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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(22)とんでもない誤解と失態

 誕生日の翌朝。沙織は自分の机の横を通り抜けようとした友之に、何気無く声をかけた。
「おはようございます、課長」
「……おはよう」
(あれ? 何だか課長、元気がないと言うか、体調か機嫌が悪い?)
 足を止めて見下ろしてきた彼を見上げながら、沙織はちょっとした異常に気が付いた。しかし確信できないでいるうちに、友之がさり気なく尋ねてくる。


「そういえば関本。昨日は女友達と、飲みにでも言ってたのか?」
「……え? どうしてですか?」
「昨日は用事があると言っていただろう?」
 予想外の事を聞かれた上、考え込んでいたせいもあって反応が遅れた彼女は、惰性的に頷いた。


「ああ、そうでしたね……。はい、盛り上がりましたよ?」
「そうか……。それなら良い」
「はぁ……」
 続けて何か聞かれるかと思った彼女は、あっさり引き下がって自分の席に向かった友之に首を傾げ、友之は友之で内包していた怒りを密かに増幅させた。


(今の質問って、何だったのかしら? だけど本当に昨日は、和洋さんがご機嫌でウザかったわね)
(やっぱりあの男との事は、口には出せない関係と言う事か……。本来なら部下のプライベートな事に、一々口を挟む権利も義理も無いんだが……)
 二人はそんな内心など面には出さず、その日一日、黙々と仕事をこなした。


「疲れた……。何だか今日は、課長が一日中ピリピリしていた気がするけど……、何だったのかしら?」
 帰宅して食事も済ませ、そんな事を呟きながら沙織が珈琲を飲んでいると、電話がかかってきた。
「あれ? 課長から?」
 スマホを取り上げて発信者名を確認した彼女は、何か至急の用件があったかと首を傾げながら応答する。


「はい、関本です。課長、どうかしましたか?」
「今、自宅か?」
「はい、夕飯を食べ終わったところですが」
「急に悪いが、今からそこに行っても良いか? 渡したい物と話がある」
 いつになくかなり一方的な物言いに、沙織は戸惑いながら問い返した。


「ええと……、それは構いませんが、明日では拙い話でしょうか?」
「……拙くは無いが色々ムカつくので、できれば今日のうちに済ませたい」
「分かりました。ところで課長は、今どちらに? まだ社内ですか?」
「いや、そこの下だ」
「はい?」
「もっと正確に言えば、お前のマンションのエントランスだ」
 淡々とそんな事を告げられた沙織は、驚いてスマホを取り落としかけながら叫んだ。


「はあぁ!? え? 本当にもう下に来てるんですか!?」
「ああ。本当に急で悪いが」
「今開けますが、一応受付のインターフォンを鳴らして下さい」
「分かった」
「ちょっと待って。下って本当に」
 一度通話を終わらせて、沙織が慌てて壁に向かって駆けよると、エントランスからの呼び出し音と共に、操作パネルのモニターが友之の姿を映し出した為、慌ててドアロックを解除した。


「本当だ…………。どうぞ、入って下さい!」
「ああ」
 そして今度は、動揺しながらも玄関に向かう。
「びっくりした。それもだけど、一体何事よ?」
 ぶつぶつと独り言を呟きながら玄関で待ち構えた沙織は、玄関のチャイムが鳴るとほぼ同時にドアを開けた。


「やあ、こんばんは」
「取り敢えず上がって下さい。今、お茶を淹れますので」
「いや、茶は要らないから。急に押しかけてすまない」
「はぁ……」
(何だろう? どう見ても仕事帰りの格好だし……。そんなに至急で対応しなくちゃいけない、ヘマとかしたかしら?)
 友之の様子を横目で窺いつつ、段々不安になってきた沙織だったが、何とか平静を装ってリビングに誘導した。そしてソファーに向かい合って座ると、友之は持って来た鞄の中から、綺麗に包装された箱を取り出す。


「それじゃあ、さくさく話を進めるぞ。一応、話の内容はプライベートで、まずはこれだ。受け取ってくれ」
「あの……、課長? これは一体……」
「開けてみれば分かる」
「はぁ……、それでは失礼します」
 反射的に受け取ったものの、戸惑った沙織は、真顔で友之に促されて慎重に包装を解いてみた。


