夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

第32話 波乱の予兆 

 ある土曜日の夕刻。その電話を受けた時、清人は柏木産業創立六十周年記念パーティーが開催されるホテルのスイートルームで、その開始時間までの時間を潰している所だった。
「すみません、先輩が今日のパーティーに出席するのは聞いていたので、今の時間お忙しいかとは思ったんですが……」
 型通りの挨拶を交わした後、かなり恐縮気味に話し出した大学時代の後輩、かつ真澄直属の部下となってからは企画推進部二課の内部情報源である城崎に、清人は怪訝に思いながら尋ねた。


「それは構わないが、今日は休みじゃないのか? 城崎」
「それが……、少し気になっている事がありまして。課長はお元気ですか?」
 それを聞いた清人が、僅かに表情に不機嫌さを醸し出しながら答える。


「今日はまだ、彼女と顔を合わせてはいないが。どういう意味だ? 職場でどうかしたのか?」
「どう、という程目立ってはいませんが、課長に最近妙に細かいミスが多いんです」
「ミス? 何か業務に支障を来しているのか?」
 顔の険しさが更に増した清人だったが、城崎は落ち着き払って答えた。


「いえ、そこまでは。十分俺がフォローできる範囲内ですし」
 それを聞いて清人は安堵しつつ、日頃真澄の補佐をしている相手の苦労を思い、短く感謝の言葉を告げる。
「悪いな」
 それを聞いた城崎は、笑いを堪える口調で返してきた。


「先輩に言われる筋合いではありませんよ。上司のフォローをするのは部下の役目です。ただし、それは仕えるに値する上司限定の話ですが」
「お前も苦労が多そうだな」
 苦笑いで揶揄した清人に気を悪くした風情も見せず、城崎は真剣な口調に戻って話を続けた。


「それで話は戻りますが、半月程前から課長が妙に考え込む事が多くなって、仕事中も上の空でいる事があるみたいなんです。十月に入ってアメリカ支社への転属話が候補者名と共に社内で公表されたので、それに関する事かとも当初思ったんですが……」
「違うのか?」
 微妙に言葉を濁した城崎に、清人は僅かに眉をしかめながら続きを促した。しかし相手は途方に暮れた様な声で、逆に尋ねてくる。


「断言は出来ませんが、何となく違うような気がして。先輩は課長のプライベートで何か、心当たりとかはありませんか?」
 そう問われた清人は一瞬ある事が脳裏をよぎったが、すぐにその内容を自分自身に言い聞かせる様に否定した。


「全く無いとは言い切れないが……、別にそんなに悩む内容とは思えんな」
「そうですか、それなら良いのですが」
 電話の向こうでは納得いかない様な呟きを城崎が漏らしていたが、話題に出た事を幸い清人が尋ねてみた。


「ところで、さっき話に出た北米事業部長の選定の方はどうなってるんだ?」
「この間の感触としては、特に誰かが一歩抜け出た、という事は無さそうですね。水面下では動きがあるみたいで噂が錯綜していますが」
「そうか」
 慎重に考えながら現状を説明した城崎に、清人は静かに頷いた。すると城崎が多少笑いを含んだ声で付け足す様に言い出す。


「それで、常日頃色々なストレスに晒されているであろう課長が、今日のパーティーで更に変なストレスを溜めない様に、要所要所で先輩がフォローしてくれたら、休み明けに俺が非常に助かります」
 若干茶化す様な口調ながらも、真剣味溢れる城崎の台詞に、清人は思わず小さく笑った。そして機嫌良くその要請を請け負う。


「結局それが本題か。分かった。できる範囲で気をつけておこう」
「お願いします。それでは失礼します」
「ああ」
 そうして通話を終わらせた清人は、手の中の携帯を見下ろしながら、小さく呟いた。
「半月位前から? ……まさかな」
 頭の中に浮かんだ柏木本社前での騒動を再度打ち消し、清人は隣接しているベッドルームのドアを、軽くノックしながら開けた。


