召喚体質、返上希望

篠原皐月

(35)神の使徒、登場

 海晴の能力による異世界転移は天輝が召喚される場合と異なり、不思議な閃光も浮遊感も生じることなく、テレビのチャンネルを切り替えるように、周囲の景色が一瞬で変化するだけだった。そのため異世界転移が初めての悠真は転移が済んだ認識が一瞬遅れ、当惑しながら周囲を見回す。


「ちゃんと転移できたのか!? 天輝はどこだ!?」
「お兄ちゃん、あそこ! 天輝、迎えに来たわよ!!」
 既に数えきれないほど異世界転移を経験済みの海晴は、転移が済んだ瞬間に周囲の状況を判断した。そして悠真を放置し、10メートル程前方にいた天輝に向かって叫びながら突進する。しかしその進路を、揃いの制服を着た男達が遮ろうとした。


「なんだ、お前達は!? 無礼者を捕らえろ!」
「不審者だ! 聖女様に近づけるな!」
「直ちにあの二人を排除しろ!!」
 突然広間に現れた、見慣れない服装の男女であれば不審者扱いされるのは当然のことであり、天輝の至近距離にいた豪奢な椅子に座っていた壮年の男が、海晴を捕らえる指示を出した。それを受けて広い室内のあちこちから、あるいはドアを開けて警備担当らしい兵士達が二人目がけて殺到したが、海晴はそんな事は一向に意に介さなかった。


「不審者だぁ!? 誘拐犯の一味風情が、何をほざいてんのよ!! これでも食らえぇ――っ!!」
 怒りの形相で手を振り払う真似をしながら海晴が叫ぶと、兵士を含めた天輝の周囲にいた人間全員が勢い良く吹き飛び、壁に全身を叩き付けられた。


「うわぁあっ!!」
「ぐほぁっ!!」
「ぎゃあぁぁっ!!」
 広間前方の壁際で悲鳴や呻き声が上がり、後方に並んでいた者達が声を失って蒼白な顔で立ちすくむ中、海晴が満面の笑みで天輝に抱きつく。


「天輝、お待たせ!」
「海晴!! 来てくれたの!? ありがとう!!」
「当たり前じゃないの! 遅くなってごめん! 大丈夫!? 変な事はされてない!?」
「うん、大丈夫! わけが分からない事を言われたり、話が通じるのに意味は通じないのはこれまでにも経験済みだし!」
「良かった。でも心細かったよね? お父さん達から話を聞いた後だったし、もっと用心しておけば良かった」
「海晴のせいじゃないから! それに絶対、海晴が探しに来てくれると信じてたし! 大好きだよ、海晴!」
「私もだよ、天輝! 今まで大事なことを黙っていた不肖の妹を、信じてくれてありがとう!」
 二人で手を握り合い、涙ぐんで見詰め合う。その場だけ見れば十分に感動的な光景だったが、ここで悠真のいかにも不満げで不本意そうな声が割り込んだ。


「……あのな、二人とも。現状を理解しているか? 俺達は今現在、結構殺気だった武装した兵士達に取り囲まれているんだが?」
 その指摘に天輝は慌てて彼に顔を向け、海晴はあからさまに舌打ちをしながら言い返す。


「え!? あ、お兄ちゃんも来てくれたのね! 来てくれてありがとう!」
「ちっ! 姉妹の感動の再会に水を差すなんて、本当に不粋ね。状況が分かっているなら、そっちで適当にあしらっておいてよ。それくらい、気を利かせて欲しいわね。一応、年長者なんだから」
「ああ、分かったよ。全く、このろくでなしどものせいで……。どうやら話に聞いていた通り言語体系は全く不明だが、血統か異能の影響で互いの意思疏通はできるようでなによりだ」
 海晴の言い草に腹は立ったものの、ここでつまらない言い合いをしても相手に口では勝てないと分かっていた悠真は、怒りの矛先を諸悪の根源に向けることにした。


「貴様ら!! 自分達が何をやっているか、全然分かっていないようだな!? この聖女は神から遣わされた、貴様らとは比較にもならない尊い存在で、俺達は聖女と同族の神の使徒だ!! そんな至高の存在に対して武器を向けるとは、不遜極まりない愚民どもだな!! 全員、その報いを受けろ!! もう貴様らは何も見えず、何も聞こえない!! 聞こえるのは神の使徒である、俺の声だけだ!! たった今から暗黒と静寂の中、ひれ伏して己の罪に対する許しを請え!」
 注意深く半径5メートル程度の距離を取り、自分達を取り囲んでいる三十人程の兵士達を眼光鋭く見回しながら、悠真が語気強くそう宣言した。その途端、何故か兵士達が手にしていた剣や槍を取り落とし、ある者はその場に座り込み、あるも者は手探りでおぼつかない足取りで進みながら狼狽の声を上げる。


「なっ、何だと!? そんな馬鹿な!?」
「ひいっ!! 何も見えないぞ!」
「どうしてこんな真っ暗に!」
「嘘だ!! 誰か! 誰かいないか!」
「今、ぶつかったのは誰だ!? 教えてくれ!」
 普通に目を開けている筈なのによろめいてぶつかり合い、悲鳴を上げている動揺著しい兵士達を見て、天輝は呆気に取られた。


「え? あの人達、どうしちゃったの?」
「だから、さっきお兄ちゃんが暗示をかけたように、この人達は自分が何も見えないし何も聞こえないと思い込んで、パニックを起こしてるのよ。あら、危ないわね!!」
「うぎゃあぁぁっ!!」
 天輝に説明しながら、自分達に近付いてきた一人の兵士の腹を海晴は容赦なく足蹴にし、相手を床に蹴り転がした。それを見て天輝は顔色を変え、非難の声を上げる。


「ちょっと海晴! 相手は見えていないんだし、やりすぎじゃない!?」
「向かって来たから、蹴り倒しただけよ。向こうは戦闘職種、こっちは無防備な民間人だから、十分正当防衛よね」
「今の海晴は、絶対無防備な民間人じゃないよね!? さっきこの人達を吹き飛ばしたし、十分危険人物じゃない!!」
 天輝はなおも言い募ろうとしたが、その時点で早くもその場の勝敗は決していた。


「ひいぃぃぃっ! 使徒様、お助けください!」
「大変失礼いたしました! 悔い改めます!」
「どうかお慈悲を!」
「なんでも使徒様のご指示通りにいたします!」
 よほど暗黒と静寂の世界に耐えられなかったのか、
兵士達は全員てんでんばらばらな方向に向かって膝を折り、這いつくばって悠真に赦しを乞い始めた。そのあまりにも早すぎる展開に、さすがに海晴が呆れ気味の口調で感想を述べる。


「うわぁ……、お兄ちゃんの暗示って効果絶大で、本当にえげつないわねぇ……。でも実際に目や耳を潰していないどころが髪の毛一本だって抜いたり切ったりしていないんだから、実に効率的で理性的な脅迫法だわ」
「……今の海晴の台詞に、色々突っ込みを入れたい」
 頷いて納得している海晴の横で、天輝が頭を抱えながら呻く。すると兵士達が揃って殊勝な態度を取ったことで、その場の主導権を握ったと確信した悠真が、彼らに更なる指示を出した。





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