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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(19)トラブル解決

 沙織が松原家に居候し始めて、十日近くが経過した夜。自室にいた友之は、清人からの電話を受けた。


「友之、例の馬鹿を永久に排除する準備が整ったぞ。実は真由美さんからは『友之が喜ぶから、できるだけ引き伸ばして良いのよ?』と言われていたんだが……」
「聞き流してくれたんですよね?」
「お前への嫌がらせの為に、最大限に急いで準備してみた」
 電話の向こうの意地の悪い笑みが、ダイレクトに脳裏に浮かんでしまった友之は、盛大に溜め息を吐いた。


「……母さんが清人さんの性格を、正確に把握していない事が分かりました」
「それで? 何やら真由美さんが妙にその女の事を気に入っている口振りだったし、暫く一つ屋根の下で過ごして、それなりに面白い事があったんだろうな?」
「ノーコメントです」
「もう少し面白い反応をしろ。張り合いの無い奴だな」
「申し訳ありません」
 からかう気満々の口調にひたすら低姿勢で応じると、清人はすぐに事務的に告げてきた。


「それじゃあ、計画をざっと説明する。詳細は後からデータを送るから、その女に説明して、きちんと打ち合わせをしておけ」
「分かりました。宜しくお願いします」
 男二人での短い会話を終わらせた友之は、部屋を出て客間に向かった。


「関本、今ちょっと良いか?」
「はい、大丈夫です。どうかしましたか?」
「その……、例の男の撃退準備が整ったとの連絡が……」
 ドアを開けて招き入れた友之の顔をしげしげと眺めた沙織は、自然に渋面になった。


「何だか松原さんが、もの凄く不本意そうな顔をしている気がするのは、気のせいでしょうか?」
「不本意と言うか……、意味が分からなくて不安だ」
「取り敢えず、説明をお願いします」
 そう促した沙織だったが、説明された内容を聞いて、その意味不明さに本気で頭を抱える事となった。


 その翌日。いつも通り勤務していた沙織は、定時近くになってスマホに入った連絡内容を見て、僅かに顔を引き攣らせた。


(う……、そうですか。スタンバイOKでいらっしゃいますか……。もう、どうとでもなれ! どんな事態になっても、責任なんか持たないわよ!?)
 無意識に顔を向けると、同様に連絡を受けたらしい友之が無言で頷いたのを見て、ちょうど仕事に区切りをつけた沙織は、手早く帰り支度をして立ち上がった。


「それではお先に失礼します」
「ああ」
「お疲れ」
 周囲の者達は自然に挨拶を返してきたが、佐々木は友之と彼女を交互に見ながら、不思議そうに問いかけてきた。


「あれ? 先輩? 今日は課長と、一緒に帰らないんですか?」
「ええと……、今日は諸事情で一人で帰る事に……」
「え!? 何を言ってるんですか、そんなの駄目に決まってるでしょうが!! 俺が送って行きます!」 血相を変えて勢い良く佐々木が立ち上がった為、困った沙織は彼を押し止めようとした。


「あのね、佐々木君。それはちょっと、遠慮させて貰うから」
「どうしてですか!? 俺がサッカー部出身だから、腕っ節が立たないと思われてるからですか!?」
「そうじゃなくて」
「佐々木、実は今日、例の勘違い迷惑男を撃退する為の策を講じていてな。顔見知りの人間が関本の近くにいると、相手が警戒して寄って来ないかもしれないから、困るんだ」
 そこで友之が事情を説明したが、佐々木の険しい表情は変わらなかった。


「まさか今日本当に、このビル近辺に奴が居やがるんですか?」
「それらしい男がいると、先程連絡があったが、慎重を期して奴で間違いないか、関本に確認して貰うつもりだ。だからお前は、このまま残業していろ」
「でも課長!」
「当然、奴に顔を見られている俺も待機する」
 そう言い聞かせた友之に、佐々木が疑念に満ちた表情で問いかける。


「課長が対応をお任せしている人は、本当に信用できる方なんですか?」
「……多分な」
「多分って、課長!」
 そこで佐々木が声を荒げたが、ここで一連の話を聞いていた同僚の一人が、鞄片手に立ち上がった。


「課長、それなら俺が、関本と一緒に帰ります。顔は例の男に割れていませんし、少し離れて後ろを付いて行けば大丈夫でしょう」
 その申し出を聞いた友之は、すぐに頷いて了承した。


「そうだな……。白木、詳細については、下に降りながら関本に聞いてくれ」
「了解しました。じゃあ関本、行くか」
「はい、失礼します」
「お疲れ」
「気をつけてな」
 そして不満げに二人を見送った佐々木が、再度友之を振り返る。


