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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(37)真相

「話を戻すが以前の話はともかく、最近友之が例の女に近付いているのは、惚れた腫れたが理由じゃない」
「そうですか。……すみません、お代わりお願いします。あ、瓶ごとでも構いませんよ?」
「は、はい! 少々お待ち下さい」
「…………」
 真剣な面持ちで話を切り出した清人だったが、沙織は一応頷いてみせたものの、カウンターの中の女性に向かって呼びかけた。それを見た清人は憮然となり、彼の横で真澄が困惑しながら尋ねてくる。


「あ、あの……、理由は気にならないの?」
「何の理由でしょう?」
「だから、友之がその人に近付いている理由だけど」
「私に何か関係がありますか?」
「…………」
 運ばれてきた酒を手酌で注いだ沙織に、真顔でそう問い返された真澄は、何とも言えない顔で押し黙った。すると何とか気を取り直したらしい清人が、再び尋ねてくる。


「一つ聞くがな。お前から見て友之は、そんなに魅力が無いか?」
 その問いに、沙織は微塵も迷わずに即答した。
「男性としては、それなりに魅力はあると思いますよ? 東京タワーとジョニーには負けますが」
 それを聞いた二人は、揃って怪訝な顔になる。


「東京タワーだと?」
「ジョニーって……、外国人?」
「いえ、アメリカンショートヘアーの、イケメンの雄猫です」
「構造物と猫に負けてるのかよ……」
「情けないわ、友之」
 あまりの断言っぷりに清人達は揃って項垂れたが、それを見た沙織は上から目線で言い放った。


「何だか理由を聞いて欲しそうなので、聞いてあげますか? 手早く五分で纏めていただければ、聞いてあげない事もありませんが」
 それを聞いた清人が盛大に顔を顰め、真澄が焦りながら夫を宥める。


「……ムカつく女だな」
「怒らないで! 聞いてくれるみたいだし、とにかく説明だけしましょう!」
「うわぁ、清人さんに対してあの物言い……。怖いもの知らずなのか?」
「勇者だわ。さすが、友之さんの恋人なだけはあるわね」
 ぼそぼそとカウンターの中から会話が聞こえてくる微妙な空気の中、清人が何とか怒りを抑えて話を続けた。


「簡単に言うと、復讐だな。友之が恩師に頼まれて、それに派手に噛んでるって事だ」
「復讐ですか? 穏やかではありませんね」
 いきなり物騒な単語が出てきた事に、沙織が首を傾げると、その戸惑いは予想していた清人は、冷静に説明を続けた。


「その恩師の家は、元々都内に複数の不動産を所有していて、そこから入る賃貸収入でかなり余裕のある生活をしていたんだ。それを見越して、以前その女も後妻に入ったんだろうが」
「『していた』と過去形なのは、今は違うと言う事ですか?」
 沙織が鋭く突っ込みを入れると、清人が満足そうに小さく笑う。


「鋭いな。それらの不動産は元々恩師の父親の名義で、施設に入っていた父親が存命中は、恩師が管理して賃貸収入を使っていたに過ぎない。五年前にその父親が亡くなった時、恩師は住んでいる家屋敷だけは残して、他は全部妹二人に譲ったそうだ。恩師は妻子もいないし、これまでの貯えと年金で、贅沢をしなければ十分暮らせるからな」
 それを聞いた沙織は、少し考え込んでから慎重に口を開いた。


「その元妻が駆け落ちして離婚したのは、十年は前の話ですから……。その人は、そこら辺の事情は知らないわけですか?」
「ああ。男に捨てられたか食い詰めたかで、余命少ない恩師の所に舞い戻ってきたらしい。首尾良く再婚できれば、遺産の大半を自分の物にできて遊んで暮らせるからな」
 そこで沙織は渋面になりながら、再び考え込んだ。


