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酸いも甘いも噛み分けて

篠原皐月

(8)車道楽で服道楽

 終始沙織の主導で進んだプレゼントの選定も終わり、昼前には二人は店舗を出て幹線道路の歩道を歩き始めた。


「さくさく買い物が進んで、実にすがすがしい気分ですね、松原さん?」
「俺は、若干の不安を感じているがな……」
 笑顔で見上げてきた沙織に対して、友之が自身の手に提げている大き目の紙袋とその中身を、何とも言えない表情で見下ろす。それを見た沙織は、彼の懸念を笑い飛ばした。


「そんな深刻な顔をしないで下さいよ。大丈夫ですって! 『案ずるより産むが易し』って言うじゃないですか」
「現にもう買ってしまって、後は渡すだしな……。よし、じゃあ約束通り、昼は奢るから」
 そこで完全に気持ちを切り替えたらしい友之が真顔で申し出ると、沙織は苦笑しながら返した。


「分かりました。それじゃあ万が一、それがお母様のお気に召さなかったら、後日倍返しで奢りますので」
「そんなけち臭い奢り方をすると思ってるのか、見くびるな」
「それは失礼しました」
 そんな他愛も無い話をしながら二人は道を曲がって細い道に入り、少し歩いてビルの二階に入っている、無国籍風の創作料理店に入った。


「こんな所に、こんなお店があったんですね。知らなかったです。誰かと来た事があるんですか?」
「ああ、以前の彼女と」
「なるほど、確かにちょっと変わっていますけど、なかなか良い雰囲気のお店ですよね」
 二人でテーブルに落ち着いてから沙織は改めて店内を見回し、広げたメニューの陰で小さく溜め息を吐いた。


(店内は見事に女同士とカップルばかり。こんな所、間違っても知り合いに見られたくないなぁ……)
 すると溜め息を吐いた気配を察したらしい友之が、不思議そうに声をかけてくる。


「うん? どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。遠慮なくご馳走になります」
(とは言ったものの、仕事上の事ならともかく、課長とプライベートに関しての話題なんて咄嗟に浮かばないわよね。……あ、あれがあったか)
 場繋ぎの話題をどうしようかと、一瞬悩んだ沙織だったが、ふと思い付いた事があり、友之が店員に注文をし終えたタイミングで声をかけてみた。


「ところで松原さん。この機会に是非、お聞きしたい事があるんですが」
「それは構わないが、改まって何だ?」
「どうして職場で、いつも値が張るスーツばかり着ているんですか?」
 そんな事を大真面目に聞かれて、友之は驚いた顔になって問い返してきた。


「課内の誰かから、理由を聞いた事は無かったのか?」
「配属直後に只野先輩から、『あれが課長のスタイルやポリシーだから』と聞いた事はありますが、そこで話は終わっていましたので。こちらもそれ以上、突っ込んで聞く事はありませんでしたし」
 すると友之は、指折り数えながら自問自答を始めた。


「ええと……、関本は俺より五期下だし、只野は俺の三期下だから……。確かに、その理由を直接知っているのは、その前年に入った朝永より上の世代までかな? 実は、ちょっと揉めた結果なんだ」
「揉めたって、何ですか?」
 予想もしていなかった言葉を聞かされて沙織が首を傾げると、友之は淡々と説明を始めた。


「俺が営業二課に配属された時、三期上に貴島さんがいて、俺の指導役になったんだ。彼を知っているか? 今は再生エネルギー事業部に所属しているんだが」
「貴島さん……、名前だけは。確か、再生エネルギー事業部のどこかの課長になっていましたよね?」
「ああ、優秀な人だからな。俺は配属当初から嫌われていたが」
「はい? どうしてですか?」
 仕事上で厳しいのは当たり前だが、普段は人当たりが良く温厚とのイメージが強い友之を目の前にして、どうして嫌われるのかと沙織は本気で困惑した、すると彼が、苦笑いの表情で説明を続ける。


「入社直後から、今のようなスーツで出社していたから。でも一言弁解させて貰えれば、それまで本当にあのランクの物しか、着た事が無かったんだ。学生時代から親や祖父に連れられて、結構パーティーや会合に出席していたし。その時は当然、それなりの格好で出向かないといけないから」
 それを聞いた沙織は、納得して深く頷いた。