「……課長?」
「大丈夫だ」
 一抹の不安を抱えながらも、友之は頷く事しかできずに、小さく溜め息を吐いた。


(白木さんは後ろを付いて来てくれている筈だし、指定されたNS第6ビルの角はすぐそこだから、奴と首尾良く遭遇したら、そこの路地に逃げ込むわけだけど……。連絡通り本当に来てるの?)
 そんな事を考えながら、社屋ビルを出て歩き出した沙織だったが、1ブロックも歩かないうちにいきなり横から腕を掴まれた。


「おい、沙織。お前、この前俺をはめたよな? 注意してニュースを確認していたが、ここら辺の殺人事件なんて欠片も無かったぞ!? 人を馬鹿にしやがって!!」
 憤然としながら文句を言ってきた翔を、沙織はしらけ切った目で眺めながら言い返した。


「……だってあんた、馬鹿だし」
「何だと!? 俺がどれだけビビったと思ってやがる! 俺の時間を返、うっ!」
「やっぱり馬鹿は死ななきゃ治らないみたいね!」
「おい、待てよ! 沙織、ふざけんな!」
 力一杯翔の臑を蹴りつけ、痛みに怯んだ隙に腕を振り解いて駆け出した沙織は、首尾良く指定されたビルの谷間の路地に駆け込んだ。すると突き当たりに行く前に、夜にも関わらずサングラスをかけて佇んでいた男が、声をかけてくる。


「関本沙織だな?」
「あなたの義理の従兄弟のお名前は?」
「愉快な課長様だ」
「ご苦労様です……」
 予め、合い言葉として伝えられていたやり取りをしただけで、沙織はどっと疲れが出たが、背後で勃発した騒動を耳にして振り返った。


「おい、お前ら何すんだ、離せよ!? 沙織、何なんだこいつら!?」
「あれで間違い無いな?」
「はい、間違いありません」
「一名様ご招待だ。行くぞ」
「何を、うごがっ!? あがえおっ!! だおぶぁっ!」
 サングラスの男が手振りで指示を出すと、沙織同様、走り込んで来た翔を取り囲んで拘束していた三人の男は、手早く彼を縛り上げながら猿ぐつわを噛ませ、一分後にはバンの後部に押し込んでいた。


「……手際が良いですね」
「これまでに躾がなっていない馬鹿を扱った事が、多少はあるからな。これから俺は忙しいから、お前からあいつに連絡しておけ」
「分かりました。宜しくお願いします」
 沙織が素直に頭を下げると、目の前の男はさっさとそのバンに乗り込み、あっさりとその場から走り去って行った。それから曲がり角の陰から一部始終を見守っていた白木が、狐に摘ままれた表情で近寄って来る。


「関本、大丈夫か?」
「はい。あれがどうなるかは保証の限りではありませんが。今からこの事を課長に連絡しますので、白木さんからも一言説明して貰えますか?」
「そうだな、佐々木が『本当に大丈夫なんですか? 先輩が脅されて大丈夫って言ってるだけじゃ無いですか?』とか言いそうだ」
 そして溜め息を吐いた白木と共に友之に一報を入れた沙織は、釈然としない気持ちのまま白木と別れて松原邸へと向かった。


「お帰りなさい。友之から連絡が来ていたけど、大丈夫だった?」
 真由美に迎え入れられて早々に尋ねられた沙織は、困惑気味に答えた。


「はい、大丈夫でした。相手はどうだか分かりませんが。これで本当に、来なくなるんでしょうか?」
「大丈夫よ、清人君が仕組んでいるんだもの」
「はぁ、そうですか……」
(課長の義理の従兄弟さんって、本当にどんな人なの?)
 妙に自信満々な真由美を見て、沙織は本気で首を傾げたが、その疑念は遅れて友之が帰宅しても解消しなかった。


「お帰りなさい」
「ただいま。ああ、関本。明日も帰りは、一人で地下鉄で帰ってくれ」
 真由美と共に彼を出迎えた沙織は、驚いて目を見張った。


「もう大丈夫って事ですか?」
「いや、そうじゃなくて……。撃退策の仕上げだそうだ。詳細は話して貰えなかったが」
「何なんですか、それは……」
「もう、清人君ったら手際が良過ぎよね!」
「そういう訳だから、一応心配だから、明日は少し離れて俺が様子を見る」
「そうですか。宜しくお願いします」
(どういう事かしら? 今日何か、思い知らせるわけじゃ無いわけ?)
 素直に頷きながらも、何がどう大丈夫なのかと、沙織は無意識に顔を顰めていた。