「どうだ? 準備はできたか?」
 その問い掛けに、絨毯の上に特大サイズの風呂敷を広げ、その上に立たせた清香の帯を丁度締め終わったらしい玲二が、背後を振り返りながら満足げに報告した。


「はい、完璧ですよ、清人さん。思わず自分の腕前に惚れ惚れしますね」
「言ってろ。どうせ着物の女をナンパして脱がせた後で困らない様に、着付けの仕方を覚えたんだろう?」
「ひっどいな~、美容師として当然身に付けているべきスキルですよ、ス・キ・ル」
「そうだな、趣味と実益を兼ねると、上達も早いという実例だな」
「まだ言いますか」
 笑顔で憎まれ口を叩いた清人に、玲二も笑いながら言い返すと、昼過ぎから髪のセットやメイクまで施して貰った振り袖姿の清香が、改めて礼を述べた。


「ありがとう玲二さん。玲二さんも忙しいのに、わざわざホテルで手を煩わせる事になってごめんなさい。着物は慣れてないから移動だけで疲れちゃって、成人式の時に酷かったから」
 柏木家が主催者の為、流石に今は上着は脱いでいるものの、白いシャツにブラックタイ、カマーバンド着用の玲二に、清香は申し訳無さそうな表情を見せた。それに笑って応じながら、玲二がさり気なく話題を逸らす。


「気にしなくて良いよ。俺はついでだからまともな役割も無いしね。しかし清香ちゃんが疲れるからって、パーティー会場の上にスイートルームを取って着替えて下りるだけにするなんて、相変わらず過保護ですね? それに、終わったらこのまま泊まって行くんでしょう?」
「ああ。総一郎さんが、どうしても振り袖姿の清香を皆に紹介したいと言ってたそうでな。ただでさえ緊張するのに、余計に疲れる事確実だろうから」
 そう言って清人が苦笑いすると、玲二が綺麗にセットした髪の中に手を入れ、些か乱暴に頭を掻きながら溜息を漏らした。


「あ~、すみませんね。相変わらずの頑固じじいで」
「成人式の時はまだ名乗って無かったからな。大方、俺達が清香を囲んで騒いでいるのを、物陰から歯軋りしながら眺めてたんだろう。……潔く諦めて、今日は気の済むまで付き合ってあげるんだぞ?」
「うっ……、わ、分かってるから」
「本当にゴメン、宜しく頼むよ、清香ちゃん」
 後半の自分に向けられた台詞に、清香が顔をを引き攣らせながらも頷き、玲二が益々申し訳無さそうな顔をしたところで、呼び出しのチャイム音が鳴り響いた。


「あれ? 誰だろう?」
 咄嗟にドアに向かって歩きかけた清香を制し、清人が先に進んだ。
「俺が出る。清香、玲二、まだ時間があるから、ここを片付けたら茶でも飲んでろ」
「は~い」
「そうさせて下さい。俺も堅苦しい所は苦手なんで」
 そうして小物などを片付け始めた二人を残してベッドルームを後にした清人は、リビングを抜け、更にドアの向こうのバスルーム前を通り過ぎて重厚な造りのドアの前に立った。そして魚眼レンズを覗いて、廊下に立っている人物の姿を見て驚く。


「え?」
 一瞬躊躇ってから、清人は急いでロックを外し、ドアを開けて声をかけた。
「真澄さん? どうかしましたか?」
 目の前に佇んでいる、落ち着いた色調のカーマインレッドのドレスに身を包んだ真澄の姿を、思わずしげしげと眺めながら問いかけると、真澄は我に返った様に口を開いた。


「あ……、ごめんなさい。バタバタする前に渡しておこうと思っただけなの。清香ちゃんからここの部屋番号を聞いていたから」
「何をです?」
 怪訝な顔で清人が尋ねると、真澄は手にしていたバッグからリボンがかけられた細長い箱を取り出し、清人に向かって差し出した。


