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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(28)予想外の来訪者

 沙織としては、一応友之と付き合い出してからも公私混同するつもりは微塵もなく、職場ではそれまで通りの態度を貫いていた。当然友之も同様であったが、時折それを面白がっている風情を見せる事があった。


「課長、こちらが諏訪テクニカルとの契約書です。それから製品開発部に依頼していた、RP56のデータが出揃いました。再来月の精密機械技術会議に向けての資料は、それを踏まえた上で来週中には提出します」
「分かった。そのまま進めてくれ。それから、ちょっと待て」
「はい、何でしょうか?」
「これに付いてはどう思う?」
 データを引き渡して終わりかと思っていたら、何かのメモ用紙を差し出された為、沙織は何事かとそれに目を落とした。しかし目に入ってきた内容に、僅かに口元をひくつかせた。 


『土曜日が空いているなら、午後から行くから諸々を付き合え。ついでに泊めて貰えるか?』


「……宜しいのでは無いでしょうか?」
 辛うじていつもの表情を保ちながら応じると、友之は笑いを堪える表情でそれを引っ込めながら告げる。


「そうか。戻って良いぞ」
「失礼します」
(普通に電話とかメールとかでも良いのに、どうしてわざわざこんな事……。絶対に私の反応を、面白がってるよね!?)
 自分の席に戻ってすぐに中断していた仕事を再開しながらも、沙織は時々予測が付かない友之の行動に、困ったものだと小さく溜め息を吐いた。


 ※※※


「やあ、どうも」
「……いらっしゃいませ。何ですか、その荷物は?」
 予告の時間に自宅インターフォンの呼び出し音が鳴り、少ししてから再び鳴った呼び出し音に玄関のドアを開けると、そこに両手に荷物を提げた友之の姿を認めて、沙織は呆気に取られた表情になった。そんな彼女に友之が、まず平らな包みを差し出す。


「ここに来る前に、デパートの鮮魚売り場と日本酒の販売コーナーに寄って、頼んでおいた刺身の盛り合わせと酒を受け取って来た。夕飯は米を炊いて、味噌汁だけで良いぞ」
 そのビニール製の風呂敷の隙間から見える、切り身と海産物の盛り合わせに、沙織は半ば呆れながら正直な感想を述べた。


「これはまた随分と、気合いの入った盛り合わせで」
「ほら、酒と一緒に冷やしておけ」
「遠慮無く頂きます……」
 素直にその包みを受け取りながら、中へと促した沙織だったが、玄関に入りながらその表情を眺めた友之は、不思議そうに声をかけた。


「何だ? 何か言いたい事でも?」
「私への手土産を選ぶ時、全く悩んでいませんよね?」
「そんなに俺を悩ませたかったのか? 実はちょっと悩んだぞ?」
「本当ですか?」
「ああ」
 大真面目に頷いた友之は、自分が持っている酒を入れた紙袋の中からDVDのケースを三つ取り出し、沙織に見せた。


「デパートに行く前にレンタル店で、サスペンスアクション物か、感動恋愛巨編か、国民的長編アニメのどれにするかで三十分位悩んだ挙げ句、全部借りてきた。この中だとどれが良い?」
 真剣な表情でお伺いを立てられた沙織は、溜め息を吐いてから、そのうちの一つを選択した。


「……アニメで」
「よし。それなら早速これを見るか。珈琲か紅茶を淹れてくれるか?」
「ソファーに座って、待っていて下さい」
(あのタイトル……。以前全部会社で、話題に出した事があったかも。なんかムカつく……。色々見透かされているようで。というか無駄に良い記憶力、他の所で発揮して下さいよ!)
 上機嫌で頷いた友之から荷物を全て受け取り、リビングに追いやった沙織は、半ば八つ当たりしながら珈琲を淹れ始めた。
 二人分の珈琲と置いてあったお菓子を出し、ソファーに並んで座って映画を見始めた沙織だったが、暫く雑談した後に、友之が不審な行動をしているのに気が付いた。


「……ふぅん?」
「さっきから辺りを見回しながら、何をしてるんですか?」
「当初は家族で暮らしていただけあって、家具もそれなりに揃っているなと。このソファーも三人掛けで立派な物だし、寝るには十分だ」
「はぁ? ここで寝る? ここって、ソファーでって事ですか?」
 いきなり訳が分からない事を言われて、沙織は呆気に取られたが、友之は大真面目に言葉を継いだ。