 翌日、一日もやもやした気持ちを抱えつつ仕事をこなしていた沙織は、定時を過ぎて腰を上げた。


(さて、松原さんの言う通り、一人で外に出てみたものの……。うん、おまけ付きだけどね)
 友之に加え、どうしても様子を見ると頑張った佐々木を引き連れ、社屋ビルを出た沙織は、二人の前方を前日同様一人で歩き始めた。すると苛立たしげに叫びながら、その行く手を翔が遮る。


「おい、沙織! 今日こそは連絡先を教えろ!」
 しかし沙織は傷一つ無い翔を見て、不思議そうに問い返した。


「あれ? あんたピンピンしてるじゃない。昨日の人達に、何もされてないの?」
「何言ってんだ?  昨日って何だよ?」
(ちっ! 課長の従兄弟なのに使えない……。あの男、何やってんのよ)
 訝しげに言い返した翔を見て、沙織は心の中で悪態を吐いたが、すぐにそれを撤回する事になった。


「沙織、さっさと、ぐあっ!」
「……え? 急に何?」
 沙織の腕を掴んで恫喝しようとした翔だったが、掴んだ瞬間いきなり呻き声を上げて両手で頭を抱えた。それを見て目を丸くした沙織だったが、翔がなおも手を伸ばして彼女の腕を掴む。


「ちょっと頭痛がしただけだ! だから連絡先を、ぐおぉっ!」
 しかし再びすぐに腕を離し、頭を抱えてしゃがみ込んだ翔を、沙織は怪訝な顔で見下ろした。


「……何? あんた変な病気持ちだったの?」
「何で俺が病気持ちなんだよ! いいからさっさと、ぎえぇっ!」
 腹を立てながら、沙織の足を掴んだ翔だったが、その瞬間悲鳴じみた声を上げてすぐに手を離した。ここで完全に状況を把握した沙織は、余裕の笑みを浮かべながら確認してみる。


「……要するに? あんた私に触ると、頭が割れるように痛くなるとか?」
「そんなわけあるか!」
「じゃあこうすれば、どうなのかな?」
「いででででっ! 離せぇぇっ!」
 勢い良く沙織が翔の肩を掴んでみると、彼は顔色を変えてその手を振り払った。それで確信した沙織は、薄笑いを浮かべる。


「うわ……、面白い。前言撤回。従兄弟さん、良い仕事してるわ。……佐々木君! 大至急、こいつを確保して!」
「了解しました!」
 即座に方針を決めた沙織は、背後を振り返ってそちらの方角にいる筈の佐々木に向かって声を張り上げた。すると雑踏の中から佐々木が現れ、俊足を活かして立ち上がった翔の背後に素早く回り込み、羽交い締めにする。


「あ、おい! 何するんだ、お前!? 沙織、何する気だ!?」
「ふっ、あんたのせいで、私がどれだけ迷惑を被ったと思ってんのよ。ここで纏めて憂さを晴らしてやろうじゃない! まずはこうだ!」
「ぐああぁぁっ! や、止めろぉぉっ!」
 沙織が正面から翔の額を鷲掴みにした途端、翔が悲鳴を上げ、佐々木は彼を捕まえながら面食らった。


「先輩? 何やってるんですか? それにこいつ、どうして嫌がってるんです?」
「何だかこいつ、私に触ったり触られたりすると、猛烈に頭が痛くなるらしいのよね」
 ニヤリと笑いながら沙織が説明すると、佐々木は同様の笑いを返した。


「なるほど……。それでは先輩。思う存分やってしまって下さい」
「言われなくても! 食らえぇぇっ!」
「うひゃぁあぁぁっ!」
 両手で翔の頬を摘まみ、盛大に左右に伸ばした途端、翔から情けない悲鳴が上がる。


「これならどうだ!」
「ぐほぉあっ!」
「へえぇ? 足で踏まれても駄目なんだ。面白過ぎる! よし、次いくぞ!?」
「ぐあぁああっ!」
「ふはははは、天誅! 思い知ったか、ヒモ野郎!! 正義は勝つ!!」
 沙織が足で翔の足を盛大に踏みつけた挙げ句、翔の腹に靴の底を押し付けてぐりぐりとえぐり、翔の悲鳴と佐々木の高笑いが響き渡っている光景を見て、さすがに傍観できなかった友之が、姿を現して制止した。