「そういえば……、確か松原社長はあの柏木産業創業家の出身で、そちらの閨閥は政財界に広がっていて煌びやかですよね……」
「そういう事。父は一人娘だった母と結婚して松原家に入ったが、父方の付き合いが今でも色々多くてね。個人的にも仕事上の取引でも」
「今、当時の状況が、リアルに想像できちゃいました。量産品のスーツを、成人式と就職活動でしか着た事のない垢抜けない新入社員の群れの中に、高級スーツをしっかり着こなしている、異端児が一人……。しかもそれが社長令息だったりしたら、悪目立ちする事確実ですよ」
 一人納得してうんうんと頷く沙織に、友之が疲れたように言い返す。


「異端児って何だ、異端児って。それで入社早々、目を付けられてしまったのは確かだが」
「その貴島さんにですか?」
「彼にだけでは無いがな。お前はふざけているのかと難癖を付けられた」
「別にふざけてはいませんよね? ジャージとかで出社したわけでは無くて、立派過ぎるスーツだったわけですから」
 真顔でそんな事を言われた友之は、深い溜め息を吐いた。


「本当に、関本は極端だな……。どうしてそこで、ジャージが出てくる。Tシャツとジーンズで出社したいとか言うならともかく」
「家で良くジャージでいますから。楽で良いですよ? 外に出ないなら、意外に職場でも良いんじゃ」
「頼むから想像するのも、冗談を言うのも止めてくれ。お前だと、いつか本当にジャージで出社して来そうで怖い」
「話が逸れたので戻しますね。それでどうして高級スーツ着用だと、ふざけている事になるんですか?」
 自分の懇願をスルーして冷静に話を戻した沙織に、友之は再度溜め息を吐いてから話を続けた。


「松原工業は業界内でもかなりの規模の企業だが、取引先が大企業ばかりとは限らない。特に精密機器製造用の機材を取り扱っている俺達営業二課の顧客は、中小企業がかなりの割合を占める」
「そうですね。それがどうかしましたか?」
「だから、『そういう場所に商談や納品に出向く時に、高級なスーツ姿だと相手の反感を買うから、安いスーツを着ろ』と言われたんだ」
「はぁ?」
 大真面目に言われた内容が咄嗟に理解できず、沙織は間抜けな声を上げた。しかし相手の顔を見て、それが冗談ではなく事実だと悟った瞬間、渋面になりながら言い返す。


「松原さんは、本当にそんな事を言われたんですか? 私、配属後に一度もそんな事を言われた事はありませんし、第一そんな言い方は、却って顧客を見下している事になりませんか?」
 その訴えを聞いた友之は、困り顔になって言葉を返した。


「確かに俺も、そう思ったんだがな……。当時は新人だったし、下手に職場内で波風を立てたく無かったんだ。それで言われた通り、周りが着ているようなスーツを買って着始めたんだが……、何かしっくりこなかった」
「量販品のスーツを着た松原さん……。駄目だわ、想像できない……」
 片手で顔を覆って呻いた沙織を見て、友之は苦笑いしながら話を続けた。


「それで仕事をしていたんだが、なかなか営業成績が上がらなくてな。色々悩んでいた二年目の時に、唐突に取引先の社長に言われたんだ。『あんた、服が似合ってないな』って」
「え? いきなりですか?」
 思わず顔を上げて問いただした沙織に、友之は真剣な面持ちで言い返す。


「ああ、いきなりだったな。一字一句までは覚えてはいないが、『うまく言えんが、借り物を無理やり着ている感じだぞ? あんたはそれが仕事着じゃないのか? 俺はこの作業着が仕事をする上での正装だから、薄汚れていても愛着があるし、これを着ている自分に誇りを持っている。だがあんたは俺よりは小奇麗な恰好をしているが、仕事に誇りを持っているようには見えんな』とか、そういう感じの事を言われたと思う」
 その台詞を吟味した沙織は、難しい顔になりながら慎重に問いを重ねる。


