召喚体質、返上希望
(33)海晴の推察
「ただいま」
「おかえりなさい」
リビングのドアを開けながら帰宅の挨拶をすると、ソファーから声が返ってきて天輝は無意識に微笑んだ。
「あ、そうか。海晴がいたんだよね」
「日中にマンションの解約手続きやら、引っ越しの手配をしていたけどね。『もうこっちで寝泊まりしなさい』ってお母さんが。結構怒らせちゃったみたい」
苦笑いで応じた妹に、ソファーに座った天輝が尤もらしく頷いてみせる。
「当然よ。海晴が外国を飛び回っているのだってお母さんは結構心配していたのに、『実は異世界に行ってました』だなんて。それでもお母さんの性格だと、ガミガミ叱られたりはしていないんでしょう?」
「うん。だから黙って従おうと思って」
「その方が良いわね」
そこで天輝は、真正面から海晴の顔をしげしげとみやりながら口を開いた。
「はぁ……、しかし同い年の筈なのに、海晴の方が私より五年くらい長く生きているわけか……。加えて異世界に行っていたりしたら、人生経験が段違いだよね。最近妙に貫禄がついてきたというか、年相応に思えないと感じていたけど、その理由が漸く分かったわ」
「それ、褒め言葉だよね?」
「勿論、褒め言葉よ。似たような事を伸也にも感じていたけど」
それを聞いた海晴は、真顔で言い出す。
「私は言わばズルをして、他の人ができない体験をしてきた結果だけど、伸也は小さいながらもれっきとした芸能事務所の社長様だもの。雇っている人達に対する責任はあるし、フラフラ好き勝手していた私と違って、自然に実際の年齢より落ち着いた雰囲気になるわよ。ところで伸也は、私が異世界を行き来していた事を知っているのかしら?」
「さぁ……、昨日の話だし、お父さんやお母さんがわざわざ夜に電話しているかしら? 別に急いで知らせなければいけない話でもないし、今度伸也が帰ってきた時でも良いんじゃない?」
「まあ、それもそうね。かなり驚かせてしまいそうだけど」
海晴が淡々と口にした台詞を聞いた天輝は、ここで楽しげに言い出した。
「なんか、びっくりした伸也の顔を見るのが楽しみになってきた。昔から何事に対してもあまり動じないで、笑い飛ばすタイプだったし」
「そう言えばそうね……。でも、さすがにこの話を聞いたら驚くよね?」
「驚くと思う。だから伸也が帰って来るまで、皆に秘密にして貰わない?」
「天輝ったら、意外に人が悪いわね」
「じゃあ海晴はどうなの?」
「秘密にしよう!」
「そうだよね!」
即行で意見を一致させた二人は、いかにも楽しげに笑い合った。しかし笑うのを止めた海晴が、周囲を気にしながら声を潜めて話を切り出す。
「それで……、お母さんはキッチンからもう暫く出てこない筈で、今二人しかいないから言うけどさ……。昨日聞いた話の事だけど」
「ご先祖様の話?」
「そうじゃなくて、お兄ちゃんが天輝の就活を、裏から手を回して邪魔した件だけど」
そう海晴が切り出した途端、天輝は表情を険しくして文句を口にする。
「せっかく楽しく話していたのに、いきなり不愉快な話題を持ち出さないでくれる?」
「そうは言ってもね……、少しはお兄ちゃんに同情するところがあるし」
「はぁ!? どこがよ!?」
「でも……、これって、第三者の私が言っても良い事かなぁ……」
「何よそれ! 言いたいことがあるなら、言ってみなさいよ!?」
困惑顔の海晴に、天輝が本気で腹を立てて叱りつける。すると海晴は、姉の顔色を窺うように言い出した。
「あのさぁ……。天輝は全然気が付いていないけど、お兄ちゃんは何年も前から、天輝を好きなんだよ?」
「…………はい? 何よ、その意味が分からない妄想」
「妄想ときたか……。お兄ちゃんが不憫すぎるわ……」