「関本、佐々木、もう止めておけ。どう見てもお前達が二人掛かりで、こいつをいたぶってるようにしか見えん」
「えぇ? そんな事無いわよね、佐々木君?」
「はい、そんな事ありませんよ、課長」
「……取り敢えず、警察が来たから止めろ」
 至近距離にパトカーが停まり、降りた警官がまっすぐ自分達の方に向かって来ているのを確認した友之が、再度言い聞かせた。それを見た二人は、不承不承翔から離れる。
 すると歩道にへたり込んだ翔に、やって来た警官の一人が声をかけた。


「おい、お前。名前は桐生翔で間違いないな?」
 それを聞いた翔は、勢い良く顔を上げながら警官達に訴えた。


「そうだよ! それよりこいつらを、捕まえてくれよ! こいつら俺を、今まで散々いたぶって!」
「桐生翔。横領罪の容疑で逮捕する」
「身柄確保。現在時刻、十八時十五分。さあ、行くぞ」
「はぁ? 横領って何だよ!? おい! 俺は知らねぇぞ!?」
 いきなり問答無用で手錠をかけられた翔は仰天したが、警官達は構わずに彼を引きずってパトカーに押し込み、走り去って行った。
「どういう事ですか?」
 呆然としながら見送った沙織と佐々木が、事情を知っていそうな友之に尋ねると、彼は溜め息を吐いてから説明してきた。


「奴が解雇される原因になった、横領事件。実際に経理操作をした女性は業務上横領の罪に問われるが、直接奴の口座に振り込んでいて、弁済能力は無い」
「それはそうですよね」
「会社側も事件化する事に二の足を踏んでいたが、正式に被害届を警察に提出する事にしたらしい。奴には犯罪教唆の面からも、罪が問えると弁護士が入れ知恵したらしいな。身内から犯罪者を出したくない実家辺りに話を持ち込んで、そこが金を出して、何とか示談に持ち込むんじゃないか?」
 それを聞いた沙織が、慎重に確認を入れた。


「それ……、例の従兄弟さんが手配したんですか?」
「ああ。会社側に働きかけつつ、奴がここに現れたタイミングで警察に情報を流したそうだ」
「因みに……、奴が変な頭痛持ちになっていた理由は……」
「昨日催眠術をかけた上で、昨日遭遇した事実自体を記憶から消したそうだ」
 大真面目にそんな事を言われてしまった沙織は、思わず遠い目をしてしまった。


「……物騒な従兄弟さんですね」
「俺もあまり、借りは作りたくない相手だ」
「でも関本先輩に触っても触られても酷い頭痛持ちになったなら、今後間違っても纏わり付けませんよね!? さすが課長のご親戚です!」
「うん、そうね……」
「確かに一切、手抜きは無いな……」
 嬉々として頷いた佐々木と別れ、沙織と友之は一緒に帰宅の途についた。


「色々ご迷惑おかけしましたが、これでマンションに帰れます。ありがとうございました。明日にも戻りますので」
 電車に乗り込んでから沙織が改めて礼を述べると、友之が変な顔になった。


「戻る? 明日?」
「はい。奴が捕まりましたし、それ以前にあんな変な体質になったのなら、私に近寄る筈もありませんし」
「ああ……、それはそうなんだが……」
「どうかしましたか?」
 何やら煮え切らない返答の友之に、沙織が不思議そうに問い返すと、彼は弁解がましく言ってきた。


「その……、関本が来てくれてから、毎日両親が機嫌が良いし、お前の面白い一面が分かって楽しく過ごしていたし、何も急いで帰らなくても、週末までいるとか」
「長々とマンションを空けてしまったので、ジョニーに愛想を尽かされていないか心配なので」
「……そうか。そう言えばジョニーは、俺とは比べものにならないイケネコだったな」
 微妙に自分から目を逸らし、哀愁を漂わせ始めた友之を見上げて、沙織は少々焦った声を上げた。


「え? 別に、松原さんが落ち込む事はありませんよね? 松原さんはジョニーとは違って、立派な胸筋腹筋背筋の持ち主ですし」
「そうか……。俺は所詮、顔と身体だけの男か……」
「いえいえ、仕事も気配りもできる、自慢の上司ですから!」
「それなら、ジョニーが待っているマンションと、俺の家のどちら」
「マンションです」
 きっぱりと断言した沙織に、友之は吊革に掴まりながらがっくりと項垂れた。


「……せめて最後まで質問を言わせろ」
「ああっ、すみません! 本当に悪気は無かったんですが、あまりにも明確な答えだったもので!」
「お前、本当に容赦ないな……」
 益々焦る沙織を見ながら、友之はそれ以上無理に引き止める言葉を口にできず、苦笑する事しかできなかった。





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