「確か……、亡くなった方に子供や親が存在しない場合の、法律に基づいた遺産分配比率は、配偶者が3/4、兄弟姉妹全員で1/4でしたか?」
「ああ。全財産を妻に譲ると遺言する事もできるが、その場合どう考えても、妹達が黙っていないだろう。裁判沙汰になるのは必至だ」
「要するにその恩師は、わざと元妻と再婚して多額の財産を相続できると思わせて、ぬか喜びをさせたいんですか?」
「もっと辛辣だな。ろくな財産を残さない上に、以前の慰謝料の代わりに借金を背負わせてやるつもりらしい」
「どうやったらそんな事ができるんですか?」
 遺産相続の話からどうして借金の話になるのかと、沙織は本気で当惑したが、清人は淡々と話を続けた。


「相続する場合は資産だけではなく、負債も引き継ぐ。それは知っているか?」
「ええ、勿論。ですから資産よりも負債の方が大きい場合は、期限内に相続放棄の手続きをする事ができますよね?」
「ああ。そうすれば資産は相続できないが、負債を背負う事もない」
 それに頷いた沙織は、そこから導き出された推論を口にした。


「そうなると恩師の方には、現時点で残った家屋敷の、資産価値以上の借金でもあるんですか?」
「その不動産を担保に、リバースモーゲージを設定して、ほぼ限度額を借り出している。借りた金は寄付金やそれまでの生活費と治療費に殆ど費やしているし、亡くなった後に家屋敷を売却しても、残った治療費や葬式代を、支払う金が残っているかな?」
 そこまで聞いた沙織は、うんざりした表情になった。


「……仮にも大学の教授までなった方が、結構えげつない事を考えますね」
「加えて、ごねる妹達に相続放棄の手続きをさせる事を名目に、裁判で勝ち取れる以上の額の現金を渡して黙らせるように、そそのかす予定らしい」
 そこで沙織の表情が、訝しいものに変化した。


「でも大した財産が残っていない上に、法定分配率の1/4なら、お金を渡すと言ってもそれほど負担になりませんよね? それこそ負債の方が多くなりそうでもあるわけですし」
「だが今現在の保有資産だけではなく、十年前の資産が丸々残っていると思い込んでいれば、かなりの額になるだろう?」
「はあ? そんな勘違いをする筈がありませんよ。さっきのリバースモーゲージの話を聞いた時にも思いましたが、相続するに当たっては、弁護士や司法書士とかのプロに手続きを依頼しますよね? 素人には色々と煩雑で面倒ですから。その人達が資産状況を動産不動産負債も含めて、全て洗い出して依頼人に説明して……」
 そこである可能性に思い至った沙織は、顔を強張らせて清人を問い質した。


「まさかその人達もぐるになって、登記簿とか通帳の偽造までして、その奥さんに信じ込ませるつもりではないですよね? それだと明らかに、詐欺や公文書偽造とかの罪状が付くかと思いますが?」
 信じられないというより、冗談だと言って欲しいと本気で願った沙織だったが、清人は事も無げにその淡い希望を打ち砕いてくれた。


「まあ、そう言う事だな。友之に頼まれて、俺が必要な人材と繋ぎを取って紹介済みだ」
「あ、あなたねぇっ!? 常識とか倫理観は無いんですか!?」
 思わず声を荒げた沙織だったが、清人は気にも留めずに話を続ける。


「死亡届が出された段階で、その人物の資産は相続方法が確定するまで凍結される。だからその人物名義の口座からは、一切金を引き出せない。だから妹達に纏まった金を渡すなら、その女自身が借金をして、金を調達する必要がある」
「それだと明らかに、資産が無いと分かっている妹さん達もぐるですよね……。そして課長は対外的には、その女性サイドの人間として、立ち回っていると言うわけですか?」
「やはり頭の回転が早いな。説明が楽で助かる」
 そんな事を言って楽しげに笑った清人に向かって、沙織は拳で力一杯テーブルを叩きつつ罵倒した。


「あなた達、そんな明らかな犯罪行為を知っていて、課長を止めないんですか!?」
「恩師の最期の頼みらしくてな。あいつも色々思う所があるだろうし」
「一応、説得してはみたんだけど……」
 肩を竦めた清人と、微妙に視線を外しながら居心地悪そうに弁解した真澄を見て、沙織の堪忍袋の緒が切れた。


