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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(16)奥様は天真爛漫

 スーツケースを引いた沙織が、友之と一緒に地下駐車場に降りると、自家用車通勤が認められているのは社の幹部だけの為、エレベーターを降りた向こうは、人気が無く静まり返っていた。そのまま微妙に気まずい思いで待っていると、数分後に松原工業代表取締役社長である義則が降りてくる。


「やあ、二人とも。待たせたかな?」
「いえ、社長。時間通りです」
 一応人目が無くとも、社内ではトップと課長の立場で言葉を交わす親子の横で、沙織が勢い良く頭を下げた。


「あのっ! 私は営業部第二課所属の関本と申します。この度は、社長にまでご迷惑おかけしまして」
 しかしその台詞を遮るように、義則が苦笑しながら宥める。
「ああ、関本さん、大丈夫ですよ? それに我が家に滞在している間、あなたには多少ご迷惑をおかけする事になるかと思いますので、滞在する事に対して、あまり引け目に思わないで下さい」
「え? ご迷惑って……」
 頭を上げて困惑した沙織に再度微笑んだ義則は、車のキー息子に差し出しながら指示した。


「それは道すがら後部座席で説明する事にして、取り敢えず運転は松原課長にお願いしようか。宜しく頼むよ」
「……了解しました」
 微妙に物言いたげな表情になったものの、友之はおとなしくそれを受け取って歩き出し、沙織は義則と並んでその後ろに付いて歩き出した。


(ちょっと待って! それなら私は後部座席に、社長と並んで座るわけ!?)
 その可能性をすっかり失念していた沙織は、内心で激しく動揺したが、友之はクラウンの前まで来ると無言でロックを解除し、さっさとトランクに彼女のスーツケースを詰め込んだ。更に彼が運転席に収まった為、沙織は色々諦めて緊張しながら後部座席に収まる。


「パッと見て、それらしい奴は居ないな……」
 エンジンをかけてゆっくりと車を出した友之は、地下駐車場から幹線道路に出た所で、周囲を見回した後、無意識にそんな呟きを漏らした。それを聞いた義則が、沙織に同情する眼差しを向ける。


「息子から簡単に話を聞いたが、とんだ災難だね。だが社員の安全確保も管理者と使用者の義務だから、安心しなさい」
「ありがとうございます」
「それはそうと、友之。これに関して、これから何か手を打つのか?」
 職場から離れた途端、ただの親子関係に戻った義則が息子に尋ねると、友之は運転しながら微妙に気が進まない口調で答えた。


「正直、俺の手には余るから、清人さんに一任した」
「ああ、なるほど。清人君に任せたなら、心配は要らないな。関本さん。近いうちに解決するから、安心していなさい」
「はぁ……」
 妙に自信たっぷりに言われて、沙織が困惑していると、義則が神妙な顔付きになって言い出した。


「それでさっき口にした、関本さんに迷惑をかけると言う話だが……。ストーカーじみた男に困っている、友之の部下を暫くうちに泊めると言ったら、妻がもの凄く喜んでしまってね」
「あの……、どうしてでしょうか? 普通ですと、ご迷惑なだけなんじゃ……」
「『王道のオフィスラブの世界』だから、だそうだ」
「……はい? オフィスラブ?」
 言われた内容が咄嗟に理解できず、沙織が戸惑った表情になったが、ここで運転しながら友之が焦った声で会話に割り込んできた。


「父さん! 俺は彼女は単なる部下だと、ちゃんと言ったよな!?」
「ああ。そう聞いたし、真由美にもきちんとそう説明したんだが……、『母親の勘よ! 友之が自覚していないだけで、これは絶対脈ありよね!? 日常業務の合間合間に愛を育む。なんて素敵な王道なの!? 私が求めていたのはこれだったのよ! しかも無粋な横槍を入れてくるライバル付きだなんて、完璧じゃないの!』と大盛り上がりで、全く話を聞いてくれなくて」
「勘弁してくれ……」
 運転席から友之の呻き声が伝わり、沙織は戸惑いながら再度尋ねた。


