召喚体質、返上希望

篠原皐月

(22)たくましいご先祖様

「さて……、どこから話せば良いか……。やはり、私の曾祖母の話からしないといけないだろうな」
「お父さんの曾祖母?」
 ソファに向かい合って座った賢人が慎重に語り出した内容を聞いて、天輝は首を傾げた。すると彼の隣に座った和枝が、補足説明してくる。


「賢人さんと、天輝を生んだ真知子が再従兄妹はとこ同士なのは、天輝も知っているでしょう? 二人とも、その人の曾孫にあたるのよ」
「ええと……、確かにそうですね。お母さんの曾祖母の名前とか、聞いたことは無かったけど」
 頭の中で天輝が知っている範囲の家系図を確認していると、賢人が真顔で話を続けた。


「その曾祖母が、どうやら異世界からの召喚体質保持者だったらしくてね。若い頃、ある日突然異世界に、邪悪な魔王を倒す唯一の力を持つ聖女として、召喚されてしまったそうなんだ」
「……………………」
 賢人はこれ以上はない位の真摯な表情と口調で告げたが、天輝の反応は淡々としたものだった。口を閉ざしたまましらけきった目を向けてくる娘に、賢人が些か哀れっぽく訴える。


「天輝……。頼むから、そんな胡散臭いものを見るような目で見ないで貰えるかな……。お父さん、さすがに傷つくよ」
「話の腰を折らないだけ、これでも精一杯気遣っているつもりだけど?」
「……うん。そうだな。天輝が静かに話を聞いてくれているうちに、どんどん進めるか」
 溜め息まじりに応じた天輝を見て賢人はなんとか気を取り直し、話を再開した。


「私の曾祖母……、便宜上カナさんと呼ぶが、カナさんが召喚された理由はただ一つ。強大な霊力カーズ保持者だったからだ。召喚された異世界では、このカーズの有無と行使の可否によって、能力が評価される。通常の人間であればカーズは保持していないか、殆ど行使できない。だから強大なカーズ保持者であれば、ほぼ無条件に特権階級入りとなる」
「……もう少し具体的にお願いします」
 これまでのあれこれを思い返し、否応なく賢人が言うことが事実だと察した天輝は、神妙に頷いた。それに彼も小さく頷き返して説明を続ける。


「そうだな……。カーズを行使する上での種類は、《先見知覚》《探査察知》《意識操作》《転送移動》《観念動力》の五種類に大別される。とは言っても、私達が勝手にそう分類しているだけだが」
「『勝手』に、というのは?」
「向こうの異世界では、どう呼んでいるか知らないからな。知るつもりもないし」
「知らないって……。交流とかはないの?」
 少なくとも曾祖母の時代から関わりがあるのなら、もう少し実情を把握できていても良いのにと天輝は疑問に思った。するとここまで説明を父親に任せ、天輝の隣で無言だった悠真が、いかにも忌々しげな顔つきになって一蹴する。


「交流なんかあるわけないだろう。国家ぐるみで若い女性を有無を言わさず拉致する、無法者の集団だぞ?」
「ええと……、それはそうね。因みにそのカナさんは、召喚されてどうなったの?」
「一番最初に召喚された時、農作業中だったらしくてな。我が家に伝わっている記録によると、召喚直後に意味不明な事を一方的に告げるだけの神官達に業を煮やし、偶々手にしていた平鍬の柄で自分を召喚した者達を殴り倒し、使われた召喚陣の一部を刃で叩き壊して無事に帰還したそうだ」
 真顔の悠真からその武勇伝を聞いた天輝は、複雑な心境になりながら項垂れた。


「まさかの実力行使での、物理的破壊行為とは。私、そういう女性の血を引いているのか……。でも先達がいたのは良かった。問答無用で殴り倒した行為の、免罪符にはならないと思うけど……。幾らか気が楽になったわ」
「天輝? 何か言ったか?」
「大した事じゃないから、気にしないで。あれ? でも、今、『一番最初に拉致』とか言わなかった? どういうこと?」
 ぶつぶつ呟いている天輝を不審に思ったのか、賢人が怪訝な顔で声をかけた。天輝がそれを打ち消しつつ問いを重ねると、賢人がうんざりした顔で答える。


「……記録では、カナさんは6回召喚されている」
「まさかカナさんは、6回も実力行使で戻ってきたの?」
 相当腕に覚えがある女性だったのかと天輝が戦慄していると、賢人が弁解じみた台詞を口にする。


「その……、全部が全部、実力行使ではなかったらしいがな……。彼女は周囲と比較しても、当時にしてはなかなかバイタリティ溢れる女性だったみたいで……」
「分かった……。お父さん、それ以上言わなくて良いから……」
「そうだな……。私達共通のご先祖様だし……」
「…………」
 そこで彼女の子孫である賢人と悠真と天輝は、互いの顔を見合わせ、揃って肩を落とした。そして無言になってしまった三人に対し、和枝が呆れ気味に声をかける。


「あなた、悠真、話が全然進んでいないわよ? まだ肝心な話がまだじゃない」
「ああ、そうだな。時間の流れと召喚間隔の話もしないといけないし」
「え? 今の話だけでも、相当驚愕する内容だったけど……」
 早くもうんざりした顔つきの天輝に対して、賢人は容赦なく話を続けた。


「そもそも召喚は、四六時中行われているわけではない。どうやら異世界で霊力カーズのバランスが崩れて、魔王と称される邪悪な存在が出現した時代に、ある一定の期間だけこちらの世界からの召喚が可能になるらしい」
「あ、そうなの? そうなると、その出現する期間ってどれ位の間隔で生じるのかしら? それをしのげば、暫く安泰ってことよね?」
「これまでの記録によると、250~350年位の間隔だな」
「へえ? それならその時期をしのげば……、ってちょっと待って。今の話、どう考えてもおかしいよね? カナさんはお父さん達の曾祖母だから、時代が合わない。年代的に彼女が生きていたのは、精々百何十年か前だよね?」
 一瞬安堵しかけた天輝が鋭く突っ込みを入れると、賢人が真顔で頷く。


「その通りだ、天輝。実はこちらの世界とあちらの世界では、時間の流れ方が異なる事が判明している。向こうの方がこちらの十倍強の速さで時間が経過するんだ」
「……つまり? 向こうで10分以上過ごしても、その間こちらでは1分程度しか時間が経過していない?」
「そういう事になる。だから短時間で戻ると、最初は白昼夢を見たのかと思いこむ傾向があるらしい」
 これまでの不可思議な現象時に、腕時計と時刻を自動調整するスマホで異なる時刻を示していた事について天輝は納得すると同時に、冷静に口を挟んできた悠真に対して顔を強張らせながら文句を言った。



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