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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(21)面倒な関係

 二十八歳の誕生日を、二日後に控えた昼下がり。沙織は前日急遽連絡を貰った相手と、社屋ビルのエントランスで顔を合わせていた。


「悪いな、沙織。仕事中なのに、時間を合わせて出て来て貰って」
「時間を調整して昼休み中だから、それは構わないんだけど……、急にどうしたの?」
 相手の平身低頭っぷりに沙織が首を傾げると、一之瀬豊は大きなスーツケースの上に乗せていた、機内持ち込み用の鞄から、小さめの紙袋を取り出した。


「誕生日が明後日だろう? だからその日に会いに来るつもりだったんだが、社長の横槍が入ってな。プレゼントを届けに来たんだ」
「和洋さんが? それに横槍って何事よ?」
 ブランド名がプリントされているその紙袋を受け取りながら沙織が瞬きすると、豊が深々と溜め息を吐く。
「昨日急に出張が決まって、今日と言うか、今から飛行機で札幌に行くんだ」
 それを聞いた沙織は、完全に呆れ顔になった。


「あの人は、一体何をやってるの……。だけど、豊も豊よ。私への誕生日プレゼントはともかく、柚希さんにこれ以上のプレゼントを、ちゃんと贈ってるんでしょうね?」
「それは大丈夫だから、心配するな」
 自信満々に言い切られて、沙織の溜め息は益々深くなった。


「なんだかねぇ……。変に嫉妬されたく無いんだから、本当に勘弁してよ。大体、宅配便で送れば良い物を、どうしてわざわざ職場まで持って来るわけ?」
「当日渡せないんだから、尚更、直に渡さないと駄目じゃないか」
「本当に、訳が分からないから……」
 段々うんざりしてきた沙織に向かって、ここで豊が勢い良く頭を下げる。


「それに例の件、マジで頼む! あちこち目上の人に頼んで、それとなく意見して貰ってみたが、本人がどうしても聞く耳を持たなくて。もう本当にお前しか、頼れる人間がいないんだ!!」
 その本気ぶりをみて、(どう考えても、これは賄賂含みなわけね)と紙袋を見下ろしながら納得した沙織は、仕方がないかと納得しながら声をかけた。


「やっぱり、そっちが本題なわけか……。もう本当に、仕方が無いわね。近いうちに私から電話して頼んでみるか、直接会いに行くわ」
「やってくれるか!? すまん、恩に着るぞ、沙織! 柚希も今度手料理をご馳走したいって言ってるから、今度来い! いつでも大歓迎だからな!」
「はいはい。首尾良く問題を片付けたら、その戦果を手土産替わりに、新居にお邪魔させて貰うって言っておいて。まあ、これからも色々あると思うし、頑張ってね」
「おう! それじゃあな! 宜しく頼む!」
 無理難題を引き受けて貰った豊は、感極まって沙織に抱きつき、彼女も苦笑しながら背中を叩きつつ激励してあげた。その後すぐに豊は身体を離し、手を振りながら上機嫌に去って行く。


(はぁ……、全く面倒な。だけど仕方がないか。でも、豊が本当に結婚するとはね。私以上にドライだった筈なのに……。柚希さんって、どんな猛者なんだろう?)
 色々あって、生涯独身主義を公言していた彼にそれを撤回させた女性について、沙織はそのまま考え込んでいたが、実はその少し前から、その光景の一部始終を眺めていた人間がいた。


「あれ? あそこに居るのは関本ですよね?」
 外出先から帰社した所で、少し離れた所で見かけない男性と立ち話している沙織を見かけた汐見は、同行していた上司に話しかけた。対する友之も反射的に足を止めて、二人を眺める。


「そうだな。来客か?」
「でも、商談では無いですよね……。何なんだろう? あのスーツケース。あ、何か渡してますけど」
「おい、プライベートだろう? そんなにじろじろ見るものじゃ無いぞ?」
「あれ? 何か抱きついてますけど」
「…………」
「へぇ? 関本にしては、ああいう笑い方って珍しいな」
「…………」
 汐見は独り言を呟きながら意外そうに観察していたが、その間友之は面白く無さそうに無言を保った。そうこうしているうちに、豊を見送った沙織が職場に戻ろうとして歩き出し、二人に気付いて歩み寄りながら頭を下げてくる。


「お疲れ様です。東和プラクターとの商談はどうでしたか?」
「俺達二人で逃すとでも?」
「ですよね~」
 沙織と汐見がカラカラと笑いながら歩き出し、自然に友之も足を進めた。すると汐見がさり気なく話を切り出す。


「ところでお前、例のストーカー野郎の騒ぎの時、『今付き合ってる男は居ない』とか言っていたが、実はさっきの男と付き合ってたのか? なかなかのイケメンじゃないか。隅に置けない奴」
 からかう気満々で尋ねた汐見だったが、沙織はキョトンとした顔付きで言い返した。