「あの……、差し支えなければ教えて頂きたいのですが、どうして奥様はそんなにオフィスラブ等に思い入れがあるのでしょうか? 何かその手の愛読書がおありなのですか?」
「愛読書があるかどうかは知らないが、妻が『普通一般の恋愛模様の、傍観者になりたい』と、常々切望しているんだ。なにしろ私の甥や姪達は、揃いも揃って普通一般とは言い難い恋愛を経て、結婚しているものだから……。妻の持論は『恋愛はジェットコースターじゃなくて、メリーゴーランドなのよ!』なんだ。少しずつお互いを理解していく若者を、時に厳しく叱責し時に温かく見守るのが、年長者の役目らしい」
 義則から苦笑まじりの説明を聞かされた沙織は、何と言ったら良いものか少しだけ迷った末、穏便な表現で感想を述べた。


「……奥様は、天真爛漫な方みたいですね」
「関本さんは、上手い事を言うね」
 それを聞いて思わず失笑した義則に、沙織が何気なく尋ねる。


「あの……、先程のお話の中で、社長の甥や姪に当たる方と言うのは、課長の従兄弟に当たる方々ですよね?」
「ああ。妻は一人娘だから、血の繋がった甥や姪はいないが、私は四人兄弟だからね。私の甥や姪は数多くいるんだ」
「ですが普通一般という事に関しての解釈や範囲などは、人それぞれではないですか? 恋愛に定まった形などは無いと思いますが」
 控え目に沙織が意見を述べると、義則が重々しく頷いてから、詳細を語り出す。


「確かに、関本さんの言う通りだが……。甥の一人は板前修行中に、そこの料亭の一人娘に手を出して駆け落ち同然に結婚したし、姪はそれまで全く交際などはしていなかったが、ずっと好きだった男を押し倒して電撃入籍したし。他にも甥の一人は相手との結婚を反対されて、兄と乱闘騒ぎを起こした挙句アメリカに駆け落ちしたし、最近も甥が一人、子持ち未亡人とすったもんだの末、三年がかりで何とか結婚に持ち込んでね。……ああ、それから私の妹も、大学卒業直後に家出して、十五歳年上のバツイチ子持ちと結婚して、それを反対した父と絶縁したんだ。今言ったような恋愛話と言うのは、普通一般の範疇に入るだろうか?」
 大真面目にそう問われた沙織は、僅かに顔を引き攣らせながらも、精一杯の誉め言葉を口にした。


「……社長のご一族は、揃いも揃って情熱的な方ばかりみたいですね」
「『情熱的』か。言い得て妙だね」
 義則がおかしそうにくすくすと笑い出すと、前方から友之が自問自答する声が聞こえてきた。


「本当に俺の親族に、普通一般的な恋愛を経て、結婚した人間っていないかもな……。そもそも父さんと母さんも」
「友之?」
「…………」
 しかし義則が静かに息子に呼びかけながら、バックミラー越しに意味ありげに微笑んだ途端、友之は口を閉ざす。


(え? 何? 課長が何を言いかけたのか、もの凄く気になるんですけど!?)
 沙織が困惑しながら、男二人に交互に視線を向けていると、話題を誤魔化す為か義則が強引に話を纏めた。


「とにかくそういう事だから、三十を幾つか過ぎても、未だにフラフラしている一人息子を持つ母親の心情としては、関本さんは正に『飛んで火に入る夏の虫』なんだ。先に謝っておくよ。申し訳ないが、色々察してくれ」
 そう言われた沙織は、どこか遠い目をしながら呟く。


「獲物認定ですか……」
「ああ、いわゆる『前門の虎、後門の狼』状態かな?」
「父さん……、洒落になってないから。関本、すまないな」
「いえ、当面お世話になるわけですし、甘んじて虫扱いを受け入れます」
 良かれと思って呼び込んだら、母親が手ぐすね引いて待ち構えていると言う事態に、友之は心底申し訳無く思い、沙織は彼のそんな心情を理解して、完全に腹をくくって頷いた。するとそれがツボに入ったのか、義則が機嫌良さげに笑い出す。


「ぶははははっ!! 関本さんはなかなか楽しいな! うん、俺も気に入ったぞ。良かったな、友之」
「何が良いんだ、ふざけるな!!」
(社長、絶対楽しんでる……。課長のご両親だし、夫婦揃って悪い人では無いと思うけど……)
 友之の本気の怒鳴り声を聞いた沙織は、一抹の不安を覚えつつ、おとなしく後部座席に収まっていた。


