夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

第36話 煮ても焼いても……

 月曜の午後の時間帯であり人の気配があまり無い道場で、清人は二十年来の柔道の師である槙村と、人目を気にする事なく組み合っていた。
 しかし年齢差四十歳、身長差十cmにも関わらず、有利な筈の清人の方が開始直後から押されっぱなしで、その顔に次第に焦燥の色が濃くなって来る。


「こ、のっ!」
「ほらほらどうした! 隙だらけだぞ清人!」
 二人で勢い良く足を踏み込み、手を伸ばしながらの激しい組手争いが展開されていたが、伸ばした手をいとも簡単にかわされ弾かれた清人が、思わず毒吐く。


「相変わらず、口も足腰もお達者ですねっ!」
「お前の腕がなまっとるだけだ。女遊びにうつつを抜かして、すっかり骨抜きにされたか?」
「あまり人を見くびらないでくだ」
「貰ったぁっ!!」
 無駄口を叩きながらも、槙村が一瞬の隙を突いて清人の襟を取って体勢を崩し、素早く踏み込んで腕を抱える様にして清人を跳ね上げた。


「うぁっ!!」
 これ以上は無い位見事に一本背負投が決まって畳に叩き付けられた清人は、横たわったまま腕で顔を覆って荒い息を整える。さほど息を乱さずそれを見下ろした槙村は、手で何かを振り払う真似をしながら、如何にも嫌そうに告げた。


「だから言っとろうが。お前の鬱憤晴らしに付き合わされて手合わせしても、隙だらけで全然つまらん。十回投げられたら十分じゃろう。とっとと帰れ帰れ」
「不快な思いをさせて申し訳ありませんが、後十回お願いします」
「馬鹿かお前」
「…………」
 控え目に申し出た清人に、今度は槙村は呆れ果てたという様な表情で吐き捨てた。しかし無言の清人が顔を覆ったまま転がっている横に、どっかりと腰を下ろす。


「それで? ほぼ一年ぶりに訪ねてきたら、見た事も無い様なシケた面をしとる理由を教えて欲しいものだが?」
 その問いかけを無視する様な非礼な事はできず、清人はのっそりと身体を起こして槙村の目の前で座り込んだ。そして俯き加減で重い口を開く。
「その……、先週の金曜日の話なんですが、ある人を泣かせてしまいまして……」
 そこで口ごもった清人をしげしげと眺めてから、槙村がさり気なく爆弾を投下した。


「ふぅん? 確か『ますみさん』とか言ったかの?」
「なっ、何でその名前がいきなり出て来るんです!?」
 さらっと師の口から出て来た名前に、清人は弾かれた様に顔を上げ、狼狽しながら槙村の胸元を掴み上げて詰め寄った。しかし槙村はそんな非礼は咎めず、飄々と話を続ける。


「何でって、野郎を泣かせてお前がへこむ筈あるまい」
「それはそうですが! 女性だと仮定しても、どうして特定できるんですか!?」
「そこら辺の掃いて捨てる様な女など泣かせようが、胸なんぞ痛まんだろう? この似非フェミニスト」
「それは認めますが!」
 動揺しながら真顔で言い切った清人に、槙村は疲れた様に溜息を吐いてから、面白がる様に言い出した。


「自覚は有るようで結構じゃの。お前、爽やかな笑顔の陰で、意外にしつこい所があるからの、二十年近く前に何かの拍子にポロッと漏らした名前を、試しに言ってみただけなんだがの~」
「…………っ」
 カマをかけられたのが分かった清人はヒクリと顔を引き攣らせたが、槙村は尚も容赦なく続ける。
「しかしお前、犯罪者一歩手前の相当粘着質なタイプと見た。弟子の中から犯罪者を出したくはないから、人の道から外れん様にくれぐれも気をつけるんじゃぞ?」
 そう真顔で言い諭された清人は、槙村の道着から両手を離し、がっくりと項垂れた。


「お身体以上に記憶力の方も心配要らない様ですね、師匠」
「当たり前じゃ! 儂は百歳まで現役を貫くつもりじゃからな。それで、件の彼女をどうして泣かせたんじゃ? どう考えても色っぽい話じゃ無さそうだが?」
 軽く睨まれながら「ほれ、さっさと吐かんか」と小突かれた清人は、ボソボソと話し出した。