(本当に、何だろう? でも話がプライベートに関してなら、仕事でヘマしたわけじゃないから良いんだけど……)
 しかしその中から出て来た箱に印刷された写真と文言を見た途端、彼女は歓喜の叫びを上げた。


「これ!? difficultシリーズ最新作! うわぁ、フォルムを見ただけでそそられる!! 絶対に攻略してやるからね!! それに一見して」
「気に入ったか?」
「はい! それはもう! …………って、あの……、お騒がせしてすみません」
「いや……、気に入って貰えて、何よりだ」
 思わず我を忘れて、嬉々として頷いた沙織だったが、対する友之が無表情のままなのに気が付いて、神妙に頭を下げた。


(何か課長のテンションが低い……、と言うか、何か不穏な気配がするんだけど……)
 しかしその理由に、全く心当たりが無かった沙織は、取り敢えず手の中の物について尋ねてみた。


「あの……、ところでこれは、なんでしょうか?」
「誕生日プレゼントだ。母さんが、お前に渡せと言って聞かなくてな」
「あの……、どうして真由美さんが、私に誕生日プレゼントをくれるんでしょうか?」
「昨日、誕生日だったよな?」
「はい、そうですが……。松原さん、微妙に答えになっていませんよ?」
 名目は分かったが、真由美から誕生日プレゼントを貰う意味が分からなかった為、沙織は本気で首を傾げた。すると友之が、微妙に話題を変えてくる。


「昨日の誕生日。食事に行っただろう? 女友達じゃなくて男と」
「え? あ、いえ、男って」
「どうして女友達とだなんて、嘘をついた?」
 徐々に鋭くなってくる視線に、微妙に居心地悪さを感じながら、沙織は弁解がましく言葉を返した。


「いえ、別に嘘をついたつもりは……、色々説明するのが面倒だったので、松原さんから『女友達と』云々言われたので、その時に素直に頷いてしまっただけで」
 それを聞いた友之は、乾いた笑いを漏らした。


「そうか……、そうだろうな。色々説明するのは、面倒だったろうな……」
「はい? 松原さん? 何をブツブツ言ってるんですか?」
「真面目なお前に限ってと思ってはいたが、やはり倫理観は斜め上だったと言う事か」
「あの……」
「以前話を聞いて、お前に真っ当な結婚願望が無い上に、ベタベタした付き合いを面倒くさいと感じているのは知っている……」
 友之の様子が普段と違う事に気付いたものの、その理由が全く分からなかった沙織は困惑して口を閉ざした。するとここで、それまで比較的落ち着いた口調で話していた彼が、いきなり激昂する。


「だがな! 幾ら後腐れが無いからと言って、既婚者との不倫は止めろ! どう考えても、傷つくのはお前の方だぞ!」
「……………………はい?」
 真剣極まりない表情で訴えかけられた沙織だったが、完全に予想外の事を言われて思考が停止した。しかし友之がそのままたたみかける。


「大体、このマンション。どう見ても単身者向けじゃ無いだろう! 若い女に気前の良いところを見せていい気になってる還暦近い年寄りに、手のひらで良いように転がされてどうする! 恥ずかしいとは思わないのか!?」
 ここで漸く相手が何故かとんでもない誤解をしている事に気がついた沙織は、まだ完全に回りきっていない頭で弁解しようとした。


「いえ、ですから転がされたりとかは。それに和洋さんからは、管理を兼ねてここに住んでくれって頼まれて」
「お前は頼まれたら、のこのこ入るのか!? 危機管理と貞操観念がなって無いぞ!! それにやっぱりこのマンションは、昨日の男の物だったんだな!? この前お前を送って来た時、エレベーターホールですれ違った直後に姿が見えなくなったから、合鍵を使ってここに入ったんだろうし!」
    益々口調をヒートアップさせてくる友之の台詞を聞いて、沙織が驚いたように目を見張る。