「はい? 豊とは付き合ってませんし、あの人、れっきとした既婚者ですよ?」
「…………」
 親しげにあっさりと名前呼びしている沙織を見て、友之は無意識に眉間にシワを寄せたが、汐見は上司のそんな様子には気が付かないまま質問を続けた。


「だってそれをさっき貰ってたし、人前でハグしてただろ?」
「別に、こちらから要求したわけではありませんし……。まあ、子供の頃からの長い付き合いですし、あれ位のスキンシップは。それに毎回、どうしても貰って欲しいと言われるもので。可愛いって罪ですね」
「…………」
 大真面目にそんな事を言われた男二人は黙り込み、沙織と共にやってきたエレベーターに乗り込んだ。そして中に三人だけなのを幸い、渋面になりながら汐見が言い出す。


「……おい、関本」
「はい、何ですか?」
「無表情で『可愛い』とか言われても、リアクションに困る。遠慮無く言わせて貰えば、今のお前は全然可愛くないぞ?」
「それはそうです。ここはもう、ビジネスエリアですから。公私混同はしない主義です」
「なんだかなぁ……」
 呆れ顔で汐見が呟いたところで、沙織も手にしていた紙袋を軽く持ち上げて独り言を漏らした。


「ところでこれ、売ったら幾らになるかな……。アクセサリーって、本当に気に入った物じゃないと付ける気しないんだよね……。このブランド、全体的にデザインが派手だし」
 それを聞いた汐見が、盛大に噛み付く。


「お前、本当に可愛くないよな!? くれた男に失礼だろうが!」
「だから面と向かっては、こんな事言ってませんよ! 幾ら何でも『親しき仲にも礼儀あり』って言葉は知ってますし!」
「そもそもお前と親しくなる男って、自虐癖でもあるんじゃないのか!?」
「何ですかそれは! 失礼じゃないですか! 課長、何とか言って下さい!」
「そうですよ、課長! こんな男心を解さない奴に、ガツンと一言!」
「……五月蝿い、二人とも今すぐ黙れ。フロアに着いたぞ」
「…………」
 明らかに怒りを内包させた声で訴えをぶった切られた二人は、おとなしく友之の後に続いてエレベーターを降りた。そして自分の席に戻った友之は、早速黙々と仕事をし始めたが、内心では向かっ腹を立てていた。


(ブランド物に目もくれないのは予想通りだったが、あんなに気安くハグさせたり、プレゼントを貢がせる男がいたのか。あいつの感覚は、一体どうなってるんだ?)
 密かにそんな事を考えながら、それでも滞らせずに仕事をこなしていた友之は、「何か課長、機嫌悪くないか?」と部下達に囁かれながら、その日の勤務を終えた。


 そんな腹立たしい出来事があってから二日後。友之は従兄弟の一人と待ち合わせをして、某ホテル内のレストランで夕食を食べる事になった。


「お前と二人で食事なんて、実に久し振りだが……。結婚したばかりなのに、佳奈さんを差し置いて俺と食ったりしたら、早くも愛想を尽かされるんじゃないか?」
 従兄弟の中でも友之と同い年である倉田正彦は、前から一番顔を合わせる仲ではあったが、軽く結婚相手の事に触れると、彼は笑って手を振った。 


「今日は良いんだよ。佳奈は昂を連れて、泊まりがけで出かけてるし」
「昴君も連れて? どこに?」
「前夫の実家。あいつの義理の両親にとっては、一人息子に先立たれた今となっては、昴はたった一人の孫だしな。定期的に向こうに顔を出すと言うのが、結婚の条件みたいな物だったから」
 そう説明されて、目の前の従兄弟が結婚に至るまでのあれこれを思い出した友之は、神妙な顔で頷いた。


「そうか。佳奈さんは未亡人だったからな……。確かに子供ごと新しい旦那の所に行かれたら、舅姑は面白く無いし、寂しがるか。揉めていた事は知っていたが、本当に大変だったな」
「まあ、そこの所は何とかなったからな。だから今日はお前と会って飯を食ってくると言ったら、佳奈がお前に宜しくと言っていた。俺を置いて出かける事を、結構気にしていたらしい。かといって、部外者の俺がのこのこ顔を出したら、先方が気を遣うしな」
「確かにそうだな。それならこれからも、そういう時は声をかけてこい。一人飯が寂しくて可哀想な置いてけぼり夫に付き合って、一緒に食べてやろうじゃないか」
 明るく笑いながら友之が言ってやると、正彦はニヤリと少々意地悪く笑った。