「その……、彼女の話に動揺して、思わず彼女の頭に酒を浴びせかけました……」
 それを聞いた槙村は、眉を寄せて首を傾げた。
「取り敢えずコメントは控えて、一つ質問して良いか?」
「はい、何でしょうか?」
「お前にしては考えられん失態じゃが、お前が悪いんだよな?」
「はい、大部分は」
 暗い声で応じた清人に、槙村は質問を続けた。


「もう一つ質問じゃが……、当然詫びは入れたじゃろうな?」
「……いえ、まだです」
 視線を逸らしつつ、益々暗い声で答えた清人に、槙村は不自然な位上機嫌に見える笑顔で清人を問い詰めた。
「清人、今日は月曜だが? 金曜に事が起こった後、土日にお前は何をしておったんじゃ?」
「その……、仕事とか家事とか……」
 ボソボソと清人がそんな弁解をした事で、槙村の堪忍袋の緒が切れた。


「それで今日は気分転換にわざわざここまで出向いて、投げられ放題か!? この大馬鹿者がっ!! 今すぐ電話しろ! それが嫌なら後二十回投げ飛ばしてやるわっ!! どうじゃ!?」
「後で電話しますので、二十回お願いします」
 神妙に頭を下げた清人だったが、却って槙村の怒りを煽った。


「このど阿呆が! そんな不甲斐ない奴は、百回投げて根性を入れ替えてやるわ!!」
 今度はガシッと槙村が清人の道着の胸元を掴み、腰を浮かせて引っ張り上げようとしたが、清人が無抵抗なのを見て心底嫌そうに両手を離した。そして再び向かい合って座りながら愚痴を零す。


「全く。壁にぶち当たっても、巧みにすり抜けるのばかり上手くなりおって……。偶には嬢みたいに玉砕覚悟でぶち当たろうとは思わんのか、情けない」
「不肖の弟子で、申し訳有りません」
「本当にな。まあ、嬢の場合、ぶつかっても壊れるのは壁の方かもしれんが」
 それを聞いた清人は、思わず苦笑いを漏らした。
「確かにそうですね。清香の母親もそんなタイプでしたし……、俺達兄妹は見た目も中身も、それぞれの母親似みたいです」
「自分の不甲斐なさを遺伝子のせいにするな。馬鹿者」
 そう軽く叱ってから、槙村は清人に怪訝な顔を向けた。


「しかし、どういう心境の変化だ? 清人」
「何がです?」
 当惑しながら問い返した清人に、槙村はニヤリと笑いながらある事を口にした。
「いや、かな~り昔にな、『悪い事をしたら謝罪するのが当然なのに、それをしないのは、謝罪する必要性を感じていない無神経な馬鹿か、そもそも悪いなどとも思っていない人でなしです!』などとほざいてた小童が居たな~と」
「もう良いお年なんですから、余計な事は取捨選択して忘れて下さい」
 思わず手で顔を覆って呻いた清人だったが、槙村が楽しそうに続ける。


「それが、一応自分が母親似だと認めとるから、そりゃあ驚くだろ。ついでにさっきの台詞、そっくりそのまま今のお前に返してやるわい」
「お年を召して、嫌味に磨きがかかりましたね」
「お前みたいなひねくれ捲ったクソガキの相手をする事が多かったからの~。ところでそんな心境の変化があったと言う事は、顔を見せなかったこの一年で、それなりに交流があったかの?」
「一・二回程度会っただけで、交流と呼べる程では……。二か月程前には突然家に押しかけて来ましたが、何やら良く分からない事を言ってすぐ帰って行きましたし」
 淡々とそう述べた清人に、槙村は意地悪く問いかけた。


「ほう? その時ゴキブリ入りの茶でも出したかの?」
「しませんよ! 何ですか、その人間性を疑われそうな嫌がらせは!」
「それじゃあ、両面テープ付きの座布団かクッションにでも座らせたかの?」
「そんな物を勧めても、まともに座るわけないじゃありませんか!」
「それなら、靴の左右のヒールをこっそり紐で結んだかの?」
「あのですね、人を馬鹿にするのもいい加減に」
「全部、さっきの台詞を吐いた小童が当時口にしていた《最低女が家に押しかけて来た時の制裁手段》の一部なんじゃがの~」
「………………」
 槙村を叱りつけようとした清人だったが、あっさり切り返されて黙り込んだ。そして(その頃の俺はそんな馬鹿な事を真面目に考えてたのか?)とあまりの馬鹿馬鹿しさに自己嫌悪に陥る。
 そんな清人を見て苦笑いした槙村は、手を伸ばして清人の頭を軽く撫でながら宥めた。