 無事に松原家に到着し、電動のシャッターが上がっていく車庫の中にクラウンが吸い込まれるように停められて、沙織は完全に腹を括った。しかし出入り口とは反対側の壁に設置してある扉を抜けて、庭を歩き出した彼女は、立派な玄関の前に立って硬直する羽目になった。


「さあ、関本さん。レディーファーストですから、遠慮なくどうぞ」
 鍵を開けてドアを開き、笑顔で譲ってきた義則に、そこまで言われて固辞もできず、沙織は神妙に頭を下げた。
「……恐縮です。失礼致します」
(勤務先の社長に、ドアを開けて貰うって……。なんかもう、本気で罰ゲームじみてきた)
 既に車を降りた時から、スーツケースは友之が引いており、気持ちはありがたいけどこちらの心情も察して欲しいと、沙織は心底願った。そんな彼女が広い玄関に足を踏み入れると、車庫での物音が耳に入っていたのか、年の頃から考えると社長夫人兼友之の母に間違いない女性が、上がり口で待ち構えていた。


「いらっしゃい! あなたが関本さんね? ようこそ、ゆっくりしていって頂戴! 1ヶ月でも2ヶ月でも好きなだけ」
「母さん。それだと例の男に、同じだけ纏わりつかれる事になるから」
 沙織の後ろから、友之が窘めるように言い聞かせたが、彼の母親である真由美は面白く無さそうに呟く。


「清人君に手を抜くように、こっそりお願いしておこうかしら?」
「母さん?」
「冗談よ、冗談! さあ、皆上がって頂戴。ご飯も出来てるし」
「頼むから、笑えない冗談は止めてくれ……」
(予想以上に、強烈キャラのお母様みたい)
 息子に睨まれたものの、笑い飛ばした彼女は明るく三人を促し、前後二列になって歩き出した。すると軽く体を捻る様にして沙織を見ながら、真由美がしみじみとした口調で言い出す。


「でもやっぱり関本さんって、真澄ちゃんのように“華やか女王様”系でも、清香ちゃんのように“ゆるふわお姫様”系でもなくて、“孤高の女騎士様”系なのね。やっぱり身近な女性とは違うタイプに惹かれるって言うのは、本当みたいだわ」
「……はい?」
 いきなり意味不明な事を言われて沙織は本気で戸惑ったが、友之は盛大に言い返した。


「母さん! だから関本は、そんなんじゃないって」
「だって関本さんって、周りからクールビューティー系って言われない?」
 息子の叫びを丸無視しながら真由美が尋ねてきた為、沙織は一瞬考え込んでから告げた。


「クールビューティーかどうかは分かりませんが、最近私は『ツンデレならぬツンツンだ』と、職場の先輩に言われました」
「『ツンツン』って何の事?」
「ツンデレのデレ抜きの事です」
「ぶっ、ぶふぁあぁっ! ツッ、ツンツンって! うわははははっ! せっ、関本さん、面白いなっ! あはははは! はっ、腹が痛いっ!」
 不思議そうな顔になった真由美に沙織が解説すると、いきなり義則がお腹を抱えて廊下に崩れ落ちるように膝を付き、爆笑し始めた。しかしそれを見ても妻子は動揺する事無く、沙織を連れて奥へと向かう。


「ほっとけ。行くぞ」
「え、えぇ!? いえ、あの、でも!」
「良いのよ。好きなだけ笑ったら、ちゃんと来るから。さあ、行きましょうね」
 そして盛大に笑い続けているその家の主を放置して、三人は広いダイニングキッチンへと入った。
 結局、真由美が料理を並べている間に、何とか笑いが収まったらしい義則が姿を現し、無事四人で夕食を食べ始めた。


「関本さん。食べられない物とか、苦手な物は無かったかしら? 友之に聞いておくのを忘れてしまって」
「アレルギーも好き嫌いもありませんし、大丈夫です。美味しく頂いています」
「そう? 良かったわ。お代わりが欲しい時は、遠慮無く言って頂戴ね?」
「はい、ありがとうございます」
 まず気がかりな事を沙織に尋ねた真由美は、それが解決すると息子に向かって疑いの目を向けた。


