召喚体質、返上希望

篠原皐月

(26)予期せぬ電話

「あのさ……、多分私の考えは間違っていないと思うんだけど、お兄ちゃんのもう一つの使える能力って、《意識操作》とかなんとか言ってたよね? それって言葉の意味から考えると、他人の考えている事を読み取ったり、他人の考えを自分が望む方向に誘導させたりする能力だよね? 恐らく当の本人が、そんな事をされたとは気がつかないまま」
「あ、いや……、それはだな……」
「違うのか違わないのか、はっきり答えて」
「……概ね、その通りです」
 自分から視線を逸らしながら言葉を濁した兄を天輝が鋭く睨み付けると、悠真は観念したように項垂れる。しかしそれで手心を加える筈もなく、天輝は徐々に口調を荒らげた。


「それで、私の就活経緯だけど……。当時応募した、各種投資会社十二社から内定を貰えず、最後に桐生アセットマネジメントから内定を貰えて、入社する事になったのよね! それはお兄ちゃんだって知ってるわよね!? どこを受けてどうなったかを、逐一うちで報告していたしね!?」
「…………ああ」
「…………」
 全く弁解できなかった悠真は小さく頷き、両親は無言のまま深い溜め息を吐く。それを目の当たりにした天輝は、眼光を鋭く睨み付けながら確認を入れた。


「だけどさっき、能力をフル活用したら、首尾良く私が桐生アセットマネジメントに入社したとか言っていたけど……。要するに? 私のエントリーシート提出先の採用担当者に働きかけて、私に内定を出さないようにさせたり、うちの人事部に働きかけて採用を決めさせたって事じゃないの!? 侮辱よっ!! 能力なんか関係なく、コネで就職が決まっただなんて!!」
「いや、それは誤解だ! うちの人事部には、働きかけたりしていない! 天輝は実力で選抜されたから!」
「ああ、そう。『うちの人事部には』ね! それなら、他の企業の担当者には働きかけたのよね!? そうよね!」
「…………っ!」
 反射的に反論した悠真だったが、それで語るに落ちた状態になり、更に天輝の怒りを買う結果となった。


「当時、十二社全てから内定を貰えず、際限無く落ち込んでいた私を間近で見ていたわよね!? 何なの、その鬼の所業!? 汗と涙の八ヶ月の就活期間を返せっ! この人でなしっ!」
「いや、確かに悪いとは思ってはいたが、天輝だったらうちで十分やっていけると思っていたし、できるだけ近くにいた方が、状態を把握しやすいから」
「言い訳になるかっ! 最低よっ!!」
 激高した天輝は、その勢いのまま立ち上がり、早足でドアに向かった。


「天輝、ちょっと待て!」
「ついてこないで! 今私に迂闊に近寄ったら、怪我するだけじゃ済まないわよ!?」
 慌てて悠真が引き留めようとしたものの天輝が鬼神の形相で振り返り、怒声を放つと同時にドアをすり抜けた。その直後、乱暴にドアを閉めると、その剣幕に現時点で宥めるのは無理と全員が悟ったのか、リビング内からは誰も追って来なかった。それを幸い、天輝は足早に廊下を進み、階段を駆け上がって二階の自室に駆け込む。


(何よ! なんなのよ、この展開! 本当に信じられない!? 無条件で信じていたのに、とんでもない裏切り行為よね!)
 ベッドに倒れ込むようにしてうつ伏せになり、憤慨したまま先程のやり取りを反芻していた天輝だったが、徐々に怒りが収まってくると同時に、泣きそうになってきた。


「最っ低……。なんか、人間不信になりそう」
 そのまま暗い声で呟いていると、天輝のスマホが場違いに明るいメロディーを、静まり返った室内に鳴り響かせた。慌てて天輝がそれを引き寄せると、それは予想外の人間からの着信だった。


