたりしなかったか、尋ねられそうな気がしたものでね」
(やっぱり大企業のトップだけあって、油断も隙も無いわね)
 裏の無さそうな笑顔を振り撒きながら尋ねてきた相手に、沙織は舌打ちしそうになったが、さり気なく世間話を装いながら尋ねてみた。


「そうですね。一見隙が無さそうに見える課長を見ていると、社長と真由美さんの教育方針などに興味を覚えまして。人生の岐路とかに、適切なアドバイスなどをされたのかと」
「人生の岐路、か。因みに、卒業間近の大学四年の頃とか?」
「そうですね」
(やっぱり社長、分かってて言ってるっぽい)
 密かに気合を入れた沙織だったが、義則は事も無げに告げた。


「そうだなぁ……、確かに男同士の話とやらはしたな。ついでに、拳を一つばかりお見舞いしたが」
 それを聞いた沙織の顔が、僅かに引き攣る。
「……社長が、鉄拳制裁するタイプとは、存じませんでした」
「普段はしないし、その一回きりだ。それから別な意味で人生崖っぷちかもしれなくて、最近も男同士の話をしたな」
「そうですか。課長も色々と悩みが多そうですね」
「まあ、何も悩みが無いと言うのは、単なる阿呆だと思うしな」
「……そうですね」
 そこで注文した珈琲が運ばれてきた為、一旦話が途切れた。そしてお互いに一口飲んでから、義則が思い出したように言い出す。


「そういえば友之が最近、以前に作った指輪を引っ張り出していたな」
「指輪、ですか?」
「ああ。学生時代にバイト料で買った物らしい。親の金を使う気にはなれなかったようだな。どうもそれは色々あって、無用の長物になっていたらしい。どうやら不良品に当たったらしくてね」
(この場合、その不良品の指輪っていうのは、例の不倫女に引っかけて言っているのよね? でも本当にそうかは、今のところはっきりしないし)
 そう見当付けたものの、何か言わなくてはおかしいかと思った沙織は、ボソッと感想を口にした。


「……クーリングオフできれば良かったですね」
「クーリングオフか。そいつはいいな! やっぱり君は面白い!」
 そこで義則が本気で笑い出してしまった為、笑いが治まるまで沙織は無言で珈琲を飲んでいた。そしてひとまず相手の気が済んだらしいのを見計らってから、沙織が質問を繰り出す。


「それで、その指輪を引っ張り出して、どうする気なんですか?」
「うん? クーリングオフは無理でも、幾らかは払い戻しさせるつもりらしいな。満足できるものが払い戻しできるかどうかは、あいつのやり方次第じゃ無いのか? 取り敢えず合法的にやると言うから、勝手にしろと言っておいた」
(社長……、父親なら窘めるとか、説教するとか、他に何かする事は無かったんですか?)
 僅かに頭痛を覚えた沙織だったが、何とか気を取り直して質問を続けた。


「どうして課長は、そんな指輪を後生大事に持ってたんでしょう?」
「さて、本当にその不良品に愛想を尽かしたのなら、さっさと処分して忘れるか?」
「だと思いますが」
「察するに関本さんは、過去の恋人の私物とか、彼との記念品とかは別れるたびに綺麗さっぱり処分するタイプだな」
「そうですね。普通、そうじゃないですか?」
「確かに、普通はそうだろうな。だからあいつは未練があったんじゃないかと?」
「……そうも考えられますが」
「未練……、未練、ねぇ……。そっ、そうかもなっ! あはははっ!」
 反射的に眉間に皺を寄せた沙織だったが、そんな彼女の表情を見て、義則が再びおかしそうに笑い出した。それを見て益々憮然としながら、沙織が尋ねる。


「何か、おかしい事がありましたか?」
「いや、すまん。友之がその指輪を引っ張り出して見せてくれた時の事を思い出して。『やっと有効活用できる』と。いやぁ、我が息子ながら寒気がする位の、実にいい笑顔だった」
 にこにこと笑いながらそんな事を言われてしまった沙織は、本気で頭を抱えたくなった。