「ところで友之。関本さんは直属の部下なんでしょう? まさかとは思うけど、パワハラとかセクハラとかしていないわよね?」
「何でそんな事を、言われなくちゃならないんだ!」
「私だって自分の息子が、自分の立場を利用して部下に手を出したとか思いたく無いわよ? でもねぇ……、一応確認しておこうと思って」
 実の母親に大真面目にそんな事を言われて、友之は盛大に顔を引き攣らせながらも、いつもの声音で応じた。


「誤解だ。関本とはプライベートでも友人だが、疚しい事は一つも無いから。そうだよな?」
「はい。一応職場を離れた所では、『松原さん』とお呼びしていますが」
 しかしその答えは、微妙に彼女のお気に召さなかったらしく、不満そうに問いかける。


「つまらないわ……。疚しい事が一つ位あるのが、男の甲斐性なんじゃないの?」
「母さん、怒るぞ?」
「ねえ、あなた?」
「ここで俺に聞くな。言っておくが、俺にも疚しい事は一つも無いぞ?」
「そうなの?」
(うん、パワフルなお母様と言って良いよね?)
 そんな話を聞きながら、沙織は遠い目をしてしまったが、すぐに話の矛先が彼女に向かった。


「そうそう、関本さんのお名前は何て言うの?」
「沙織です」
「まあ、素敵な名前。じゃあ沙織さんって呼んでも良い? 私の事は真由美さんって、呼んでくれて良いから」
「ええと……」
 さすがに戸惑った沙織を庇う様に、ここで友之が会話に割り込んだ。


「母さん。どうしていきなり名前呼びなんだ?」
「だってうちには『松原』姓の人間が三人いるし。沙織さんが呼びかける時に、区別が付かないと困るでしょう? 友之が『松原さん』だし。あ、主人は『社長』で構わないわ」
 一応、筋は通っていた為、沙織は素直に頷いた。


「分かりました。真由美さんとお呼びします」
「ええ。ところで沙織さんって何歳なの? 主人が聞いたらセクハラだけど、女の私が聞いたら大丈夫よね?」
「真由美……」
「母さん……」
 二人は(男の自分達が目の前で聞いていると、どのみち駄目なんじゃないだろうか?)とか(社長夫人の問いかけを無視できないから、どのみちパワハラじゃないのか?)などと思ったが、沙織は全く気にせずに正直に答えた。


「二十七です。来月二十八になりますが」
 しかしここで、真由美が予想外の反応を見せた。
「……え? それじゃあ、友之の五つ下?」
「入社年度は松原さんの五期下ですから、そうだと思います」
「…………」
 年齢を告げた途端真由美が黙り込み、男二人も無言のまま目を見交わす。それに従い、室内の空気が微妙に重苦しい物に変化した為、沙織は控えめに声をかけてみた。


「あの、それが何か……」
 するとそれで我に返ったように、真由美がにこやかに微笑む。
「いえ、何でも無いのよ。若いって良いわね」
(何だろう? さっきちょっと、微妙な空気だったんだけど)
 それからは和やかに世間話をしながら食べ進めた沙織だったが、その時の事が妙に心に引っかかっていた。


 夕食後、与えられた客間に籠って、持って来た荷物を広げて整理していた沙織だったが、一区切りついたところで、ノックの後に友之が顔を出した。


「関本、何か不足している物は無いか? 母さんが、スーツ用のスチーマーもあるし、クリーニングも出しておくから、遠慮無く言ってくれだと」
「分かりました。その時はお願いします」
 ありがたく沙織が頭を下げると、殆ど空になったスーツケースを見た彼が、安心したように声をかける。


「一応、片付いたみたいだな」
「はい。クローゼットが造り付けだし、仕分け用の棚もあって助かりました。ちゃんとした客間を準備してあるのって、珍しいですよね」
「この家は、かなり余裕がある造りだからな。客間は四部屋ある」
「そんなにですか?」
 確かに大きい家だったが、そんなにあるのかと沙織は本気で驚いたが、友之は笑ってその理由を告げた。