「これ……、全く同じ物は無理だったけど、同じ様な物を探してみたの。良かったら使って頂戴」
 中身について明確に言われなかったものの、思い当たる事は一つしか無かった清人は、僅かに驚きながら言葉を返した。
「まさか、万年筆ですか? あれは気にしなくても良いと言った筈ですが」
「それは聞いたけど……、助けて貰ったお礼と、厄介事に巻き込んだお詫びの気持ちだから、受け取って貰えないかしら?」
 控え目な真澄の訴えに、清人はこれ以上固辞する理由を見つけられず、笑顔で箱を受け取った。


「分かりました。そういう事ならありがたく頂きます。大事に使わせて貰いますね?」
「ええ、良かったわ」
 幾分ホッとした様に表情を緩ませた真澄を見て、清人も密かに安堵した。
(普通に万年筆を選んで寄越すなら、同じ万年筆を探して悩んでるとかじゃないだろう。我ながら変な想像をしたな)
 しかしそこで清人は、真澄の表情がどことなく生彩を欠いている事に気が付いた。


「真澄さん、どうかしましたか? 顔色が優れない様ですが」
 つい先程城崎から聞いた話を思い起こし、思わず心配になって声をかけた清人に、真澄は小さく首を振って静かに答える。
「別に、大した事はないわ」
「そうですか?」
(本当に、大丈夫なのか?)
 黙り込んでいる真澄の様子を見つめ直すと、ホルターネックのデザインの為剥き出しになっている肩のラインが、どことなく細くなっている様な気がした清人は、何となく胸がざわめいた。
 咄嗟に次にかける言葉を選び損ねて口を噤んだ清人に、今度は真澄が何やら思い詰めた様な口調で声をかける。


「清人君。実はここまで来たのは、ちょっと直に話がしたく」
「あれ? いつまでも戸口で誰と話してると思ったら、真澄さん?」
「姉貴? ここで何してんの? 準備とかで忙しく無いのか?」
 そこでタイミング良くと言うか悪くと言うか、リビングに繋がるドアを開けて入口付近を覗き込んできた清香と玲二が、意外そうな声を上げた。その為、その二人の存在を殆ど忘れていた清人と真澄が、揃って密かに溜め息を吐き出す。


(すっかり忘れてたな、奧に二人が居たのを)
(清香ちゃんの為に部屋を取るって聞いたのを忘れてたわ。しかも玲二まで居るし)
 そして二人の目に留まらない様に、清人は箱をスラックスのポケットに素早く滑り込ませ、真澄は気持ちを切り替えて、いつもの口調で適当に理由をでっち上げた。


「あのね、あんたを探しに来たに決まってるでしょう? 何知らんぷりしてるのよ。さっさと下に降りてお客様のお出迎えの準備をしなさい!」
「げ、マジ? 俺、もう家を出てるんだけど?」
 本気でうんざりとした顔を見せる弟を、真澄は一喝した。


「四の五の言わないの! タキシードまで着てるのに往生際が悪い。ほら、行くわよ?」
「はぁ……、分かったよ。じゃあ清人さん、清香ちゃん、また後で」
「ああ、手間をかけさせたな」
「ありがとう、玲二さん」
 がっくりと肩を落としつつ、大人しくクローゼットに掛けてあった上着を着込み、真澄の後に付いて歩き出した玲二を見送ってから、清人と清香はドアを閉めて室内に戻った。


「お兄ちゃん、真澄さんと何を話してたの?」
「別に……、単なる世間話だ」
 歩きながら素っ気なく応じる清人に、清香が興味津々の表情で尚も問い掛ける。


「わざわざここまで来て、単なる世間話をするの?」
「そういう時もあるさ。さあ、俺達もそろそろ会場に移動するぞ」
「はぁい」
 そうして先程真澄から受け取った箱を密かにボストンバッグに仕舞いながら、清人はクローゼットに掛けてあったスーツの上着を取り出して身に着けた。それを眺めながら清香は一人密かに含み笑いを漏らす。


(う~ん、夏以降、何となくお兄ちゃんと真澄さんの接触が増えてる気がする。今日も終わりまで顔を合わせる事になるんだし、頃合いを見てどこかで二人きりにでもなれば良いのにな~)
 そんな些か能天気な事を考えながら、清香は清人の後に付いてパーティー会場となっている大ホールに向かって、機嫌良く歩き出したのだった。