キョトンとした天輝が反射的に言い返すと、その容赦のなさに海晴が項垂れる。しかし海晴はすぐに気を取り直し、慎重に話し始めた。
「それじゃあ聞くけど、お兄ちゃんが現在進行形で付き合っている人っていないよね?」
「確かに、最近は仕事が忙しくてどうとか言っていた記憶があるけど……。でも以前、付き合っている人がいたよね?」
「それ、私たちが高校生の時期に聞いた話だよね? 天輝が大学生の頃からは、いない筈だから」
「でも、私に何も言わないのっておかしくない!?」
「それはまあ……、多少複雑な事情が絡み合って、拗れ果てた結果だと思う。これまでは単にお兄ちゃんが天輝に告白してこっぴどくフラれた場合、家の中が気まずくなってどちらかが家を出るような事態になりかねないから、それを避けたいのかなと思っていたけど、昨日の話を聞いて別の可能性に思い至った。多分そっちの方が、理由としては大きいと思う」
「どんな可能性よ?」
真顔で断言された天輝は、疑わしそうに海晴を睨み付けた。すると海晴は真剣そのものの顔で話し出す。
「お兄ちゃんの異能って、《意識操作》なんだよね? それで天輝を採用しようとしていた担当者の意識に働きかけて、結果を改竄させたと」
「十中八九そうよ! 腹立たしい事この上ないわよね!」
「そんな能力保持者のお兄ちゃんだと、これまで人間関係でトラブルを起こしたこと無さそうだよね? 例えばクラス替えの時も、クラスメイトと仲良くしたいなと思えば周りがこぞってお兄ちゃんに好感を持ってくれそうだし、恋人と別れたい時は相手に嫌って欲しいと働きかければ良いんじゃないかな?」
「そうかも……。余計に腹が立ってきた。なんなの、そのお得な能力! 私なんか行きたくもないのに、問答無用で異世界に引きずり込まれているのに!」
再び癇癪を起こした天輝を宥めるように、海晴は指摘してみた。
「だからさぁ……、そんな諸々を考えると、天輝に好きになって貰いたいって思ったら、お兄ちゃんの能力で天輝の本来の意思なんか関係なく、天輝がお兄ちゃんに告白するんじゃない?」
「…………え?」
「お兄ちゃんは多分、子供の頃に異能持ちっていう状況を認識したあと、開き直ってそれをフル活用するようにしたんだよ。私と同じように。そんな生活をずっとしていたから、天輝の事が気になり出して本気で好きになったと自覚してから、気がついたんじゃない? 仮に自分が告白して付き合ってくれと頼んでその通りになったら、それは本当に天輝が自分を好きになってくれたのか、それとも《意識操作》の結果かどちらだろうって」
そんな説明をされた天輝は、本気で当惑した。
「いや、そんな仮の話をされても……、どうなるのか私には分からないけど……」
「そうだよね。誰にも分からないよね。ドツボだよね。それで天輝が合コン行くとか耳にすると、私に監視しておくようにこっそり頼むなんて馬鹿だよね。それに絶対今現在、職場内でも天輝に近づこうとする男をあの手この手で牽制してるよね。知らないのは天輝だけだと思う。百万賭けても良い」
真顔で断言された天輝は、あまりの事態と内容に文字通り頭を抱えて呻いた。
「…………ごめん、海晴。キャパオーバー」
「うん、私もいくら不憫だからって、お兄ちゃんが秘密にしている事を本人の承諾無しに色々言い過ぎたと思う。だから今聞いた内容は、秘密にして貰えるかな? 特にお兄ちゃんには」
「分かった。取り敢えず、今の話は聞かなかったことにする。……できそうもないけど」
「お願い。取り敢えず危険性も含めて、天輝から目を離したくなかったっていう、阿呆な兄貴の心情だけは心の片隅に置いてあげて」
「善処するわ」
申し訳なさそうに謝ってくる海晴に辛うじて頷いた天輝は、これからどんな顔をして悠真と接すれば良いのかと、内心で途方に暮れたのだった。