「あの時、見てたんですか?」
「ああ、見てたんだよ! それで昨日も、着飾ってたお前と笑み崩れてたあのじじいを目撃する羽目になってな!」
「松原さん。和洋さんは、まだじじいって言う程の年じゃありませんが」
 何気なく沙織が口を挟むと、それが更に友之の怒りの炎に油を注いだ。


「本当にお前の守備範囲とストライクゾーンは分からんな! じゃあ言い直してやるが、あんなエロオヤジのどこが良いんだ!?」
 その問いかけに、沙織が思わず遠い目をしながら呟く。


「どこがって……、あんまり良い所ありませんけど」
「そうか、分かった。単に惰性で付き合ってるだけか」
「いえ、ですから惰性で付き合っているもなにも、そもそもの大前提が間違っているんですが!」
 呆けている場合じゃないと、慌てて言い返そうとした沙織だったが、その間に友之は素早く立ち上がり、二人の間にあった低いテーブルを回り込んで、彼女の前に立った。更に上半身をかがめて両手で彼女の両肩を掴んだ友之は、怖いくらい真剣な表情で彼女を見下ろしながら、低い声で呼びかけた。


「おい」
「……はい、何でしょうか?」
「あんな年寄りじゃなくて、俺に惚れろ」
「…………」
 迫力満点の顔で何を言われるのかと、戦々恐々としていた沙織は、いきなりの俺様発言に再び思考が停止した。そのまま呆気にとられて固まった彼女には構わず、友之が淡々と話を続行する。


「確かにあいつは、年を取ってもそれなりに見られる、年相応の貫禄もある男だと思う。見た感じ服装も洗練されていたし、金払いも良いだろう」
「ちょっと待って下さい」
「待たない。あれと比べたら俺は確かに若造だが、年を重ねたらあれ以上の惚れ惚れする老人になってやるし、女一人満足させるだけの稼ぎもあるつもりだ」
「あの……、まさかちょっと、酔ってます?」
    恐る恐る、ある可能性について言及してみた沙織だったが、それは忽ち友之の不興を買った。


「は? 何だ、お前。まさか俺が酒の勢いを借りないと、女に迫れも押し倒す事もできない甲斐性無しだとでも言うつもりか?」
「……いえ、滅相もありません」
「それじゃあ俺があの野郎と比べて、どこが劣ると?」
「いえいえ、劣ってなんて! 松原さんは顔も稼ぎも貫禄も、和洋さんに負けていませんから!」
「それなら身体の相性か? 確かに一見、苦味走った良い男だし、メタボとは程遠い整った体型をしていたからな」
「…………はぁ?」
 再び理解不能な方向に話がぶっ飛んだ為、沙織が顔を引き攣らせて絶句していると、それを控え目な肯定と取ったのか、友之が面白くなさそうな顔になって次の行動に出た。


「よし、分かった。言って聞かせて分からないなら、実力行使させて貰う。しっかり目を覚まさせてやろうじゃないか」
 そう言いながら三人がけのソファーに座っていた沙織を、友之は手慣れた手つきで横向きにして押し倒し、自分はソファーに片膝を乗せて彼女を上から見下ろす体勢になった。事ここに至って沙織はさすがに焦り、友之の身体を押し返そうとしながら喚く。


「ちょっと! 目を覚ますのは松原さんの方です! いきなり何、暴挙に及んでるんですか!?」
「暴挙? それなりに女性の扱いには慣れているから、そこの所は後で撤回して貰おうか」
「真顔で何を言ってるんですか! それにあれは!」
「貴様、ここで何をやってる! 沙織から離れろ!!」
「え? ……ぐあっ!」
 いきなり第三者の声が割り込んだと思った瞬間、友之は右肩背後から掴まれて、凄い力で沙織から引き剥がされた。と同時に中途半端に身体を捻って背後を見上げた瞬間、その顔に勢い良く拳が叩き込まれる。その衝撃に加えて、元々不安定な体勢だった友之は、そのまま盛大にソファーとテーブルの間のスペースに転げ落ち、沙織は先程の友之とはまた違った暴挙に及んだ相手を認めて、悲鳴じみた声を上げた。