「泊めてくれとは言ったが、沙織は誰かと一緒に寝るのは嫌だと言ってただろう? 俺は別に、いびきが酷くても気にしないが。それにこの際、一時間位ぶっ続けでキスしていれば、正しい鼻呼吸が身に付いて一気に改善するかも」
「グーで殴る! このほっこり感動的な場面を見ながら、何を馬鹿な事言ってるんですか!」
 右手で拳を握り、左手でテレビを指さしながら叱り付けた沙織に、友之は懲りずに言い続ける。


「今のはちょっとした冗談にしても、どれだけ寝相が悪いのか、一度体感してみたいと」
「とっとと出て行け」
「まあ、そう言わずに。是非、このソファーの寝心地も体感してみたいから」
 さすがにこれ以上は拙いかと、苦笑しながら謝って宥めてきた彼に、沙織は色々諦めたように溜め息を吐いてから、空き部屋について告げた。


「ソファーに寝なくても、以前豊が使っていた部屋は、そのまま家具が置いてありますから。すぐ使えるようになってます。泊まるつもりなら、そこを使って下さい」
「そうなのか?」
「ええ、3LDKですからね。もう一つの部屋は、弟の薫が上京した時に使ってます。そこを定期的に掃除するついでに、その部屋も手入れしてますから」
 そこで、彼女の口からは滅多に出ない家族の名前が不意に出てきた為、友之は興味津々で尋ねた。


「弟さんか。因みに、どれ位の頻度でここに来るんだ?」
「二、三ヶ月に一度位でしょうか? 普段向こうから連絡は寄越しませんが、さすがに泊まりに来る時は、前日までには一本電話かメールがありますけど。最近何を考えてるのか、益々分からなくなってきて……」
「そんなに面倒くさいのか? お前が言うなら相当だな」
「『お前が言うなら』って、どういう意味ですか!?」
 うんざり顔から一転、自分の台詞を聞くなり噛みついてきた沙織を再び宥めながら、友之は密かに考えを巡らせた。


(沙織の弟か……、どんな人間だろうな。父親のように、あからさまに敵対心を持たれないと良いが。だが実家がある名古屋在住だし、そうそう顔を合わせる機会も無いだろう)
 そんな事を考えていると、沙織が些か憮然とした顔つきで、リモコン片手に友之に声をかける。


「取り敢えず、ちょっと巻き戻しますよ? 世俗的にも程がある話を持ち出されて、せっかくの感動的な場面が台無しでしたから」
「ああ、悪かった。好きな所まで戻してくれ」
 それからは友之は余計な事は言わずに映画鑑賞に付き合い、持ち込んだ盛り合わせをつまみに酒を堪能してから、二人で沙織の部屋になっている主寝室に引き上げ、彼女の就寝時間になるまで十分に楽しんだのだった。
 その日の日付が変わる直前、沙織のマンションの玄関が大した音を立てずに開き、若い男が一人現れた。


「男物……」
 玄関に脱いである友之の靴を見て、彼は興味深げにそれを見下ろしてから、玄関の鍵を鞄にしまいつつ何事も無かったかのように上がり込む。


「一年以上期間が空いていたし、そろそろ新しい男ができてもおかしくは無い頃だとは思っていたが、案の定だったな」
 そして廊下の奥の方に目をやりながら、真っ直ぐにリビングへと向かう。
「さて、俺も見る物を見たら、さっさと寝るか」
 向かった先はリビングの片隅に置かれたパソコンであり、彼はその電源を入れると、迷わずパスワードを打ち込んだ。 


 翌朝の七時過ぎ。
 枕元に置いてあったスマホが着信を知らせてきた為、沙織は自分に絡みついている友之を引き剥がしながら訴えた。
「ちょっとストップ! 電話!」
 それを聞いた彼が、如何にも不満そうに言い返す。


「はぁ? 日曜の朝っぱらから、何の用だ。間違い電話じゃないのか? そんな無粋な電話は放っておけ」
「日曜日の朝っぱらからベッドに押しかけてくる、非常識な人間に何も言う資格は無いし、この着メロは家族からだから!」
「それじゃあ仕方ないな。せっかく爽やかに早起きしたから、昨夜の続きをするつもりだったのに、予想外の邪魔が入った」
 ブツブツと文句を口にしている友之を放置し、スマホを引き寄せた沙織は、ディスプレイに浮かび上がった名前で相手を確認し、ベッドに寝転がりながら応答した。


「全く……。もしもし? 薫、朝からどうしたの?」
 なんでこんな時に電話してくるかと、面白がってちょっかいを出してくる友之の手をつねりながら声をかけると、彼女にとって全く予想外の台詞が返ってくる。