「独り者のくせに、勝手に哀れむなよ……。それにそんな余裕綽々なのも、今のうちだぞ? 実は今日の飲食代は真由美叔母さんが、後から全額払ってくれる事になってる」
「はぁ? 母さんが? どうしてだ?」
 そこで本気で首を傾げた友之に向かって、正彦が予想外の事を暴露した。


「それはお前が、未だに独身生活を謳歌してるからだ。『友之に、ラブラブ新婚生活を惚気まくって、羨ましがらせて頂戴。良い子がいるから、いい加減に本腰を入れて欲しいのよね』だそうだ。それで叔母さんのお眼鏡に適ったのは、どんな『良い子』なんだ?」
 ニヤニヤと笑いながらそんな事を言われてしまった友之は、思わず額を押さえて呻いた。


「母さん……、余計なお世話だ。それに正彦。それを真っ先に俺にバラして良いのか?」
 半ば八つ当たりしながら言い返すと、正彦が悪びれずに答える。
「だってお前、俺がちょっとばかり惚気た位で羨ましくなって、殊勝に結婚を考えるわけないだろ?」
「当たり前だ」
「だが飲食代を払って貰う以上、きっちり役目は果たすつもりだから、俺が突然惚気始めても不審に思わないように、予め理由を言っておこうと思ってな」


「筋が通っているのかいないのか、全く分からんぞ……」
 深い溜め息を吐いて、出てきた料理を食べ進めた友之だったが、無言だったのはほんの少しの間で、急に真顔になった正彦が、慎重に問いを発した。


「ところで……。お前が未だに結婚していない理由。まだあの女の事を、引きずってるとか言わないよな?」
 それを耳にした途端、友之は手の動きを止め、眼光鋭く相手を睨み付ける。


「……不愉快な事を、思い出させるな」
「悪い。だがお前、それなりに綺麗どころと定期的に付き合っている割には、一向に話が先に進んでいないから」
「それは少し前のお前だって、同様だっただろうが。ただ単に付き合っているうちに、やっぱり違うと思っただけだ。何もあの女が忘れられないとか、結婚自体を忌避しているわけじゃない」
「それなら良いんだが。じゃあ遠慮無く、惚気させて貰うとするか」
 微妙に気まずくなった空気を払拭するつもりか、それから正彦は宣言通り新婚生活のあれこれを能天気に垂れ流し始めた為、友之は一応笑顔で相槌を打ちながらも、内心でうんざりした。


(正彦の奴……、嬉々として喋りまくりやがって。絶対母さんからの話が無くとも、俺に惚気るつもりだったな? 確かに一人息子がフラフラしていて、親に心配をかけている自覚はあるが……。うん? あれは……)
 さり気なく正彦から視線を逸らし、広い店内を見回しながら気を紛らわせていた友之は、今まさに窓際のテーブルに着こうとしている一組の男女を認めて、軽く目を見開いた。そのまま二人を凝視していると、正彦が不機嫌そうに声をかけてくる。


「おい、友之。俺の話を聞いてるのか?」
 それに友之は慌てて顔を向けて弁解した。


「ああ、悪い。ちょっと見知った顔を見つけたから……」
「知り合い? どんな? 挨拶しなくて良いのか?」
「いや、取引先とかじゃなくて、部下だ」
「へえ? お前の部下ってどんな奴だ? 性格が悪そうな男か?」
「あそこの窓際のテーブル、左から二番目」
 面白半分で尋ねてきた正彦に、友之はうんざりしながら小さく指さす。その方向に顔を向けた正彦は、そちらを眺めたまま怪訝な声で感想を述べた。


「……随分年上の部下だな。お前、還暦近い人間をこき使ってるのか?」
「阿呆。あんな年上が居てたまるか。女の方だ」
「ああ……、そう言えば以前、部下の中に一人だけ女性が居るとか言ってたっけ。彼女が?」
「ああ」
「そうか。そうなると年齢から考えて、相手は父親かな? 仲が良くて結構だな」
 微笑ましそうに正彦が述べたが、友之が固い声で応じる。


「いや……、彼女は小さい頃に父親と死別してる」
「え? 本当か?」
「ああ。配属になった時に聞いた。弁護士の母親に女手一つで育てられて、名古屋の実家には母と弟が居るそうだ」
 それを聞いた正彦が、益々要領を得ない顔付きになりながら尋ねる。


「それなら、あの男は誰だ? 仕事上の付き合いとか?」
「こういう場所で、一人で接待? 上司の俺が知らないのに? それに接待ならビジネススーツだろうが」
「それはそうだよな……」
 そう頷いてから、正彦が恐る恐るお伺いを立ててくる。
「まさか俺達、見たら拙いものを目撃したわけじゃあるまいな?」
 それに友之は舌打ちしてから、真顔で言い出した。