「和洋さん!? どうしてここに居るの!?」
「珍しく仕事が早く終わったから、お土産持参で沙織の顔を見にやって来たら、何なんだこの男は!? どう見ても、沙織を無理やり押し倒そうとしてたぞ! こんな得体の知れない男を、部屋に入れるな!」
「得体の知れない男じゃなくて! この人は」
「はっ! 娘の年程の若い愛人囲ってるような、エロジジイだけは言われる筋合いはねぇぞ!!」
「ぐほぁっ!!」
「きゃあぁぁっ!! 和洋さん! 大丈夫!?」
 狼狽しながら説明しようとした沙織だったが、ここで素早く立ち上がった友之が、彼女の横をすり抜けながら拳を振り上げ、自分がされたのと同じ様にそれを相手の顔に叩き込んだ。たまらず呻き声を上げて床に倒れた男を見て、沙織は悲鳴を上げながら彼の横にしゃがみ込んだが、その行動が友之の怒りを更に煽った。


「関本、いい加減目を覚ませ! こんな年寄りの愛人に収まってても、良い事なんか一つも無いだろ!」
 そう怒鳴りつけた友之だったが、膝を付いたまま振り返った沙織は、狼狽しながら言い返してきた。
「違います! この人、私の父親ですから! 実は死別じゃなくて、両親は離婚していまして!」
「……え?」
 完全に予想外の事を言われて友之が絶句して固まった隙に、和洋が勢い良く上半身を起こし、沙織の両肩を掴んで自分の方に向き直らせてから、嬉々として確認を入れてきた。


「さ、沙織ぃぃ~! い、今、俺の事を父親って言ってくれたよな!?」
「……言ったわね。止むに止まれぬ事情で」
「二十四年ぶりだぁぁっ!! 沙織ぃぃぃ~! 愛してるよぉぅ~! もっと『お父さん』とか『父』って言ってくれぇぇ~!」
「マジでウザい」
「沙織ぃぃぃ!! お父さんは、お父さんは、嬉しいよぉぅぅっ!!」
「……耳元で喚かないで。すっごい迷惑なんだけど」
 父親から視線を外しながら、うんざりした口調で沙織は呟いたが、和洋は彼女に抱き付いたまま、歓喜の声を上げた。そんな落差の有り過ぎる光景を見下ろしながら、友之が呆然と呟く。


「……父親? 本当に?」
 その声にピクリと反応した和洋は、沙織から手を離して素早く立ち上がった。
「そう言えば貴様! 俺の娘に何をしようとしていた!! 生かして返さん!!」
 そう宣言した和洋だったが、遅れて立ち上がった沙織が、慌ててその腕を掴みながら制止する。


「ちょっと待って! 冗談止めて! 松原さんをぶちのめしたりしたら、私、即刻クビになるから!」
「はぁ? どうしてだ!?」
「松原さんは私の直属の上司で、勤務先の社長令息なの! だから本当に勘弁して!」
 しかしそれを聞いた和洋は、益々激高した。


「何だと!? 沙織、お前、こんなパワハラセクハラ野郎の下で働いているのか? さっさとそこを辞めてうちに来い! 幾らでも席は用意してやる!」
「冗談でしょ!? 豊じゃあるまいし、CSCにコネ入社なんてまっぴら御免よ! 第一、畑違いもいいとこじゃない!」
「あの……、CSCって……」
 思わず口を挟んだ友之を和洋は眼光鋭く睨み付け、今にも掴みかからんばかりの気合いを発しながら足を踏み出した。


「話が逸れた。まずは奴を倒してから、お前と落ち着いて話をしよう」
「だから倒さないでって言ってるでしょうが! 松原さん! 後生ですから、取り敢えずこの場は帰って下さい!」
「いや、しかし……」
 必死の形相で和洋を背後から押さえ込んだ沙織が、そう訴えてきたが、さすがにこのまま帰って良いものかと、友之は躊躇した。しかし悲鳴じみた彼女の声を聞いて、取り敢えず退散する事にする。