「以前は、母方の祖父母も同居していたからな。お祖父さんが会社の経営から退いてからは、今は伊豆で悠々自適の生活をしているが」
「なるほど。ところで松原さん。私が二十七か八だと、何か都合が悪いんですか?」
 先程から妙に気になっていた事を口にすると、彼は一瞬迷う様な素振りを見せてから、慎重に話し出した。


「いや……、都合が悪いとかじゃなくて、両親がちょっと驚いただけだから。俺も、最近ではすっかり忘れていたし」
「驚く事ですか?」
「実は、俺には五つ下の妹がいる筈だったんだが、その子は母の胎内にいる時に、母の病気が判明したんだ」
「え?」
 予想外の事を言われて沙織は戸惑ったが、友之は当時の事を思い出しながら話を続けた。


「当時、俺は子供だったから、詳細については知らないが……。後から祖母に聞いた話では、症状が軽ければ出産まで待って手術する事も可能だったが、分かった段階で早急に手術する必要に迫られたらしい。それに胎児がもう少し育っていたら、かなりの未熟児でも保育器で何とか育てられた可能性があったらしいんだが……」
「それで、どうされたんですか?」
「結局、母の命を優先して手術をして、母は助かったが、それ以後は子供が産めなくなった」
「その子供が無事に生まれていたら、私と同じ年だと」
「ああ」
「そうでしたか……」
 友之が一人息子である事から推測はできたものの、一応沙織が尋ねてみると、彼は予想に違わぬ答えを返してきた。それを聞いて沙織が神妙な顔になっていると、暗い話題を出してしまった事を反省した友之が、口調を幾分明るくしながら告げる。


「だから余計に、母は父の姪に当たる二人を、猫可愛がりにしていて。いつ泊まって貰っても良いように、客間はきちんと整える習慣が出来ているんだ」
 それを聞いた沙織は、改めて室内を見回しながら、納得したように頷いた。


「なるほど。ちゃんと机やドライヤー付きのドレッサーまで、常備されている理由が分かりました。それで、その姪ごさんってもしかすると、真由美さんが玄関で口にしていた、『女王様』と『お姫様』の事ですか?」
「正解。俺の従兄弟達の中では、彼女達の他は俺も含めて六人が男なんだ」
「男女比率が、著しく偏ってますね……。真由美さんが猫可愛がりするのも頷けます」
「最近では清香ちゃんも就職して、滅多に家に遊びに来てくれなくなってね。気が付かなかったが、母は結構、寂しい思いをしていたのかもしれないな」
 苦笑しながら友之がそう口にすると、沙織は軽く手を挙げながら問いを発した。


「素朴な疑問なんですが」
「何だ?」
「松原さんは、彼女さんを家に連れて来て無かったんですか?」
「……連れて来るような女性と、付き合って無かったからな」
「はぁあ?」
 微妙に言い難そうに友之が口にした内容を聞いて、沙織が軽蔑の色が混ざった視線を向ける。それを察した友之は、慌てて弁解した。


「いや、さっきのは変な意味じゃなくて! その、何と言うか、両親に紹介するって事は、結婚前提の相手って事になりかねないからな!」
「それでは松原さんはこれまで、遊んで捨てる様なお付き合いしかしてこなかったと」
「俺をどんな人間だと思ってる!? 全員と真面目に付き合っていたが、どうにも結婚となると違うと思って、別れただけだ!」
 その叫びを冷静に聞いた沙織は、ぼそりと口にした。


「不甲斐ない親不孝息子」
「…………」
「とまでは言いませんが」
「今はっきり言ったよな!?」
 思わず声を荒げた友之だったが、沙織は大真面目に結論を出した。


「分かりました。クールビューティー呼ばわりされた身で、何をどう出来るかは分かりませんが、こちらにお世話になっている間は、松原家の中で良い空気を保てるように、孤高の女騎士系として努力します」
 どうにも気の遣い方が微妙にずれていると思ったものの、友之は話題が逸れた事に安堵しながら、話を終わらせる事にした。


「いや、普通で良いから。とにかく、落ち着かないかもしれないが、早めに寝ろよ? 明日も普通に仕事だからな」
「はい、分かりました」
 そうして沙織の、松原家滞在の日々が始まった。





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