「朝から男とよろしくやってる所に電話して悪いが、朝飯ができたから一緒に食わないか?」
「はい? 朝飯? 一緒にって……、あんた今、どこに居るの?」
「台所。直線距離にして、約十五メートルってとこか?」
「………………はぁあぁぁ!? 台所!? 薫! あんた本当に居るの!? 聞いて無いし、いつの間に来たのよ!」
 あまりにもサラッと言われた内容が頭の中に浸透するまで若干のタイムロスが生じ、その直後沙織は衝撃のあまり、裸のままベッドの上に起き上がった。それを見た友之が驚きで目を丸くする中、沙織の耳に容赦の無い声が伝わる。


「昨日の二十三時過ぎ? どうせ沙織は寝てるだろうし、男は風呂場に居たみたいだから、どっちにも挨拶はしないで、さっさと寝てさっき起きて、飯を作ってた」
「……っ! あのね、来るなら来ると、事前に一言」
「飯は男の分も作ってある。冷める前にさっさと来い」
「あ、ちょっと、薫!」
 一方的に通話を切られた沙織は、沈黙したスマホを見下ろしながら呻いた。


「信じられない……」
「沙織? 薫って、弟の名前だよな? まさか……、今現在、ここの台所に居るとか……」
 間近で今のやり取りを聞いていた友之が、彼女の背後から恐る恐る声をかけると、沙織がゆっくりと彼に向き直りながら、強張った顔で事実を端的に告げる。


「ええ、薫の現在位置はこのマンションの台所で、友之さんの分の朝ご飯も作ってくれているそうです。冷める前に食べに行きましょう。でないとここに乗り込んで来ます。賭けても良いです」
 いきなりそんな事を言われた友之は、さすがに狼狽した。


「……ちょっと待て。この状況で、俺にどんな顔をして弟の前に出ろと?」
「私だって、どんな顔をすれば良いか分かりませんよ! とにかくさっさと部屋に戻って、着替えてきて下さい!」
 もはや泣きが入りかけている沙織にそれ以上口答えする気は起きず、友之は慌てて使わせて貰った部屋へと戻り、彼女も激しく動揺しながら、何とか着替えを済ませた。




「ええと……、おはよう、薫」
「ああ、起きたか。ほら、そっちに並んで座れよ」
 何とか体裁を整えた二人がリビングに顔を出すと、薫は無表情で自分が座っていた方とは反対側の椅子を指し示し、静かに立ち上がった。


「……お邪魔しています」
 沙織に続いて、友之が神妙な面持ちで軽く頭を下げたが、薫は淡々と事務的に尋ねてくる。
「別にここは俺の家じゃ無いので、お気遣い無く。食物アレルギーとかは有りますか?」
「いえ、全く」
「それは良かったです。どうぞ、座って下さい。今、ご飯と味噌汁を出します」
「すみません。ご馳走になります」
 そして二人が大人しく席に着き、ダイニングテーブルを挟んで食べ始めると同時に、沙織が少々攻撃的な口調で弟を問い質した。


「薫。あんたどうして、いきなりここに来たわけ?」
「先々週、家に帰って来ただろう?」
「それが?」
「どことなく変だったから、探りに来た。多分、新しい男かと思ったから、いつも通り沙織の日記を覗こうかと思ったら、タイムリーに男が来ていたのには笑った。予定通り、中身は一通り見せて貰ったけど」
「…………」
 そこで初めて能面のような無表情が崩れ、皮肉気な笑いが浮かんだ彼の顔を見ても友之は無言を保ったが、とても納得できない内容を聞かされた沙織は、一気に激昂した。


「別に家でも普通だったよね!? それに、いつも通りって何!? あんたこれまで私のパソコンの中を、勝手に頻繁に覗いていたわけ!? パスワードをどうやって」
「沙織が考え付く内容なんて、粗方想像が付く」
「あっ、あんたねぇぇっ!」
 箸を放り出すようにテーブルに置き、勢い良く立ち上がった沙織の腕を掴まえながら、友之が宥める。


「沙織、取り敢えず落ち着け」
「でも!」
「さすが年上の余裕ですね。松原友之さん?」
 不敵な笑みを深めながら自分に向かって呼びかけてきた薫を、友之は些か警戒しながら問い返した。