「……今のは、どういう意味でしょうか? それって単に、服云々だけの話じゃありませんよね?」
 それを聞いた友之は、少しおかしそうに笑った。


「鋭いな……。要はあの頃は自分でも知らず知らずのうちに、かなり委縮していたんだな。そこをその社長に突かれたわけだ」
「具体的には、どういう事ですか?」
「入社前に『俺が社長職を務めている以上、やりにくいぞ?』と父から言われて分かっていたつもりだったが、いざ入社してみたら色々と軋轢が激しくてな。父に迷惑はかけたくないし、下手に足を引っ張られたり陰口を叩かれたくないと、無意識に楽な方へと流されて、無理な挑戦をするのを避けていたから。元々の俺の性格だったら『安い服を着ろ』と言われた時点で、『そんな馬鹿な事があるか』と反発していた筈だ」
「松原さんだったら、そうでしょうね」
 これまでの職場での付き合いで、それなりに上司の性格について理解していた沙織は、心底納得して頷いた。すると友之が、一層笑みを深くしながら言い出す。


「その直後、従姉と顔を合わせる機会があって、何気無く一連の事を言ってみたんだ。彼女も父親が社長に就任している会社に勤務して、バリバリ働いていたから。そうしたら……」
「そうしたら?」
 友之が思わせぶりに口を閉ざした為、反射的に沙織が促すと、彼は笑いながら言ってのけた。


「『色々小さくてつまらない男ね! 第一、そんな奴は良い服だろうが悪い服だろうが、難癖付ける類よ。どんな服を着ていようが、結果を出せば良いでしょう? 社長の息子だからって妬まれていても、周り以上の実績を出して示せば、そんな輩は嫌でも黙るわ。自分の狭量さを示すだけだしね。友之、あなた入社二年目なのに、人並の仕事もできてないの? 恥ずかしいにも程があるわ。叔父様の恥になる前に、とっとと辞表を出しなさい』と一刀両断されたんだ」
 その容赦が無さ過ぎる物言いに、沙織はがっくりと項垂れた。


「……貴島さんと松原さん、双方に容赦ないですね」
「だが、それで完全に目が覚めたしな」
 そこで笑みを消した友之は、真顔になって説明を続けた。


「それ以降は取引先とそこの仕事に敬意を払う意味で、今のようなスーツを着る事にした。流石に最初は取引先でも奇異の目で見られたりしたが、面と向かって色々言って来た人には主旨をはっきり説明したし、何より自信と責任を持って仕事をしていれば、殆どの相手は打ち解けて納得してくれたから。それからは不思議なもので、どんどん業績が上がったんだ」
「なるほど、そういう事でしたか」
「またテーラーメイドを着始めたら、『お前、いい加減にしろ。仕事をなめてるのか!?』と貴島さんに突っかかられたが、『この服で、あなた以上の仕事はしています』と返したら、掴み合いの乱闘になりかけた。周囲に引き剥がされたがな。その後少しして貴島さんが異動になったものだから、俺が父親に言って営業二課から出したんだろうという噂が、その後暫くの間、まことしやかに社内に流れていた」
 淡々と語られた内容を聞いて、沙織が微妙な表情になった。


「松原さんが、そんな事をするわけないじゃありませんか……。社長令息っていう立場も、なかなか大変なんですね……」
「こればかりは仕方が無いな。嫌だったら、他社に就職すれば良かったわけだし」
「それでそれ以降、そのスタイルを貫いていると?」
「ああ、もうゲン担ぎとかそういうのを通り越して、プライベートではともかく、仕事中は仕立ての良い物を着ないと落ち着かないんだ」
「車道楽で服道楽ですか……、難儀ですね」
 半ば呆れながら感想を述べると、友之が苦笑いで答える。


「それほど難儀でも無いぞ? 実家暮らしだし、松原工業の給与体系がなかなかの物で助かっている」
「そうですね。管理職手当も貰っていますし、車とスーツの為に手当以上に頑張って下さい」
 そこで頼んでいた料理が来た為、運んで来た店員に笑顔で会釈する彼女を見てから、友之は少々疑わしげに尋ねた。


「……さっきの台詞、微妙に引っかかりを覚えたんだが」
 しかしそれに沙織は、フォークとナイフを動かしながら素っ気なく答える。


「気のせいです。この話を《愛でる会》の皆さんに教えたら、『きゃあ! やっぱり松原課長って、信念の人で素敵よね!』って言う歓声が湧き起こりそうですね」
「本当に素敵だと、微塵も思っていない口調で言うのは止めて欲しいんだが」
「一応、格好良いとは思っていますよ? さすが松原さんです」
「だからその棒読み口調は、勘弁してくれ……」
 うんざりしたように溜め息を吐いた友之に沙織は笑いを誘われ、彼を宥めてからは二人で楽しく食べ進めた。



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