「社長……、それは第三者に目撃されたら、人格を疑われそうな笑顔だったと言う事ではないでしょうか」
「そうとも言えるかな? まあ、そういう事だ。あいつは不良品を不良品に相応しい扱いをしたい、という未練があったんだな。ところで関本さん」
「はい、何でしょうか?」
「そんな不良品にろくでもない未練を持ってるような不肖の息子を、君はどう思う?」
 いきなり真顔でサクッと切り込んできた義則に、沙織は瞬時に無表情になって答えた。


「仕事に支障を来しておりませんから、上司としては全く問題ありませんし、ろくでもない対応をする相手は限定されていますので、一社会人としてもさほど問題は無いのではないでしょうか?」
「うん、上司として、社会人としての考え方は分かったが、君個人としての考えを、この際是非とも聞かせて貰いたい」
「…………」
(くっ、探りを入れに来たのに、逆に問い詰められる羽目になるとは。確かに社長には、色々喋って貰ったけど)
 淡々と再度問いかけられた沙織は無言を貫いたが、さすがにこのまま無視はできないだろうと腹を括ったその時、憤慨した声が割り込んだ。


「もう! あなた達二人で、何を喋ってるのよ! 向こうから何度も呼んだのに、全然気付いてくれなくて!」
 その声に、二人は慌てて顔を向けた。


「え? あ、すみません。話し込んでいまして」
「悪いな。何か用だったのか?」
「リュク君と写真を撮って貰おうと思ったの! スタッフの方に撮って貰ったから、もう良いわ!」
 拗ねながらフクロウと一緒にスマホで撮影した画像を見せてきた真由美を、義則が苦笑の表情で宥める。


「すまん、じゃあ今度は一緒に入って、ちゃんと写真も撮るから」
「当然よ。沙織さんも行きましょう!」
「はい、お付き合いします」
(取り敢えず、順調に計画推進中って事か。社長に洗いざらい話しているって言うのには、ちょっと驚いたけど。それで男同士の話って言うからには、当然真由美さんには話していないわけよね)
 賑やかに会話をしながら一歩先を進む夫婦を眺めながら、沙織は密かに溜め息を吐いた。


(社長に、合法的に云々と言っているからには、下手な真似はしていないと思うけど……。全くもう。どうして私が、一々気を揉まなきゃいけないわけ?)
 そしてこの場に居ない友之の事を考えながら、彼女は一人で腹を立てていた。


「うう、何だかどっと疲れが……。やっぱり社長の相手は、真由美さんとは別な意味で疲れる……」
 結局フクロウカフェだけでは終わらず、連れて来てくれたお礼にショッピングだ食事だと夫婦に連れ回された沙織は、夜になって帰宅した。そしてリビングに入るなり、ソファーに倒れ込んでダラダラしていると、少しして掃き出し窓の方から微かな声が聞こえてくる。


「なぁ~ん」
「あ、ジョニー様! いらっしゃいませ!」
 その声に沙織は即座に反応し、勢い良くソファーを降りて窓に駆け寄った。そしてジョニーを招き入れて、いそいそと友之から貰ったキャットフードを出す。


「相変わらずジョニー様は、良い毛艶ですよね。こういう高級缶とか、食べ慣れていそう」
 相変わらず上品に、しかし皿を舐めながら綺麗に食べている彼を見て沙織が苦笑いしていると、食べ終えたジョニーが顔を上げて満足そうに鳴いた。


「なうっ! にゃーっ!」
「ご満足できましたか。それなら良かったです」
「にゅあ~ん!」
「はい、課長にお礼を言っておきますので」
「にゃ~っ」
 猫の言葉は分からないながらも、何となく聞こえた言葉に応じた沙織に背を向けて、ジョニーはいつも通り去って行った。それを名残惜しく眺めてから沙織は皿を手にして立ち上がり、キッチンに向かったが、流しに皿を入れて振り返った拍子に、食器棚の最前列に収納されているマグカップが目に入る。


「未練で、クーリングオフかぁ……」
 そのまま少しの間それを眺めてから、沙織は肩を竦めて皿を洗い始めた。



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