「……今から、自己紹介をしようと思っていたんたが?」
「勤勉で結構ですね。プライベートでも免許証入れに、名刺を入れて持ち歩いているとは。日記にも色々書いてありましたが、勤務先が見覚えのある社名と部署名で、驚きましたよ」
 完璧に身元がバレている事を悟って、友之は完全に腹を括った。


「ああ、沙織は直属の部下になる」
「そうですか。公になったら、些か面倒ですね。モラハラとかパワハラとか非難されそうだ」
「…………」
「ついでに、俺の自己紹介もさせて貰います。関本薫です。別に、宜しくして頂かなくても結構です」
 無言で顔を顰めた友之に向かって、薫はどこからともなく取り出した名刺を差し出した。それを反射的に受け取った友之が、無意識に呟く。


「……弁護士。お母さんと同じ?」
「職業は同じですが、勤務先は違います。それで沙織、ここに来た理由だが」
「私の私生活を、探りに来たんじゃ無いの?」
「今のはついでで、単なる前振りだ」
「あのね……」
 友之に喧嘩を吹っ掛けたのかと思いきや、急に話の矛先を向けてきた弟に、沙織はうんざりした表情になった。しかし予想外の台詞を耳にして、再び思考が停止する。


「見合い」
「はい?」
「今日の午後一時から、都内のホテルで会食。愛知県弁護士会会長の仲介だから、下手に断れない。そして沙織が先々週来た用件で、あれ以降母さんがブチ切れていて、それを伝えるのをすっかり忘れていたそうだ。因みにこれが相手の写真」
 そう言いながら、薫が隣の空いている椅子に予め乗せておいたらしい、白のキャビネアルバムをテーブルの上に乗せた為、沙織の顔が盛大に引き攣った。


「あの、ちょっと待って、薫。見合いって……」
「薫君? 沙織は」
 沙織が動揺する以前に、目の前でそんな話をされて腹を立てた友之が口を挟もうとしたが、薫はそれを如何にもわざとらしい笑顔でぶった切った。


「これは松原さんには全く関係の無い話なので、口を挟まないで貰えますか? あくまで家族間の話ですので。それにこれまでの沙織の恋愛遍歴から考えると、どうせあなたとの付き合いも長続きしないでしょうし。最短五日で最長三ヶ月とは、本当に恐れ入る。松原さんはせめて、半年は頑張って下さい。一応弟として、新記録樹立を温かく見守るつもりですから」
(こいつ……、完璧に喧嘩売ってるよな?)
 最後は完全に馬鹿にした笑いを浮かべた彼に、友之は盛大に闘争心を掻き立てられたが、さすがに沙織の弟相手に本格的に揉めて良いものかと、内心で葛藤した。そんな彼の隣で、沙織が益々喚き立てる。


「薫! あんた今まで、どれだけ私のパソコンから情報を取ってたの!? 家族と言えども、れっきとした犯罪よ!」
「へえ? 沙織は俺を犯罪者にして、弁護士バッヂを剥奪させたいんだ。じゃあ責任取って、一生俺の面倒を見てくれるのか?」
「それは……」
「まあ、取り敢えず見ろ」
「あのね! 私は見合いも何も……」
「……え?」
 姉の抗議など歯牙にもかけず、薫がアルバムを取り上げて中を開いて見せた。それを目にした沙織と友之が、揃って当惑する。


「薫、どう見ても女性なんだけど?」
 その疑問に、薫が素っ気なく答える。
「俺が見合いするんだから、当然女だろうが。俺は沙織の見合いだなんて、一言も言って無い。勝手に何を勘違いしてるんだ」
「あっ、あんたねぇぇっ!!」
 沙織が更に怒りのボルテージを上げ、友之が激しく脱力した所で、薫がのんびりとした口調で要求を繰り出した。


「それより沙織、食後の珈琲を淹れてくれ。俺は話す合間にちゃんと食ってたから、もう少しで食べ終わる」
「はぁ!?」
「飯を作ったんだから、それ位してくれても良いよな? 嫌なら松原さんにお願いするけど」
「ふざけないでよ! 分かったわよ、淹れてやろうじゃない!」
 憤然として立ち上がった沙織を、苦笑いで見送った薫は、そのままの表情で友之に向き直った。


「うちは母の方針と言うかこだわりで、豆とか茶葉から淹れるんだよ。インスタントやティーバッグなんか、使った事は無い。……ああ、これ位は知ってるか?」
「沙織を怒らせてまで時間稼ぎをして、何が言いたいんだ?」
 明らかに台所に沙織を追い払ったのが分かった友之が、鋭い視線を薫に向けると、彼は途端に表情を消した。そして友之の顔を見据えながら、面白く無さそうに吐き捨てる。