「男って本当に馬鹿ばっかり! 何ですか、課長もその恩師も! それで? まさか課長は自分が犯罪行為に関わっている間に私と付き合っていたら、事が露見した場合にもしかしたら私も取り調べを受けるかもしれないし、二股をかけているような不誠実な事はしたくないとか考えて、付き合いを保留したいとか意味が分からない事を、私に向かってほざいたわけですか!?」
「まあ……、そういうわけだが。それはあいつなりの、誠意の現し方と言えなくも無いと」
「アホくさ! 同じ女にコケにされて煮え湯を飲まされた、自分と恩師の情けない絆とやらに勝手に酔ってろ、似非ナルシスト!」
「…………」
 怒り心頭に発した沙織の叫びに、誰も余計な口を挟めず、店内が不気味な静けさに包まれた。そして憂さ晴らしとばかりに沙織が手酌で豪快に飲み始めると、何分かその様子を観察していた清人が、徐に声をかけてくる。


「一つ……、お前に確認したい事があるんだがな?」
「あぁ? 何が聞きたいってんですか?」
 横柄に尋ね返した沙織に、清人が真顔で問いを発した。


「友之は確かにある意味阿呆だし、やろうとしている事は明らかに違法行為だが……。そうするとお前、その性悪女に『あなたに言い寄ってる男は、実はあなたを嵌めようとしている一味の一員なんです。騙されてはいけませんよ』と、親切に忠告してやるか?」
「…………」
 静かにそう問われた沙織は瞬時に手の動きを止め、眼光鋭く清人を睨んだ。しかし相手も睨まれた位で恐れ入る筈もなく、真正面からの睨み合いに突入する。


「胃がっ……」
「あなた、しっかり!」
 カウンターの中では緊張感のあまり、店主夫妻が顔を青くしていたが、沙織はふてぶてしい相手の顔を凝視しながら、本格的に友之に対して腹を立てていた。


(結局、私よりも過去の因縁に決着を付ける方が重要ってわけで、加えて私は暫く放置していても、他に目移りするような男はいないだろうと踏んでいるわけで……。そうですか。そんなに昔の恨みを晴らすのが、大事なんですか。課長は若い頃、相当女を見る目と性根が腐ってたと思っていましたが、今でもあまり成長してはいないみたいですね! 世の中には復讐云々より、大事な事が山ほどあるでしょうが。社長と真由美さんが知ったら、あまりの情けなさに泣きますよ!)
 無言のまま心の中で友之を罵倒していると、そんな彼女に清人が、平坦な声で問いを重ねた。


「どうした。是非、お前の意見が聞きたいものだが。遠慮せずに言ってみろ」
 そこで更に少し葛藤したものの、何とか心の中で諸々について折り合いを付けた沙織は、軽く息を整えてから静かに告げた。


「……何も聞いてはいません」
「良く聞こえなかったな。何と言った?」
 わざとらしく尋ね返してきた清人に、しっかり神経を逆撫でされながらも、沙織はしっかりとした口調で繰り返した。


「何も聞いてはいませんと言いました。そもそも今の話は、課長に内緒の話なんですよね? 私は今日ここに来ていませんし、あなた達と会社近くで顔を合わせて少し言葉は交わしましたが、どこぞの振られんぼ師弟の話などはしていません」
「『振られんぼ師弟』って……」
 それを聞いた清人は思わず小さく笑ってから、沙織に念を押した。


「確かにそうだな。友之には、お前には内密にと頼まれているから、そのつもりで」
「それでは、そういう事で。話はそれだけですか?」
「いや、もう一つ残っている」
「……まだ何かあるんですか?」
 本当に勘弁して欲しいと、心底うんざりした沙織だったが、清人はここで真顔になって話を続けた。


「友之が今現在そんな事で、結構神経をすり減らしていてな。その上にお前が職場で色々とあいつの神経を逆撫でしているみたいだから、事情を何とかぼかしながら説明して、少しあいつに対する態度を改めて貰おうと考えていたんだ」
 そう訴えられた沙織は、いかにも心外と言う顔つきで反論した。