「俺が知るか。だが……、相手の男に見覚えがある」
「見覚えって、どこで?」
「彼女を自宅マンションに送っていった時」
「は? お前、彼女の自宅に行った事あるのか?」
「かなり酔った時にな」
「へえぇ?」
 何やら面白くなってきたと、正彦は一瞬顔を緩めたが、ここで友之が怖い位真剣な顔で話を続けた。


「そこから帰る時にエレベーターから降りてきて、その階のどこかの部屋に入った。どの部屋かは確認できなかった」
 そこまで聞いた正彦は、傍目にも分かる程に顔色を変えた。


「……おい、ちょっと待て。じゃああの男、まさか彼女の部屋に入って行ったとか?」
「そこまでは見なかったと言っている。それにあの男、それ以前から、どこかで顔を見た記憶があるんだが……」
 真剣に考え込んだ友之だったが、正彦は予想外の会話の流れに頭を抱えてしまった。


「勘弁してくれ……。まさかあの二人、愛人関係とかじゃ無いだろうな?」
 独り言のように口にされた言葉に、友之が即座に反応して相手を睨み付ける。


「正彦、お前……。俺の部下を、愛人呼ばわりする気か?」
「それなら単に、同年代の男に目もくれない、凄い年上好きなのか?」
「そういう話も聞かないが。因みに俺とイケネコの二択だと、イケネコだった」
「ちょっと待て。イケネコって何だ?」
「イケメンのオスネコの略だ」
 大真面目にそんな事を言われて、正彦は本気で呆れかえった。


「お前本当に、普段職場で何をやってるんだよ?」
「真面目に働いているに決まってるだろ」
「それじゃあ、あの彼女は?」
「入社以来、無遅刻無欠勤。男ばかりの職場で紅一点だが、他の連中に引けを取らない実績を上げ、変に女らしさを感じない、と言うか、新人の男性社員よりよっぽど男らしい性格をしている」
「お前の話通りなら、とても愛人になるタイプじゃ無いんだがな……。どうする? ちょっと挨拶とかしてこないのか?」
 その提案に、友之は盛大に舌打ちした。


「この状況で? プライベートだし、本当に訳ありだったらどうする。明日以降職場で顔を合わせる度に、気まずいだろうが」
「直属の部下だしな……。じゃあ見なかった事にするのか?」
「取り敢えずは。明日以降、さり気なく聞いてみる」
「その方が良いかもな。……なんだか気が削がれた。惚気るのは、また今度にするわ」
「そうしてくれ。また飯には付き合うから。と言うか、俺が奢る」
「サンキュ」
 何とか気を取り直し、それからは沙織達の事には一切触れずに世間話に花を咲かせた二人だったが、友之は会話の合間に沙織に目を向けて考え込んでいた。


(しかしこの前の男と言い、今日の男と言い、一体どういう事だ? わざわざ誕生日に着飾って会うなんて、普通の付き合いじゃないだろうが……)
 そんな相手の様子を盗み見ながら、正彦は(なんでこいつは、面倒な相手にばかり惚れるんだよ)と、密かに頭痛を覚えていた。
 一方で、彼らの話題になっていた二人は、そうとは知らずに呑気な会話を交わしていた。


「いやぁ、何年かぶりに、沙織の誕生日を二人だけで祝えて嬉しいよ」
「白々しい……。邪魔されないように、豊を出張に出したりして。もう豊は結婚してるのに、個人的な理由でごり押しだなんて、柚希さんにも悪いじゃないですか」
 そう言いながら沙織が軽く睨むと、和洋は拗ねたように弁解してくる。


「だってさ、それこそ豊の奴は結婚してるのに、今日沙織の所に押しかけて、直にプレゼントを渡そうとしていたんだぞ?」
「豊は切羽詰まってる事情があるんだし、理由になってないでしょうが。公私混同は止めなさい」
「……はい」
「でもまあ取り敢えず、プレゼントはありがたく頂きますので」
 気落ちしたようにうなだれた和洋を見て、この店に来る前に一通り買って貰った服やアクセサリー一式を見下ろしながら沙織が改めて礼を述べると、途端に彼は嬉々として頷いた。


「うん! 良く似合ってるよ、沙織ちゃん!」
「もうさ、いい加減諦めて再婚して、新しい奥さんに子供を産んで貰えば?」
 そう告げた途端、和洋は忽ち涙目になって哀れっぽい声を出す。


「沙織ぃ~」
「はいはい、みっともないから泣かないの」
(はぁ、もう本当にウザい。いつまでこんな状態が続くんだろう?)
 とことん扱いが面倒くさい相手に、最後まで辛抱強く付き合った為、沙織はその日最後まで、同じ店に友之が居た事に全く気が付かなかった。





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