「おかえりなさい」
リビングのドアを開けながら帰宅の挨拶をすると、ソファーから声が返ってきて天輝は無意識に微笑んだ。
「あ、そうか。海晴がいたんだよね」
「日中にマンションの解約手続きやら、引っ越しの手配をしていたけどね。『もうこっちで寝泊まりしなさい』ってお母さんが。結構怒らせちゃったみたい」
苦笑いで応じた妹に、ソファーに座った天輝が尤もらしく頷いてみせる。
「当然よ。海晴が外国を飛び回っているのだってお母さんは結構心配していたのに、『実は異世界に行ってました』だなんて。それでもお母さんの性格だと、ガミガミ叱られたりはしていないんでしょう?」
「うん。だから黙って従おうと思って」
「その方が良いわね」
そこで天輝は、真正面から海晴の顔をしげしげとみやりながら口を開いた。
「はぁ……、しかし同い年の筈なのに、海晴の方が私より五年くらい長く生きているわけか……。加えて異世界に行っていたりしたら、人生経験が段違いだよね。最近妙に貫禄がついてきたというか、年相応に思えないと感じていたけど、その理由が漸く分かったわ」
「それ、褒め言葉だよね?」
「勿論、褒め言葉よ。似たような事を伸也にも感じていたけど」
それを聞いた海晴は、真顔で言い出す。
「私は言わばズルをして、他の人ができない体験をしてきた結果だけど、伸也は小さいながらもれっきとした芸能事務所の社長様だもの。雇っている人達に対する責任はあるし、フラフラ好き勝手していた私と違って、自然に実際の年齢より落ち着いた雰囲気になるわよ。ところで伸也は、私が異世界を行き来していた事を知っているのかしら?」
「さぁ……、昨日の話だし、お父さんやお母さんがわざわざ夜に電話しているかしら? 別に急いで知らせなければいけない話でもないし、今度伸也が帰ってきた時でも良いんじゃない?」
「まあ、それもそうね。かなり驚かせてしまいそうだけど」
海晴が淡々と口にした台詞を聞いた天輝は、ここで楽しげに言い出した。
「なんか、びっくりした伸也の顔を見るのが楽しみになってきた。昔から何事に対してもあまり動じないで、笑い飛ばすタイプだったし」
「そう言えばそうね……。でも、さすがにこの話を聞いたら驚くよね?」
「驚くと思う。だから伸也が帰って来るまで、皆に秘密にして貰わない?」
「天輝ったら、意外に人が悪いわね」
「じゃあ海晴はどうなの?」
「秘密にしよう!」
「そうだよね!」
即行で意見を一致させた二人は、いかにも楽しげに笑い合った。しかし笑うのを止めた海晴が、周囲を気にしながら声を潜めて話を切り出す。
「それで……、お母さんはキッチンからもう暫く出てこない筈で、今二人しかいないから言うけどさ……。昨日聞いた話の事だけど」
「ご先祖様の話?」
「そうじゃなくて、お兄ちゃんが天輝の就活を、裏から手を回して邪魔した件だけど」
そう海晴が切り出した途端、天輝は表情を険しくして文句を口にする。
「せっかく楽しく話していたのに、いきなり不愉快な話題を持ち出さないでくれる?」
「そうは言ってもね……、少しはお兄ちゃんに同情するところがあるし」
「はぁ!? どこがよ!?」
「でも……、これって、第三者の私が言っても良い事かなぁ……」
「何よそれ! 言いたいことがあるなら、言ってみなさいよ!?」
困惑顔の海晴に、天輝が本気で腹を立てて叱りつける。すると海晴は、姉の顔色を窺うように言い出した。
「あのさぁ……。天輝は全然気が付いていないけど、お兄ちゃんは何年も前から、天輝を好きなんだよ?」
「…………はい? 何よ、その意味が分からない妄想」
「妄想ときたか……。お兄ちゃんが不憫すぎるわ……」