「私が課長にですか? 特段、何もしていませんよ?」
「直に顔を合わせる前は、お前が振られた腹いせに、色々嫌がらせをしているのかと懸念していたんだがな。お前はどう見ても、そういうタイプでは無さそうだし」
「当たり前です! 変な濡れ衣を着せないで下さい」
 本気で怒り出した沙織に、清人は眉根を寄せながら指摘してみた。


「だがお前、友之用に買ったらしいマグカップを、わざわざあいつに突っ返そうとしただろう?」
「結構気に入っていたみたいでしたから、普段使いにするなら渡そうと思っただけなんですが?」
「…………」
 不愉快そうに堂々と主張されて、清人は思わず無言になった。するとその横から、真澄が控え目に声をかけてくる。


「その……、ホワイトデーのお返しを手配して、チョコを貰った女性に配ってあげますと、沙織さんが友之に申し出たって言うのは……」
 その問いかけに呆れ顔で向き直った沙織は、彼女に向かって淡々と事情を説明した。


「だってこれまでは毎年課長から頼まれて、私が配っていたんですよ? 今年の課長宛てのチョコの受付も私がして、取りまとめて渡しましたし。今年は何だか忙しそうでしたから、買いに行ってあげようかと気を回して申し出ただけです。結局、課長が自分で買って配っていましたが」
「そ、そうだったの……。そういう事は聞いていなかったものだから……。ごめんなさい」
 神妙な顔つきで真澄が謝罪すると、カウンターの中から友之の従弟に当たる修が、恐る恐る確認を入れてきた。 


「それなら……、男と一緒に食事に行って、結構良い雰囲気だったって言うのは……」
「結婚間近の同級生にご祝儀代わりに奢って、楽しく飲んで昔話に花を咲かせる事が、そんなに問題なんですか?」
「いえ……、結構な事ではないかと……」
 怒りの形相で睨まれた彼は、益々顔色を悪くしながら俯き、彼の妻である奈津美が顔を引き攣らせながら問いを重ねた。


「ええと……、毎日後輩さんと、楽しく連れ立ってお仕事してるとか……」
「佐々木君の事ですか? そりゃあ隣の席ですし、彼の指導役として外回りにも連れ歩いていますけど、それが何か?」
「そうですよね、お仕事ですよね……。ご苦労様です……」
 そう言って彼女が深々と頭を下げると、沙織の正面で盛大な溜め息が漏れた。


「友之……」
「とんだヘタレ野郎だな」
「今の話が、何だって言うんですか?」
 とんだ言いがかりを付けられて、むかっ腹を立てた沙織が問い質すと、清人達はカウンターの方に視線を向けてから、脱力気味に説明する。


「友之の奴、何日か前に、ここのカウンターでぐだぐだ愚痴を零しながら一人で飲んだらしくてな」
「色々ストレスが溜まっていたらしくて、絡んできた他の客と乱闘騒ぎになりかけたとか」
 それを聞いた沙織が思わずカウンターに視線を向けると、その奥の店主夫妻がこくこくと頷いているのを見て、頭痛を覚えた。


「課長……、以前にもチラッと思った事がありますが、やっぱり一見分からない所で色々と残念な人ですね……」
「否定できないのが、辛いところだな」
 真顔で清人が頷いたのを見て、沙織は益々疲労感を覚えたが、素早く考えを巡らせてから結論を出した。


「分かりました。取り敢えず、注意してみます。そうなると課長は事が片付いたら、また私と付き合うつもりなんですか?」
「ええと……、勿論、そのつもりだと思うけど……」
「ここでそんな確認を入れられる、残念っぷりが甚だしいぞ……」
 思わず愚痴っぽい呟きを漏らした清人達に向かって、沙織は自分のペースで話を進めた。


「因みに、どれ位の期間で片が付くと思われますか?」
「相続放棄の手続きができるのは、死亡が確認されてから3ヶ月間だ。あっさり妹達の相続放棄の話が纏まったら不審がられるから、なるべく引っ張るつもりらしいな。その間、実際の資産状況を、隠し通す必要があるわけだ」
「良く分かりました。取り敢えず事が済んだら、拳を一発、お見舞いする事にします」
「制裁確定なの!?」
 動揺した声を上げた真澄だったが、沙織は全く容赦なかった。 