 会場前で受付を済ませた清人は、柏木産業の取締役の立場から社章付きのリボンを受け取り、スーツに付けた。そして振り袖姿の清香を見付けて相好を崩して近寄ってくる総一郎を認め、苦笑しながら清香の背中を軽く押し出す。
 清香を送り出して一人になり、思わず溜め息を吐いたのも束の間、同じリボンを付けた重役達に囲まれ、清人は世間話をしつつ愛想笑いを振り撒く事を強いられた。
 そうこうしているうちに定刻通りパーティーが開催され、主催者である雄一郎の挨拶が済んでから、司会に促されて谷垣常務が乾杯の音頭を取る。


「それでは、柏木産業のより一層の発展を祈願致しまして、乾杯の音頭を取らせて頂きます。……乾杯!」
「乾杯!」
「それでは皆様、暫くの間ご歓談下さい」
 その司会の声に促され、参加者達はぞろぞろと思い思いに移動を始めた。
 そして暫くしてから、壁際で比較的冷静に会場全体を眺めていた玲二が、ある三つの集団を交互に見ながら、呆れとも困惑とも取れる口調で周囲に語りかけた。


「あ~あ、予想はしてたけど清香ちゃん、祖父さんに捕まって引きずり回されてるよ」
 次々と総一郎の知り合いに引き合わされ、離れた場所からも清香の強張った笑みが分かる状況に、浩一、正彦、友之の三人も困った顔を見合わせた。


「それは仕方ないな」
「やっと大っぴらに自慢できる様になった孫娘だし」
「清香ちゃんには、後から付き合って貰ったお礼をしないとな」
「そう言えばさ、何で清人さんもあのじいさん連中に捕まってるわけ?」
 わけが分からないと言った風情で玲二が一団を指差しながら尋ねると、他の面々は疲れた様に答えた。


「じいさん連中って……、お前な。知らないとは思うが、あの人達は揃いも揃って経済界の重鎮ばかりだぞ?」
「俺の記憶に間違いが無ければ、結城化繊工会長で経興連会長の大刀洗雄造氏を筆頭に、新興銀行頭取の佐倉知典氏、関西商工会会頭で日新光学会長の飛田幸之介氏、高見自動車工業社長の高見慧氏だな」
「流石清人さん。どこでどう繋ぎを付けたんだか」
「うぇ、全員大企業のお偉いさん? そんな面子、間違ってもお近付きなんかなりたくない……。それにあの清人さんの、そんな連中を相手にした堂々とした立ち居振る舞い。絶対俺なんかより、タキシードを着こなせるに決まってるぜ?」
 心底げんなりしながら玲二が漏らした感想に(それはそうだな)と兄と従兄達は密かに同意したが、はっきり告げたら玲二が傷付くかもしれないと揃って口を閉ざした。そして正彦が些かわざとらしく話題を変える。


「しっかし真澄さんもな~、相変わらず男が群がってるよな~」
 会場の一角で、同年輩の独身男性に囲まれている真澄に目を向けながら呆れた様に正彦が告げると、友之も苦笑いで応じた。
「付き合いだからな、あの連中の思惑はどうあれ」
 そこで手にしていたグラスを玲二に渡しながら、浩一が動き出す。


「挨拶しながら一回りしてから姉さんの救出に行くから、様子を見ていて俺が行く前に姉さんがキレそうになってたら、割り込んで止めてくれないか?」
 その僅かに笑いを含んだ依頼に、正彦と友之も口元を緩めながら応じた。
「了解」
「浩一さんこそ、変なのに捕まらないで下さいよ?」
「気をつけるよ」
 その一方で、浩一達の話題に上っていた集団は、約一名を除いて上機嫌でグラス片手に歓談していた。


「なかなか盛況だな」
「そうですね。これも柏木会長と社長、お二人の人徳のおかげですね」
 愛想笑いで応じた清人だったが、柏木家との付き合いが長く、清人と柏木家の関係を把握済みの大刀洗が、皮肉っぽい笑いを零す。