キョトンとした天輝が反射的に言い返すと、その容赦のなさに海晴が項垂れる。しかし海晴はすぐに気を取り直し、慎重に話し始めた。
「それじゃあ聞くけど、お兄ちゃんが現在進行形で付き合っている人っていないよね?」
「確かに、最近は仕事が忙しくてどうとか言っていた記憶があるけど……。でも以前、付き合っている人がいたよね?」
「それ、私たちが高校生の時期に聞いた話だよね? 天輝が大学生の頃からは、いない筈だから」
「でも、私に何も言わないのっておかしくない!?」
「それはまあ……、多少複雑な事情が絡み合って、拗れ果てた結果だと思う。これまでは単にお兄ちゃんが天輝に告白してこっぴどくフラれた場合、家の中が気まずくなってどちらかが家を出るような事態になりかねないから、それを避けたいのかなと思っていたけど、昨日の話を聞いて別の可能性に思い至った。多分そっちの方が、理由としては大きいと思う」
「どんな可能性よ?」
真顔で断言された天輝は、疑わしそうに海晴を睨み付けた。すると海晴は真剣そのものの顔で話し出す。
「お兄ちゃんの異能って、《意識操作》なんだよね? それで天輝を採用しようとしていた担当者の意識に働きかけて、結果を改竄させたと」
「十中八九そうよ! 腹立たしい事この上ないわよね!」
「そんな能力保持者のお兄ちゃんだと、これまで人間関係でトラブルを起こしたこと無さそうだよね? 例えばクラス替えの時も、クラスメイトと仲良くしたいなと思えば周りがこぞってお兄ちゃんに好感を持ってくれそうだし、恋人と別れたい時は相手に嫌って欲しいと働きかければ良いんじゃないかな?」
「そうかも……。余計に腹が立ってきた。なんなの、そのお得な能力! 私なんか行きたくもないのに、問答無用で異世界に引きずり込まれているのに!」
再び癇癪を起こした天輝を宥めるように、海晴は指摘してみた。
「だからさぁ……、そんな諸々を考えると、天輝に好きになって貰いたいって思ったら、お兄ちゃんの能力で天輝の本来の意思なんか関係なく、天輝がお兄ちゃんに告白するんじゃない?」
「…………え?」
「お兄ちゃんは多分、子供の頃に異能持ちっていう状況を認識したあと、開き直ってそれをフル活用するようにしたんだよ。私と同じように。そんな生活をずっとしていたから、天輝の事が気になり出して本気で好きになったと自覚してから、気がついたんじゃない? 仮に自分が告白して付き合ってくれと頼んでその通りになったら、それは本当に天輝が自分を好きになってくれたのか、それとも《意識操作》の結果かどちらだろうって」
そんな説明をされた天輝は、本気で当惑した。
「いや、そんな仮の話をされても……、どうなるのか私には分からないけど……」
「そうだよね。誰にも分からないよね。ドツボだよね。それで天輝が合コン行くとか耳にすると、私に監視しておくようにこっそり頼むなんて馬鹿だよね。それに絶対今現在、職場内でも天輝に近づこうとする男をあの手この手で牽制してるよね。知らないのは天輝だけだと思う。百万賭けても良い」
真顔で断言された天輝は、あまりの事態と内容に文字通り頭を抱えて呻いた。
「…………ごめん、海晴。キャパオーバー」
「うん、私もいくら不憫だからって、お兄ちゃんが秘密にしている事を本人の承諾無しに色々言い過ぎたと思う。だから今聞いた内容は、秘密にして貰えるかな? 特にお兄ちゃんには」
「分かった。取り敢えず、今の話は聞かなかったことにする。……できそうもないけど」
「お願い。取り敢えず危険性も含めて、天輝から目を離したくなかったっていう、阿呆な兄貴の心情だけは心の片隅に置いてあげて」
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