「それなりの対応はしてやったようじゃな。褒めてやるぞ? 清人。まあお前はちょっとだけ馬鹿だが、根は素直な良い奴じゃからな。お前を産んだ人間がそうそう悪い人間でもあるまい」
「はあ……」
「それじゃあもう一度だけ聞くぞ? 今すぐ電話をかけるじゃろうな?」
 曖昧に頷いた所でいきなり話題を変えられた為、咄嗟に適当に誤魔化す台詞が出て来なかった清人は、思わず正直に答えた。


「彼女は今仕事中ですので、やはり後から」
「この大たわけがっ! 百回投げ飛ばすまで帰さんから覚悟しろ!!」
  清人の返事を聞いて今度こそ激昂した槙村は、憤怒の形相で清人を掴み上げた。それにたじろぎながら清人が反論しようとする。


「いえ、師匠、流石に百回は」
「問答無用じゃ、いくぞっ!!」
 そして清人は再び《腐れ外道の根性叩き直し》名目での、荒行に突入する羽目になったのだった。


 その日の夜、柏木産業社長の雄一郎は、とある会合に出席した。
 業界でも重鎮の一人に数えられる興和製紙会長永島幸雄氏の、有志による《米寿を祝う会》であったが、本人に祝いを述べた後会場内に知り合いの顔を見つけてそちらに歩み寄ろうとすると、発起人の一人に名を連ねている勝がいつの間にか近寄り、雄一郎に囁く様に声をかける。


「お久しぶりです、柏木さん」
 その声に、雄一郎は意外そうな表情を隠さず挨拶を返した。
「これは小笠原さん、こちらこそご無沙汰しております」
「会長にご挨拶はお済みでしょうか?」
「ええ、それが何か?」
 するとここで勝は軽く周囲を見回してから、幾分声を潜めて申し出た。


「実は、是非柏木さんのお耳に入れたい事がありまして。少しお時間を取って頂けないでしょうか?」
「私に、ですか?」
「はい。出来れば余人を交えず、お話ししたいのですが……」
 その物言いを怪訝に思ったものの、特に拒否する理由も無かった雄一郎は、鷹揚に頷いた。


「分かりました。それではロビーに出て伺いましょう」
「ありがとうございます」
 そして二人連れ立って会場になっているホールを出て、廊下の突き当たりにあるロビーに移動した。幸い夜の時間帯でもあり、幾つか設置されているテーブルにも人影はまばらで、そのうちの隅の方の椅子に二人は腰を下ろす。そして改めて雄一郎が勝を促した。


「それで? どういったご用件でしょうか?」
「去年から愚息がお付き合いしている女性の、母親違いの兄に当たる男性と、先ほどの女性の母方の従姉に当たる女性に関する話です」
 それを聞いた雄一郎は一瞬考えてから、怪訝な顔で勝に確認を入れた。


「……要するに、清人君とうちの真澄に関する話ですか?」
「まあ、簡単に言えばそうです」
 平然と言い返された雄一郎は、僅かに気分を害した様に先を促した。


「小笠原さん……、私もそれ程暇では無いのでね。単刀直入に言って頂けませんか?」
「それでは単刀直入に言わせて頂きますが、彼を娘婿にする気はありませんか?」
「はぁ?」
 完全に意表を突かれた雄一郎が思わず間抜けな声を上げると、勝がすこぶる冷静に話し始めた。


「聞くところによると、数年前に彼を柏木産業の外部取締役に就任させたとの事。色々ご事情はおありでしょうが、あなたが彼を無能だと思っているなら、そんな事を認める筈はないと思うのですが」
 その問いかけに、雄一郎が真顔で応じる。


「確かに、彼の能力は認めています。しかし……、それと先程唐突に出たお話の関連性について、ご説明して頂きたいものですな」
「分かりました。そもそもは、夏前に清香さんが私どもの家で、彼に関するある相談を持ちかけた事が発端です」
「ほう? 清香ちゃんが?」
 雄一郎が興味深そうな顔をしたのを認めた勝は、これ以上時間を無駄にせず本題に入った。


 清人の縁談話から、二人がどうやら互いの事を以前から好きらしいという話になると、流石に驚いたのか雄一郎が軽く目を見張る。しかしそれ以上動揺する素振りは見せず、黙って聞き役に徹した。勝も一々意見など求めず、バカンス会でのあれこれを話して柏木産業ビル前での騒動にも触れる。
 聡から聞いた話を簡潔に纏め、しかし重要な所は漏らさず順序立てて話した勝は、先週金曜の《くらた》での騒動で話を締めくくった。