「もしもし、海晴!? 急にどうしたの? 来週こっちに戻るとは聞いていたけど、まさかそれが早まったの? 今、どこにいるの?」
 滅多に連絡を寄こさない筈の妹からの着信に、天輝は何事かと思いながら応答したが、返ってきた声は至極明るいものだった。


「落ち着いてよ、天輝。まだオスロだから。来週の……、ええと、そっちの日時で木曜の夕方に帰るね。今日はちょっと、天輝に電話してみたくなって」
 それを聞いて天輝は安堵したものの、つい先ほどまで別件で憤慨していたこともあり、つい苦言を呈してしまう。
「もう……。海晴は本当に気分屋なんだから……。普段はなかなか連絡を寄こさないのに、急に電話してくるなんて。何かよほどの急用かと思っちゃったじゃない。もしくは事故とか病気とか」
「あはは、ごめん。いつも心配かけてます、お姉ちゃん」
「こんな時だけお姉ちゃん呼ばわりなんて、本当に調子が良いよね」
 そう言いながらも天輝はそれ以上咎める気はおきず、苦笑するのみだった。するとここで海晴が、妙に神妙な口調で言い出す。


「だけどさ……、本当に私、好き勝手に生きてるよね」
「え? いきなり何を言い出すの?」
「だって、真っ当に社会人生活を送っているなら、毎日自分の所在ははっきりさせておくよね? 私みたいに、明日の居場所は風の吹くまま気の向くままなんて、言っていられないわけでしょ?」
「海晴……、確かにそれはそうだけど、例えが極端すぎるわよ……」
 分かってはいたものの、自由奔放すぎる妹の実生活ぶりを再認識して、天輝は頭を抱えた。


「それに一社員として勤務するなら、同じ職場に気に入らない人がいたとしても、個人的感情は別にして、一緒に仕事を進めないといけないわけじゃない? 私みたいに、『あんたなんかと組んで仕事なんかできるか!』と啖呵を切って、契約解消なんかそうそうできないわけだし」
「……仕事相手とそんなに揉めてるわけ?」
「ううん。ざっくり切り捨ててるだけ」
「あのね…………」
 あっけらかんとした口調で言われた天輝は、軽い頭痛を覚えた。


「そんな我が身を振り返ってみて、ちゃんと会社勤めをしている天輝は凄いなと思って。最近頻繁に会えていないけど、天輝が私に仕事の愚痴を零したことなんか、一度もないもの。きっと仕事とプライベートをきちんと区別して、日々両立して頑張ってるんだよね。……というわけで、今度東京に戻った時は、お姉ちゃんに仕事でムカついた事を洗いざらいぶちまけつつ、美味しいお料理を食べて美味しいお酒が飲みたい!」
 最初は神妙な口調で告げていたものの、最後は明るく訴えてきた海晴に、天輝は思わず吹き出してしまった。


「ちょっと海晴! 一番、言いたいのはそれなの!?」
「勿論! 最近のお店は分からないから、天輝にお任せ!」
「分かったわよ。もう、仕方がないなぁ……。調べて連れて行ってあげるから。その代わり、割り勘よ?」
「了解。それじゃあね!」
「ええ、おやすみなさい」
 そして天輝は、十分ほど前とは雲泥の差のすっきりとした顔つきで通話を終わらせた。


「やっぱり、双子だからかな……。絶妙なタイミングで、電話してきてくれてありがとう、海晴。割り勘って言ったけど、気持ちを切り替えさせてくれたお礼に、今度は驕るからね」
 スマホを見下ろしながらそう呟いた天輝は、何事もなかったかのように明日以降の予定を確認し始めた。


「ええ、そうよ。私はれっきとした、分別のある社会人。例え職場の同僚に、どれだけムカつく人間が居ようともプライベートとはきちんと区別して、滞りなく職務を遂行するのが当然よね。さて、そうと決まれば、これの取り扱いをどうするか決めておかないと」
 そんな独り言を口にしながら、天輝は先程悠真が持参して放置されていたスプレー缶を持ち上げながら、考えを巡らせ始めたのだった。





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