「そして他人に迷惑をかけた分の制裁として、軽い嫌がらせを前倒しさせて貰います。一月に柏木玲二さんと顔を合わせましたが、柏木さんの弟さんですよね?」
「ええ、そうだけど……」
「それでは近日中に、私と玲二さんのお見合いをセッティングして下さい」
「えぇ!?」
「ちょっと待て、どうしてそうなる!?」
 慌てて問い質してきた清人に、沙織は堂々と主張した。


「お二人とも、私に真相を暴露した事を、課長には内緒にしたいんですよね? 恐らく、課長から口止めされているんでしょうし。ですが私と真澄さんがちょっとわざとらしい遭遇をしたのは、既に課長には分かっていますから、もっともらしい理由をでっち上げて、納得させる必要があると思います」
「確かにそれはそうだが、それがどうして見合いに繋がる?」
「真澄さんが直々に私の品定めに出向いて、気に入った事にすれば良いんじゃないですか? それで『話してみたら、結構気に入ったわ。友之がぐずぐずしているうちに、彼女を変な男に持って行かれないように、キープしておこうと思うの。万が一、友之とよりを戻せなくても、玲二と纏まってくれれば義妹になるから、どっちに転んでも良いし』とか、課長に言えば良いんじゃありません?」
 あっさり沙織が提案した内容を聞いて、彼女以外の全員が顔色を変えた。


「それで俺達に、お前と玲二の見合いの場を設けろと?」
「それ……、私が友之に言うの?」
「そんな事になったら友之さん、益々荒れないか?」
「沙織さんに、何も知らせない方が良かったかも……」
「さあ、どうするんですか?」
 泣き事が聞こえてくる中、容赦なく沙織が決断を迫ると、清人が渋面になりながらそれを了承した。


「確かに、玲二だったら命が惜しいから、間違ってもお前に手を出す事はあるまいな。お前をキープしておくという意味では、大義名分が立つ。真澄、今あいつに付き合ってる女はいないよな?」
「え、ええ、その筈だけど……。清人、本気なの!?」
 動揺著しい真澄から沙織に顔を向けた清人は、真剣な表情で念を押した。


「この条件を飲めば、お前は誰にも余計な事は言わずに、おとなしくしているというわけだな? 他の男とも付き合わずに」
「ええ、そのつもりです」
「分かった。それで手を打とう。近日中に見合いの席を設けるから、暫く玲二と付き合うふりをして、お茶を濁していろ」
「分かりました。当面はそのようにして、無事に事が済んだ後、課長にやった事を洗いざらい吐かせて、最終的な判断を下す事にします。……すみません、同じ銘柄でお代わりをお願いします」
「はい、少々お待ちください!」
 大真面目に頷いた直後、沙織はグラスを掲げて酒を催促し、それに応じて奈津美が弾かれた様にバタバタと動き出した。それを見た清人が、もの凄く嫌そうに感想を述べる。 


「本当に容赦ないな、お前。友之の奴、こんな女のどこが良いのやら……」
「知りませんよ。本人に聞いてください」
 すっかりふてくされた沙織は遠慮せずに飲みながら、友之に聞かれても不審に思われない程度に清人達と話をすり合わせてから、店を出て帰途に就いた。


「疲れた……。本当にとんでもないわ。あの人達、何を考えてるのよ。課長も課長なら、あの人もあの人よね」 
 マンションに帰り着いた沙織は、盛大に愚痴りながら廊下を進んで台所に入った。そして鞄を適当に床に置き、気分直しにお茶でも飲もうと、お湯を沸かし始める。続けて無言のまま急須に茶葉を入れ、マグカップを出そうとして食器棚のガラス戸を開けた瞬間、鮮やかなコバルトブルーが目に入ってきた。


「これ……」
 未だに棚の最前列に並べてあるマグカップに手を伸ばし、無意識にそれを取り出した沙織は、暫くそのまま凝視していたが、お湯が沸いた音を耳にして元の位置に戻す。
「……取り敢えずもう少し、このまま置いておこう」
 弁解するようにそう呟いた沙織は、使うカップをその横から取り出し、元通りガラス戸を閉めた。





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