「と言うわけです。それで今現在、何やら二人の間が微妙な状態になっている様ですね。御子息や甥ごさん達から、今お話した内容を聞かれていませんでしたか?」
 その問いかけに、勝の話の途中で無意識に腕を組んでいた雄一郎は、その姿勢のまま僅かに考える素振りを見せながら慎重に答えた。


「いえ、一向に。恐らく過去に私達や父と彼との間にあった事で、『表面上は互いに社会人として一応の礼節は保っていても、未だに内心快く思っていない筈だ』とでも考えているのかもしれませんね。だから『相談とか持ちかけても無駄だ』とか」
「確かにそう考えても、おかしくはありませんね。それで……、一つ柏木さんのお考えをお聞かせ願いたい」
「私の考え、ですか」
 そこで急に話を振られ、意外そうに見返してきた雄一郎に、勝は薄笑いを浮かべながら言葉を継いだ。


「ええ。彼が柏木家に必要無いと仰るなら、この際本格的に、彼が保有している柏木産業の株式ごと、彼をこちらに引き込もうかと思いまして」
 その台詞を耳にした途端、雄一郎の目に物騒な輝きが宿った。


「ほう? 何やら、一気にきな臭い話になって来ましたな。しかしお宅の所も彼と先代会長との間にかなりの確執があったと漏れ聞こえておりますが、今更ですか?」
 盛大に皮肉を込めて言い返すと、今度は勝が苦々しげな顔になって悪態を吐く。


「全く、あのクソ爺が余計な事をしくさって……。《あれ》から妻の様な女性が生まれたのは奇跡ですな」
「おや、仮にも舅では?」
 笑いを堪える表情で雄一郎が指摘したが、勝は事も無げに言い放った。


「もう墓の下ですから文句も言えますまい。万が一化けて出てきたとしても、倍にして言い返してやりますよ」
「お互い、頑固な年寄りには手を焼く、といったところですな」
「そうですね。しかしうちは先程言った様に、没してからある程度月日も経過しましたし、改めて私が本腰を入れて口説こうかと思っていたんです。それで一応柏木さんの方にも、筋を通しておこうかと思いまして」
 そんな風に話を元に戻した勝を少しだけ見つめてから、雄一郎がゆっくりと口を開く。


「正直に言えば……、その話は渡りに船と言った所です」
「と、仰いますと?」
 そこで雄一郎は組んでいた腕を解き、姿勢を正しながら話し始めた。


「親の欲目と思われるかもしれませんが、真澄も浩一もそこそこ優秀だと思っています。しかし今の力量で将来私が一線を退いた時、すぐ跡を継げるかと言うと……、甚だ心許ないですな」
「そうですか? うちの聡と比べると、私の目にはお二人ともなかなかの人物に映っているのですが」
 勝が本心からそう述べると、それを察したらしい雄一郎も表情を緩めて軽く頭を下げた。


「お褒め頂いて恐縮です。しかし清濁併せ呑むと言う事も含めて、人の使い方がまだまだです」
「それはこれからの経験で、自然と備わってくるのでは?」
「そうも思っているのですが、私から見ると二人とも性格に色々難ありで……。ですから、私が子供に跡を継がせる時は、然るべき補佐役を付けたいと思っています」
 そこで一旦話を区切った雄一郎に、言わんとするところを察した勝が後を引き取った。


「そこに彼を据えたいと?」
 その問いに、雄一郎が小さく頷く。
「ええ。外部取締役に据えた時は姪との絡みからでしたが、予想以上に彼が有能だったのが分かりましたから、いつかは柏木に正式に招聘しようと考えていました。幸い浩一とは親友付き合いをしている様ですし、その縁で側で支えて貰えたらと思っていましたが……、姻戚関係になってくれれば願ったりかなったりです」
 それを聞いた勝は、満足そうに笑った。


「柏木さんがそこまで考えておられたなら、私が横から口を挟むつもりはありません。残念ですが彼の事は潔く諦めます」
 そう言って軽く肩を竦めた勝に、雄一郎は苦笑いで言葉を返した。