「ほぅ? 本気で言っとるのか?」
「皮肉にしか聞こえんな」
「本心から言っていますが」
「そうか?」
(ちっ……、こんな所でまで捕まるとはな。取締役として参加している以上、トンズラするわけにもいかんし)
 会う度に遊ばれてしまう相手から逃れられず、段々気が滅入って来るのを自覚した清人の耳に、更に機嫌が悪くなる様な台詞が届いた。


「嬢は相変わらず美人じゃの~。嬢狙いの男が群がっとるわ」
「ちょっと年はいってるが、美人だし柏木との太いパイプは得られるし、叔父達の婿入り先も閨閥としては文句の付けようがないし、母方も裕福だからな」
「儂があと二十歳若かったら放ってはおかんのだが、かえすがえすも残念だ」
「四十歳若かったらの間違いでは?」
 忌々しく思いながらも冷静に突っ込んだ清人だったが、その場全員がそれを無視した。


「それで? お前は彼女をあの状態で放置しておいて平気か?」
 鋭い視線で睨み付けてきた佐倉から視線を逸らし、清人は淡々と告げた。
「彼女には彼女の付き合いがあるでしょう。俺が一々口を挟む道理はありません」
「知らんぞ? 変なのに横から掠め取られる事になっても」
 呆れ気味に横から大刀洗が口を挟んできたが、清人はこれ以上の議論は無駄とばかりに言い切った。


「もとより、彼女は俺の所有物ではありません。掠め取られる云々の表現は不適切です。失礼します」
 そこで一礼して会場の反対側に向かって歩き出した清人の背中を見ながら、年長者達は囁き合った。


「相変わらず頑固だの~」
「馬鹿は死ななきゃ治らんと言うがな」
「まあ、柏木嬢限定で馬鹿だから、全体で見れば釣り合いは取れているんじゃないか?」
「違いない」
 そんな事を言いながら、隙あらば清人を構い倒す事を楽しみにしている面々は、互いの顔を見合わせて苦笑いしたのだった。


 大刀洗達以外にも目ざとく清人を見つけては話しかけてくる人間がなかなか途切れず、パーティーも中盤を過ぎた所で漸く隙を見つけた清人は、一人こっそりと会場を抜け出した。
 受付が設置されていた方とは逆の方向に廊下を進むと、ガラス越しに庭を眺められる様に、コの字型にソファーセットが配置されているスペースに辿り着く。清人はその真ん中の椅子に無言で腰を下ろし、溜め息を吐いた。


「流石に疲れたな」
 既に外が暗くなっている為、ガラスに館内の明かりが反射して外の景色を見る事は出来ないが、代わりに窓に映り込んだ自分の姿を見た清人は、見たくも無い物を目にしたとでも言う様に反射的に目を逸らした。そして今も苦行に耐えている清香を思って、心の中でそっと詫びる。


(清香を放って来てしまったな……、俺だけ抜け出してすまん、清香。だが総一郎さんが付いているから、問題とかは起こり様が無いだろうから良いか)
 そんな事を考えて、清人はふと笑いを堪えた。


(もしこれがバレたら、後から『お兄ちゃん、一人で抜け出してズルい!』とか何とか文句を言われそうだな。まあ、終わったらそのまま寝られる様に部屋も押さえておいたし、我慢して貰おうか)
 そうして清人はソファーの背もたれ部分に身体を預け、腕と足を組んで黙って中空を見上げた。


(真澄さんは……、それこそ俺が口を出す筋合いでは無いだろうし、浩一も付いているし大丈夫だろう。もともとこういう場所には慣れている筈の人だしな)
 そこまで考えた時、躊躇いがちにかけられた声に、清人は一気に現実に引き戻された。


「清人君?」
「……真澄さん? こんな所で何をしてるんですか?」
 思わず組んでいた腕と足を解きながら声のした方向に目を向けた清人は、そこに一人で立っていた真澄を驚いた顔で見やった。





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