「玄関の鍵は、開けっ放しで構いませんから、お願いします!!」
「……あ、ああ。分かった。それじゃあ、失礼する」
「待て! 逃がすか、このセクハラ野郎!」
「だからお父さん、本当に待って! このご時世クビになったりしたら、路頭に迷うから!」
「安心しろ沙織! お前の面倒は、俺が幾らでもみてやるぞ! CSCの業務が気に入らないなら、幾らでも適当な企業を買収してやる!」
「何アホな事、真顔で言ってんのよ! この馬鹿親父!!」
「今度は、親父って呼んで貰えたぁぁっ! 沙織ぃぃ~!」
「呼んでないわよ! 言葉のあやでしょうが!? もう本当にウザいわね!! いい加減にして!!」
 感極まっている和洋に抱きつかれながら、沙織は盛大に罵声を浴びせ、背後から響いてくるそれを聞きながら、友之は玄関で靴を履いて外に出た。


「……父親?」
 そして彼は廊下に出てから振り返り、今自分が閉めたばかりのドアを眺めながら、再度呆然と呟いたのだった。




「ただいま……」
 その後、無事自宅に帰り着き、精気のない顔でリビングに現れた友之を、彼の両親が出迎えた。
「お帰りなさい。ご飯は食べてきたのよね?」
「友之、どうかしたのか? 何だか様子が変だが」
 義則から不思議そうに声をかけられた彼は、ソファーに腰を下ろしながら尋ねる。


「父さん……、もしかして、松原工業の取引先とか提携企業に、CSCとか言う企業はあるかな? 何となく最近、聞き覚えがあるような無いような気がするんだが……」
 それを聞いた義則が、怪訝な顔で言葉を返してくる。


「CSC? それは外部からのサイバー攻撃と、社内情報漏洩対策を請け負うのを主業務とする《Cyber Security Company》の事か? それならうちが今度、企業テロ対策の一環として業務委託する事を、先月取締役会で決定したが」
「そうか……、その会社について書かれた報告書を目にした時に、恐らくいつも通りその会社について調べてみたと思うから、その時に見覚えと聞き覚えが……」
「友之、お前さっきから何を言っている?」
「どうかしたの?」
 自問自答しながらスマホを取り出した友之が、真剣な面持ちで何かを検索し始めた為、両親は益々変な顔になった。それには構わず、目的の公式HPを探し出した彼は、そこの役員一覧のページに掲載されている《代表取締役社長 一之瀬和洋》の名前と顔写真を確認して、がっくりと項垂れる。


「……やっちまった」
「友之。あなたさっきから、何を言ってるの?」
 困惑顔で真由美が尋ねてきた事で、漸く不審な顔になっている両親に気がついた友之は、少々自信なさげに沙織のマンションでの出来事を説明した。


「彼女のマンションに寄って来たんだが……、色々行き違いがあってキレて彼女を押し倒しかけたら、そこにこの人がやって来たんだ。それで問答無用で殴り倒されたので反射的に殴り倒したら、実はこの人が彼女の死別した筈の父親だった……、らしい」 
 それを聞いた義則は目を丸くし、真由美が嬉々として応じる。


「はぁ? 死んだ父親?」
「まあ! 彼女って沙織さんの事よね! 押し倒したの!?」
「真由美……、問題にする所が違うだろうが」
 呆れ顔で妻を窘めた義則は、苦笑の表情になりながら問いを発した。


「しかし相手の父親を、初対面で殴り倒すとは……。これ以上の失態は、探してもなかなかあるまいな。それで彼女は?」
「帰って来る途中で何回かメールしてみたが、応答がない」
「それはそれは……」
 義則はそれ以上は口にせず、ただ苦笑を深めたが、真由美は盛大に息子を叱りつけた。


「友之! あなた一体、何をやってるの!?」
「本当に、何をやってるんだろうな……。もう寝る」
 ぼそりと呟くように言い捨てた友之は、立ち上がってそのままドアに向かって歩き出した。その背中に向かって真由美が吠える。


「あ、ちょっと! 友之!? 待ちなさい!」
「良いから放っておけ」
「でも、あなた!」
 そんな両親の揉める声を聞きながら友之はリビングのドアを閉め、廊下で一人、特大の溜め息を吐いた。



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