「……気に入らない」
「俺のどこがだ?」
「見た目が良くて、背が高くて、人当たりが良さそうで、稼ぎが良くて、黙ってても女の方から寄って来るタイプ。あのゲス野郎と同類だ」
「…………」
 無言で眉根を寄せた友之を見て、薫は益々不愉快そうな表情になった。


「『ゲス野郎とは誰の事を言っているのか』と聞かない所をみると、もうあれの事を聞いているのか? 沙織がそこまで話しているとは、正直意外だったな」
「言っておくが、口外するつもりは無い」
「あんたもあいつと同様、陰でろくでもない趣味を持っていたり、他人ひとものに手を出したりしていそうだしな。同類相憐れむって奴か?」
「…………」
 再び表情を消して黙り込んだ友之を見て、今度は僅かに面白がるような素振りを見せながら薫が笑う。


「へぇ? 沙織が知ったら何て言うか」
「知っている」
 端的に友之が答えた内容を聞いた薫は、今度は怒りの表情になった。


「……沙織のこれまでの男は、甲斐性無しと根性無しと馬鹿と勘違い野郎と、揃いも揃ってろくでもなかったが、最近、男の趣味が一気に悪化したらしいな」
「君が言うところの『馬鹿』なら、この前、直接目にした。君は沙織の保護者のつもりか?」
「…………」
 そこで男二人が険悪な表情で睨み合っている所に、沙織が淹れたての珈琲を手にして戻って来た。


「ほら、薫! これで文句は無いわよね?」
「ああ、どうも。じゃあ食べたらシャワー使わせてくれ。着替えたら出て行くから」
「さっさと出てって頂戴」
 何故か薫は沙織の前では露骨な敵対心を綺麗に覆い隠し、当初の無表情で対応していた為、友之もそれ以上余計な事は言わずに、無用の争い事を避けた。


(本当に見合いだったのか? 午後からなら午前中に名古屋を出れば、十分間に合うよな? やはりここを探りに来たのか?)
 それから風呂と着替えを済ませた薫が、鞄を提げて玄関から出て行くのを、友之は釈然としない思いで見送ったが、彼の姿がドアの向こうに消えた途端、沙織が廊下にしゃがみ込んで頭を抱えた。


「ああぁ、本当に、日曜の朝からとんでもない……。それに、パソコンのパスワードを変えないと……」
「因みに、今まではどんなパスワードにしていたんだ?」
 好奇心から友之が尋ねると、沙織は素直に答えた。


「母方の祖父母の誕生日が偶然二日違いで、若い頃からその中間日に、二人纏めてお祝いしてるんです。だからそれなら忘れないから、gfgm0918にしていて。でもこれでもあいつに分かるなら、どんなパスワードにすれば良いのよ……」
 本気で呻いた彼女を見て、友之は思わず笑いながら告げた。
「それなら、俺の名前と誕生日にすれば良いだろう?」
「はぁ?」
「うっかり忘れても、覚えるまで何度でも教えてやる」
 楽し気にそう言ってきた彼の顔を、沙織は立ち上がりながら凝視し、その提案を真剣に考え始めた。


「確かに、友之さんの生年月日なんか、あいつが簡単に調べる事はできなさそうですけどね。何かと組み合わせれば、分かり難くなるか」
「しかし、聞いていたより、兄弟仲は良いみたいだな」
 そこで何気なく友之が口にした台詞に、沙織は盛大に異議を唱えた。


「はぁ!? 別に、良くはありませんよ。昔から無愛想で、最近は何を考えているか全然分からないし、和洋さんを『ゲス野郎』呼ばわりで、豊の事は『裏切り者』扱いなんですよ!? 二人についての話題を出しただけで、凄い目で睨んできますし。それに事あるごとに『どうせ沙織はまともな恋愛も結婚もできないから、母さんと一緒に俺が養ってやるから安心しろ』って、人を馬鹿にして!!」
「……なるほど」
 それは別にお前を馬鹿にしているわけでは無く、結構姉思いな弟の、ひねくれた愛情表現だろうがと思ったものの、興奮状態の沙織に何を言っても無駄だろうと、友之は口を噤んだ。


(父親に続いて、弟にも敵認定されたか。沙織とは違う意味で目端が利いてひねくれまくって、容赦の無いタイプだな。単なるシスコンとは一味違うか)
 付き合い始めて早々、沙織の身内に再び敵認定された事に、友之は間の悪さを感じずにはいられなかった。





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