「それはこちらとしてもありがたいですが……、どうしてそんなに彼を買っていらっしゃるんです? ご夫人との関係でも、色々含む所がおありでしょうに」
「私は基本的に、妻が喜んでくれればそれで満足なので。二人の仲をどうにかして欲しいと言うのが、妻の願いなものですから。それに、ああいう一本気な質の人間は、嫌いにはなれないんですよ。何となく自分と通じるものを感じると言いますか」
「ほう? それはそれは……」
(そう言えば、確か小笠原さんが結婚した時期は結構遅かったな)
 意外そうな顔を見せた雄一郎に、勝は苦笑を深めた。


「勿論、妻は自分がお嬢さんに嫌われているのは承知の上です。ですからもし首尾良く二人が結婚しても、こちらには取り立てて配慮して頂く必要はありませんので」
 そう言われた雄一郎も、思わず勝と同様の苦笑いを浮かべる。


「私の立場からすると、娘が嫁姑関係などを考慮しなくて済むわけですから、感謝しなくてはいけないのでしょうな。それで? 私に何をしろと?」
「ここは一つ、二人を嵌めて頂けませんか?」
「はあ?」
 完全に面食らった顔になった雄一郎に、勝は真顔で手のひらを上に向けて《お手上げ》のポーズをしてみせた。


「両者とも殆ど接点が無いもので、私としては攻めようが無いのが正直な所です」
「まあ、小笠原さんなら、そうでしょうな」
「加えて、どちらも相当頑固で秘密主義で素直ではないと思われるので……。あ、これは失礼しました」
「いえいえ、ご指摘の通りですので、お気遣いなく」
 つい吹き出しそうになりながら雄一郎が笑顔で応じると、勝も苦笑しながら話を続ける。


「一番手っ取り早いのは、本人を揃えた上で『お前達好き合ってるなら結婚しろ』と言えば普通は片付く筈ですが」
「普通に考えればそうですな」
 真顔で雄一郎が頷くと、勝が些かうんざりした様な顔で意見を求めた。


「しかし、これまで頑なに自分の気持ちを隠している二人の場合、変に意地になったり曲解して『別に好きじゃないし婚期を逃して結婚相手が清人君しかいないわけじゃないわ! 今すぐ結婚してやろうじゃないの!』とか『結婚であなたの世話になるつもりはありませんし、年を取ってから清香に自分の面倒を見させるつもりはありません。そこまで仰るならすぐに結婚してご安心させてみせます』とか言って、そこら辺の通りすがりの男女を捕まえて結婚しかねないと思いませんか?」
 それを聞いた雄一郎は、微妙な表情で遠回しに賛同を示した。


「付き合いが無いと言いながら、二人の本質を良く理解されていると思います。小笠原さん」
「お褒め頂き光栄です。思うに、二人には何かこだわりとか誤解とかが有るように思います。それで変にこじれているのではないかと」
「なるほど、道理ですな」
 理路整然とした勝の話に、雄一郎が率直に頷く。すると勝も真顔で続けた。


「ですから二人がじっくり話し合う機会を設けられれば、自然に纏まると思うのですが、普通に顔を合わせる席を設けても、あの二人なら事前に察知して遁走しかねません」
「やはり良く二人の人となりをご存じです」
 とうとう小さな笑いを漏らした雄一郎に誘われた様に、勝もどこか楽しそうに結論を述べた。


「そこで、柏木さんが二人をどうにも逃げようがないのっぴきならない状況に追い込む様に、一つ嵌めて頂ければ、と。こちらはお話をしただけですので、手段は全面的にお任せします」
 そんな事を言われた雄一郎は、必死に笑いを堪えた。
(また随分無茶を言ってくれる……。だが、確かに上手くいけばそれに越した事は無いし、二人を動かせるネタが無いわけでは無いしな……)
 そんな考えを巡らせてから、雄一郎は笑顔で勝に右手を差し出した。


「お話は分かりました。私ができる範囲でやってみましょう。お任せ下さい」
 それを聞いた勝は、安堵の表情を浮かべて差し出された手を握り返した。
「快くお引き受け頂きありがとうございます。それでは私は失礼させて頂きますので」
「今日はなかなか興味深いお話を聞かせて頂きました。小笠原さん、今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします」
 そうして固い握手を交わしてから二人は立ち上がり、雄一郎は会場内に戻る勝の背中を見送った。そして自身も歩き出しながら、含み笑いをしつつひとりごちる。


「さて……、そうと決まれば、あの二人相手に何をどう仕組んだものか」
 口調は困ったものであっても、その時の雄一郎の顔には、隠しようがない笑みが浮かんでいた。





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